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第一章 ふたりの出会い

023 大切な家族

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「並ばないのか?」
「冗談はやめろ。そんなつもりで来たわけじゃない」
「でも会いにきたんだろ? そうだ。裏口で待ち伏せてみようか」
「俺のこの見た目でか? 捕まるぞ」
「俺も一緒に待つよ」
「捕まるは否定しろよ」
 平賀は妹の姿を見つめ、唸った。
 家庭や兄弟の事情は様々だろうが、もし兄弟が待っていてくれたら嬉しいと思う。そう願う。
 写真撮影は近い距離で行われたが、密着するほどでもなかった。十二歳の子供へ並ぶ列が長蛇となり、まだかまだかと待つ大人たちは、闇深い。
 先に階段を上って地上へ出た。地下というだけで息苦しさがある。進んで地下での活動を行う彼女たちだが、追いやられた聖域に感じた。
 細い路地を抜けて裏口へと回ると、スタッフらしき人物が一人立って紫煙を燻らせているだけだ。
 帽子を被った少女たちが裏口から出てくる。音兎はまだ来ない。
「あいつ……さっきからこっちを見てる」
 気になったのは、建物の反対側にいる男性だ。グッズのピンクのシャツを着ていることから、ファンであるのは間違いない。
「俺らと同じく待ってるのかな」
 扉が開き、背の小さな少女が現れた。男性と一緒だ。
 音兎は男性の腕に手を絡め、仲つつまじい様子だった。
 少女と父親ほどの年齢。どのような関係か謎だが、端から見ればそういう風に見えてしまう。
 向こうにいる男が少女ににじり寄っていく。
 同時に平賀も飛び出した。遅れて優月も走り出す。
「後ろだ!」
 煙草を吸っていたスタッフは慌てて振り返る。突進してくる男を見て小さな悲鳴を上げた。
 スタッフでは太刀打ちできないと即座に反応し、優月と平賀は男の前に立ち、少女を背後に隠した。
 扉が開け放たれ、男性たちが外へ出てきた。
 音兎と一緒に出てきた男性は声を上げる。
「こっこの人たちが襲おうとしてきて……!」
「はあ? 俺たちは……」
「早く警察に通報を!」
「ちょっと待って下さい! ただその子に……」
 そう、同じなのだ。事情を知らなければ、少女に歩み寄る不審者にしかすぎない。勘違いされてもおかしくない。
「お待ち下さい」
 よく通る声が降りかかり、肩を掴まれた。
 ブロンドヘアーに光が集まると色の変わる瞳。小さなオーロラだ。
「リュカさん……どうしてここに……」
「うちの者が何かしましたか?」
 リュカは優月の質問に答えず、スタッフへ投げかけた。
「うちの者? 身内の方ですか?」
 スタッフの一人は怪訝そうに見やるが、リュカの風貌に恐れにも似た感情を抱いている。目が揺れ、動揺していた。
「ええ、身内です」
 さり気なくリュカは左手の薬指を見せた。
 意味あり気にリュカに見つめられ、優月も月の神子としての証を掲げる。
 人間は自分にない価値観を持つ者と出会うと固まるらしい。それが今、証明された。
 男同士の指輪の意味を勘違いしたスタッフたちは怯んでいる。その間に、
「お怪我はございませんか?」
 リュカは少女へ聞くと、脅える彼女は小さく頷いた。
「この者たちは私が引き取ります。大変失礼致しました」
 リュカは優月と平賀に目配せし、足早に去った。

「いろいろとご迷惑をかけてすみません」
 平賀はリュカに頭を下げ、夜道を歩いていった。
 大きな背中は悲しみを背負っている。あのような形で妹と対面など、望んでいなかっただろう。
 しばらく彼の後ろ姿を見つめていると、リュカの誘いで夕食はふたりで取ることになった。
 近くのファミレスへ入り、好きなものを注文しなさいというリュカだが、あまり食欲がない。
 お茶漬けとサラダを注文したら、訝しむような目で見られた。
「リュカさんは仕事帰りですか?」
 相変わらずスーツが決まっている。
「ええ、そうです。普段は通らない道なのですが、本日はなぜかあの道を通りたくなったんです。通らなければならないような……そんな気持ちでした」
 リュカの視線が落ちる。左手の薬指には真新しい指輪だ。仲にはムーンストーンが埋め込まれている。
 無理してつけなくていい、と言おうと口を開くが、リュカがあまりに嬉しそうに笑みを振りまくので止めた。
「どんなに遠くにいても、神子と贄は居場所が判り、引かれ合うって聞いたことがあります。神様への献上する供物を逃さないようにするための繋がりが指輪だとも」
「もし私がイギリスに閉じこめられても、すぐに見つけてもらえそうですね」
「え?」
「冗談です。さあ、まずは食べましょうか」
 リュカはいただきます、と手を合わせて箸を持った。
 箸の使い方も完璧なジェントルマンは、和食を好む。
「フィッシュアンドチップスとか食べたくなりません?」
「イギリスでもそれほど食べていたわけではありませんよ。ただ、懐かしくはあります。注文しますか?」
「俺はいいです。お腹いっぱいです」
 リュカは追加でソフトクリームを頼んだ。
「今日、助けて下さりありがとうございました」
 リュカは何も聞いてこないので、優月は自分から切り出した。
「あなたが少女を襲うような人間ではないと承知していますが、あの場面は誤解されても致し方ない状況でした」
「そうですね……裏口で待っていようなんて俺が出した案なんです。あの子は平賀の妹なんです。わけあって別に暮らしているみたいで、俺は誘われてライブ会場についていったんです」
「兄弟で離れ離れになる寂しさは、優月だからこそ理解できたのですね」
「オリバーさんと離れて暮らしていて、寂しくないですか?」
「清々します」
 リュカは間髪を入れずに答えた。
 オリバーの子犬のような顔が目に浮かぶ。
「彼のことは嫌いではありませんが、少々離れているくらいがちょうどいいのです。物理的な距離の問題もありますし、心の距離も含めてです」
「程々の距離感って難しいですね」
 優月はソファーにもたれ、天井を見上げた。
 月ほどの輝きはないが、照らす光は人工的な輝きを放っている。
 左手に生暖かいものが触れた。リュカが薬指の指輪を撫でている。
 優月はしたいようにさせた。
 しばらくそうさせていたが、リュカは一向に止めなかった。
 手を握ってきたので、握り返した。
「距離感とは……私の永遠の課題です」
 あまりに難しそうな顔をするので、どうしても笑いをこらえることができなかった。
「骨董品の鑑定をしているときも、そんな顔しないですよ。ただ、俺以外の人とこうするのは止めた方がいいです」
「優月としかしません」
 リュカは時折、子供みたいな仕草をする。
 今のように唇を尖らせたり、食べたかったケーキが売り切れていたときにむっとした表情を見せたり。
 母親の話をするときにも似た顔を見せる。
 もしかしたら、彼は母親を求めているのかもしれない。幼い頃に身体が弱かったらしいが、母とは一緒に住んでいなかった。弱る気持ちのときは愛する者に側にいてほしいのは誰でもそうだ。
 彼が落ち着くまで、したいようにさせていた。
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