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第一章 ふたりの出会い

020 「月が綺麗ですね」

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「私はあなたが思っているようなお人好しでもありません。海を越えて異国へ来るくらいには、何が何でも自分の成すべきことを遂行します」
「はい」
「儀式の内容は聞いておりませんでしたが、衣装を作って頂いている最中に、本殿の地下に奉られた人形がたくさん納められていると耳にしました」
 リュカは懐からいつもの白い手袋を出した。骨董商の顔だ。
「まさかリュカさん……」
「あなたは人形探しを諦めるなと私に言いました。あなたが思う以上にとても嬉しかったのですよ。私の回りの人間は鼻で笑うか無理だと端から決めつけるかのどちらかでしたから。それと謝罪は結構と申しましたが、実は自分の任務のためにここへきた意味もあるのです。謝罪されては、私も後味が悪い」
「……俺も協力させて下さい。それくらいはさせて下さい。これだけとんでもないことに巻き込んでしまったんです。リュカさんのために何かしないと、胸がはちきれそうです」
「頼もしいですね。明かりがほしいと思っていたので、助かります。一緒に罰を当たりましょう」
 リュカが言うと、頼もしく思えた。神の罰くらい吹き飛ばせそうで、強い心でいられた。
「今日は、月が綺麗ですね」
 月が綺麗──昔の偉人がそう言って愛を告げた言葉だ。リュカはきっと意味を知らない。
「──……そうですね。地下にも月光が差せばいいのに」
 優月は肯定すると、彼は月よりも綺麗な顔で微笑んだ。
「あなたの中にも月がいますよ。とても、とても優しい月です。あなたの名前も好ましく思っています」



 地下には豆電球が備わっていたが、閉ざされた空間ではあってないようなものだった。
 ましてやただの人形探しではない。リュカは骨董商として本物がどうかを見極めなければならないのだ。
 最初はリュカの端末にライトをつけ、彼の手元を照らす作業だ。
 リュカが集中できるよう、とにかく黒子に徹した。
「ここからビスクドールの人形みたいですね。もっと埃だらけかと思った」
「きっと宮司であるあなたの父君が普段から掃除をなさっていたのでしょう」
 リュカは木箱を開け、両手でビスクドールを取り出した。
 片目がない──髪もぼろぼろで、服も布を貼りつけただけのおんぼろな人形だった。
「ドールって、日本語で人形って言うじゃないですか」
「ええ」
「人の形をしたのが人形。人に遊んでもらいたくて作られたものなんで、魂が入りやすいんです。だから日本では人形供養を行う神社が多いんですよ」
「とても素晴らしい文化だと思います」
「この人形は遊んでもらったっていうより、雨風に当たってぼろぼろになっちゃったみたいですけど」
「よく見ると、人の手で触ったような跡もあります。きっとたくさん遊んでもらったのだと思いますよ」
 人形や作った人に対する感謝よりも、不気味だと言いながら供養に訪れる人は多い。悪い言い方をすると、供養という名の押しつけだ。ありがとうの気持ちがなければ供養できないと、優月は考える。
「優月、こちらをを照らして下さい」
 少々焦った声のリュカに手元を照らす。
 リュカは人形を抱き上げると、頭部、目、背中とじっくりと見つめる。そして服を脱がし、人形を裏返した。
「これは…………」
 人形の背中に文字がある。薄れて見えなくなっているが、リュカはルーペを掠れた文字に近づけた。
 刻々と時間が過ぎていく。わずかしか経っていなくても、長い時間に感じられた。
 リュカは丁寧に人形へ服を着せてやり、目にかかる前髪を撫でつける。
「本物でしたか?」
 同時に大きく息を吸い、吐いた。
 偶然だけでは片づけられない何かがある。得体の知れないものは本当に存在するのかと、不気味で爪先から震えが起こった。
「本物です」
 リュカも信じられない、といった表情で淡々と答える。
「どういう経路でここへたどり着いたのかは存じません。可能性はゼロでないにしても、あまりにも奇異な出来事に……なんといいますか」
「俺も同じ気持ちです」
「神様は……いらっしゃるのでしょうね」
 そう思わざるを得なかった。最後まで行わなかった儀式に月の神は怒りに満ちているのか、それとも人間が勝手に作り上げた因習をどうとも思っていないのか。神にしか判らない。
「人形を一つもらえないかって父さんに聞いてみます」
「私が聞きます。すべて事情を話すつもりです。私の身勝手さにあなたを巻き込んだのだから、当然です」
 口を開きかけて、止めた。
 日本に来てまで、彼は自ら道を切り開いて成し遂げようとするものがある。口を挟んだらいけないこともある。
「俺は父さんと話せる機会を作ります」
「助かります。……ありがとう、優月」
 彼に名前を呼ばれるのはまだ慣れない。
 人形を柔く抱く彼を見ていると、子供みたいに思えた。



 残り時間は朝まで眠り、迎えが来てから有沢家へ戻った。
 広間には朝とは思えないほどの豪華な食事が用意され、昼過ぎまで続く。
 祝いの言葉を一人、また一人と聞いているうちに空腹の音が鳴った。
「リュカさん、指輪をお渡しできず申し訳ない。サイズを測ったらすぐに作り直し、優月へ預けます」
「お気になさらないで下さい。急遽決まったことですし、このように良くして頂いて大変感謝を申し上げます」
「優月、本当に良かったな。おめでとう。お前にはもったいないくらいのできた人だ」
 祝いの席に姿を見せる金目鯛が、こちらを凝視している。
 祝ってくれているようには見えなかったが、一人暮らしをしていれば滅多にお目にかかれない代物だ。有り難く箸で身をほぐした。
「父さん、あとでちょっと話したいことがあるんだ」
「ああ、いいとも。これからの話か?」
「そんな感じ。リュカさんのこともまともに紹介できなかったからさ」
「そうだな。順番が逆になってしまったが、京都での生活も聞かせてくれ」

 父にはすべてを話した。理解してくれると信じている、と逃げともとれる前置きの言葉を残した。リュカがイギリスから日本へやってきた経緯についても説明した。
 父が眉間に皺を寄せつつも、黙って聞いている。
「それで、あなたは母の無くしたビスクドールを探すためにここへ来たというわけですな」
「左様でございます。憚りながら申しますと、私の目的を達成するために参りました。優月さんの家庭のことは、優月さんからは何も聞かされていません。彼は誰にも迷惑をかけまいと、私にも話すつもりがないご様子でした。ですが私は私の目的のために、優月さんの家庭や神社、風習については調べておりました」
 それは初めて聞いた内容だ。優月は瞠目し、何も言えなかった。
「すべてを知った上で結婚に応じてくれたのですか」
「左様でございます」
「父さん」
 横から口を挟むな、と言われていたが、どうしても挟まずにはいられなかった。
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