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第一章 ふたりの出会い
04 犠牲を伴った優しさ
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翌日に一緒に探してくれた平賀にお礼を言うと、彼もまたほっとした笑みを見せた。
「まあ何にせよ良かったな。どこで見つかったんだ?」
「知り合いが預かってて、わざわざ大学まで届けてくれたんだ」
「ああ……あのときの」
「ん?」
「遠目でしか判らなかったけど、金髪の人と一緒にいたよな。恋人か?」
「恋人?」
回りにいた生徒がざわつき、金髪一斉に集まってきた。
「恋人ってなんだよ。お前いたのか?」
「ずりいよ有沢だけ。どこでゲットしたんだ」
「ゲットってものじゃあるまいし」
「なあ、合コンいかね? お前くれば一人分浮くし。平賀はどう?」
「俺はパス」
「平賀はやめとけ。こいつはモテる」
「あ? 別にモテねえよ」
「えーと……俺もパス。興味ない」
「有沢、移動だから行こうぜ」
逃げるように平賀に腕を引っ張られ、その場を離れた。向こうはまだ合コンだの彼女だの盛り上がっている。
「悪かった。言うタイミングじゃなかったな」
「いやいや、ほんとに恋人じゃなくて、お世話になってる人なんだ。わけあって骨董商の人と知り合って……」
「骨董商? あの金髪の人が?」
「そう。めちゃくちゃ物知りで、すごい人。俺、店に忘れていったわけでもないのになぜか持ってたんだよな。聞いても教えてくれなかったし」
平賀は顎に指をかけ、眉間にしわを寄せている。金髪といえば、彼もまた金髪だ。大阪を彷彿とさせるような虎の上着を羽織り、一見すると近づき難くもある。彼を理解し馴染むのには少し時間がかかるタイプだ。
きっかけはなんだったのか、いつの間にか平賀とは話すようになった。
「何にせよ戻ってきたんだ。良かったな。大切なものなんだろ」
「……そうだな」
呪われた指輪を大切と思えるかどうかは、とても難しい。けれど無くしたと思った瞬間、絶望を感じたのは事実だ。全身の汗が流れ、目の前が真っ暗になった。
講義のあとに食堂へ向かう途中、グラウンドがやけに騒がしく、優月は窓から身を乗り出した。
「何か合ったのか?」
「有沢、大変なんだ! 平賀が暴れてる!」
「平賀が?」
見た目は怖くても、暴れるような男ではない。相手に喧嘩をふきかけるより、冷静に判断できる男だ。
何か理由があると信じ、優月は窓枠を越えた。
グラウンドの脇にある物置小屋に平賀がいた。平賀も身長は高いが、さらに上をいくのはラグビー部の男だ。平賀は男を壁際に追いつめている。
「何してるんだよ!」
「お前は黙っとけ」
「黙るわけないだろ! まずは落ち着けって。何があったんだ?」
平賀は何も答えない。不機嫌な顔のまま、男を睨みつけている。
「何をしている!」
一触即発の状況で、先に緊張の糸を切ったのはラグビー部の監督だった。
監督は二人の間に入り、平賀に対し厳しい目を向けた。平賀を見た時点で疑いの矛先だ。
「おい、それはなんだ」
監督の目線が下がり、優月も見やる。
平賀の手には万札が握られていた。これはどう見ても誤解を生む場面だ。あまりに状況が悪すぎる。
「ちょっと待ってくれ!」
優月は平賀を後ろに下げ、監督の前に立った。
「お前はどこの科だ? ラグビー部じゃないな」
「こいつは関係ない」
「考古学科の有沢だ! 平賀を疑う前に理由を聞けよ!」
「このお金は誰の金だ?」
面倒くさそうに監督は平賀に向いた。
「こいつから金取った」
平賀が親指で差した先には、ラグビー部の男がいた。分が悪すぎる。
「平賀、指導室に来い」
「待てって」
「有沢、俺は大丈夫だから」
平賀は優月の背中を強めに叩いた。
余裕綽々な平賀と違い、顔が真っ青なのはラグビー部の男だ。
「何があった? 疑われてるのは平賀だけど、俺から見たら状況が悪いのはアンタに見えるぞ」
「お、俺は…………」
「話してくれ」
平賀と同じように、優月は彼を壁際まで追いつめた。
「いらっしゃいませ」
「どうも、こんにちは」
「すみません、予約なしに突然お邪魔して」
「これからの時間は空いてますので、問題ありません」
まるで来るのが判っていたと言わんばかりの対応だ。リュカの態度に驚きはない。
奥の部屋でお茶をごちそうになりつつ、大学であった一連の流れを彼に説明した。
「指導室へ連れていかれた友達より、友達に尋問されてたラグビー部の人の様子がおかしかったんです。理由を聞いたら……」
リュカの顔色を伺うと、彼は言葉を待っていた。何を言おうとしているのかも、理解していた。
「ここに、お客さんとして俺の指輪を売りにきたんですよね?」
「お客様の事情はお話しできません」
リュカはきっぱりと言い放つ。彼の言う通りだ。反論したいところだが、優月はぐっとこらえるしかない。
「指輪を落としてしまったんです。それをたまたまラグビー部員が拾い、金になるかとここへ売りにきた。俺の友人はそれを知った上で彼に話を聞いた。指輪を売ったお金を友達が取り返してくれな。ところが監督は俺の友人が倉庫裏で金を恐喝していると勘違いした。これが一連の流れです」
「ご友人はそのあとどうなりましたか?」
「ラグビー部の男と一緒に指導室へ行って、監督に事情を説明しました。誤解はすでに解けています。本当に、本当に、ごめんなさい」
頭を下げるしかなかった。リュカは自分の損を買ってでも、救おうとしたのだ。お金や損得よりも人の心を守ろうとしてくれた。善人だとリュカを褒められない。犠牲を伴った優しさは、こうもやるせなく心が軋む。
「これ、お返しします」
コンビニで急いで買った封筒にお金を入れた。強く握ったせいですっかりよれている。
「ちゃんと全員が納得した上で、お金を返す話になったんです。俺の友達は納得してなかったんですけど」
「ご友人が?」
「奪ったお金だけじゃなく色つけろやって。や、あのちょっと口は悪いところがあって粗暴者っぽいですけどいい奴なんです」
「充分に伝わります。あなた方の気持ちは受け取りました。そしてお金も私が頂きます。その上で一つ伺います。私があなたの大切な指輪を買い取った金額は、確認されたということですね?」
「それは……封筒にお金を移したのは俺ですし。……ええ? ちょっとなんですか」
今度はリュカが頭を下げる番だった。
意味も判らず、優月は慌てふためくしかない。
「有沢様から鑑定の依頼を頂きましたが、査定は行わないと判断をされました。ですが結果こうして知られることになってしまいました。私の不足の至る所です」
「いやいや、もとあといえば俺が指輪を落としたのがいけないんですし! 友達も骨董商のあなたも良い人で、むしろ俺は恵まれてますよ! こちらこそいろいろご迷惑をおかけしました」
頭を上げると、エメラルドの瞳と目が合った。光に当たるとサファイアにも見える。
「オーロラみたい」
「……あなたは失言により、友人関係が壊れたことがないのですね」
「失言? 何がです? 俺が気づいた中では…………ないと思います」
「左様でございますか。密な関係を築くのがお得意な有沢様に、あらためて質問があります。現在、アルバイトをしていますか?」
「親戚の手伝いをして、お小遣いをもらってます」
「何か家業をされているのですか?」
「茶畑を持っていて、お茶を作ってるんです。あとは茶菓子も作ったりしているんです。ただもうちょっとお金がほしくて、もう一つ仕事を増やそうかなあって考えてはいます」
「まあ何にせよ良かったな。どこで見つかったんだ?」
「知り合いが預かってて、わざわざ大学まで届けてくれたんだ」
「ああ……あのときの」
「ん?」
「遠目でしか判らなかったけど、金髪の人と一緒にいたよな。恋人か?」
「恋人?」
回りにいた生徒がざわつき、金髪一斉に集まってきた。
「恋人ってなんだよ。お前いたのか?」
「ずりいよ有沢だけ。どこでゲットしたんだ」
「ゲットってものじゃあるまいし」
「なあ、合コンいかね? お前くれば一人分浮くし。平賀はどう?」
「俺はパス」
「平賀はやめとけ。こいつはモテる」
「あ? 別にモテねえよ」
「えーと……俺もパス。興味ない」
「有沢、移動だから行こうぜ」
逃げるように平賀に腕を引っ張られ、その場を離れた。向こうはまだ合コンだの彼女だの盛り上がっている。
「悪かった。言うタイミングじゃなかったな」
「いやいや、ほんとに恋人じゃなくて、お世話になってる人なんだ。わけあって骨董商の人と知り合って……」
「骨董商? あの金髪の人が?」
「そう。めちゃくちゃ物知りで、すごい人。俺、店に忘れていったわけでもないのになぜか持ってたんだよな。聞いても教えてくれなかったし」
平賀は顎に指をかけ、眉間にしわを寄せている。金髪といえば、彼もまた金髪だ。大阪を彷彿とさせるような虎の上着を羽織り、一見すると近づき難くもある。彼を理解し馴染むのには少し時間がかかるタイプだ。
きっかけはなんだったのか、いつの間にか平賀とは話すようになった。
「何にせよ戻ってきたんだ。良かったな。大切なものなんだろ」
「……そうだな」
呪われた指輪を大切と思えるかどうかは、とても難しい。けれど無くしたと思った瞬間、絶望を感じたのは事実だ。全身の汗が流れ、目の前が真っ暗になった。
講義のあとに食堂へ向かう途中、グラウンドがやけに騒がしく、優月は窓から身を乗り出した。
「何か合ったのか?」
「有沢、大変なんだ! 平賀が暴れてる!」
「平賀が?」
見た目は怖くても、暴れるような男ではない。相手に喧嘩をふきかけるより、冷静に判断できる男だ。
何か理由があると信じ、優月は窓枠を越えた。
グラウンドの脇にある物置小屋に平賀がいた。平賀も身長は高いが、さらに上をいくのはラグビー部の男だ。平賀は男を壁際に追いつめている。
「何してるんだよ!」
「お前は黙っとけ」
「黙るわけないだろ! まずは落ち着けって。何があったんだ?」
平賀は何も答えない。不機嫌な顔のまま、男を睨みつけている。
「何をしている!」
一触即発の状況で、先に緊張の糸を切ったのはラグビー部の監督だった。
監督は二人の間に入り、平賀に対し厳しい目を向けた。平賀を見た時点で疑いの矛先だ。
「おい、それはなんだ」
監督の目線が下がり、優月も見やる。
平賀の手には万札が握られていた。これはどう見ても誤解を生む場面だ。あまりに状況が悪すぎる。
「ちょっと待ってくれ!」
優月は平賀を後ろに下げ、監督の前に立った。
「お前はどこの科だ? ラグビー部じゃないな」
「こいつは関係ない」
「考古学科の有沢だ! 平賀を疑う前に理由を聞けよ!」
「このお金は誰の金だ?」
面倒くさそうに監督は平賀に向いた。
「こいつから金取った」
平賀が親指で差した先には、ラグビー部の男がいた。分が悪すぎる。
「平賀、指導室に来い」
「待てって」
「有沢、俺は大丈夫だから」
平賀は優月の背中を強めに叩いた。
余裕綽々な平賀と違い、顔が真っ青なのはラグビー部の男だ。
「何があった? 疑われてるのは平賀だけど、俺から見たら状況が悪いのはアンタに見えるぞ」
「お、俺は…………」
「話してくれ」
平賀と同じように、優月は彼を壁際まで追いつめた。
「いらっしゃいませ」
「どうも、こんにちは」
「すみません、予約なしに突然お邪魔して」
「これからの時間は空いてますので、問題ありません」
まるで来るのが判っていたと言わんばかりの対応だ。リュカの態度に驚きはない。
奥の部屋でお茶をごちそうになりつつ、大学であった一連の流れを彼に説明した。
「指導室へ連れていかれた友達より、友達に尋問されてたラグビー部の人の様子がおかしかったんです。理由を聞いたら……」
リュカの顔色を伺うと、彼は言葉を待っていた。何を言おうとしているのかも、理解していた。
「ここに、お客さんとして俺の指輪を売りにきたんですよね?」
「お客様の事情はお話しできません」
リュカはきっぱりと言い放つ。彼の言う通りだ。反論したいところだが、優月はぐっとこらえるしかない。
「指輪を落としてしまったんです。それをたまたまラグビー部員が拾い、金になるかとここへ売りにきた。俺の友人はそれを知った上で彼に話を聞いた。指輪を売ったお金を友達が取り返してくれな。ところが監督は俺の友人が倉庫裏で金を恐喝していると勘違いした。これが一連の流れです」
「ご友人はそのあとどうなりましたか?」
「ラグビー部の男と一緒に指導室へ行って、監督に事情を説明しました。誤解はすでに解けています。本当に、本当に、ごめんなさい」
頭を下げるしかなかった。リュカは自分の損を買ってでも、救おうとしたのだ。お金や損得よりも人の心を守ろうとしてくれた。善人だとリュカを褒められない。犠牲を伴った優しさは、こうもやるせなく心が軋む。
「これ、お返しします」
コンビニで急いで買った封筒にお金を入れた。強く握ったせいですっかりよれている。
「ちゃんと全員が納得した上で、お金を返す話になったんです。俺の友達は納得してなかったんですけど」
「ご友人が?」
「奪ったお金だけじゃなく色つけろやって。や、あのちょっと口は悪いところがあって粗暴者っぽいですけどいい奴なんです」
「充分に伝わります。あなた方の気持ちは受け取りました。そしてお金も私が頂きます。その上で一つ伺います。私があなたの大切な指輪を買い取った金額は、確認されたということですね?」
「それは……封筒にお金を移したのは俺ですし。……ええ? ちょっとなんですか」
今度はリュカが頭を下げる番だった。
意味も判らず、優月は慌てふためくしかない。
「有沢様から鑑定の依頼を頂きましたが、査定は行わないと判断をされました。ですが結果こうして知られることになってしまいました。私の不足の至る所です」
「いやいや、もとあといえば俺が指輪を落としたのがいけないんですし! 友達も骨董商のあなたも良い人で、むしろ俺は恵まれてますよ! こちらこそいろいろご迷惑をおかけしました」
頭を上げると、エメラルドの瞳と目が合った。光に当たるとサファイアにも見える。
「オーロラみたい」
「……あなたは失言により、友人関係が壊れたことがないのですね」
「失言? 何がです? 俺が気づいた中では…………ないと思います」
「左様でございますか。密な関係を築くのがお得意な有沢様に、あらためて質問があります。現在、アルバイトをしていますか?」
「親戚の手伝いをして、お小遣いをもらってます」
「何か家業をされているのですか?」
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