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第一章
08 惹かれ合うクラダリングの邂逅─①
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四十分後、二つの巨大な像が置かれた。
目の前にはイチゴパフェ、隣はチョコレートシロップがかかっているパフェ。驚喜ととるか凶器ととるか、反応は様々だ。
「美味しそうだね」
「それが最初に言う言葉か? 女子より食えなかったらどうすんだよ」
辺見の顔は引きつっている。
「分けたらいいじゃんか。俺けっこういける自信ある」
「あーそうかい。じゃあいただきます」
最初は勢いよく食べ進めていくが、三分の一くらいになるとスプーンが口元へいかなくなる人も出てくる。お腹が減っていても食べられる量はそう変わるものではない。
「なんでこういうのに限ってかさ増しのフレーク系じゃなくアイスとフルーツってよ……。頭がキーンってなるの、なんていうんだっけ」
「アイスクリーム頭痛」
ぼそっとハルカは答える。
「からあげ食いてー。みそ汁飲みてー」
「マシュマロがけっこういいかんじに中和してくれる」
「マシュマロどこ?」
「もう少し食べ進めたあたり」
減りは隣の女子チームの方が圧倒的だ。甘いものへの耐久性でも生まれながらに備わっているのだろうか。
「英田君ってけっこういけるくち?」
余裕顔の女子チームから質問が飛んできた。
「甘いものはけっこう好きだったりする。自分で作るし」
「すごーい。どんなの?」
「ブールドネージュとかマドレーヌとか、クグロフとか」
「英田君にお菓子を作ってもらえる女子って幸せ者だね。バレンタインとかあげたりするの?」
「親同士の近所付き合いで前はあったかな」
「へえ! 好きな子とか彼女には作ってあげたり?」
「好きな子。うーん……そういう人はいないし、作ってあげたこともないよ。自分で作って自分で食べる」
女子のチョコレートパフェはもうほとんど残っていない。辺見は何か言いたげな顔でこちらを見ている。ハルカは大きく頷いた。死力を尽くせ、ということだろう。
「まてまてまて。英田、アイス全然食ってねえじゃねーか!」
「言わなかったけど、俺アイス苦手なんだ。それ以外は食べるよ」
「なにが甘いもの好きだよアイスなんて代名詞みたいなもんだろ!」
男子チームの意識が失いかけたとき、ハルカは平然と残りを食べ終えた。誤差とは言えないタイムだが、透明なガラス容器が透けて見えるほどしっかりと食べた。ただしアイスクリーム以外。店員も満足そうだ。
夕方には練習メンバーと別れ、ハルカは愛加と二人きりになった。家も帰る方角も同じだ。彼女を送らなければならない雰囲気になり、後ろをついていく。
「お菓子作りが趣味なんて知らなかった」
「誰にも話してないからね。別に自慢できるような趣味でもないし、自分で食べたいから作ってるだけで」
「なんで今日いたの?」
「辺見って奴いただろ? 人数合わせのためにあいつに誘われたんだ。愛加は俺がいるの嫌がると思ったけど、断りきれなくて。ごめん」
愛加はもう何も言わなかった。ハルカ自身も特別話すことはないので、彼女の後をついていった。
街灯には羽虫が舞い、時折じゅっとした音が鳴る。儚い命だ。図体が大きいだけで、人間もまた弱い生き物。海に飛び込めば、簡単に命なんて投げ捨てられる。
愛加の家についた。「おやすみ」と声をかけるが、愛加は一度も振り返らずに玄関の扉を開ける。
最後まで見届けた後、ハルカも踵を返した。
アンティーク・ショップでのアルバイトを初めてからおよそ一か月ほど経ち、少しずつ慣れてきている。
質素なホームページにたくさんのアンティークが並び、訪問・ご相談を承りますの横にはメールフォーム。店の住所。
ハルカの仕事は注文の商品をチェックし、フィンリーへ伝える。メッセージカードとともに箱詰めし、業者へ託す。忙しくはないが、高額の商品を扱うプレッシャーは凄まじいものだ。対するフィンリーは涼しい顔で接客をしている。
「うなり声が聞こえてきましたよ、アルバイトさん」
「うるさくてすみません。いやあ、ホームページのボタンの大きさとか、いろいろ気になっちゃって。メールフォームも枠をもう少し大きくすれば、書きやすくもなるだろうし」
「……ホームページ作りに熟達しているのですか?」
「俺、IT業界を志望をしていて、プログラミングとか小学生の頃からやってるんです。父親の影響もあるんですけど」
「学部もそのようなところでしたね。もし料金をお支払いしたら、作り直して頂けますか?」
プロの人に頼み、出来上がったものをもう少し直してほしいとやりとりしたのだが、音信不通となってしまったのだという。
「お金はいりません。作ってみてもいいですか? このホームページからあまり変わらないように、見やすくしてみたいです」
「お金はお支払いしますので、お願い致します」
客人を知らせるドアベルが鳴った。今日は予約者が一人入っている。
アルバイトを始めてから習ったことは、紅茶の淹れ方だ。紅茶は好きでたまに飲むが、まさかここまで奥が深いものだとは思いもしなかった。
フィンリーとにかく優しい。彼の持つ優しさの一つは、見返りもなしに他者を正しい道へ示してくれる。ハルカが失敗をしても一つ一つできるまで教えた。
ただ厳しいのは、紅茶の淹れ方だった。紅茶には等級があって、OPだのPだのDなど、いろいろある。渋みや甘みが異なり、それぞれ淹れ方が変わる。紅茶屋さんもできそうですね、と言ってみると答えは「ノー」。全身全霊、死力の趣味だという。
持てる力を振り絞って淹れた紅茶は、なんとか形にはなった。
トレーに乗せて商談部屋へ持っていくと、男性が涙を流していた。険しい表情のハンサムとサラリーマン風の男性。別れ話を切り出されたようにしか見えない。
トレーを持ったままうろうろすると、フィンリーはハルカとテーブルを交互に見つめた。置いてOK、との合図だ。
「よろしければ紅茶をどうぞ。元気が出ますよ」
男性は顔を上げるが、涙は止まらなかった。
「取り乱してすみません。俺、鈴村和之といいます。とある指輪を探して、もう十件以上ショップを巡っているんです」
テーブルの上に置かれた携帯端末には、光輝く宝石が埋め込まれた指輪が写っている。
「諸事情があり、手放したくなかった指輪が手元から離れていきました。この指輪を買い戻したいのです」
ハルカは鈴村の言い方に少し違和感を感じた。『手元から離れていく』というのは、自ら手放したというより自然と無くなってしまったかのように聞こえた。
「鈴村様、もう少し深く事情を説明して頂けると助かります」
フィンリーは表情を崩さない。
「買い戻したい、とおっしゃいましたね。ということは、鈴村様が売ったわけではなく、鈴村様の指輪をどなたかが売り払い、それを取り戻したいという日本語に聞こえます」
「それって犯罪なんじゃないんですか。勝手に売るなんて……」
「犯罪者扱いしないでほしいです!」
「すみません!」
反射的に謝ってしまった。
「本当にお金に困ってそうだったんです。……売ったのは俺の元カノなんですが、きっちり謝罪もしてくれましたし、お母さんの病気も良くなったっていうから……」
「病気?」
「ずっと入院していて、手術代が出せないって言ってたんです。俺の指輪を売ったおかげで、お母さんが手術も受けられたし元気になったって……」
「その、彼女さんは……」
「元カノです。彼女とは音信不通になってしまって……。俺、働いて貯めたお金で、大事な指輪を買い戻そうとしたんです。彼女と音信不通になる前に聞いたんですが、外国人が店主の店に売ったと言ってました」
目の前にはイチゴパフェ、隣はチョコレートシロップがかかっているパフェ。驚喜ととるか凶器ととるか、反応は様々だ。
「美味しそうだね」
「それが最初に言う言葉か? 女子より食えなかったらどうすんだよ」
辺見の顔は引きつっている。
「分けたらいいじゃんか。俺けっこういける自信ある」
「あーそうかい。じゃあいただきます」
最初は勢いよく食べ進めていくが、三分の一くらいになるとスプーンが口元へいかなくなる人も出てくる。お腹が減っていても食べられる量はそう変わるものではない。
「なんでこういうのに限ってかさ増しのフレーク系じゃなくアイスとフルーツってよ……。頭がキーンってなるの、なんていうんだっけ」
「アイスクリーム頭痛」
ぼそっとハルカは答える。
「からあげ食いてー。みそ汁飲みてー」
「マシュマロがけっこういいかんじに中和してくれる」
「マシュマロどこ?」
「もう少し食べ進めたあたり」
減りは隣の女子チームの方が圧倒的だ。甘いものへの耐久性でも生まれながらに備わっているのだろうか。
「英田君ってけっこういけるくち?」
余裕顔の女子チームから質問が飛んできた。
「甘いものはけっこう好きだったりする。自分で作るし」
「すごーい。どんなの?」
「ブールドネージュとかマドレーヌとか、クグロフとか」
「英田君にお菓子を作ってもらえる女子って幸せ者だね。バレンタインとかあげたりするの?」
「親同士の近所付き合いで前はあったかな」
「へえ! 好きな子とか彼女には作ってあげたり?」
「好きな子。うーん……そういう人はいないし、作ってあげたこともないよ。自分で作って自分で食べる」
女子のチョコレートパフェはもうほとんど残っていない。辺見は何か言いたげな顔でこちらを見ている。ハルカは大きく頷いた。死力を尽くせ、ということだろう。
「まてまてまて。英田、アイス全然食ってねえじゃねーか!」
「言わなかったけど、俺アイス苦手なんだ。それ以外は食べるよ」
「なにが甘いもの好きだよアイスなんて代名詞みたいなもんだろ!」
男子チームの意識が失いかけたとき、ハルカは平然と残りを食べ終えた。誤差とは言えないタイムだが、透明なガラス容器が透けて見えるほどしっかりと食べた。ただしアイスクリーム以外。店員も満足そうだ。
夕方には練習メンバーと別れ、ハルカは愛加と二人きりになった。家も帰る方角も同じだ。彼女を送らなければならない雰囲気になり、後ろをついていく。
「お菓子作りが趣味なんて知らなかった」
「誰にも話してないからね。別に自慢できるような趣味でもないし、自分で食べたいから作ってるだけで」
「なんで今日いたの?」
「辺見って奴いただろ? 人数合わせのためにあいつに誘われたんだ。愛加は俺がいるの嫌がると思ったけど、断りきれなくて。ごめん」
愛加はもう何も言わなかった。ハルカ自身も特別話すことはないので、彼女の後をついていった。
街灯には羽虫が舞い、時折じゅっとした音が鳴る。儚い命だ。図体が大きいだけで、人間もまた弱い生き物。海に飛び込めば、簡単に命なんて投げ捨てられる。
愛加の家についた。「おやすみ」と声をかけるが、愛加は一度も振り返らずに玄関の扉を開ける。
最後まで見届けた後、ハルカも踵を返した。
アンティーク・ショップでのアルバイトを初めてからおよそ一か月ほど経ち、少しずつ慣れてきている。
質素なホームページにたくさんのアンティークが並び、訪問・ご相談を承りますの横にはメールフォーム。店の住所。
ハルカの仕事は注文の商品をチェックし、フィンリーへ伝える。メッセージカードとともに箱詰めし、業者へ託す。忙しくはないが、高額の商品を扱うプレッシャーは凄まじいものだ。対するフィンリーは涼しい顔で接客をしている。
「うなり声が聞こえてきましたよ、アルバイトさん」
「うるさくてすみません。いやあ、ホームページのボタンの大きさとか、いろいろ気になっちゃって。メールフォームも枠をもう少し大きくすれば、書きやすくもなるだろうし」
「……ホームページ作りに熟達しているのですか?」
「俺、IT業界を志望をしていて、プログラミングとか小学生の頃からやってるんです。父親の影響もあるんですけど」
「学部もそのようなところでしたね。もし料金をお支払いしたら、作り直して頂けますか?」
プロの人に頼み、出来上がったものをもう少し直してほしいとやりとりしたのだが、音信不通となってしまったのだという。
「お金はいりません。作ってみてもいいですか? このホームページからあまり変わらないように、見やすくしてみたいです」
「お金はお支払いしますので、お願い致します」
客人を知らせるドアベルが鳴った。今日は予約者が一人入っている。
アルバイトを始めてから習ったことは、紅茶の淹れ方だ。紅茶は好きでたまに飲むが、まさかここまで奥が深いものだとは思いもしなかった。
フィンリーとにかく優しい。彼の持つ優しさの一つは、見返りもなしに他者を正しい道へ示してくれる。ハルカが失敗をしても一つ一つできるまで教えた。
ただ厳しいのは、紅茶の淹れ方だった。紅茶には等級があって、OPだのPだのDなど、いろいろある。渋みや甘みが異なり、それぞれ淹れ方が変わる。紅茶屋さんもできそうですね、と言ってみると答えは「ノー」。全身全霊、死力の趣味だという。
持てる力を振り絞って淹れた紅茶は、なんとか形にはなった。
トレーに乗せて商談部屋へ持っていくと、男性が涙を流していた。険しい表情のハンサムとサラリーマン風の男性。別れ話を切り出されたようにしか見えない。
トレーを持ったままうろうろすると、フィンリーはハルカとテーブルを交互に見つめた。置いてOK、との合図だ。
「よろしければ紅茶をどうぞ。元気が出ますよ」
男性は顔を上げるが、涙は止まらなかった。
「取り乱してすみません。俺、鈴村和之といいます。とある指輪を探して、もう十件以上ショップを巡っているんです」
テーブルの上に置かれた携帯端末には、光輝く宝石が埋め込まれた指輪が写っている。
「諸事情があり、手放したくなかった指輪が手元から離れていきました。この指輪を買い戻したいのです」
ハルカは鈴村の言い方に少し違和感を感じた。『手元から離れていく』というのは、自ら手放したというより自然と無くなってしまったかのように聞こえた。
「鈴村様、もう少し深く事情を説明して頂けると助かります」
フィンリーは表情を崩さない。
「買い戻したい、とおっしゃいましたね。ということは、鈴村様が売ったわけではなく、鈴村様の指輪をどなたかが売り払い、それを取り戻したいという日本語に聞こえます」
「それって犯罪なんじゃないんですか。勝手に売るなんて……」
「犯罪者扱いしないでほしいです!」
「すみません!」
反射的に謝ってしまった。
「本当にお金に困ってそうだったんです。……売ったのは俺の元カノなんですが、きっちり謝罪もしてくれましたし、お母さんの病気も良くなったっていうから……」
「病気?」
「ずっと入院していて、手術代が出せないって言ってたんです。俺の指輪を売ったおかげで、お母さんが手術も受けられたし元気になったって……」
「その、彼女さんは……」
「元カノです。彼女とは音信不通になってしまって……。俺、働いて貯めたお金で、大事な指輪を買い戻そうとしたんです。彼女と音信不通になる前に聞いたんですが、外国人が店主の店に売ったと言ってました」
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