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第一章
05 ブルーダイヤモンドの出会い─⑤
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愛情たっぷりのケーキを食したあと、フィンリーとともに一階最奥の部屋へ踏み入れた。
箱が山積みになっていて、埃も被っている。中身はすべてアンティーク・ジュエリーだ。
「あなたにお願いしたいのは、アクセサリーを種類別に分けてほしいのです。指輪、ネックレス等。少々大変かと存じますが、お願い致します」
「お任せ下さい」
電話が鳴った。フィンリーのものではない。ハルカはポケットをまさぐった。
『ちょっと! どこでなにやってんのよ!』
「あ、ごめん。今、ちょっとお手伝いに来てて」
『手伝い? そんなことする暇があるなら帰り送ってってよ』
「ごめん。今日は無理。別の約束があるから」
『私よりも大切だっての?』
「本当に、ごめん。父さんに送ってもらって」
深い深いため息だ。同じため息でも、フィンリーがついたものとまるで違う。フィンリーのは相手を思慮深く考えているかのようなため息で、愛加のものは心臓を縮こませる。
『……もういいわ。じゃ』
「ごめんね。それじゃ」
言い終わる前に、電話が切れた。
ポケットにしまい取りかかろうとしたとき、フィンリーの手が止まってじっとこちらを見つめている。
「四回」
「え?」
「あなたは今の短い電話で、およそ四回謝罪を繰り返しました。なぜですか?」
フィンリーは静かに滑舌よく問いかけた。
静かな怒りだ。またもやごめん、と言いそうになり、ハルカは呼吸を整えてから口を開いた。
「今のは本田愛加っていって、俺が大切にしなければならない幼なじみなんです」
「…………左様ですか。随分と、途方もなく苦行な日本語ですね。……さあ、始めましょうか」
彼に対する思いが、うずたかく積み重なっていく。言いたいことを押しつけようとしないのは彼の優しさだ。だが同時に、途中で止めてしまうのは残酷さでもある。いずれにしても紙一重で、ハルカは呼吸の仕方さえ行方不明になってしまった。
空気が、重い。けれど仕事は仕事で、ボランティアといえど一度決めたことはやり通したいとひたすら手を動かし続けた。
気づけば外は日が傾いている。重い空気も感じないほどに、ハルカは呼吸も手も集中していた。
「青く輝いてる……」
ネックレスの真ん中には青く光る宝石が埋まっている。回りにはダイヤモンドのような透明な輝き。
フィンリーは顔を上げた。
「ブルーダイヤモンドかな?」
フィンリーが手を差し出したので、ネックレスを彼に渡した。
彼はループで宝石をひと通り見た後、
「ブルージルコンですね」
と聞き慣れない言葉を口にした。
「ジルコン? 宝石の名前ですか?」
「カンボジアで採掘される宝石になります。地球上で、一番の歴史のある宝石ですよ」
「へえ! ダイヤモンドよりも?」
「ダイヤモンドよりも十億年は古いとされています。回りの石はクォーツですね」
クォーツ。水晶のことだ。
「日本でも山梨県が水晶の産地でしたが、盗掘などがあり今は閉山されています」
「自然を破壊して得られるのが宝石ってことですね」
「人間のエゴとも言いますね。さて、人間の集中力は、そう何時間も続かないものです。お疲れ様でした」
「お疲れ様です。……俺が分けたアクセサリーを、その都度鑑定してたんですか?」
「ある程度は絞れますので。大変助かりました。思っていた以上にありましたね。ここから先は査定のみですので、英田様の仕事は終了になります。そして、私に預けて下さいました指輪の件を話してもよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
夕日に当たるフィンリーの目は、色濃く輝きを増している。ここにあるアクセサリーよりも切なくなった。
「来週には鑑定が終わります。私が英田様のご自宅をお訪ねするか、池袋の店舗までいらっしゃるのなら交通費はこちらでお支払い致します」
「俺が行きます。ええと……お店にも興味があるし」
とってつけたような言い分だが、フィンリーは何も言わなかった。
おばあさんは帰りに残りのケーキを土産にと持たせてくれた。無償の愛はいくつになっても嬉しいものだ。
「ただいまー」
奥から「おーう」と聞こえる。
キッチンに父が立っていて、ハンバーグを煮込んでいた。
「早く手洗ってこい。……甘い匂いがするぞ」
「ケーキもらったんだ」
「開けていいか?」
「いいよ」
二切れのチーズケーキが入っていた。一切れであれば父にお裾分けする予定だったが、その必要はなさそうだ。
「もらってきたって、誰から?」
「おばあさん。ちょっといろいろあって、知り合いになって」
「おめえ、また変なことに首突っ込んでねえだろうな」
「ないって!」
「ヒーローごっこもいい加減にしろよ。そのうち痛い目見るぞ」
「落とし物届けただけだって! 感激されて、家に招待されただけだ」
その間がどっぷりと抜けているが、話せばまたヒーローごっこだの言われるのは目に見えている。
少し形の崩れたハンバーグを食べたあと、本日二つ目のケーキを口にした。今頃、彼も食べているだろうか。彼もケーキ二切れをもらっているはずだ。
「沖縄旅行に行ったときさ、すごい人に会ったんだよ」
「すごい人?」
「なんていうか、夕焼けとオーロラとダイヤモンドダストをまとったような人。その人に三日前も偶然会って、」
「お前それ、公安警察じゃねえだろうな?」
「なんでそうなるんだよ」
「お前が何かやらかして国から目をつけられてるとか」
「ちょっとは息子を信用……なんでもない」
信用してもらえる何かがあるのか──そう問いかけるも、頭が真っ白になった。銀世界のような輝きはなく、本当に何もない。
「……まあ、あれだ、お前のことは信用してる。悪いことはすんなよ」
そう言いつつ、ハルカの父である英田正宗はケーキをふた口で食べてしまった。
ハルカも残ったケーキを頬張りつつ、皿洗いを提案する。
ここ数日でいろいろとありすぎた。とにかく疲れた。ダイレクトに誰かから望まれたかった。
「おう、ありがとな」
正宗は白い歯を見せて笑っている。
なんのために生きているのだろう、といつも枝分かれしした道の真ん中に立ち尽くしていた。
箱が山積みになっていて、埃も被っている。中身はすべてアンティーク・ジュエリーだ。
「あなたにお願いしたいのは、アクセサリーを種類別に分けてほしいのです。指輪、ネックレス等。少々大変かと存じますが、お願い致します」
「お任せ下さい」
電話が鳴った。フィンリーのものではない。ハルカはポケットをまさぐった。
『ちょっと! どこでなにやってんのよ!』
「あ、ごめん。今、ちょっとお手伝いに来てて」
『手伝い? そんなことする暇があるなら帰り送ってってよ』
「ごめん。今日は無理。別の約束があるから」
『私よりも大切だっての?』
「本当に、ごめん。父さんに送ってもらって」
深い深いため息だ。同じため息でも、フィンリーがついたものとまるで違う。フィンリーのは相手を思慮深く考えているかのようなため息で、愛加のものは心臓を縮こませる。
『……もういいわ。じゃ』
「ごめんね。それじゃ」
言い終わる前に、電話が切れた。
ポケットにしまい取りかかろうとしたとき、フィンリーの手が止まってじっとこちらを見つめている。
「四回」
「え?」
「あなたは今の短い電話で、およそ四回謝罪を繰り返しました。なぜですか?」
フィンリーは静かに滑舌よく問いかけた。
静かな怒りだ。またもやごめん、と言いそうになり、ハルカは呼吸を整えてから口を開いた。
「今のは本田愛加っていって、俺が大切にしなければならない幼なじみなんです」
「…………左様ですか。随分と、途方もなく苦行な日本語ですね。……さあ、始めましょうか」
彼に対する思いが、うずたかく積み重なっていく。言いたいことを押しつけようとしないのは彼の優しさだ。だが同時に、途中で止めてしまうのは残酷さでもある。いずれにしても紙一重で、ハルカは呼吸の仕方さえ行方不明になってしまった。
空気が、重い。けれど仕事は仕事で、ボランティアといえど一度決めたことはやり通したいとひたすら手を動かし続けた。
気づけば外は日が傾いている。重い空気も感じないほどに、ハルカは呼吸も手も集中していた。
「青く輝いてる……」
ネックレスの真ん中には青く光る宝石が埋まっている。回りにはダイヤモンドのような透明な輝き。
フィンリーは顔を上げた。
「ブルーダイヤモンドかな?」
フィンリーが手を差し出したので、ネックレスを彼に渡した。
彼はループで宝石をひと通り見た後、
「ブルージルコンですね」
と聞き慣れない言葉を口にした。
「ジルコン? 宝石の名前ですか?」
「カンボジアで採掘される宝石になります。地球上で、一番の歴史のある宝石ですよ」
「へえ! ダイヤモンドよりも?」
「ダイヤモンドよりも十億年は古いとされています。回りの石はクォーツですね」
クォーツ。水晶のことだ。
「日本でも山梨県が水晶の産地でしたが、盗掘などがあり今は閉山されています」
「自然を破壊して得られるのが宝石ってことですね」
「人間のエゴとも言いますね。さて、人間の集中力は、そう何時間も続かないものです。お疲れ様でした」
「お疲れ様です。……俺が分けたアクセサリーを、その都度鑑定してたんですか?」
「ある程度は絞れますので。大変助かりました。思っていた以上にありましたね。ここから先は査定のみですので、英田様の仕事は終了になります。そして、私に預けて下さいました指輪の件を話してもよろしいでしょうか」
「はい、お願いします」
夕日に当たるフィンリーの目は、色濃く輝きを増している。ここにあるアクセサリーよりも切なくなった。
「来週には鑑定が終わります。私が英田様のご自宅をお訪ねするか、池袋の店舗までいらっしゃるのなら交通費はこちらでお支払い致します」
「俺が行きます。ええと……お店にも興味があるし」
とってつけたような言い分だが、フィンリーは何も言わなかった。
おばあさんは帰りに残りのケーキを土産にと持たせてくれた。無償の愛はいくつになっても嬉しいものだ。
「ただいまー」
奥から「おーう」と聞こえる。
キッチンに父が立っていて、ハンバーグを煮込んでいた。
「早く手洗ってこい。……甘い匂いがするぞ」
「ケーキもらったんだ」
「開けていいか?」
「いいよ」
二切れのチーズケーキが入っていた。一切れであれば父にお裾分けする予定だったが、その必要はなさそうだ。
「もらってきたって、誰から?」
「おばあさん。ちょっといろいろあって、知り合いになって」
「おめえ、また変なことに首突っ込んでねえだろうな」
「ないって!」
「ヒーローごっこもいい加減にしろよ。そのうち痛い目見るぞ」
「落とし物届けただけだって! 感激されて、家に招待されただけだ」
その間がどっぷりと抜けているが、話せばまたヒーローごっこだの言われるのは目に見えている。
少し形の崩れたハンバーグを食べたあと、本日二つ目のケーキを口にした。今頃、彼も食べているだろうか。彼もケーキ二切れをもらっているはずだ。
「沖縄旅行に行ったときさ、すごい人に会ったんだよ」
「すごい人?」
「なんていうか、夕焼けとオーロラとダイヤモンドダストをまとったような人。その人に三日前も偶然会って、」
「お前それ、公安警察じゃねえだろうな?」
「なんでそうなるんだよ」
「お前が何かやらかして国から目をつけられてるとか」
「ちょっとは息子を信用……なんでもない」
信用してもらえる何かがあるのか──そう問いかけるも、頭が真っ白になった。銀世界のような輝きはなく、本当に何もない。
「……まあ、あれだ、お前のことは信用してる。悪いことはすんなよ」
そう言いつつ、ハルカの父である英田正宗はケーキをふた口で食べてしまった。
ハルカも残ったケーキを頬張りつつ、皿洗いを提案する。
ここ数日でいろいろとありすぎた。とにかく疲れた。ダイレクトに誰かから望まれたかった。
「おう、ありがとな」
正宗は白い歯を見せて笑っている。
なんのために生きているのだろう、といつも枝分かれしした道の真ん中に立ち尽くしていた。
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