22 / 34
クラス異世界召喚物に備えて鞄に入れる物について(実践編)合宿三日目 ③
しおりを挟む横では隅田さんが岩場に腰掛けて竿を海へと垂らしていた。
足をパタパタと退屈そうに動かしている。
僕もその隣で同じように竿を垂らしている。竿は部長が渋々渡してくれたものだ。その部長は遠くの方で木の日陰でブー垂れている。
こちらを向いた部長と目が合いそうになってサッと顔を背けた。
「隅田さんは日焼けとか大丈夫?僕ってどうも日に焼けるとすぐ赤くなるタイプで、いわゆる肌が弱いタイプだからもうヒリヒリしてるんだよね。」
『私は日焼け止め重ね塗りしているのでそこまでは。それでも太陽さんは防壁を突破してきちゃうんですけど。日焼け止め、貸しますしょうか?』
言われてみれば竿を片手にスマホを打ち込む隅田さんの肌は少し焼けている気がする。
「んー。じゃあ貸してもらおうかな。」
ここはご好意に甘えるとしよう。
「それにしても毎回思うけど、絵の具やらシャー芯やらは『貸す』って言うけど、大抵の人は返さないよね。」
ハンドクリームとか今回の日焼け止めとか。
『かといって、せいぜい一回分しか使わないのに、あげるっていうのは変な感じがしますけど。もうそういうものだと思って、「貸してもらう」っていう時、心の中で「返さないけど」って付け足しておけばいいんじゃないですか?それなら違和感ないですし。』
違和感はないけど罪悪感が湧いてきそうだ。貸す方は、「貸そうかー?」の前に「返ってこないだろうけど」と心の中で付け足すのだろうか。なんだか陰湿で仲が悪そうだ。
なら心の中ではなく口に出すのはどうだろうか。試してみよう。
「日焼け止め借りてもいいかな?返さないけど」
『いいですよ。返してもらえることは元から期待してないので。』
隅田さんは意図を理解して乗ってきてくれた。……なんと殺伐とした会話か。
「やっぱり頭を空っぽに「貸してー」「いいよー」みたいなアホっぽい問答が1番いい気がしてきた。」
『同感です。とりあえず、貸しますね。』
僕は隅田さんがポケットから取り出した日焼け止めクリームをありがたく受け取って、肌の露出した部分にペタペタと塗り込んでいく。
そして、「ありがとね」と言って日焼け止めクリームを返す。
返すと言っても、使った中身は減ったままなのだけど。
『それにしても釣れませんね。』
「むしろ釣れたとしても食べられる魚かどうか判断がつかないかもしれないよね。僕は魚に対する知識とか皆無だし。」
島国日本に生まれた身としてはけしからんことかもしれないが、本当に魚に対する知識と興味が皆無なのだ。青魚は全部一緒に見えるし。
そもそも代表的な魚すら名前が出てこない有様だ。カツオとかサケくらいしか分からない。
『いいんじゃないですか?そもそも異世界だと私たちが知っている魚なんて居ないかもしれないんですし。居るのは完全なる未知の魚達ですよ。』
隅田さんのフォロー?に僕はそれもそうかと納得した。
例え地球の魚図鑑を異世界に持っていったところで、所詮地球の魚図鑑は異世界では無意味。つまり魚の種類なんて覚えなくても良いということではないか。
「んー。図鑑とかで色んな生き物の写真やらを見るのは好きなんだけどね。種類とか名前とかを覚えるために読んでないからなぁ。」
僕にとって図鑑とは完全なる観賞用だ。絵画を見る感覚に近いかもしれない。わーすげーってなるだけ。特に知識は増えない。
『名前とかを覚えるのも面白いですけどね。魚だとオジサンなんて名前のものも居ますし。』
「なんか食べる気が無くなる名前だね。」
命名した奴はよほどセンスがなかったのだろう。
『美味しいらしいですよ。私は食べたことありませんけど。』
隅田さんのスマホに一匹の魚が映った。これがオジサンだろうか。オジサン感はゼロだが。強いていうのなら、顎らへんから伸びた二本の長いヒゲがオジサン要素なのだろうか。赤い体も酔っぱらってる中年っぽいっちゃぽいし。
しかしそれだけでオジサン呼ばわりとはなんとも悲しい宿命を背負った魚である。命名した奴はさぞあの世でオジサンに恨まれているに違いない。
「ちょっと食べてみたい気もするなぁ、オジサン。」
何気なく呟くと、隅田さんの頰が赤く染まってスマホを盾に僕から顔を隠すよう仕草をした。なぜだ。
顔を背けたままスマホがこちらに突き出された。
『援助交際っていうか娼年みたいなこと言わないでください!』
君が何を言っているのか。いきなりぶっ込んで来た隅田さん。
どうも隅田さん脳は「食べる」という言葉を性的に捉えるらしい。そもそも娼年とか普通に生きていたら知る由のない言葉なんだけども。
案外僕が思っているより隅田さんの心はどす黒く汚れているのかもしれなかった。とんでもないむっつりスケベである。
「あ、うんなんかごめんね。」
出来るだけ顔が痙攣らないように努力してそう答えた。
隅田さんは顔に集まった血液で暑そうに手で顔をぱたぱたと扇ぐ。
スマホを見るとかれこれ釣りを始めてから1時間が経っていた。僕らの成果はゼロ、いわゆるボウズという奴だ。
無人島なんかの人に釣られ慣れていない魚達は警戒心がないから入れ食いフィーバーだと噂に聞いたことがあるが、はたしてアレはデマだったのだろうか。
それとも「1時間くらいで諦めんなこの根性なしのカス共が!」ということなのだろうか。
僕にはどうも釣りの楽しさは分かりそうもなかった。
僕は遠くから五寸釘でも打ち付けそうな顔でこちらを見ている部長を伺って、「よっこらせ」と立ち上がった。
「火の番は交代にしようか。僕もそろそろ日陰が恋しくてたまらないし。」
そして部長が不貞腐れているし。
僕は尻についた汚れを癖でつい払った。どうせまた砂に尻をつけるのだから、気にしたところで意味はないというのに。
日陰を求めて体育座りをしている部長のところまでやってきた。
部長が僕をちらりと見上げた。そして鍋へとまた視線を戻す。
「何よー。敗者に勝者がなんのようがあるのっていうのよ。」
想像以上に卑屈になっているようだ。顎がしゃくれてるし。
「魚が取れなくて。」
僕は竿をプラプラさせた。
「釣りで無理ならモリでも作って突いてればいいじゃない。情けなんていらないわよ。」
部長はぷいっと僕とは反対に顔を背けた。これでもかってくらいにテンションが低い。本当にめんどくさいなぁこの人。
「日焼けでヒリヒリするんで、日陰に入っときたいんですよ。どちらかというと、僕がお願いする側なんですけど、ダメですかね。釣りもうまくいかなくて、隅田さんも困ってるみたいですし。」
「へぇ~?そうなの?」
「もう今こそ部長の出番ですよ。隅田さんに釣りをレクチャーしてあげてください。僕みたいな素人にはとてもとても。」
部長の口角がぴくびくとニヤケを我慢できないように動いた。
「そ、それなら仕方無いわねぇ。まあべつに?火の番も大事な仕事だし嫌じゃあ無かったんだけども?可愛い部員が困っているだていうのなら部長として解決してあげなきゃいけないわけだし?後輩君がどうしてもっていうなら釣りマスターたる私が隅田ちゃんを指導してあげようじゃない。」
おだてすぎて完全に調子に乗ってしまった。
今もこちらをチラチラ見てして、もっと褒めてと言わんばかりだ。犬のような尻尾と耳をフリフリと動かす姿を幻視した。
「どうしてもですよどうしても。やっぱり僕らは部長の力がないとダメですよねぇ。」
「そうよねぇ!私がやっぱりナンバーワンなのよねぇ。ほら、日陰に入んなさいよ。このシートも貸してあげるわ。」
部長は立ち上がって、さっきまで自分が座っていた赤いハンカチを指し示した。
「いやぁありがとうございます部長様。」
部長のお尻がずっと付いてたんだなーと思って腰掛けるも、もともと地面があったかいこともあってハンカチに移ったであろう部長の体温はよく分からなかった。残念である。
「じゃあ私は隅田ちゃんの所に行ってくるわね。後輩君は夜ご飯にするお魚パーティの準備でもしときなさいな。」
部長は砂を後ろに蹴り出しながら隅田さんの元へと駆けて行った。
日陰で若干下がった温度に温泉に浸かったかなような心地よさを感じて、僕は「ふぃー」と息を吐いた。極楽である。
いくら日陰で太陽から隠れようとも、この合宿が終わる頃には僕の肌はこんがりと焼かれているかもしれない。今までの人生で目立つ日焼けなんぞしたことがなかったから、家族に笑われるかもしれない。
もしくは親に「あんたもようやく外で遊ぶ健康的な子に育ったのね……」と感動されるかもしれない。
こんがり焼けた小麦色の肌というのは健康的というのは印象が持たれがちだけど、日焼けは健康的に良くないのになぁ。
日焼けはいわゆる日光の供給過多で、火傷とおんなじわけだし。
そりゃ日光は必要なんだろうけども、健康に必要な太陽光など僅かなものだ。運動だって室内でも、日の沈んだよるにだって出来るというのに。
まったく色白=不健康という等式はやめてもらいたいものだ。
そういう僕は不健康で不摂生な生活を送っているわけだけども
しかし僕的にも小麦色の肌をしたスポーツ少女というジャンルにはぐっとくる所があるし、一概に日焼けを全否定もできないのが悩ましい所である。
部長と隅田さんが戻ってきたら女性の意見を聴いてみよう。普通の女子高生の意見が聴けるのかは若干怪しい所ではあるけれど。
僕は二人が帰ってくるまでに立派な城を築くべく、砂いじりを始めた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
鬼上官と、深夜のオフィス
99
恋愛
「このままでは女としての潤いがないまま、生涯を終えてしまうのではないか。」
間もなく30歳となる私は、そんな焦燥感に駆られて婚活アプリを使ってデートの約束を取り付けた。
けれどある日の残業中、アプリを操作しているところを会社の同僚の「鬼上官」こと佐久間君に見られてしまい……?
「婚活アプリで相手を探すくらいだったら、俺を相手にすりゃいい話じゃないですか。」
鬼上官な同僚に翻弄される、深夜のオフィスでの出来事。
※性的な事柄をモチーフとしていますが
その描写は薄いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる