雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江

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第四章 富百合

12 てんこ盛りだった

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 バンバン。

 エイミの銃が鳴ったが、キン、キン、と澄んだ金属音が聞こえただけで、ダメージを受けた様子はない。2匹のシャチホコは、俺たちのすれすれまで急降下して、交叉しながら滝登りのように天井へ舞い上がった。

 エイミはその隙に銃弾たまを入れ替える。一体いくつ弾倉マガジンを持っているのだろうか。

 「で斬るのか」
 「大丈夫、斬れます」

 言葉を交わすうちに、シャチホコは再び急降下してきた。エイミが撃つ。

 バンバンバンバンバンバン。

 早業で弾倉を入れ替える。

 バンバンバンバンバンバン。

 全弾口の中に吸い込まれていった。
 2回撃ち尽くしたところで、漸く痛みを感じたのか、エイミに向かって降りてきていたシャチホコが、動きを止めた。
 もう1匹のシャチホコが、どうした、と仲間を気遣うように、やはり動きを止める。

 俺の刀はまだ届かない。エイミは更に銃弾をこめ直して、撃った。

 バンバンバン。

 「きゅるるう」

 いかつい顔に似合わず、切なげな声を上げて、シャチホコはもがき始めた。もう1匹のシャチホコが、心配そうに周りをぐるぐるする。

 エイミは容赦なく撃った。

 バンバンバン。

 シャチホコは、もがく割にはなかなか落ちない。エイミは弾倉を入れ替える。

 足元には、空の弾倉が散らばっている。

 「ちょっと可哀想じゃないか」

 「2匹とも倒さないと、先へ進めません。きっとその刀を使わないと、とどめを刺せないプログラムになっているのでしょう」

 「え、俺がやるのかあ?」

 まるで声に反応したかのように、もがくシャチホコが動きを止めた。
 大きな目玉が、ぎょろりと俺を睨む。ぬらぬらと光る、生きた魚の目をしていた。

 「ぐわっ」

 サメのような鋭い歯を剥き出し、襲いかかってきた。俺は夢中で刀を振り回した。
 バンバン、と銃声も聞こえる。

 「ひええ」

 手応えあった。適当に振り回したのに。
 相手がやたら大きいお陰で、命中したらしい。

 ぎりりり、と金属同士が擦れ合う音に続いて、生身の肉を斬る感覚が、遅れて俺に伝わってきた。

 刀を握る腕に、力をこめた。ぎぎぎ、と肉が抵抗する。シャチホコの生々しい目玉が、すぐ前にあった。

 不気味さに耐え、睨み据える。すうっ、と目の光が消え失せていった。

 肉の抵抗も同時に弱まった。

 どさり。

 シャチホコが、刀から外れて、床に落ちた。
 血が噴水ばりに噴き出て、木の床を汚した。

 「また来ます」

 エイミの声で我に返った。
 生き残りのシャチホコが、怒りに燃え、うろこをぎらぎらと光らせていた。

 シャチホコは雄と雌で一対なのだ。相方を殺された恨みに、目の力も凄まじい。

 力を溜め、空気を裂く勢いで急降下してきた。

 バンバン、バン。

 エイミが撃った。怒りで飛び出しそうになっていた、目玉が潰された。

 「ぎゅうおおお!」

 痛みと怒りのないまぜになった雄叫びを上げ、シャチホコは降下を続けた。俺は刀を構えた。

 刀を振り回すまでもなく、シャチホコは自ら刀に身を刺し貫いた。鮮血がどくどくと刀を伝わり、腕を濡らした。俺は、刀を離せなかった。

 シャチホコの肉が、刀をくわえこんで離さないのだ。

 重力に耐え、腕に力をこめた。徐々に、シャチホコの体から力が抜けるのを感じた。重みが刀越しにのしかかる。遂に手を離した。
 シャチホコは仲間に折り重なるようにして、落ちた。

 「お見事です」

 エイミが側に来た。俺は手を見せた。血まみれである。

 「これ、どうにかならないかな」
 「その前に、その刀を引き抜けますか」

 俺は、嫌々シャチホコから刀を引き抜いた。刺した時からは考えられないほど、あっさり抜けた。

 エイミはどこから出してきたのか、濡れ手ぬぐいを用意していた。
 両手と刀身を拭っていると、エイミがシャチホコの死骸から何か引っ張り出しているのに気付いた。

 1匹からは金色の鍵、もう1匹からは脇差わきざしが出てきた。
 おまけにエイミは、剥げ落ちたシャチホコの鱗をかき集めている。多分、これから使うのだろうが、何となく守銭奴に見える。

 さらにエイミは、俺に戦利品を渡さず、全てを自分の持ち物に加えた。
 俺は、うっかり正直な感想を口にしそうだったので、黙っていた。


 黒い両開きの大扉は、前に立っただけでは開かなかった。しかし把手とってを引くと、易々やすやすと開いた。

 扉の向こうは大広間だ。白い漆喰塗りの壁に、赤い絨毯じゅうたんが敷き詰められていた。

 正面はひな壇になっており、玉座が3つしつらえてあった。
 中央のひと際大きな玉座には、鎧兜よろいかぶとに身を固めた武者が鎮座ちんざしており、左側のやや小さな玉座には、西洋の姫君のように着飾ったかすみが腰掛けていた。

 「よくぞ、ここまで来たな。私を倒さねば、姫を取り返すことはできないぞ」
 「では遠慮しておきます」

 俺の呟きは無視された。

 鎧武者は、がしゃがしゃと金属音を立てて、玉座から下まで降りてきた。大刀を腰から引き抜いて、大上段に構える。

 「いざ、尋常じんじょうに勝負」
 「すけ人仕とつかまつります」

 エイミが俺の背後から大声を出した。芝居がかっている。ヘルメットから指示でも出ているのだろうか。
 鎧武者は、鷹揚おうように頷いた。

 「2対1か。よかろう、面白い」

 面覆めんおおいをつけていて、生身の顔がまるで見えない。目と口元に開く穴の奥は、ただひたすらに暗いだけである。

 エイミは俺の視界から外れたところで、じりじりと移動するようである。

 ちゃり。

 かぶとの辺りから、金属製の音がする。鎧武者は俺ばかりでなく、エイミの動向も把握している。

 バンバンバン。

 先制攻撃を仕掛けたのは、エイミであった。

 兜がもんどりうって仰向けにひっくり返ったところを見ると、面覆いの両目と口を撃ったのであろう。

 跳弾ちょうだんの音も聞こえなかったから、またも的を外さなかったとみえる。

 ゲーム的に基準が甘いとしても、大した腕前であった。

 感心している場合ではない。
 俺も、刀を構えながら鎧武者に駆け寄る。相手は、早くも起き上がろうとしていた。狙いは適当につけて、とにかく早く振り下ろす。

 カキ。

 貧相な音がした。見えない力に、刀がはね返された。

 ズパパパパパパ。カキンカキン、カキカキ、カキ、キン。

 眼前に黄金の雨が、舞い踊る。シャチホコの鱗の雨をくぐり、エイミが背後から飛び出して、ひな壇へ向かった。
 行く先を見極める余裕はなく、あっという間に鎧武者が起き上がる。

 俺は改めて刀を構えた。鎧武者の顔からは、変わらず生気を感じない。血が流れたり、肉がはみ出したり、グロテスクな物は何も見えない。
 ほっとしたような、がっかりしたような、妙な気分である。

 バンバン、ズドド。

 視界の外では、派手にやり合う音が聞こえる。鎧武者が、銃声のリズムに乗って斬りかかってきた。怖くて思わず避ける。刀を引き忘れた。

 ガキン、半端に構えた刀が、大きく揺れる。
 峰が頭に当たりそうである。引けた腰をそのまま利用して、刀と逃げた。

 鎧武者がつんのめりそうになって、復活する間に刀を構え直す。相手も改めて対峙たいじする。このままでは、到底勝てそうにない。

 エイミの援護えんごが欲しかった。しかし、向こうもそれどころではないらしい。

 ガチ、ガチ、と視界の外で、金属のぶつかり合う音がする。銃声は止んだようだ。いよいよ弾切れか。

 「ぐえええっ」

 男のような、野太い悲鳴が上がった。誰の声だ?

 一瞬の隙を、鎧武者は見逃さなかった。

 無言で斬りかかってくる。大刀が、風を切ってうなる。

 受け流す余裕はない。俺は、またも後ろへ飛んで逃げた。今度は刀も忘れず一緒に引いた。
 落ちかかる大刀は途中でぴたりと動きを止めて、滑らかに向きを変えた。

 ガチッ。

 構えていた刀に当たる。危うく、身を切られるのをまぬがれた。

 ズドドドドドドドドドドドドド。

 鎧武者が後ろへ吹っ飛んだ。
 俺は見た。

 どこから出したのか、エイミが機関銃を構えていた。

 早くも全弾撃ち尽くしたのか、エイミは銃を放り投げざまに駆け出した。
 視線を戻すと、鎧武者が起き上がろうとしている。

 美しい紐で綴られた金属片は無惨に打ち砕かれ、紐の切れ端が毛羽立ったようにはみ出ている。凄みを増している。

 機銃掃射きじゅうそうしゃの勢いで、刀も飛ばされていた。エイミは刀に向かって突進している。

 俺は我に返った。刀を突き出すように構え、鎧武者に突撃した。

 鎧武者は刀を取ろうともがいていたが、俺の動きに気付いた。必死で先に起き上がろうとする。
 エイミが落ちた刀に飛びつく。その勢いを借りて、鎧武者に突き刺した。俺とほぼ同時であった。

 「うぐう。やるな、お主」

 鎧武者が呟くと、兜が転がり落ちた。中身はなかった。からだった。
 金属がぶつかり合う音とともに、鎧も崩れた。これも、人間の体が入っているような潰れ方では、なかった。

 俺は刀を抵抗なく引き抜いて、念のため、ばらばらになった鎧を刀で持ち上げてみたが、やはり中身は空っぽであった。ほっとして、力が抜けた。しゃがみこもうとして、今の状況を思い出す。

 「そうだ。お前、何と戦っていたんだよ。まさか、磯川」
 「とても、普通の女子大生の動きとは、思えませんでしたが」

 曖昧に答えたエイミは、鎧武者の大刀を提げて、離れた場所に倒れる人影に近付いた。俺も恐る恐る後に続く。仰向けに倒れているのは、間違いなく霞であった。

 右腕の付け根辺りに、脇差が突き刺さっていた。血は出ていない。エイミは無造作に脇差を引っこ抜いてさやに納めた。

 血が噴き出たりもしなかった。俺は、ほっと一息ついた。

 遠ざけたい相手であっても、死なれたくはなかった。霞は、気を失っているだけのようである。

 エイミは背後に回り、柔道でするような気合いを入れた。霞はぱっちりと目を開けた。

 「あっ。ユーキ、助けにきてくれたのね。あの鎧男をやっつけてくれたの? すごい。私のために、危険を冒してくれて、ありがとう。何で私ったら、こんなところに寝そべっているのかしら」
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