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第四章 富百合
8 盗撮+盗聴されていた
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バレンタインデーの当日。
予備校の授業もなく、俺は朝から部屋にこもっていた。
富百合からチョコレートが届くかもしれない、と期待していた。だから、自室にいた方が、勉強に安心して打ち込めた。
どこかで電話の鳴る音がする。せっせと問題を解いていると、チャイムが鳴った。
「はい」
三文判片手に、いそいそと玄関へ向かう。廊下を駆け去る足音が、聞こえた。
チェーンがさびついていて、外すのに手間取った。近頃、用心のために掛け始めたのだ。
急ぎドアを開けようとすると、ドアまでさびついたのか、いつもより重く感じた。
表には誰もいない。顔だけ出して廊下を見渡す。
下を見ると、ドアの表側に、リボンのかかった箱が置いてあった。
寒い中を、わざわざ届けてくれたのだ。どうせ訪ねるのなら、ひと言声をかけてくれたら部屋に上がってもらってお茶でも淹れたのに。
あっさりしているところが、富百合らしいといえた。
俺は箱を両手で拾い上げた。母からもらった箱より一回り小さいが、チョコにしては、大きさの割に重みがある。
手作りケーキかもしれない。期待が膨らむ。
大事に部屋の中へ持ち運ぶ。
テーブルの上を片付け、箱を置いた。リボンの結びがキツく、やむを得ずハサミで切る。包装紙を丁寧に剥がそうとして、失敗した。中身は、白い紙箱である。
ますますケーキの予感がする。
俺は、一辺の端から端までぴったり封じたセロハンテープを、勢いに任せ、ハサミで一気に切断した。
「うわあっ!」
思わず大声を上げてしまった。テープを切った途端、蓋が跳ね上がり、黒い物体が飛び出したのである。全く予想外の出来事だ。
落ち着いて見ると、バネの先に紙がついているだけであった。魂消た。
恐る恐る、まだ揺れている、バネに近付く。
紙は写真のようで、見覚えのある人影が、ぼんやりと写っている。人物の判別がつかないのは、一面に、
「好き好きスキ好きすきスキ好き好きスキすきスキ好き…」
と黒マジックで書き込まれているせいであった。これだけで箱があの重さになるだろうか。
俺は、中を覗き込んだ。電話が鳴った。心臓が、口から飛び出すかと思った。
「ユーキ様、どうかなさいましたか」
「あアオヤギ。びっくりするじゃないか」
電話の主はエイミだった。俺は簡単に事情を説明した。
頼むまでもなく、すぐに来てくれた。
駆けつけたエイミの姿を見て、正直なところ、ほっとした。監視役でも、こういう時にはありがたい。
「あの女子高生から、送られてきた物ですか」
白手袋をつけながら尋ねる。刑事ドラマの見過ぎではないか。いや、素手で触る気がしないだけ、かもしれない。
「富百合ちゃんが、まさかこんなことするとは思えない」
つい頭の中の呼び名が口をついて出る。
「ふゆり。名字は?」
「須藤」
写真を見て眉根を寄せ、底を覗くなり、中身をつまみ出した。俺は後じさりした。
「血が、血が垂れる。ばい菌が散らばるって」
「ぬいぐるみです。よくできています。うさぎの毛皮ぐらいは、使ったのかもしれません」
ぱっと放り投げられた。反射的に受け取ってしまう。思いがけず、手触りの良い毛並だった。そして、紛れもなく箱の重さの元である。
耳の垂れた子猫の死体、と見えた物は、よく観察すれば、確かにぬいぐるみだった。
少なくとも体の中に詰まっている物は、柔らかい内蔵とは異なる、人工的な物質である。それは触ればすぐにわかった。口元の血と見えたものは、塗料なのだろう。
絶妙な重さと感触のせいで、変にリアリティのあるぬいぐるみになった。
エイミは、箱を調べるのに余念がない。
「ちゃんと、チョコレートが入っていますよ」
バネを固定した板の下に、いびつなハート型のようなチョコレートが鎮座していた。表面に白く、「LOVE」と書いてある。板とぬいぐるみの重みのせいだろう、文字には亀裂が入っていた。
偶然だろうが、ひび割れが怨念を感じさせる。
俺が恐る恐る見守る前で、エイミはチョコレートも緩衝材ごと取り出した。箱の底に、ピンクの便せんが四つ折りになっていた。
渡されるままに開く。
「ユーキへ。私に気があるそぶりをしながら、隣の女に手を出すなんて、ひどい浮気者ね。今回だけはこれで許してあげる。反省しなさい」
きれいに印刷してあった。名前はない。隣の女というのは、エイミのことか。
予備校では、生徒がそれぞれ授業を選ぶ。各自時間割が違うのだから、常に同じ女が隣に座ることはない、筈。興味もないから、いちいち覚えていない。
エイミは離れた場所に席を取っている。それとも、富百合のことか?
つい先日、エイミの部屋を覗いていた、怪しい人影を思い出す。あれは知った顔だったろうか。
便せんを、渡して読んでもらう。エイミは無表情に読み終え、テーブルの上に置く。
「須藤富百合と、お付き合いされていたのですか」
「そうだったらよかったんだけど、全然」
俺はそこで初めて、富百合との間に起こったことを話した。予備校内での関係だから、大体エイミも把握しているとは思うのだが。
そのせいか、エイミは聞いているのかいないのか、らくがきだらけの写真をじっと眺めていた。
「だから、彼女が俺を浮気者呼ばわりする筈がないだろ?」
「そうですね。高校の卒業文集を、ここにお持ちですか」
エイミは立ち上がって、ベランダへ向かった。
俺はベランダも気になったものの、言われた通りに、家から持ち出した文集を探し出した。
クラスでまとめた手書きの文集である。
装丁も絵の得意な生徒が行い、職員室の印刷機で刷ったものを教室に並べ、それぞれ自分の分を製本して綴じたのだ。懐かしい。
寒いと思ったら、ガラス戸が全開になっていた。折しもチャイムが鳴る。
「フジノさ~ん。小包です」
若い男の声がした。さっきとは様子が違う。エイミが戸を閉めて戻ってきたので、俺は安心して三文判と玄関へ出た。
今度は普通の小包だった。差出人の名前も住所も、ちゃんとある。
「富百合ちゃんだ」
喜び勇んで開けようとして、テーブルの上が、差出人不明の怪しい贈り物でいっぱいになっている事に、気付いた。
またエイミがベランダの戸を開けた。俺は楽しみを後にとっておくことにして、ベランダへ行ってみた。
エイミが手すりによじ上り、ポケットからドライバーやペンチを取り出して、庇の隅から何かを取り外していた。
部屋の中と温度差が激しく、寒風がびゅうびゅう吹き付けてくる。
エイミの鼻の頭が赤味を帯びていた。俺も寒さを堪え、ガラス戸を閉めずに作業を見守った。
ほどなく作業は終わり、エイミが降りてきた。
「何それ」
テーブルの上に置かれた物は、どう見ても、小型の監視カメラである。
アパートの設備でもなさそうだ。エイミは、バネの先で揺れる写真を指した。
「その写真は、このカメラで撮ったものと思われます。これはアパートの設備ではありません。私の部屋にはこんな物は設置されていません」
「カメラは、部屋の中に向けて固定されていました。従って、外部からの侵入者を見張るための物ではありません。充電式バッテリーで、撮影した映像を電波で飛ばし、近くで受信して記録していたのでしょう。この機械自体は、映像を記録する部分を持たないようです。残っていれば、覗きの証拠にはなったでしょうに」
俺は改めて写真を観察した。一面の文字に邪魔されている上、不鮮明な映像で判別しにくいものの、言われてみれば、確かに部屋の中にいる自分が写っているように思われる。
「いつからあったんだろう」
得体の知れない不気味さが、徐々にこみ上げてくる。誰が、何故、どのようにして、と疑問は尽きない。
「一つの仮説がありますが、その前に念のため、部屋を調べさせて欲しいのですが」
「何で」
エイミは、その辺へ寄せておいた勉強道具を勝手に使い、ノートにさらさらと書いてみせた。盗聴器、とある。俺は驚きで腰が浮いた。
こくこくと頷くと、エイミはまたポケットから機械を取り出した。
ドライバーセットといい、一体いくつの道具を用意したのだろうか。
お前は猫型ロボットか、と言おうとして、自分が主人公のメガネ少年になってしまうと気付いて、止めた。
エイミはその見慣れぬ機械を持って、部屋の中を端から端まで歩き回った。機械は、電話のところでびよびよと妙な音を発した。
エイミがなれた手つきで受話器を分解する。
中から小さな部品を抜き出し、ポケットに納めた。盗聴器であろう。
「同じ奴が仕掛けたのか」
恐る恐る俺が訊くと、エイミは何故か、ばつの悪そうな顔つきをした。
「ああ、これは私です。どうやら例の者はカメラを仕掛けるだけで精一杯だったのでしょう。これも私の仮説の補強になりますね。では文集を」
「ちょっと待て。お前、俺を盗聴していたのか」
さらりと話を流されそうになるのを、俺は押しとどめた。得体の知れない不安が、怒りに変わった。
「初めのころだけです。今、取り外しました」
エイミは無表情に言った。
「違法だろう。カメラもお前が仕掛けたんじゃないのか。そのおかしな箱も、皆、お前のせいじゃないのか」
「ユーキ様、落ち着いてください。確かにその箱が届けられるようになったのは、私のせいかもしれません。このような結果を招いたのは、お目付けとしての手落ちです。大変申し訳ございません」
「しかし、カメラは私が仕掛けたのではありません。盗聴器については、言い訳になりますが、こちらへ移りました当初、ユーキ様の行動が掴めませんでしたので、手がかりを得るために仕掛けたものです」
「近頃ではユーキ様が予め行き先を教えてくださるので、使っておりませんでした。回収の機会がないためそのままになっていたものです。失礼致しました。どうか、お許し願いたく申し上げます」
滔々と弁じ、後じさりして、平伏された。長々と連ねる言葉を聞くうちに、俺も落ち着きを取り戻した。
エイミも好きで務めているのではないのである。夏に昏睡強盗に襲われた時にしても、エイミがいたお陰で助かったのだ。あのままいたら、満潮で溺れ死んでいたかもしれない。
「頭を上げてくれ。俺が感情的に過ぎた」
エイミは顔を上げて、もう一度平伏してから姿勢を正した。
もう何ごともなかった態度に戻っている。本当に反省したのか、と疑問が兆したが、口には出さなかった。
予備校の授業もなく、俺は朝から部屋にこもっていた。
富百合からチョコレートが届くかもしれない、と期待していた。だから、自室にいた方が、勉強に安心して打ち込めた。
どこかで電話の鳴る音がする。せっせと問題を解いていると、チャイムが鳴った。
「はい」
三文判片手に、いそいそと玄関へ向かう。廊下を駆け去る足音が、聞こえた。
チェーンがさびついていて、外すのに手間取った。近頃、用心のために掛け始めたのだ。
急ぎドアを開けようとすると、ドアまでさびついたのか、いつもより重く感じた。
表には誰もいない。顔だけ出して廊下を見渡す。
下を見ると、ドアの表側に、リボンのかかった箱が置いてあった。
寒い中を、わざわざ届けてくれたのだ。どうせ訪ねるのなら、ひと言声をかけてくれたら部屋に上がってもらってお茶でも淹れたのに。
あっさりしているところが、富百合らしいといえた。
俺は箱を両手で拾い上げた。母からもらった箱より一回り小さいが、チョコにしては、大きさの割に重みがある。
手作りケーキかもしれない。期待が膨らむ。
大事に部屋の中へ持ち運ぶ。
テーブルの上を片付け、箱を置いた。リボンの結びがキツく、やむを得ずハサミで切る。包装紙を丁寧に剥がそうとして、失敗した。中身は、白い紙箱である。
ますますケーキの予感がする。
俺は、一辺の端から端までぴったり封じたセロハンテープを、勢いに任せ、ハサミで一気に切断した。
「うわあっ!」
思わず大声を上げてしまった。テープを切った途端、蓋が跳ね上がり、黒い物体が飛び出したのである。全く予想外の出来事だ。
落ち着いて見ると、バネの先に紙がついているだけであった。魂消た。
恐る恐る、まだ揺れている、バネに近付く。
紙は写真のようで、見覚えのある人影が、ぼんやりと写っている。人物の判別がつかないのは、一面に、
「好き好きスキ好きすきスキ好き好きスキすきスキ好き…」
と黒マジックで書き込まれているせいであった。これだけで箱があの重さになるだろうか。
俺は、中を覗き込んだ。電話が鳴った。心臓が、口から飛び出すかと思った。
「ユーキ様、どうかなさいましたか」
「あアオヤギ。びっくりするじゃないか」
電話の主はエイミだった。俺は簡単に事情を説明した。
頼むまでもなく、すぐに来てくれた。
駆けつけたエイミの姿を見て、正直なところ、ほっとした。監視役でも、こういう時にはありがたい。
「あの女子高生から、送られてきた物ですか」
白手袋をつけながら尋ねる。刑事ドラマの見過ぎではないか。いや、素手で触る気がしないだけ、かもしれない。
「富百合ちゃんが、まさかこんなことするとは思えない」
つい頭の中の呼び名が口をついて出る。
「ふゆり。名字は?」
「須藤」
写真を見て眉根を寄せ、底を覗くなり、中身をつまみ出した。俺は後じさりした。
「血が、血が垂れる。ばい菌が散らばるって」
「ぬいぐるみです。よくできています。うさぎの毛皮ぐらいは、使ったのかもしれません」
ぱっと放り投げられた。反射的に受け取ってしまう。思いがけず、手触りの良い毛並だった。そして、紛れもなく箱の重さの元である。
耳の垂れた子猫の死体、と見えた物は、よく観察すれば、確かにぬいぐるみだった。
少なくとも体の中に詰まっている物は、柔らかい内蔵とは異なる、人工的な物質である。それは触ればすぐにわかった。口元の血と見えたものは、塗料なのだろう。
絶妙な重さと感触のせいで、変にリアリティのあるぬいぐるみになった。
エイミは、箱を調べるのに余念がない。
「ちゃんと、チョコレートが入っていますよ」
バネを固定した板の下に、いびつなハート型のようなチョコレートが鎮座していた。表面に白く、「LOVE」と書いてある。板とぬいぐるみの重みのせいだろう、文字には亀裂が入っていた。
偶然だろうが、ひび割れが怨念を感じさせる。
俺が恐る恐る見守る前で、エイミはチョコレートも緩衝材ごと取り出した。箱の底に、ピンクの便せんが四つ折りになっていた。
渡されるままに開く。
「ユーキへ。私に気があるそぶりをしながら、隣の女に手を出すなんて、ひどい浮気者ね。今回だけはこれで許してあげる。反省しなさい」
きれいに印刷してあった。名前はない。隣の女というのは、エイミのことか。
予備校では、生徒がそれぞれ授業を選ぶ。各自時間割が違うのだから、常に同じ女が隣に座ることはない、筈。興味もないから、いちいち覚えていない。
エイミは離れた場所に席を取っている。それとも、富百合のことか?
つい先日、エイミの部屋を覗いていた、怪しい人影を思い出す。あれは知った顔だったろうか。
便せんを、渡して読んでもらう。エイミは無表情に読み終え、テーブルの上に置く。
「須藤富百合と、お付き合いされていたのですか」
「そうだったらよかったんだけど、全然」
俺はそこで初めて、富百合との間に起こったことを話した。予備校内での関係だから、大体エイミも把握しているとは思うのだが。
そのせいか、エイミは聞いているのかいないのか、らくがきだらけの写真をじっと眺めていた。
「だから、彼女が俺を浮気者呼ばわりする筈がないだろ?」
「そうですね。高校の卒業文集を、ここにお持ちですか」
エイミは立ち上がって、ベランダへ向かった。
俺はベランダも気になったものの、言われた通りに、家から持ち出した文集を探し出した。
クラスでまとめた手書きの文集である。
装丁も絵の得意な生徒が行い、職員室の印刷機で刷ったものを教室に並べ、それぞれ自分の分を製本して綴じたのだ。懐かしい。
寒いと思ったら、ガラス戸が全開になっていた。折しもチャイムが鳴る。
「フジノさ~ん。小包です」
若い男の声がした。さっきとは様子が違う。エイミが戸を閉めて戻ってきたので、俺は安心して三文判と玄関へ出た。
今度は普通の小包だった。差出人の名前も住所も、ちゃんとある。
「富百合ちゃんだ」
喜び勇んで開けようとして、テーブルの上が、差出人不明の怪しい贈り物でいっぱいになっている事に、気付いた。
またエイミがベランダの戸を開けた。俺は楽しみを後にとっておくことにして、ベランダへ行ってみた。
エイミが手すりによじ上り、ポケットからドライバーやペンチを取り出して、庇の隅から何かを取り外していた。
部屋の中と温度差が激しく、寒風がびゅうびゅう吹き付けてくる。
エイミの鼻の頭が赤味を帯びていた。俺も寒さを堪え、ガラス戸を閉めずに作業を見守った。
ほどなく作業は終わり、エイミが降りてきた。
「何それ」
テーブルの上に置かれた物は、どう見ても、小型の監視カメラである。
アパートの設備でもなさそうだ。エイミは、バネの先で揺れる写真を指した。
「その写真は、このカメラで撮ったものと思われます。これはアパートの設備ではありません。私の部屋にはこんな物は設置されていません」
「カメラは、部屋の中に向けて固定されていました。従って、外部からの侵入者を見張るための物ではありません。充電式バッテリーで、撮影した映像を電波で飛ばし、近くで受信して記録していたのでしょう。この機械自体は、映像を記録する部分を持たないようです。残っていれば、覗きの証拠にはなったでしょうに」
俺は改めて写真を観察した。一面の文字に邪魔されている上、不鮮明な映像で判別しにくいものの、言われてみれば、確かに部屋の中にいる自分が写っているように思われる。
「いつからあったんだろう」
得体の知れない不気味さが、徐々にこみ上げてくる。誰が、何故、どのようにして、と疑問は尽きない。
「一つの仮説がありますが、その前に念のため、部屋を調べさせて欲しいのですが」
「何で」
エイミは、その辺へ寄せておいた勉強道具を勝手に使い、ノートにさらさらと書いてみせた。盗聴器、とある。俺は驚きで腰が浮いた。
こくこくと頷くと、エイミはまたポケットから機械を取り出した。
ドライバーセットといい、一体いくつの道具を用意したのだろうか。
お前は猫型ロボットか、と言おうとして、自分が主人公のメガネ少年になってしまうと気付いて、止めた。
エイミはその見慣れぬ機械を持って、部屋の中を端から端まで歩き回った。機械は、電話のところでびよびよと妙な音を発した。
エイミがなれた手つきで受話器を分解する。
中から小さな部品を抜き出し、ポケットに納めた。盗聴器であろう。
「同じ奴が仕掛けたのか」
恐る恐る俺が訊くと、エイミは何故か、ばつの悪そうな顔つきをした。
「ああ、これは私です。どうやら例の者はカメラを仕掛けるだけで精一杯だったのでしょう。これも私の仮説の補強になりますね。では文集を」
「ちょっと待て。お前、俺を盗聴していたのか」
さらりと話を流されそうになるのを、俺は押しとどめた。得体の知れない不安が、怒りに変わった。
「初めのころだけです。今、取り外しました」
エイミは無表情に言った。
「違法だろう。カメラもお前が仕掛けたんじゃないのか。そのおかしな箱も、皆、お前のせいじゃないのか」
「ユーキ様、落ち着いてください。確かにその箱が届けられるようになったのは、私のせいかもしれません。このような結果を招いたのは、お目付けとしての手落ちです。大変申し訳ございません」
「しかし、カメラは私が仕掛けたのではありません。盗聴器については、言い訳になりますが、こちらへ移りました当初、ユーキ様の行動が掴めませんでしたので、手がかりを得るために仕掛けたものです」
「近頃ではユーキ様が予め行き先を教えてくださるので、使っておりませんでした。回収の機会がないためそのままになっていたものです。失礼致しました。どうか、お許し願いたく申し上げます」
滔々と弁じ、後じさりして、平伏された。長々と連ねる言葉を聞くうちに、俺も落ち着きを取り戻した。
エイミも好きで務めているのではないのである。夏に昏睡強盗に襲われた時にしても、エイミがいたお陰で助かったのだ。あのままいたら、満潮で溺れ死んでいたかもしれない。
「頭を上げてくれ。俺が感情的に過ぎた」
エイミは顔を上げて、もう一度平伏してから姿勢を正した。
もう何ごともなかった態度に戻っている。本当に反省したのか、と疑問が兆したが、口には出さなかった。
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