雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江

文字の大きさ
上 下
17 / 40
第三章 明巴

1 内輪で合コンしてみた

しおりを挟む
 こよみの上ではとっくに秋風が吹いているのに、ここは真夏のような暑さだった。

 避暑地ひしょちにも挙げられるような涼しい故郷から戻った俺には、なおのこと暑さが体にこたえた。

 予備校の授業は、暦の方に従って、早くも受験突入のかまえではずみがついていた。
 お盆明け最初の模試では、帰省中ショックを受けた出来事があったのと、何よりも暑さ疲れのせいで調子がでなかった。

 周囲は盆も関係なく必死に勉強しているのだ。結果は即座そくざに反映された。入校以来初めて成績が下がってしまったのである。

 1点の差で、順位は劇的げきてきに変わる。例えば100点満点中95点を取った人間は全国で何千といて、同じ順位として記録されるのだから、94点を取った人間の順位はその分下がることになる。

 俺がほっとしたことには、エイミの成績はもっと下がっていた。真面目に勉強しているあかしとして、成績表を母に送ることになっている。何故かエイミの分も添えて。比較対象として使うらしい。
 お目付けよりも成績が下がったら、母は不機嫌になる、という想像が、俺にもつくようになっていた。

 「珍しゅう下がったな。夏休み遊びほうけたからだわ。こっちに残りゃあよかったのに。すべり止め考えた?」

 フタケが成績一覧を勝手にのぞき込む。仕返しに見た彼の成績は、前回とさして変わらない。

 「お前だって、遊んでいたんだろう」
 「まあ、な」

 言い返すと、フタケはにやにや笑って受け流した。余裕のある態度だ。俺は悔しさを感じた。遊ぼうが勉強しようが、入試は結果が全てである。

 アパートに戻ると、珍しくエイミから電話がかかってきた。

 「こちらへ戻られて、夏バテされておられるのではありませんか。きちんと食事をっておられますか」

 直接成績に触れないところが小憎こにくらしい。もし成績を持ち出されたら、エイミの順位も下がったことを言い返せるのに、すきのないことである。

 「確かにこっちの方が暑いけど、ちゃんと食べているよ」
 「では、今夜の夕飯は何になさるご予定ですか」

 いい加減な返事を見透みすかされたようで、俺は返答に詰まった。

 「ええと、牛乳とじゃがいもを使った料理を作る予定だ」
 「さようでございますか」

 電話の向こうから聞こえる声が、冷たく変化した。

 「ポテトチップスとアイスクリームだけでは体がちませんよ。お母様に相談して手料理でも送っていただきましょうか」
 「いや、それはだめだ。家に連絡しなくていい」

 俺は慌てた。これから農繁期のうはんきを迎えるのに、問題があると思われたら、母は上京するよりも連れ戻す方を選ぶに決まっていた。これまでの苦労が水の泡だ。

 それにしても、店で買った物まで知っているとは、エイミはどういう視力をしているのだろうか。眼鏡に特殊な加工でもしてあるのだろうか。まさか冷蔵庫の中を覗いたのではあるまいな。

 「では、余計なお世話かと存じますが、暑さがやわらぐまでの間、平日の夕食をお作りいたしましょうか」
 「わかった。うちの台所使っていいよ。米もあるし」
 「私のところにもございます」
 「そうだった。じゃあ、持って来てもらうのも面倒だから、食べに行くよ。あと、うちの米を分けて持っていくから使ってくれ」
 「ありがとうございます」

 ようやく普通の声音に戻ったエイミからの電話を終える。何となく面白くない。
 栄養バランスの取れた食事を作ってもらえるのだ。
 毎日、アイスクリームとスナック菓子にジュースで腹を満たすより、よほど健康的だ。

 これまで何度かエイミの料理を食べる機会があった。悔しいが、どれもまずまず美味しかった。結局のところ、俺がお目付けに手なづけられているような気がして、不本意なのだ。


 海辺で美人局つつもたせというよりも昏睡強盗こんすいごうとうって以来、さすがにりたのか、しばらく音沙汰おとさたのなかったフタケから、遊びに誘われたのは、試験結果の出た週末のことであった。つまりは一向に懲りていない。

 「俺、勉強に専念せんねんするよ。成績落ちたの知っているだろう」

 真面目に断った俺の肩を、フタケは大仰おおぎょうに叩いて笑った。

 「どうせ24時間勉強は続かん。人間の集中力は長う見積もっても2時間が限度だ。だらだら机に向かっとってもちっとも頭には残らんぜ。それより、遊ぶときには遊んで、きっちり勉強した方が効率ええって」

 「そりゃそうだけど」

 フタケは叩いた肩を抱き寄せ、俺の耳に口を寄せた。

 「俺、ここの先生と付き合っとるんだ。今回はその紹介。身元は確かだろ」

 俺は目を丸くした。声もでなかった。
 そこへコトリがやってきた。彼は今回の模試で成績が上がり、何かの教科では満点を取って1位だった。当然俺の成績を追い抜いている。

 「ふーた、今度はどんな人が来るの? 僕楽しみだなあ」
 「俺も行くよ」

 成績のよいコトリが行くのなら、俺も参加してよい道理だった。
 ここで自分は遊ばず勉強すれば、成績を取り戻せるかもしれない、と思うのは卑怯ひきょうな考えだ。

 それより、フタケと付き合う講師の顔が見たかった。フタケは確かに女受けする顔で体つきもいいが、何といっても未成年の浪人生である。

 俺の通う予備校の講師は男女比が6:4ぐらいで女性講師も少なくない。

 知る限り、フタケと釣り合うような若い講師は見当たらなかった。大学院生の相手も務められる彼のことだから、守備範囲が相当広い、ということも考えられた。


 今回の集合場所は、フタケの家である。
 この辺りの人はなかなか家に招待したがらない、と聞いたことがある。実際、これが初めての招待であった。

 いくつもビルを持つ家だけあって、マンションの最上階を占めていた。ちょっとした屋上庭園までついている。

 「ちょうど両親が泊まりがけでいにゃあんだわ。外へ遊びに行って、他の教え子と顔を合わせたら、まずいだろう」

 そんな風に気を遣うところから、予備校講師と交際しているというのは、口からでまかせでもないらしい。

 先に到着した俺たちは、途中買い込んだお菓子やジュースを並べ、女性陣を待った。
 フタケはどこからか酒壜さかびんを出してきた。

 「たくさんあるから、1本ぐらいなくなっても大丈夫。親にはばれない」

 チャイムが鳴った。ドアを開けに立ったフタケの後を、俺とコトリはぞろぞろついていった。

 「奥で待っていろって言ったのに」

 文句を言いながらも、3人共、既に玄関にいる。フタケは、鍵を開けた。

 「はあい」
 「こんばんわ」
 「お邪魔します」

 俺はあごが外れるかと思った。横目でコトリを窺うと、彼も口をあんぐりと開け、目をいていた。俺は意識して口を引き結んだ。

 颯爽さっそうと現れたのは、予備校一の美人講師神谷由香子かみやゆかこであった。
 年齢は20代半ばと噂されるが、20歳ぐらいにしか見えない。

 その外見から予備校の名物講師に数えられ、テレビCMや新聞広告で講師を紹介するときには、必ず登場していた。

 担当教科は英語である。アメリカに留学経験があるとかで、発音も本場仕込みである。

 つけられたあだ名が『自由の女神』である。

 灰色の浪人生活から解放する女神、という意味もあるらしいが、あだ名としては長い。普段は単に女神と呼ばれている。

 まさか自由の女神が教え子と付き合うとは。

 無意識にリストから外していた。
 ものれた態度で親しげにフタケと話す様子からは、教え子と教師の緊張感は欠片かけらもなく、ただの恋人同士にしか見えなかった。

 由香子が連れて来たのは、同じく化学講師の梶尾明巴かじおあきはと、事務室にいる川相雪かわいゆきであった。

 明巴はその態度から、由香子の後輩に当たるらしいのだが、外見は由香子より年上に見えた。
 老けているのではなく、年相応に見えるだけで、由香子が若すぎるのである。
 由香子がフタケと並んでも、同じ年にしか見えない。

 俺は明巴の授業を受けている。真面目かつ緻密ちみつな授業をする講師だった。予習と復習なしには安心して授業を受けられない。

 厳しいが、当然ながら化学の試験に関しては抜群の実績があった。
 あとは彼女の授業についていけるかどうかの問題である。

 途中で脱落すると、その衝撃で、他の教科まで成績が下がるという噂もあった。

 それゆえか、明巴の授業は受講競争率が低い。あだ名もなかった。

 いつもは色気のないスーツに身を包み、髪型も地味にまとめている。

 今日は合コンと聞いて気合いを入れてきたのだろう、まるで正反対の格好だった。
 明るい色柄のお嬢様風ワンピースを着て、髪の毛を縦巻きに長く伸ばしていた。
 ぱっと見、誰か分からなかったほどの変貌へんぼうぶりである。今は普段よりもよほど若く見えて、意外にも可愛らしくさえある。

 川相雪については、俺は知るところが少なかった。
 予備校には事務室がある。
 受講料の支払い手続きや、講座の案内、大学の受験情報などを知るために予備校生が立ち寄る場所だ。

 若くて可愛い娘がいる、という噂を聞いてはいたものの、用もないのに行く場所でもなく、用があればその事で頭がいっぱいで気が回らず、そこに働く職員まで観察したことがなかった。

 それに、いつも窓口に座っていれば気付けても、話を聞くと、奥の目立たない場所に座って仕事をする人物ということで、今日初めてつくづく顔を眺める次第である。

 雪はほっそりとして、見るからに奥手で優しげな印象であるのに、低めの声で大げさに喋るところは、まるっきりおばさんだった。
 不思議な雰囲気の人である。3人の中では、1番若いということであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

一夏の性体験

風のように
恋愛
性に興味を持ち始めた頃に訪れた憧れの年上の女性との一夜の経験

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...