雌伏浪人  勉学に励むつもりが、女の子相手に励みました

在江

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第二章 棗

4 同窓会に行ってみた

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 電車を乗り継いで踏んだ故郷の土は、半年足らずにしてよそよそしい感じで俺を迎え、寂しいような懐かしいような複雑な気持ちを呼び起こした。

 駅にエイミの父が、車で迎えに来ていた。門前まで一緒に乗せてもらった。
 幼少から変わり映えのしない田舎の景色も、久々に目にすると、新鮮に思えた。

 「高校の同級会までは、どこへもお出かけになる予定はございませんね」
 「墓参りぐらいだな。出かける時には、アオヤギに連絡すればいいのか」
 「そうですね。お出かけ先によってはご一緒致します。よろしくお願いします」

 エイミの乗った自動車を見送って、俺は家の門をくぐった。母が玄関から飛び出して来た。

 「ユーキ、よく帰ってきたねえ。長旅で疲れたでしょう。お婆様もユーキが帰ってくるのを楽しみにしていたのよ。さ、荷物持つから、お上がりなさい。お茶でもいれましょう」

 抱きつかんばかりにして歓迎された。しばらく見ないうちに母親の背中が‥‥全く小さくなっていない。
 ますます力が増したように見えた。靴を脱ぐ前に、母が呼んだのか、騒ぎを聞きつけたのか、奥から祖母が出て来た。

 「まあ、よく帰ってきたねえ。ちゃんとご飯食べているかい。少しせたんじゃないかい」

 顔中をしわにして話しかける。
 心配の余り、痩せたと思い込んでいる。実際は、運動量が減った分、やや太りつつある俺は、意識して大きめの声を出した。

 「ちゃんと食べているよ。婆ちゃんも元気だった?」
 「婆ちゃんは元気だよ。今、お母さんがお茶を用意してくれているから、一緒に飲もうね」

 お茶けがてんこ盛りだった。漬け物、果物、甘い菓子、煎餅せんべい、とテーブルにせきれないほど用意されていた。

 それを一つ一つ勧められる。言われるままに全部食べたら、夕食が入らない。そうして夕食は夕食で、腹がはちきれるほど食べさせられるに違いなかった。

 「お茶を飲んで休んだら、お墓参りに行きましょうね。一緒にお父様たちをお迎えにいこうと思って、待っていたのよ」

 今日は迎え盆であった。
 俺の父は、生まれる直前に病で亡くなっていた。祖父もとうの昔に亡くなっている。俺は父の顔を写真でしか知らない。
 母は俺が父に似ていると言うが、自分ではそれほど似ていると思っていなかった。

 お茶を飲んでひとしきり母が尋問じんもんした後、実にきりのよいところで祖母が墓参りを母に思い出させ、俺は質問攻めから一時解放された。

 形ばかり片付けを手伝い、祖母が用意した迎え盆グッズ一式を持って、3人で家を出た。

 「この階段も修理したいんだけれどねえ。あちこちすることがあって、なかなか手が回らないのよねえ」

 祖母の手を引く俺に、母がなげいてみせた。年齢の割には祖母は健脚けんきゃくである。念のために手を添えたのを、階段が古びたことと結びつけたのである。

 墓前で火をき、線香に火を移しておそなえする。墓に手を合わせてお祈りし、焚き火からちょうちんのろうそくに火を移す。
 焚き火の始末をして、ちょうちんの火をやさないように、そろそろと連れ立って帰る。

 作り付けの広い仏壇にある、ろうそくへ火を移す。仏花ぶっかをかたどった砂糖菓子や、季節の野菜をお供えして、仏壇に手を合わせる。

 「これでみんなそろったわね。よかったわ」

 母は満足そうに頷き、夕食の支度に取りかかった。


 俺が卒業した高校は、家から電車に乗るほどの距離にある。同級会は、高校のある町場の飲食店でもよおされることになっていた。

 俺は車でエイミと駅まで送ってもらった。
 都会と違って、駅にはまばらな人影しかない。そのわずかな人が、俺やエイミに声をかけてくる。近所の住人である。
 俺には見覚えがなくても、エイミが見知っていて、適当な挨拶の後で逐一ちくいち解説してくれた。

 「あれは鈴木家の長老です。もう90歳前後になるのに、お達者で。戦後の鈴木一族は、この辺り随一ずいいちの土地持ちです」
 「室越むろこし一族も古い方ですね。でもこの辺りに住んでいるのは分家の流れです」
 「室越」

 俺は落ち着かなくなった。室越本家の来歴について滔々とうとうと語っていたエイミが、途中で話を止めた。

 「電車に乗ったら、別々に座りましょうか」
 「え、いや。そうしたらかえって変に思われないかな」
 「では、別の車両に移ります。向こうに着く頃には、離れていても変に思われないでしょう」

 電車がホームにすべり込んで来た。エイミはさっさと俺から離れて歩き出す。

 「あのさ」

 呼び止めた。

 「やっぱり、皆は知らないんだよね」

 エイミが俺のお目付け役という関係について、である。

 「まあ、ほとんど知らないでしょうね。昔から住む一族のうちでも、知るのは親世代までかもしれません。知っていそうな人でも、いちいち確認する人が、ほとんどいませんでしたから」

 電車の扉が開いた。エイミは会釈して、急ぎ足で他の車両へ向かった。俺は一人で電車に乗り込んだ。お盆の最中である割には、電車は空いていた。

 数回目に停車した駅から、知った顔が乗り込んで来た。磯川霞いそかわかすみである。停車ごとに乗客が増え、車内も大分混雑してきていたにもかかわらず、霞は目敏めざとく俺をとらえて目の前に立った。

 「ユーキ、久しぶり。会えると思っていなかったから、嬉しいな」

 俺は霞に席を譲った。霞は礼を言って座った。

 「室越は」

 そもそも同級会に出席しようと決めた理由、ずっと気にしていながら口に出せなかった名前を、俺は思い切って出した。霞は目を見開いた。

 「ちょっとユーキ。あんた、あたしの通っている大学の近くに住んでいるらしいじゃん。電話ぐらいしてよ」

 電車の揺れる音にさえぎられて、俺の言葉は届かなかったらしい。俺は霞の話に乗った。

 「だって、地元の大学にも合格していただろう。そっちに行ったと思っていた」

 霞はきっと口を結んで、うつむいた。すぐに顔を上げて、俺を見つめた。わけもなく動悸がした。

 「だってユーキがそっちに行くって聞いたから、私が合格したのを知って決めたのかなあと思って」

 俺は口がきけなかった。人生の重大事を、そんな曖昧あいまいな理由で決めてもいいのか、とまず思った。
 本能的にまずい、と感じたが、どう答えてよいかわからなかった。

 霞が、どこの大学を受験するかなど、特段気に留めていなかった。

 彼女が地元の大学に合格した事を知っていたのも、新聞に掲載される合格者名を読んだからである。何故か地元の高校生は、地元の大学に現役で合格すると、名前が新聞に載るのであった。

 今の予備校へ通うことになったのは、親との駆け引きの産物で、偶然に過ぎない。しかし俺は、霞の真剣な眼差しに向かって、予備校選びは霞とは全く関係ない、と言い切ることができなかった。これから同じ会に参加するのに、気まずくなるのは避けたかった。

 「でも、いくら同じところに住んでいるからと言って、俺浪人生なのに、現役の大学生に連絡できないよ」

 現役大学生と飲み歩いたり、現役大学院生と親密な関係になって、霞の通う大学へ足を踏み入れたことには口をぬぐう。
 霞は直接答えなかったことで、肯定こうていされたと思ったのか、表情が明るくなった。

 泥沼にハマりつつある感を覚えつつ、手の打ちようもなく、俺は霞の話に適当な相づちを打った。
 磯川霞は、俺が気になっていた室越棗むろこしなつめと親しくしていた。棗の近況を聞き出そうという下心もあって、つれなく出来なかった。


 室越棗は、学年のマドンナ的存在であった。顔はアイドル顔負けの可愛らしさであったし、背格好も小さすぎず大きすぎず、すらりとして均整が取れていた。

 噂では町を歩いているときに、芸能事務所から何度か声をかけられたのに、全部断ったということであった。棗がアイドルではなく、古風なマドンナ的存在であったというのは、その外見に似合わない、ひどく内気な性格のためである。
 
 入学当初は、そのずば抜けて愛くるしい顔立ちに警戒心を働かせていた女子たちも、棗の性格を知るにつれ、母性本能をき立てられるようになったようで、彼女はいつも女子の群れに加わっていた。

 その代わり、野心家の男子であっても、彼女と親密な交際をするには至らなかった。俺も棗とお近付きになりたいくちであった。今思えば、その頃の俺は純朴じゅんぼくだった。

 霞は、棗と正反対の性格であった。顔立ちも背格好も普通であるが、自分の魅力を引き出すすべを心得て、何かと音頭おんどを取りたがった。

 先頭に立ちたがるだけではなく、任せられたことをきちんとやり遂げる実行力も持ち合わせていたので、いつも数人の取り巻きと賛美者さんびしゃを従えていた。

 自然、人の輪にまぎれたがる棗といる機会も増える。霞も、棗の庇護者ひごしゃを認じていた。

 棗の進学先を、俺は知らなかった。地元大学の合格者一覧には名前がなかったし、直接聞くほど親しくもなく、揶揄からかわれる危険をおかしてまで、誰かにたずねようとも思わなかった。

 でも今なら、同窓会という場なら、棗と親しかった霞に尋ねても変に思われないだろう、という計算があった。
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