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11 夢うつつ *

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 「おおっ。あの英雄の。初めましてラッセルです。お目にかかれて光栄です」

 「ザカリーです」

 抱きつかれそうな勢いで距離を詰められ、俺はかろうじて魔法攻撃を自制した。

 魔法の発動には通常、詠唱と動作が必要である。そのため、魔法を封じる最も簡単な方法として、相手と握手することが挙げられる。

 俺はどちらもなしで魔法を発動できるのだが、習慣として動きを封じられることに拒否感がある。要は、不用意に触られたくないのである。特に、男には。

 「ラッセル。こっちの書類を持って行ってくれ。この後、追加で私に予定が入ったりしていないよな?」

 「はい。変更ありません」

 「わかった。私は定時で退勤して彼と会食する。何かあれば店の方へ連絡をくれ。下がって良い」

 「了解です。当直に伝達します」

 山のような書類を抱え、ラッセルは器用に扉を開けて退室した。少しは山が削れただろうか。

 「俺、それまでここにいるの?」

 少し難しい案件に手を伸ばし始めたアデラに訊く。

 「寝ててもいいぞ。今日行く店には、よく当たる占い師が来るんだ。ついでだから、お前に観てもらいたい。魔力量とか、性質とか」

 「仕事の鬼だな。時間外の呼び出しも、頻繁なのか?」

 俺は遠慮なく長椅子に横たわった。

 「そうでもない。隊長も実力者揃いだし、大抵は副団長のどちらかで足りる」

 アデラのペンが紙の上を滑る音は、耳に心地よい。

 「お前が、おめかしした貴重な機会だ。有効に使わせてもらう」

 「囮か」

 急速に眠気が差す。昨夜は娼婦と朝方までヤリまくったのだ。仮眠程度では足りなかった。

 「極上の餌だ。兎か鼠か、何かは出るだろう」

 アデラの声は低く、本当にウサギとかネズミとか言ったのか、確信が持てなかった。
 俺はそのまま寝入ってしまった。


 隊長室の執務机に、女が上半身をうつ伏せている。その尻は剥き出しで、掴んだ手にみっしりとした感触を与える。見覚えがある女だが、誰かは思い出せない。
 俺は、女に腰を打ちつけていた。

 「ほら。気持ちいいだろ。声を我慢するな」

 「ぐっ。うううっ」

 ぱちゅっ、ぱちゅっ。

 女が感じていることは、突き出す尻の動きからも、陰茎にまとわりつく肉襞にくひだからも明らかだった。

 「うっ。でも、執務時間ですうっ」

 「その執務中に、お前は何をしているんだ?」

 ぐい、とねじり込むように突きを入れると、女がびくりと震え、俺を締め付けた。

 「あっ。ご、ご奉仕をっ」

 「そろそろ、お時間でございます」

 壁に飾られた水牛頭が、喋った。


 「起きろ、ザカリー。そろそろ時間だ」

 ハッと目覚めると、アデラが覗き込んでいた。一瞬、どこにいるか思い出せず、混乱した。
 あの夢の女は、以前、辺境騎士団にいた女騎士で、ウェズリーの愛人だった、と思い出す。

 やましさを振り払い、起き上がって机を見る。書類は綺麗に片付いていた。

 「凄いな」

 「未処理の文書は、一旦鍵付きの棚にしまうんだよ。決裁者以外に見られると、まずい書類もあるからね」

 俺の感想を正確に捉えたアデラは、簡単な説明で勘違いを正した。

 「お役人みたいだ」

 「役人だよ」

 苦笑するアデラは、年相応に見えた。かと言って、魅力が衰えた訳ではない。良い体をしていて、セックスも良いし、強いし、仕事もできる。

 こんなに良い女を脇へ置いて、他の女と結婚したのは、勇者アキである。その相手が姫で、今や女王となると、互いの承知がなかったとしても、文句は言えないのではないか、と姫の元恋人である俺は思う。

 帰り支度、残業、夜勤へ入る騎士たちと挨拶を交わしながら、建物の外へ出る。

 「てっきり、職場で一発のかと思った」

 十分に周囲を窺った後、冗談めかしてささやいた。寝ている間に、あんな夢を見た影響もあった。

 「ウェズリーじゃあるまいし。あれは、騎士道を理解していなかった」

 アデラは辻馬車を止めて、中へ乗り込んだ。俺も続く。馬車の中でも、彼女はヤリそうになかった。会食は、仕事である。
 彼女は騎士の職に誇りを持っているのだ。『くっころ』ごっこはするけれど。


 連れて行かれた店は、俺が普段足を踏み入れることのないような、高級店だった。
 今日は英雄らしい格好で来たから良いものの、いつもの服装なら入店を断られそうな雰囲気である。
 予約も必須だろう。アデラは騎士団長の隊服であるから、心配ない。二人して、うやうやしく席まで案内された。

 「予約で言い忘れたが、占いを頼めるか?」

 給仕にかける言葉としては奇妙であるが、応じる方も平然としていた。

 「はい。本日は、食前、食中、食後と、いずれも対応いたします」

 「では、食前で」

 「かしこまりました。先に、お飲み物をお持ちします。こちらからお選びください」

 まるで、食事のメニューのように、注文を受けられた。
 酒の選択をアデラに任せ、届いた葡萄酒を味わっていると、頭から胸の辺りまで届くベールをすっぽり被った人物が、しずしずと近付いた。体型を隠す服を着ている。そのままでは、年齢も性別も不明である。

 「占いをお求めと聞き、参上しました。リュディヴィーヌと申します」

 声を聞くと、若い娘のようである。

 「早速だが、失せ物探しを頼みたい」

 「承知しました。失礼して、テーブルを少々お借りします」

 占い師はベールの下から、両手のひらに収まる大きさの水晶玉と、専用の小さなクッションを出し、テーブルの端にセットした。

 「いくつか質問をします。まず、探し出したい物について、できる限り詳細にご説明ください」

 占い師の手は水晶玉を覆うように広げられているが、ベールの下の顔は、アデラと俺を均等に観察するよう、正面を向いていた。

 「人または人型生物。占い師のふりをして、高価な美容術に勧誘する。どこの誰でどのような者か、会ってみたい」

 アデラはベールの下を見透かすように、凝視した。リュディヴィーヌの青ざめる音が聞こえてくるようだった。水晶玉にも、彼女自身にも、魔力は感じない。

 「わ、私は何も‥‥」

 「失せ物を占いで探し出すのが、君の仕事だろう?」

 穏やかな声で話すアデラは、口元に微笑みを浮かべる。側から見れば、俺たちの相性が吉と出た、みたいな雰囲気である。

 占い師のベールとぞろっとした服は、彼女の感情を隠すカーテンの役割を果たした。だが、そのカーテン越しに、互いの視線を探ろうとする二人の女があった。

 「この水晶玉に、真実を見出す力があるのかな? 私の手も、その力を感じ取れるだろうか」

 水晶玉にアデラの手が伸びる。その上を覆うのはリュディヴィーヌの手であるが、アデラの手は更にその上にかざされた。触れるか触れない、ギリギリのところだ。

 占い師の顔が、赤くなるのが見えたような気がした。すっかり二人の世界である。俺は完全に弾き出された。

 「思うに、君が店へ来られない時に、代わりを務めてくれた、親切な人なのだろう? その衣装に身を包めば、中身が多少入れ替わってもわからない」

 重なる手の隙間に熱源でもあるように、リュディヴィーヌの手が赤みを帯びる。

 「そ、そうなんです。この世のものとも思えないほど綺麗な女の人で」

 聞き出した特徴は、チッチナに似ていた。消えた娼婦である。

 「素晴らしい。君の才能は、本物だ」

 一通り聞き終えたアデラは、やや声を高めて褒めそやした。その声を合図にして、給仕が料理を運んできた。
 リュディヴィーヌは、我に返って水晶玉を抱え、挨拶もそこそこに引き下がった。

 「おやおや。チップを渡し損ねたな」

 「後ほど言付けくだされば、渡しておきますよ」

 給仕がすかさず口を挟んだ。
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