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第三章 卒業生
10 どいつもこいつも
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宿泊野外演習が終わってから、クラスの雰囲気が変わった。
年末年始のダンスパーティに向けて、婚約者も恋人もいない生徒は、パートナー探しに血眼だ。
パーティのエスコートパートナーが、即座に恋人へつながる訳ではない。だが、きっかけにはなる。
親が縁談を引っ張って来る実力がないとか、主義として自力で探せ、という家の生徒にとって、学園が最大の出会いの場なのだ。
卒業してから探すとなると、気になる相手を見つけたとして、身元確認から始めなければならない。
貴族だけに、好きなら誰でも、といかないのが世知辛い。
私の周囲は婚約が定まっている生徒ばかりで、必死な者はいない。
ただ婚約者が年上だったり、留学中などで学園に在籍しない生徒もいる。
ある程度は生徒会の方でエスコートの手配をしてくれるけれど、一人で順番待ちする侘しさを避けるには、やはり自力で探すことになる。
「ディディエは、誰をエスコートするの?」
既に、シャルル王子からドレスを贈られた私が気になるのは、アメリがディディエを攻略する手段である。
単独ルートでは、ここで攻略キャラにエスコートされるのだ。
婚約者がロタリンギア住まいのディディエは、現在フリーの状態だった。
以前にあったように、王子がアメリを選ぶならば、私と入場する手も使えるのに。
私を懲らしめるため、エスコートをボイコットした王子は、私がクレマン先生とまんまと入場したことで、この手が使えないと悟った。
今回は、正式にエスコートを申し込んできた。受けざるを得ない。
断罪を避けるため、アメリを養子として迎えようとまで思った日々は、蜃気楼並みに遠くなった。
テントで王子とのキス現場を目撃されて以来、私への態度にあからさまな棘が含まれるようになっている。毎日続くと、地味なダメージでも積み重なって、結構痛い。
シャルル王子やディディエに対しては、相変わらず可愛らしくも優秀な令嬢として振る舞い、彼らも満更でもなく応じている。
彼女の私への態度には、全く気付かない様子である。不愉快である。
しかし顔に出すと、他の令嬢が気を遣ってイジメに走るから、極力抑えていた。
ディディエは、今も私の心配を知らず、屈託ない顔で答えた。
「僕は生徒会役員として、パートナーを選ばなかった令嬢をエスコートする役だから、特定の人を決めていない」
「デュモンド嬢とか?」
「アメリ嬢は、色々な人から申し込まれているもの。僕がエスコートをする必要ないよ。会長からも、役員同士で固まらず、パートナーを必要とする生徒の中から選ぶよう厳命されていた」
その言い方だと、ディディエとの入場を狙っていたのだろう。ゲームイベントの強制力で、当日まで結果はわからないけれど、牽制してくれたシャルル王子には感謝である。
「会長も、色々な人をエスコートするのでしょう?」
「いいえ。会長には姉様がいらっしゃるから、それで十分。でも僕とも踊ってくださいね」
「もちろん」
なりは大きくなっても、可愛い弟である。
年末パーティイベントは、ゲーム上、悪役令嬢の出番が少ない。
ロザモンドによると、ヒロインと攻略キャラの好感度アップ強化期間である。悪役令嬢の邪魔はせいぜい、エスコートさせまいとしたり、踊る回数を減らしたりする程度という。
これまで積み上げた好感度に応じて攻略キャラから贈られる、アイテム収集がメイン、と言っても過言ではない。
私はディディエが、アメジストを散りばめた手袋をアメリへ贈るのも、止められなかった。攻略が順調な場合に出現するアイテムだ。
「ロザモンド様が知ったら、お心を痛めると思うわ」
今更だが、愚痴らずにはいられない。
「姉様が言わなければ、知らずに済むよ。アメリ嬢は実家に頼れなくて、自分で工夫して頑張っているんだ。応援したい」
そうか。乙女ゲームと違って、選択肢が決まっている訳ではない。そういう方向で攻めてきているのか。確かに私も反対し辛い。
シャルル王子もまた、アメリにドレスを贈っていた。正面から質問したら、悪びれずにあっさり教えてくれた。
婚約者の本心が読めない。
「どのようなドレスですか」
「赤」
「あか?」
「前に、私と対になるドレスを勝手に作られそうになった話を、覚えているか?」
そうだった。アメリが王子に黙ってお揃いの衣装を用意するつもりだったのを、王子が手を回して阻止したという話だった。
私は頷きつつ、紅茶を口にした。今日は、王子と二人きりでお茶会の体裁である。私の成績を心配して手配したらしい。
王子は時折こういう気配りをする。ちなみに、アメリともお茶会したことがあるのを、私は知っている。
今は二人きり。もちろん、バスチアンとジュリーが側に控えている。彼らは数に入れないのだ。
「また同じ手を使われては堪らない。先手を打つことにした」
「それと赤いドレスとどのような関係が?」
「リュシアン=アルトワからの贈り物、ということにしてある」
紅茶を吹き出すところだった。ゲーム的に、赤はリュシアンのイメージカラーだ。
「本人は承知なのでしょうか?」
「婚約者のポワチエ嬢に、了解を得ている」
得意げに話す王子。ここでパーティに向けてヒロインにドレスを贈るのは、彼女が攻略するキャラである。
実際には攻略失敗に終わっているリュシアンが今更ドレスを贈っても、もう好感度は上がらない筈だ。しかも、承諾を貰ったのは、婚約者からという。
イベントフラグを折る手段としては、有効に思える。しかし攻略対象である王子が、何故そうした動きをするのかが不明だ。
「そうなると、シャルル様には、ドレス以外の贈り物を求められたのではありませんか?」
私の見たところ、アメリは基本、逆ハーレムルートを目指している。リュシアンが脱落しても依然、全方位で攻略を進めていた。
「私からは、プラチナカラーの靴を贈った。靴なら、目立たない」
頭を抱えたくなる。実質、二品もプレゼントしているではないか。
「彼女はクレマン先生からも、ブラックオニキスの髪飾りを贈られているのですよ。何もシャルル様がご用意なさらなくても、困らなかったと存じます。以前から申し上げておりますが、他に深く思うお方が現れましたら、私は黙って身を引きます」
赤いドレスになら、黒の髪飾りも合う。ちなみに、クレマン先生はエマにも靴を贈っている。乙女ゲームの強制力だろうが、本命はどっちなのか。
どいつもこいつも‥‥昔のサンドリーヌが、ひょっこり顔を出しそうになる。
王子は、平気な顔だ。
「前々から言い渡してあるが、私の妃はそなた一人。あれは単に、物をねだるのが上手い女だ。そなたも見習って、私にねだれば良い」
それは追放後に必要な生活スキルではあるが、王子にねだって何か貰っても、持ち逃げできない。
「私は既に、過分なほど賜っております」
「ならば、お返しをもらおうか」
シャルル王子の手がするすると伸びて、私の手に重なる。指先の動きが艶かしく、頬が熱くなるのを感じる。
「シャル、シャルル様。学園内ですし、ご遠慮いただきたく」
「シャル、と呼んでもらうのもいいな。だがそなたは遠慮深い。そろそろ敬称ぐらい、外してもらおうか」
持ち上げた手に唇を当てたまま、上目遣いをする王子。指と違った感触が、背中をぞわぞわさせる。
「ふ、二人きりの時でしたら。他の人に呼び方を真似されたくありませんの」
不敬を恐れず真似するのは、アメリだけだろう。
「よかろう」
解放されてホッとした。それにしても、卒業も近い時期、私にこれだけ迫っておきながら、アメリの要求にも応じるなんて。しかもリュシアンの名前を借りてまで、アイテムを二品も贈るとは。
乙女ゲームではこの時期、ヒロインの攻略が順調ならば、婚約者との間には隙間風どころか大河が流れるのだ。
自信満々の俺様キャラ、という設定のなせる技か。
年末パーティ当日。アメリは、鮮やかな赤いドレスを着て、エマニュエル=ノアイユと入場した。お陰で、ようやくエマニュエルの顔を認識することができた。
よくあるダークブラウンの髪に、茶色い瞳。整ってはいるものの、乙女ゲームの登場人物に美形が多いせいか、全体として平均的という印象を受けた。
覚えにくい容姿である。次に見かけても、判別する自信がない。だが逆に、あれなら女装しても違和感なさそうだ。
問題はそこではなく。
『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の攻略キャラが、誰も選ばれなかった点である。
状況的に、シャルル王子もディディエも、クレマン先生も、アメリにエスコートを申し込まないのは、随分前から明らかだった。
故に、アメリから仕掛けをして、攻略キャラの誰かにエスコートさせると思っていた。代わりに選んだのが、推定BL続編主人公にして偽侍女疑惑のエマニュエル。
エマニュエルは攻略キャラに好意を持たれやすい、というチート能力を持っている。その彼を側に置けば、アメリにも効果が及ぶと踏んだのか。
やることがエグい。なりふり構わずである。
私は無事、シャルル王子にエスコートされた。今回贈られたドレスは、エメラルド色である。ラメを織り込んでいて、やたら光る。
王子の瞳の色であり、王子の服とデザインもお揃いである。
会場へ入ってみると、既にアメリは人に囲まれていた。元々男子生徒に人気ではある。
いつもより人垣が厚く見えるのは、側にエマニュエルがついている影響なのだろうか。その輪の中に、企画委員長のアラン=クールランド、首席入学のモーリス=デマレがいた。
そして案の定、エマニュエルの姿を目にしたシャルル王子が、そわそわし始める。
「どうぞ行ってらして。会長としてのお仕事もあるでしょう」
「感謝する」
王子を見送って、私も仕事へ向かう。代表委員長として、細々確認しなければならない。
パーティに浮かれる暇も、落ち込む暇もなかった。事態によっては、踊らず終わることもありうる。
もう少し地味めなドレスを着たかった。
「すっかりシャルル王子の妃だねえ」
開会の辞で会長挨拶する王子を横目に、会場点検であちこち移動する私に、壁から声がかかった。声を聞いただけで分かる。クレマン先生だ。
「一応、まだ婚約者です」
長い黒髪を束ねて、夜会服に身を包んだ先生は、今日も大人の色香を漂わせている。
「僕も、そろそろ前に進もうと思う」
去りかけた足が、止まった。
「エマ様、ですか」
素早く周囲を窺ってから、小声で尋ねる。先生は、穏やかに微笑みつつ頷いた。
私も頬を緩ませた。先生が、エマニュエルの毒牙? から逃れた安堵からだ。
「おめでとうございます」
「卒業するまでは、内輪だけの話で」
「はい」
去り際によく見れば、少し離れた場所にエマが控えていた。
青灰系の上品なドレスに身を包み、静かに佇んでいる。クレマン先生の瞳の色と同系色だ。
靴ばかりでなく、ドレスもプレゼントしていたのか。
エマは口止めされていたのかもしれない。私にとっては、嬉しいサプライズである。
これで、クレマンルートも攻略失敗、と見ていいだろう。
年末年始のダンスパーティに向けて、婚約者も恋人もいない生徒は、パートナー探しに血眼だ。
パーティのエスコートパートナーが、即座に恋人へつながる訳ではない。だが、きっかけにはなる。
親が縁談を引っ張って来る実力がないとか、主義として自力で探せ、という家の生徒にとって、学園が最大の出会いの場なのだ。
卒業してから探すとなると、気になる相手を見つけたとして、身元確認から始めなければならない。
貴族だけに、好きなら誰でも、といかないのが世知辛い。
私の周囲は婚約が定まっている生徒ばかりで、必死な者はいない。
ただ婚約者が年上だったり、留学中などで学園に在籍しない生徒もいる。
ある程度は生徒会の方でエスコートの手配をしてくれるけれど、一人で順番待ちする侘しさを避けるには、やはり自力で探すことになる。
「ディディエは、誰をエスコートするの?」
既に、シャルル王子からドレスを贈られた私が気になるのは、アメリがディディエを攻略する手段である。
単独ルートでは、ここで攻略キャラにエスコートされるのだ。
婚約者がロタリンギア住まいのディディエは、現在フリーの状態だった。
以前にあったように、王子がアメリを選ぶならば、私と入場する手も使えるのに。
私を懲らしめるため、エスコートをボイコットした王子は、私がクレマン先生とまんまと入場したことで、この手が使えないと悟った。
今回は、正式にエスコートを申し込んできた。受けざるを得ない。
断罪を避けるため、アメリを養子として迎えようとまで思った日々は、蜃気楼並みに遠くなった。
テントで王子とのキス現場を目撃されて以来、私への態度にあからさまな棘が含まれるようになっている。毎日続くと、地味なダメージでも積み重なって、結構痛い。
シャルル王子やディディエに対しては、相変わらず可愛らしくも優秀な令嬢として振る舞い、彼らも満更でもなく応じている。
彼女の私への態度には、全く気付かない様子である。不愉快である。
しかし顔に出すと、他の令嬢が気を遣ってイジメに走るから、極力抑えていた。
ディディエは、今も私の心配を知らず、屈託ない顔で答えた。
「僕は生徒会役員として、パートナーを選ばなかった令嬢をエスコートする役だから、特定の人を決めていない」
「デュモンド嬢とか?」
「アメリ嬢は、色々な人から申し込まれているもの。僕がエスコートをする必要ないよ。会長からも、役員同士で固まらず、パートナーを必要とする生徒の中から選ぶよう厳命されていた」
その言い方だと、ディディエとの入場を狙っていたのだろう。ゲームイベントの強制力で、当日まで結果はわからないけれど、牽制してくれたシャルル王子には感謝である。
「会長も、色々な人をエスコートするのでしょう?」
「いいえ。会長には姉様がいらっしゃるから、それで十分。でも僕とも踊ってくださいね」
「もちろん」
なりは大きくなっても、可愛い弟である。
年末パーティイベントは、ゲーム上、悪役令嬢の出番が少ない。
ロザモンドによると、ヒロインと攻略キャラの好感度アップ強化期間である。悪役令嬢の邪魔はせいぜい、エスコートさせまいとしたり、踊る回数を減らしたりする程度という。
これまで積み上げた好感度に応じて攻略キャラから贈られる、アイテム収集がメイン、と言っても過言ではない。
私はディディエが、アメジストを散りばめた手袋をアメリへ贈るのも、止められなかった。攻略が順調な場合に出現するアイテムだ。
「ロザモンド様が知ったら、お心を痛めると思うわ」
今更だが、愚痴らずにはいられない。
「姉様が言わなければ、知らずに済むよ。アメリ嬢は実家に頼れなくて、自分で工夫して頑張っているんだ。応援したい」
そうか。乙女ゲームと違って、選択肢が決まっている訳ではない。そういう方向で攻めてきているのか。確かに私も反対し辛い。
シャルル王子もまた、アメリにドレスを贈っていた。正面から質問したら、悪びれずにあっさり教えてくれた。
婚約者の本心が読めない。
「どのようなドレスですか」
「赤」
「あか?」
「前に、私と対になるドレスを勝手に作られそうになった話を、覚えているか?」
そうだった。アメリが王子に黙ってお揃いの衣装を用意するつもりだったのを、王子が手を回して阻止したという話だった。
私は頷きつつ、紅茶を口にした。今日は、王子と二人きりでお茶会の体裁である。私の成績を心配して手配したらしい。
王子は時折こういう気配りをする。ちなみに、アメリともお茶会したことがあるのを、私は知っている。
今は二人きり。もちろん、バスチアンとジュリーが側に控えている。彼らは数に入れないのだ。
「また同じ手を使われては堪らない。先手を打つことにした」
「それと赤いドレスとどのような関係が?」
「リュシアン=アルトワからの贈り物、ということにしてある」
紅茶を吹き出すところだった。ゲーム的に、赤はリュシアンのイメージカラーだ。
「本人は承知なのでしょうか?」
「婚約者のポワチエ嬢に、了解を得ている」
得意げに話す王子。ここでパーティに向けてヒロインにドレスを贈るのは、彼女が攻略するキャラである。
実際には攻略失敗に終わっているリュシアンが今更ドレスを贈っても、もう好感度は上がらない筈だ。しかも、承諾を貰ったのは、婚約者からという。
イベントフラグを折る手段としては、有効に思える。しかし攻略対象である王子が、何故そうした動きをするのかが不明だ。
「そうなると、シャルル様には、ドレス以外の贈り物を求められたのではありませんか?」
私の見たところ、アメリは基本、逆ハーレムルートを目指している。リュシアンが脱落しても依然、全方位で攻略を進めていた。
「私からは、プラチナカラーの靴を贈った。靴なら、目立たない」
頭を抱えたくなる。実質、二品もプレゼントしているではないか。
「彼女はクレマン先生からも、ブラックオニキスの髪飾りを贈られているのですよ。何もシャルル様がご用意なさらなくても、困らなかったと存じます。以前から申し上げておりますが、他に深く思うお方が現れましたら、私は黙って身を引きます」
赤いドレスになら、黒の髪飾りも合う。ちなみに、クレマン先生はエマにも靴を贈っている。乙女ゲームの強制力だろうが、本命はどっちなのか。
どいつもこいつも‥‥昔のサンドリーヌが、ひょっこり顔を出しそうになる。
王子は、平気な顔だ。
「前々から言い渡してあるが、私の妃はそなた一人。あれは単に、物をねだるのが上手い女だ。そなたも見習って、私にねだれば良い」
それは追放後に必要な生活スキルではあるが、王子にねだって何か貰っても、持ち逃げできない。
「私は既に、過分なほど賜っております」
「ならば、お返しをもらおうか」
シャルル王子の手がするすると伸びて、私の手に重なる。指先の動きが艶かしく、頬が熱くなるのを感じる。
「シャル、シャルル様。学園内ですし、ご遠慮いただきたく」
「シャル、と呼んでもらうのもいいな。だがそなたは遠慮深い。そろそろ敬称ぐらい、外してもらおうか」
持ち上げた手に唇を当てたまま、上目遣いをする王子。指と違った感触が、背中をぞわぞわさせる。
「ふ、二人きりの時でしたら。他の人に呼び方を真似されたくありませんの」
不敬を恐れず真似するのは、アメリだけだろう。
「よかろう」
解放されてホッとした。それにしても、卒業も近い時期、私にこれだけ迫っておきながら、アメリの要求にも応じるなんて。しかもリュシアンの名前を借りてまで、アイテムを二品も贈るとは。
乙女ゲームではこの時期、ヒロインの攻略が順調ならば、婚約者との間には隙間風どころか大河が流れるのだ。
自信満々の俺様キャラ、という設定のなせる技か。
年末パーティ当日。アメリは、鮮やかな赤いドレスを着て、エマニュエル=ノアイユと入場した。お陰で、ようやくエマニュエルの顔を認識することができた。
よくあるダークブラウンの髪に、茶色い瞳。整ってはいるものの、乙女ゲームの登場人物に美形が多いせいか、全体として平均的という印象を受けた。
覚えにくい容姿である。次に見かけても、判別する自信がない。だが逆に、あれなら女装しても違和感なさそうだ。
問題はそこではなく。
『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の攻略キャラが、誰も選ばれなかった点である。
状況的に、シャルル王子もディディエも、クレマン先生も、アメリにエスコートを申し込まないのは、随分前から明らかだった。
故に、アメリから仕掛けをして、攻略キャラの誰かにエスコートさせると思っていた。代わりに選んだのが、推定BL続編主人公にして偽侍女疑惑のエマニュエル。
エマニュエルは攻略キャラに好意を持たれやすい、というチート能力を持っている。その彼を側に置けば、アメリにも効果が及ぶと踏んだのか。
やることがエグい。なりふり構わずである。
私は無事、シャルル王子にエスコートされた。今回贈られたドレスは、エメラルド色である。ラメを織り込んでいて、やたら光る。
王子の瞳の色であり、王子の服とデザインもお揃いである。
会場へ入ってみると、既にアメリは人に囲まれていた。元々男子生徒に人気ではある。
いつもより人垣が厚く見えるのは、側にエマニュエルがついている影響なのだろうか。その輪の中に、企画委員長のアラン=クールランド、首席入学のモーリス=デマレがいた。
そして案の定、エマニュエルの姿を目にしたシャルル王子が、そわそわし始める。
「どうぞ行ってらして。会長としてのお仕事もあるでしょう」
「感謝する」
王子を見送って、私も仕事へ向かう。代表委員長として、細々確認しなければならない。
パーティに浮かれる暇も、落ち込む暇もなかった。事態によっては、踊らず終わることもありうる。
もう少し地味めなドレスを着たかった。
「すっかりシャルル王子の妃だねえ」
開会の辞で会長挨拶する王子を横目に、会場点検であちこち移動する私に、壁から声がかかった。声を聞いただけで分かる。クレマン先生だ。
「一応、まだ婚約者です」
長い黒髪を束ねて、夜会服に身を包んだ先生は、今日も大人の色香を漂わせている。
「僕も、そろそろ前に進もうと思う」
去りかけた足が、止まった。
「エマ様、ですか」
素早く周囲を窺ってから、小声で尋ねる。先生は、穏やかに微笑みつつ頷いた。
私も頬を緩ませた。先生が、エマニュエルの毒牙? から逃れた安堵からだ。
「おめでとうございます」
「卒業するまでは、内輪だけの話で」
「はい」
去り際によく見れば、少し離れた場所にエマが控えていた。
青灰系の上品なドレスに身を包み、静かに佇んでいる。クレマン先生の瞳の色と同系色だ。
靴ばかりでなく、ドレスもプレゼントしていたのか。
エマは口止めされていたのかもしれない。私にとっては、嬉しいサプライズである。
これで、クレマンルートも攻略失敗、と見ていいだろう。
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