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第二章 留学生

2 スチルゲットだわ

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 夕食に食堂へ行く。
 ノブリージュ学園は、全寮制なのだ。
 新入生から最上級生、先生まで、全員がここで食事をとることになっている。

 いよいよ、アメリちゃんたちに会えるのね。楽しみ!

 ええっと。二年次の初めって、何かイベントあったかしら?

 多分、ない。もしかしたら、悪役令嬢や取り巻きにいじめられて、攻略対象とフラグが立つかもしれないけれど、ゲーム内では、はっきりと時期を特定していた訳じゃない。

 「殿下、こちらにお並びくださいませ。ラインフェルデン様も、どうぞ」

 世話焼きっぽくついてくるのは、クラスメートのソランジュ=ラルミナである。
 伯爵家の出で、入学時首席として新入生代表挨拶をしていた。その流れでクラスの代表委員となり、留学生の世話係よろしくオレーグ王太子とわたしを先導しようとしている。

 二人共メロ語で日常会話に不便はなく、各々で案内不要、と断ったのに。
 思うに、美形のイーゴリと親しくなりたいんじゃないかしら。

 わたしは、おまけ。

 わたしとセットにすることで、イーゴリに断りにくくさせて、他の生徒からは、代表委員としての仕事をしているように見せかける。
 出来るのは、お勉強だけじゃないのね。

 わたしの後には、ナタリー=クルタヴェルが控えている。ソランジュから、無理矢理のように副代表委員を押し付けられたのだ。
 代表委員は、どうも家格の高い生徒がなる伝統らしい。

 ナタリーがこの場に居るのは、ソランジュの指示だった。ナタリーは侯爵家の人で、最上級生に姉が在籍中という。
 侯爵令嬢が伯爵令嬢に従うのには、訳があるのだ。

 生徒としてある間は家格の上下でなく、立場の上下に従え、と教師から指導されているせいである。
 その法則で、下級生は上級生、委員は委員長に従うのだ。
 一方で社交界に出れば、身分の上下に敏感でなければならない。だから、学園に居たって、完全に家格を忘れるのは無理。
 それにしても、ナタリーはちょっと大人しすぎる気もする。本当なら、彼女が正委員で、ソランジュが副委員ってことになるよね。

 ところでイーゴリは、ソランジュの話をほとんど上の空で聴いていた。先にテーブルへ着いたマリエルをぼうっと眺めている。

 ストロベリーゴールドの髪の乙女は、早くも女子生徒のお友達に取り囲まれていた。目立つ髪の色と抜群の愛らしい外見以外は、突飛な言動もなく、至ってまともな人間に見えた。

 そう言えば自己紹介で、平民の出身で伯爵家へ養子に入った、と告白していたわね。メロデウェルでは、過去の身分にとらわれず、現在の身分で判断する習慣が根付いているとか。

 だから、そういう話も、あけすけにできるのよ。でも、敢えて公言するってことは、気にする人もいるんだろうな。

 「やあ、ロザモンド。会えてよかった。一緒に食べよう」

 トレイに食事を受け取ったタイミングで、ディディエくんに声をかけられた。前に見たより背が伸びた気がする。
 思わずソランジュを見た。イーゴリを席へ案内するのに忙しそうだった。そこへ、ナタリーが来た。

 「ナタリー様。わたしは婚約者と食事をするのですが、ご一緒なさいませんか?」

 どうせ、わたしとナタリーはおまけなのだ。いなくても、構わないわよね。

 「お誘いは嬉しいですが、お邪魔になりませんか?」
 「他の人も一緒ですから、ご遠慮なく。ナタリー嬢、でよろしいですか?」

 ディディエくんが優しく声をかけると、顔を赤くした。攻略キャラの破壊力を、の当たりにしたわ。

 「ナタリー=クルタヴェルと申します」

 トレイを持ったまま、精一杯の礼をする。ディディエくんが慌てて顔を上げるよう促し、わたしたちを先導した。

 わお、スチルで見たまんま!

 ローズブロンドのアメリちゃんを、シャルル王子とリュシアンが挟むように座っている。
 その隣にはクレマン先生も並ぶ。ディディエくんが、そこに加わって完成するのね‥‥あれ? ということは、わたしを食事に誘ったのは?

 ディディエくんはヒロインの前に席を取っていた。わたしを誘ったことも覚えていて、わたしとナタリーが両サイドを占めるよう、席を空けてくれた。特等席だわ!

 「僕の婚約者と、その友人です」
 「初めまして。ロザモンド=ラインフェルデンです。以後お見知り置きを」
 「ナタリー=クルタヴェルと申します」

 「わあ。子ぶ‥‥犬みたいに可愛い。アメリ=デュモンド、生徒会の書記をしているの。よろしくね」

 花が開いたような笑顔を向けられた。ヒロインの輝きがまぶしい。
 前世で見たスチルの中に自分が入り込んだことで、改めて乙女ゲームの世界だと実感した。

 アメリちゃんは入学二年目で生徒会に入っていた。攻略対象が侍っていることといい、ゲームのシナリオは順調に進んでいるみたい。
 こうして見ると、ローズブロンドは、ストロベリーゴールドより淡い印象かな。どっちもピンク系には違いない。

 その後、シャルル王子やリュシアン、クレマン先生にも紹介された。
 先生の隣にいたのは、エマ=デュポンだった。クレマンルートでバッドエンドを迎えた場合に、先生と結婚する人だ。亡くなった婚約者の妹だよね。

 どうしてここにいるんだろう?
 アメリちゃんは、逆ハーレムルートねらいってことかな。逆ハーだったら、わたしもここにいたらまずい気がする。

 そう言えば、悪役令嬢サンドリーヌの姿を見かけないなあ。でも、この状況で彼女の名前を口にする勇気がない。代わりにわたしが悪役認定されそうだもの。

 目の前で、ゲームのヒロインと攻略キャラがわちゃわちゃするのを至福の思いで眺めつつ、脳内ではゲームのおさらい、そして手と口は食事を進める。
 視界の端で、ナタリーの食が進まないことに、気付いた。

 「どうしましたか? 具合が悪いのですか?」

 「すみません。疲れが出てきたようです。ロザモンド様、大変心苦しいのですが、先に失礼しても、この後差し支えございませんか?」

 確かに、ナタリーの顔色は先ほどより悪かった。表情も硬い。

 「わたしも食べ終えましたから、医務室まで一緒に行きましょう」
 「いえ、そこまでのことでは」
 「とりあえず、トレイはわたしが片付けます。立てるようなら、先に行ってください。すぐ追い付きます」

 王子に辞去の断りを入れ、他の人にも満遍まんべんなく挨拶して、わたしは席を立った。ディディエくんが優しくも、一緒に行ってくれようとしたけれど、断った。

 神スチルを崩したくない!

 食堂は、生徒や教師で混雑していた。初めての場所ということもあり、トレイを片付けるのに思ったより時間がかかってしまった。
 急いで医務室へ行ったけれど、ナタリーはいなかった。というか、来ていない、と医務の先生に言われた。

 学園内で迷子になったのかしら?

 わたしはゲームをやり込んだ分、そこらの生徒よりは学園の敷地を把握はあくしている。お姉さんがいると言っても新入生のナタリーは、わたしほどくわしくないのじゃないかしら。

 寮へ戻ったかと思い、戻る道すがら、念の為に彼女の姿を求めて、あちこち寄り道した。

 現実世界では、ゲームで見たことのない場所が、たくさんあった。ひとつひとつ違う植え込みとか、建物のちょっとした物陰とか、ゲームではシナリオに関係なければ省略されるような場所だ。

 まだ日の長い季節とはいえ、もう夜の時間である。物陰で灯りのない箇所は暗い。

 中庭の方から話し声が聞こえた気がして、そちらへ足を向けた。向こうが声を抑える気配を感じ、自然こちらも忍び足になる。

 「ごめんなさい。紹介されるまで気付かなかったの。もう近付くことはしないから」

 ナタリーの声だった。
 倒れていたり、迷子になったりしていない、とわかってホッとした。同時に、穏やかでない雰囲気から、声を掛けるのも立ち去るのも躊躇ためらう。

 「当たり前よ。代表委員だからって、新入生が本部役員とそうそう親しくなれるものですか。とにかく、あのアメリ=デュモンドって子は、色々問題があるの。あなたが軽はずみな行動をとったせいで、クルタヴェル家の評判が落ちることになったら、きっちり責任を取ってもらいますからね」

 「わかったわ。エヴァ」
 「『はい、お姉さま』」
 「はい、お姉さま」

 そこで気付いて後退あとじさりした。なるべく早く、しかも忍び足。

 でも、絶対間に合わない。で、目についた植え込みに隠れた。

 間一髪。ナタリーと、その姉が前を通り過ぎて行った。

 危なかったわ~。ふうっ。

 十分に時間をおいて、更に辺りの様子をうかがいながら立ち上がる。
 二人の姿は、とっくに消えていた。

 エヴァ=クルタヴェルは、アメリちゃんがお気に召さないらしい。

 ナタリーの姉は最上級生だと聞いていたけれど、ヒロインをいじめる悪役令嬢役なのかしら。サンドリーヌの取り巻き?

 ゲームでは、取り巻きレベルのモブだと、名前が表示されない。運が良ければ、ゲーム画面に遠景で姿が出てくる程度。悪いとシルエット描写である。生死すらも、ゲームの説明文で済んでしまう。

 現実の世界になれば、当然一人一人に名前がある訳で。
 ナタリーの姉だし、今後会う機会があるかもしれない。とりあえず、名前を覚えておこう。

 一瞬の横顔しか見えなかったから、妹と同じダークブロンドぐらいしか特徴は掴めなかった。
 似ているのかな? 性格は、姉妹で全然違う感じだったなあ。


 寮の自室へ戻る。ナタリーの部屋へは行かなかった。

 あんな姉妹のやりとりを聞いた後では、顔を合わせて平気でいられない。彼女も、あんなことの後で、人に会いたくないと思う。

 代わりにヘルミーネに、今日あった出来事を片っ端から話す。有能な侍女は、わたしの世話を焼く手を止めずに話を呑み込んでくれる。

 「ねえ、ヘルミーネ。アメリちゃんって、逆ハールート狙いだと思う?」

 ヘルミーネは当然、転生者ではない、筈。ゲーム世界の住人には、無茶振り質問だよね。でも、彼女は有能なのだ。

 「逆ハーレム? であろうと、他のルートであろうと、意図的に目指される場合、デュモンド様がゲームとやらの知識を持っていなければ、難しいかと思われます」

 「あ、そうかも。アメリちゃんも転生者か。今度聞いてみよう」

 気軽に口にしたら、血相を変えてたしなめられた。

 「お嬢様。手の内をさらすのは危険です。おやめください」
 「うう、わかった」

 ちゃんと話についてきている。ノブリージュ学園を卒業すると、皆こんな風になれるのかしら。

 ゲーム世界を楽しむのもいいけれど、学生らしく勉強も真面目にやろう、と思うわたし。

 前世では、高校生活を事故で断ち切られちゃったのだ。もう、あそこには戻れない、と思うと、ものすごく貴重な時間だったように思えてくる。
 ここは学園なのだ。前世でできなかった分、勉強しちゃおう。
 『ラブきゅん! ノブリージュ学園』の世界をもっと知りたいもの。

 ヒロインでも悪役令嬢でもなければ、きっとひまだと思うのよね。
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