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32 仕込まれる

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 広場のベンチに座り、手に入れた画を並べてみる。餌を期待したと思しき鳩とカモメが寄ってきたが、すぐに去った。現金な奴らである。

 金髪、黒髪、茶髪、赤髪。碧眼、黒目、茶色の瞳、肌の色も様々で、イケメンという以外共通点は、ない。逆に、特徴がバラバラなことから、コレクションと考えることもできる。ただ、肖像画となる男の他にも、ハーレムの住人はいるに違いない。

 「江戸時代の参勤のようなものでしょうか」

 幕府のお膝元に人質として、妻子を留める政策である。

 「そういう面もあるよね。貴族間で揉めていたというから」

 肯定の相槌を打ちつつ、俺は否定の思いを打ち消せない。
 肖像画が真実ならば、これだけ美男子ばかり集まるのは、差し出した方のおもねりがあるとしても、作為がある。庶民が見抜いたように、集めているのだ。実際手出ししているかどうかは別として。


 カイサ女王自身もまた、美しかった。豊富な髪を敢えて背中に流し、ドレスの一部のように見せている画だった。西洋系の顔立ちに、見覚えもなければ、前世の誰かを連想することもなかった。
 
 エイリークはイケメンコレクションを前に、動かない。

 「誰か見覚えある?」

 「いいえ。全く。ただ‥‥」

 また鳩が寄ってきた。エイリークの膝に乗る。

 「こいつ」

 「ファツィオの鳩かも」

 俺は鑑定してみた。図星だった。
 足に通信管がついている。
 エイリークが中身を取り出して広げると、鳩より大きな紙になった。魔法で縮めていたようだ。


 親愛なるエイリーク様

 あなたに会えなくなってから随分経ちました。あなたのいない寝室を見ては、不在を痛感する毎日です。
 港で鳩が撃ち落とされたので、連絡に時間がかかってしまいました。
 オランショ国へ渡航されたそうですね。
 この子は、漁船に頼んでそちらの港近くまで運んでもらいます。
 通信管は、エイリーク様以外が開けようとすると消滅します。
 無事届くと良いのですが。

 オランショ国のカイサ女王は、昨年即位したばかりですが、なかなかのやり手です。
 一つ気になる噂があります。

 見目麗しい男性を集めて後宮を作るとか。

 エイリーク様が心配です。くれぐれも身辺にご注意ください。

 冒険者の経験も大事でしょうが、帰国しても冒険はできます。
 早く帰国して、顔を見せてくださると安心です。
 愛しています。
 
 ファツィオ


 「この鳩、どうやって帰るのでしょうか」

 読み終えたエイリークが、鳩を見る。

 クルックー。鳩が鳴いた。


 鳩が、エイリークから離れない。

 仕方なく、宿へ連れ帰る。幸い、宿の主人はエイリークの肩に乗る鳩を見ても、特段の反応を示さなかった。俺にとっては不幸だ。顔を見る度に、ファツィオを連想する。

 鳩はあくまでも鳩らしく、俺が与えた酒のつまみを食い尽くし、部屋でくつろいでいる。
 監視カメラになっているんじゃなかろうな。思っても口に出せない。

 「リンデン商会へ行ってみようと思います」

 「え、何で?」

 唐突なエイリークの言葉に驚く。

 「女王が先祖であっても子孫であっても、市井で聞いた噂と、私の抱くイメージが合わないのです」

 それは、エイリークを見れば、わかる。前世の彼も、その次の代も、もし権力を握ったとして、ハーレム三昧を楽しむタイプではない。母にもそんなイメージはない。

 「ニルス=ホウ氏ならば、女王のフルネームをご存知かと思って」

 「可能性はあるわね」

 グローバル企業の会長である。王族とも繋がりがある。知っていてもおかしくない。

 「でも拝謁で会えないんじゃない? 日程いつなのかしら?」

 従者契約をしなかったから、詳しいことはわからない。手紙をことづけることにした。
 返事も手紙で済めば、その方が良い。


 「ねえエイリーク。キスしてもいい?」

 「キスだけで済みますか」

 「エイリークが良ければ、その先も」
 
 返事の代わりに、唇が来た。ちゅっ、ちゅっ、と音を立てながら、啄まれるように吸われる。唇が当たる度に、電流のような鋭い快感が走り、期待に体が震える。胸の前で合わせていた腕を、エイリークの背中に回し、抱きしめる。

 「エイリーク、好き」

 開いた唇から、舌が入ってきた。口と口をピッタリ合わせて求め合う。

 「んんむっ」

 クルックー。ポッポー。

 鳩が飛び立った。

 バサバサバサ。

 俺たちの周囲を飛び回る。羽の先が当たる。

 クルックー。ポッポー。

 エイリークの頭が離れた。

 「今日は、ここまでにしておきましょう」

 すると、鳩も元の場所へ戻って大人しくなった。

 くそっ。ファツィオめ。鳩に仕込みやがった。


 どういう仕組みか知らんが、抱き合って眠る分には鳩も邪魔しなかったので、俺はそれで我慢して朝を迎えた。鳩が来る前に、死ぬほどヤっておいて良かった。


 リンデン商会から返答が来るまでの間、仕事を求めて冒険者ギルドへ行った。鳩付きである。
 掲示板には、船荷の積み下ろしや、乗船員募集といった海関係の仕事が並ぶ。

 「ダンジョンとか、ゴブリン退治とか、ないの?」

 俺は、ギルド職員を捕まえて聞いてみた。まだ経験の浅そうな若者は、顔を真っ赤にして、調べてみると約束した。

 「ユリアも女王並みにモテますね。いくらでも優れた人を選べるのに」

 「えっ?」

 突然エイリークが訳のわからないことを言い出した。聞き返そうとしたら、件のギルド職員に手招かれた。

 「ありましたよ。ゴブリン退治。ここからちょっと遠いのですが、山を越えた先の村から依頼が来ています。報酬も少ないので、受けていただけると助かります」

 「やります」

 俺が断ろうとする先に、エイリークが即答した。


 ちょっと遠いなんてものではなかった。現地到着までほぼ一日かかった。

 「やあ、よくおいでなさった」

 山道を歩き通し、薄暗くなった集落の入り口で、村長と名乗る爺さんと、その息子が俺たちに言った。注進に及んだ村人と、野次馬を背後に従えている。

 「じゃあ、早速お願いしようかな」

 待て待て待て。今からですか?

 「では、巣まで案内をお願いします」

 エイリークが言うと、ハッとした顔になる。無茶振りと気付いたようだ。
 俺たちを何処へ泊めるかで一揉めした後、村長の家に落ち着いた。

 「べ、ベッドひとつしかないけど、だ、大丈夫ですか」

 息子が申し訳なさそうに言う。もう三十路と見えるが、独身のようだ。

 「ご心配なく」

 俺たちは持参の食料で軽く夕食を済ませ、一つのベッドに入った。別に宴を期待していた訳じゃない。移動の疲れですぐ眠りに落ちた。


 夜中に目が覚めた。

 「え、あ。ごめんなさい。ベッド足りないかと思って」

 何を言っているんだこいつは。

 村長の息子が部屋の中に入っていた。そういえば扉に鍵がなかった。そして俺は油断して警報も何もかけずに寝ていた。

 「もう少し寝ます。朝には出ますから、案内を用意しておいてください」

 エイリークも起き上がり、臨戦態勢に入っていた。気迫だけで村長の息子を下がらせる。

 「はい。おやすみなさい」

 息子が扉を閉めると、俺は即座に魔法で鍵をかけ、ついでにあらゆる防御を張った。
 鳩は寝ていた。俺とエイリークの邪魔はする癖に、番犬より役立たず。腹立たしいことこの上ない。


 明け方目が覚め、またも手持ちの食料で腹を満たした後、部屋の外へ出ると、小さな村長の家の中には人の気配がない。やる気満々である。エイリークと、急いで表へ行ってみる。

 村長親子のほか、若い男十人ばかりが、朝から消耗した風に座り込んでいた。中には寝転がっている者もいる。張り切り過ぎである。よほど、救いの手を待っていたのだろう。報酬の少なさや、人使いの荒さを棚に上げ、俺は彼らに同情した。

 「お待たせしました。ゴブリン退治に行きましょう。近くまで案内してもらえれば、後は私たちでやります」

 「う、あ?」

 「そうそう。そうしてくれ」

 よくわかっていないらしい村人を制し、村長が、代わりに返事をした。
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