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26 自制する
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ふと目覚めてエイリークを見ると、暗がりの中で目が合ってどきりとした。
「おはようございます。ユリア様」
「お、はよう」
まだ夜中である。立ち上がって枕元へ移動する。タオルを絞り直す。洗面器の氷は溶けてしまっていたので、魔法を使って出した。冷たさで目が冴える。
「まだ寝ていていいよ」
「はい。ありがとうございます」
額に濡れタオルを載せ、暗色の髪を撫でる。エイリークは目を閉じてされるがままだ。一眠りして、熱が少し下がった感じである。声も出るようになったし、これなら長椅子で眠っても呼ばれればすぐにわかるだろう。
「じゃあ、おやすみ。私は、向こうで寝るけれど、同じ部屋にいるからね」
「あの」
「うん?」
「セックスしないなら、一緒にベッドで眠って欲しいです」
半ば背を向けていた俺は、振り向いた。タオルに隠れ、エイリークが目を開けているかどうか定かでない。しかし、彼の言葉には違いなかった。
「具合の悪い人にセックスを求めないよ。エイリークと一緒に眠れるのは、嬉しい」
「触ったり抱きしめたりしても、大丈夫ですか?」
それは正直なところ、自信がない。しかし、こんな時にわざわざ聞いてくるくらいだ。余程側に居て欲しいのだろう。性欲ではなく、存在をそれほど求められているというのは、また格別の思いだ。
「頑張る。とりあえず、お邪魔するね」
エイリークが眠ったら移動するつもりで、返事も待たずにベッドへ上がった。
「布団の中へ入ってください。窮屈です」
わざと掛け布団を仕切りにしたら、中へ入るよう促されてしまった。一旦降りて、入り直し。掛け布団の内側に、エイリークの熱がこもっている。
「改めて、おやすみなさい」
「はい。我儘を聞いてくださって、ありがとうございます。おやすみなさい」
エイリークはそのまま寝入ってしまった。抱きしめられるかと期待半分でいたが、俺の返事のせいで諦めたのかもしれない。いずれにしても、まだ回復途中である。
すぐに抜け出すのも躊躇われて、俺はベッドの中で天蓋を見上げた。
これまで、エイリークが勃てばヤっていたのは、俺がヤりたいのもあるし、前世の感覚から、勃ったら精液を出すまで落ち着かないだろう、と思ってのことだった。
しかし、エイリークは前世から性的な経験に乏しい。中身は女である。勃っていても、気乗りしないこともあったかもしれない。ただ抱き合って眠るだけで満足する時もあるのかも。
今後は、もう少し慎重にヤろう、と思った。ただ、そもそも普段会わない関係で、たまに会った時ぐらい一発ヤりたい気持ちはある。
ファツィオみたいに、鳩でも何でも飛ばして、頻繁に会う機会を作るしかない。
考えているうちに、眠ってしまった。
「おい、起きろ」
耳元に、熱い息がかかる。抑えた声は、怒気を含んでいた。
目を開けると、エイリークの厚い胸板が、視界いっぱいに入った。体が固定されているのは、彼の両腕が巻き付いているからだ。それは嬉しい。
そして、耳元に降った声は別人のものだ。俺は、ずり下がって腕から抜け出し、ベッドから降りた。
朝食のワゴンを手ずから運んできたファツィオが、仁王立ちしていた。まだ夜着のままで、寝起きの乱れた髪のかかり具合が色気を増している。
「手を出すな、と言ったよな?」
「ファツィオ、私が頼んだ。キスもしていない」
エイリークの声がした途端、ファツィオが表情を一変させた。俺を押し退けるようにして、ベッドへ駆け寄る。その顔からは、すっかり怒気が消えていた。
「エイリーク様、無理しないでください」
エイリークは上体を起こしていた。枕元を手探りするのは、多分額に載せていたタオルが気になるからだ。俺は、枕の陰に落ちていたそれを、拾って洗面器の近くに置いた。
「朝食を用意しました。食べられそうな物があれば、一口でも試しましょう。僕が食べさせてあげます」
ワゴンには、ゆで卵や、パン粥、スープといった、胃に優しそうな食べ物が並ぶ。返事も待たず、ファツィオはベッドで朝食を取るためのトレイテーブルをセットし、料理を移した。俺の腹が鳴る。
「お前の朝食は、食堂に用意がある。行って食べて来い」
俺の顔も見ずにファツィオが言う。
「お前の朝食は済んだのか?」
「終わった」
わざと時間をずらしたな。
エイリークを見ると、行っておいで、と言うように、頷かれた。
ファツィオは卵の殻を剥いている。
二人きりで残すのは嫌だったが、俺も奴の寝室で、エイリークと一つ布団にくるまり、一晩過ごしたのだ。
その程度は、甘受すべきだろう。
廊下に出ると、案内の召使が待機していた。
食堂にあった俺の朝食は、バターのたっぷり入ったオムレツ、焼きたてのパン、脂カリカリのベーコン、と匂いからして旨そうで、味も期待を裏切らなかった。
「着替えを用意してございます」
食事を終えると、また召使に案内されて、浴室へ連れて行かれた。自分で支度する、と人を退げ、置いてある物を遠慮なく使って身支度を整える。
俺の服が、洗濯を終えて戻っていたのには、驚いた。家事にも魔法を使っていると見える。
エイリークの寝室へ戻るまでに、結構な時間が経ってしまっていた。部屋にファツィオの姿がなく、俺は拍子抜けした。
「騎士団へ出勤しました。薬を飲み切るまでは、安静にするよう診断された、と聞きました。ユリア様はご存知ですか?」
上体を起こしているが、ベッドに入ったままのエイリークが尋ねる。正直に言えば、俺の記憶は曖昧だ。
彼が屋敷を出ても、俺の元へ戻る訳ではない。ならば、ここで世話を受けた方が安心である。
「そうね。数日のことだもの。無理して移動するより、安静にした方が早く治るわ」
「そうですか。では、お言葉に甘えて、休ませてもらうことにします」
エイリークは、再び体を横たえた。やはり本調子ではないのである。
その晩から、俺は個室を与えられた。エイリークが当初より回復したので、つききりでなくても良い、とファツィオが判断したのだ。本人の希望でもある。
そして、もちろん、俺をエイリークから引き離す策でもあった。
「入るぞ」
寝ようとするところへ、ノックもなしにファツィオが入ってきた。鍵をかけた筈だが、家主の彼も鍵を持っていた。無造作にベッドへ腰掛ける。
「今夜は大人しくしていたのか」
「病人を疲れさせるようなことは、しないわよ」
「お前のことだ。体が疼きに耐えかねて、寝ぼけて夜這いしかねない」
「失礼な。あんたこそ、食事に媚薬混ぜて夜這いするつもりじゃないの?」
ファツィオが、ベッドに上がってきた。美しい顔が迫り、鼓動が高まる。これは単なる緊張だ。
「僕だって、病身のエイリーク様に手出しなどするものか。それなら、お前の乳首が立っているのは、どういうことかな?」
慌てて見下ろすと、ファツィオが突く指先に、硬く尖った乳首があった。
「あんたが弄るから‥‥ひゃっ」
「こっちも、男を欲しがっているじゃないか。いやらしい体だな」
敏感な場所に、指が入っていた。しかも、ヌルヌルとした感触が、自分でもはっきりとわかった。
ファツィオの耳元で囁く声が、快感を呼び起こす。
「イクのを手伝ってやろう」
いつの間にか、彼は後ろへ回り込み、乳房を揉みながら、固い陰茎を陰部へ押し付けていた。熱い吐息が首筋にかかる。
「あっ、あんたもね」
俺は、彼の淫棒を握って、膣に当てた。
それは、ぬるん、と滑らかに奥へ入ってきた。
結果、エイリークの療養中、俺もファツィオの屋敷で世話になった。
最終日、ファツィオが快気祝いをしたいと言うので、俺たちはそのまま屋敷に留まっていた。
ディナーを共にしたら、週払いの部屋が解約となったエイリークは、宿に困る。それを口実に、屋敷に泊まらせるつもりだろう。
ファツィオの魂胆が透けて見えた。
エイリークはすっかり回復し、中庭で剣の素振りをしている。俺は、ディナーの準備とかで、早目に風呂へ入らされた。
脱衣所に用意された服が、どう見ても貴族令嬢向けだ。一人で着られる代物ではない。
「では、お支度させていただきますね」
隅に控えた侍女が、にっこりした。一気に召使の数が増える。
俺は、体に色々擦り込まれながら髪の手入れと結い上げ、化粧まで施された。馬子にも衣装である。鏡に映った女は、貴族令嬢に見えた。
「ファツィオ様が、ご用意なさった品にございます」
自室へ案内された後、年長の侍女が恭しく取り出して見せたのは、ネックレスとイヤリングのセットで、シンプルなデザインながら、金細工に青い宝石をあしらっていた。庶民には、縁のない宝飾品である。
しかも宝石は、ファツィオの瞳の色だ。
召使が下がった後、エイリークの部屋へ行ってみたが、留守だった。風呂へ行ったのだろう。彼にはどんな衣装が用意されているのか、好奇心が疼く。
夕食の時間になって、食堂へ案内されると、ファツィオもエイリークも既に席へ着いていた。二人の視線が俺に釘付けとなる。恥ずかしいような、嬉しいような。
「綺麗です、ユリア様」
「似合っているぞ」
「ありがとうございます。ファツィオ様も、エイリーク様も素敵です」
他人行儀なのは、給仕の目を憚ったのもあるが、衣装の成せる技でもあった。動きが制限されて、楚々としか振る舞えない。
ファツィオとエイリークも、それぞれきちんとした服装で臨んでいた。
舞踏会はともかく、このままお茶会ぐらいには行けそうなレベルの服である。
ファツィオは美貌がより際立って見えるし、エイリークは貴族の騎士に見える。その服の色合いは、完全にファツィオの髪と瞳から成り立っていた。
ディナーコースの料理は、どれも美味しかった。ファツィオがシェフに指示したのだろう。病み上がりのエイリークに優しいメニューで、前世のレストランに出てきても遜色ないレベルの品々だった。
コルセット緩めに仕上げてもらった俺も、堪能できた。ファツィオからも同じ指示を受けたらしい侍女たちは不満そうだったが、押し通して良かった。
食事中の話題は、大方料理に関するものだった。当たり障りのない話題だ。先日行われた、ルンデン商会杯闘技大会の話題も出た。
優勝した冒険者は、有力貴族に雇われたそうだ。そこで修行も兼ねて護衛として働き、機会を見て騎士に推薦されるとか。
王都で既に有名人だったそうだが、にわか王都民の俺は、名前を聞いても思い当たらなかった。ちなみにアルビンではない。
「エイリークも目立っていた。どこかから、話が来なかったか?」
給仕が何人も控える場で、ファツィオも外面の口調である。
「いいえ。騎士団へ呼び出されたり、ルンデン商会へ呼ばれたりしておりましたので」
それらは、ファツィオがエイリークを他へ渡さないための工作だったかもしれない。
俺は小さな鳥の詰め物を切り分けながら、黙って二人の会話を聞いた。
和やかに食事を終えた後、自室へ引き取って着替えた。不本意ながら、脱ぐにも侍女の手助けが必要だった。
凝った髪型を解くのも、化粧落としも、不慣れだから致し方ない。夜着姿になって放心していると、ノックの音がして、ファツィオが顔を出した。
「おはようございます。ユリア様」
「お、はよう」
まだ夜中である。立ち上がって枕元へ移動する。タオルを絞り直す。洗面器の氷は溶けてしまっていたので、魔法を使って出した。冷たさで目が冴える。
「まだ寝ていていいよ」
「はい。ありがとうございます」
額に濡れタオルを載せ、暗色の髪を撫でる。エイリークは目を閉じてされるがままだ。一眠りして、熱が少し下がった感じである。声も出るようになったし、これなら長椅子で眠っても呼ばれればすぐにわかるだろう。
「じゃあ、おやすみ。私は、向こうで寝るけれど、同じ部屋にいるからね」
「あの」
「うん?」
「セックスしないなら、一緒にベッドで眠って欲しいです」
半ば背を向けていた俺は、振り向いた。タオルに隠れ、エイリークが目を開けているかどうか定かでない。しかし、彼の言葉には違いなかった。
「具合の悪い人にセックスを求めないよ。エイリークと一緒に眠れるのは、嬉しい」
「触ったり抱きしめたりしても、大丈夫ですか?」
それは正直なところ、自信がない。しかし、こんな時にわざわざ聞いてくるくらいだ。余程側に居て欲しいのだろう。性欲ではなく、存在をそれほど求められているというのは、また格別の思いだ。
「頑張る。とりあえず、お邪魔するね」
エイリークが眠ったら移動するつもりで、返事も待たずにベッドへ上がった。
「布団の中へ入ってください。窮屈です」
わざと掛け布団を仕切りにしたら、中へ入るよう促されてしまった。一旦降りて、入り直し。掛け布団の内側に、エイリークの熱がこもっている。
「改めて、おやすみなさい」
「はい。我儘を聞いてくださって、ありがとうございます。おやすみなさい」
エイリークはそのまま寝入ってしまった。抱きしめられるかと期待半分でいたが、俺の返事のせいで諦めたのかもしれない。いずれにしても、まだ回復途中である。
すぐに抜け出すのも躊躇われて、俺はベッドの中で天蓋を見上げた。
これまで、エイリークが勃てばヤっていたのは、俺がヤりたいのもあるし、前世の感覚から、勃ったら精液を出すまで落ち着かないだろう、と思ってのことだった。
しかし、エイリークは前世から性的な経験に乏しい。中身は女である。勃っていても、気乗りしないこともあったかもしれない。ただ抱き合って眠るだけで満足する時もあるのかも。
今後は、もう少し慎重にヤろう、と思った。ただ、そもそも普段会わない関係で、たまに会った時ぐらい一発ヤりたい気持ちはある。
ファツィオみたいに、鳩でも何でも飛ばして、頻繁に会う機会を作るしかない。
考えているうちに、眠ってしまった。
「おい、起きろ」
耳元に、熱い息がかかる。抑えた声は、怒気を含んでいた。
目を開けると、エイリークの厚い胸板が、視界いっぱいに入った。体が固定されているのは、彼の両腕が巻き付いているからだ。それは嬉しい。
そして、耳元に降った声は別人のものだ。俺は、ずり下がって腕から抜け出し、ベッドから降りた。
朝食のワゴンを手ずから運んできたファツィオが、仁王立ちしていた。まだ夜着のままで、寝起きの乱れた髪のかかり具合が色気を増している。
「手を出すな、と言ったよな?」
「ファツィオ、私が頼んだ。キスもしていない」
エイリークの声がした途端、ファツィオが表情を一変させた。俺を押し退けるようにして、ベッドへ駆け寄る。その顔からは、すっかり怒気が消えていた。
「エイリーク様、無理しないでください」
エイリークは上体を起こしていた。枕元を手探りするのは、多分額に載せていたタオルが気になるからだ。俺は、枕の陰に落ちていたそれを、拾って洗面器の近くに置いた。
「朝食を用意しました。食べられそうな物があれば、一口でも試しましょう。僕が食べさせてあげます」
ワゴンには、ゆで卵や、パン粥、スープといった、胃に優しそうな食べ物が並ぶ。返事も待たず、ファツィオはベッドで朝食を取るためのトレイテーブルをセットし、料理を移した。俺の腹が鳴る。
「お前の朝食は、食堂に用意がある。行って食べて来い」
俺の顔も見ずにファツィオが言う。
「お前の朝食は済んだのか?」
「終わった」
わざと時間をずらしたな。
エイリークを見ると、行っておいで、と言うように、頷かれた。
ファツィオは卵の殻を剥いている。
二人きりで残すのは嫌だったが、俺も奴の寝室で、エイリークと一つ布団にくるまり、一晩過ごしたのだ。
その程度は、甘受すべきだろう。
廊下に出ると、案内の召使が待機していた。
食堂にあった俺の朝食は、バターのたっぷり入ったオムレツ、焼きたてのパン、脂カリカリのベーコン、と匂いからして旨そうで、味も期待を裏切らなかった。
「着替えを用意してございます」
食事を終えると、また召使に案内されて、浴室へ連れて行かれた。自分で支度する、と人を退げ、置いてある物を遠慮なく使って身支度を整える。
俺の服が、洗濯を終えて戻っていたのには、驚いた。家事にも魔法を使っていると見える。
エイリークの寝室へ戻るまでに、結構な時間が経ってしまっていた。部屋にファツィオの姿がなく、俺は拍子抜けした。
「騎士団へ出勤しました。薬を飲み切るまでは、安静にするよう診断された、と聞きました。ユリア様はご存知ですか?」
上体を起こしているが、ベッドに入ったままのエイリークが尋ねる。正直に言えば、俺の記憶は曖昧だ。
彼が屋敷を出ても、俺の元へ戻る訳ではない。ならば、ここで世話を受けた方が安心である。
「そうね。数日のことだもの。無理して移動するより、安静にした方が早く治るわ」
「そうですか。では、お言葉に甘えて、休ませてもらうことにします」
エイリークは、再び体を横たえた。やはり本調子ではないのである。
その晩から、俺は個室を与えられた。エイリークが当初より回復したので、つききりでなくても良い、とファツィオが判断したのだ。本人の希望でもある。
そして、もちろん、俺をエイリークから引き離す策でもあった。
「入るぞ」
寝ようとするところへ、ノックもなしにファツィオが入ってきた。鍵をかけた筈だが、家主の彼も鍵を持っていた。無造作にベッドへ腰掛ける。
「今夜は大人しくしていたのか」
「病人を疲れさせるようなことは、しないわよ」
「お前のことだ。体が疼きに耐えかねて、寝ぼけて夜這いしかねない」
「失礼な。あんたこそ、食事に媚薬混ぜて夜這いするつもりじゃないの?」
ファツィオが、ベッドに上がってきた。美しい顔が迫り、鼓動が高まる。これは単なる緊張だ。
「僕だって、病身のエイリーク様に手出しなどするものか。それなら、お前の乳首が立っているのは、どういうことかな?」
慌てて見下ろすと、ファツィオが突く指先に、硬く尖った乳首があった。
「あんたが弄るから‥‥ひゃっ」
「こっちも、男を欲しがっているじゃないか。いやらしい体だな」
敏感な場所に、指が入っていた。しかも、ヌルヌルとした感触が、自分でもはっきりとわかった。
ファツィオの耳元で囁く声が、快感を呼び起こす。
「イクのを手伝ってやろう」
いつの間にか、彼は後ろへ回り込み、乳房を揉みながら、固い陰茎を陰部へ押し付けていた。熱い吐息が首筋にかかる。
「あっ、あんたもね」
俺は、彼の淫棒を握って、膣に当てた。
それは、ぬるん、と滑らかに奥へ入ってきた。
結果、エイリークの療養中、俺もファツィオの屋敷で世話になった。
最終日、ファツィオが快気祝いをしたいと言うので、俺たちはそのまま屋敷に留まっていた。
ディナーを共にしたら、週払いの部屋が解約となったエイリークは、宿に困る。それを口実に、屋敷に泊まらせるつもりだろう。
ファツィオの魂胆が透けて見えた。
エイリークはすっかり回復し、中庭で剣の素振りをしている。俺は、ディナーの準備とかで、早目に風呂へ入らされた。
脱衣所に用意された服が、どう見ても貴族令嬢向けだ。一人で着られる代物ではない。
「では、お支度させていただきますね」
隅に控えた侍女が、にっこりした。一気に召使の数が増える。
俺は、体に色々擦り込まれながら髪の手入れと結い上げ、化粧まで施された。馬子にも衣装である。鏡に映った女は、貴族令嬢に見えた。
「ファツィオ様が、ご用意なさった品にございます」
自室へ案内された後、年長の侍女が恭しく取り出して見せたのは、ネックレスとイヤリングのセットで、シンプルなデザインながら、金細工に青い宝石をあしらっていた。庶民には、縁のない宝飾品である。
しかも宝石は、ファツィオの瞳の色だ。
召使が下がった後、エイリークの部屋へ行ってみたが、留守だった。風呂へ行ったのだろう。彼にはどんな衣装が用意されているのか、好奇心が疼く。
夕食の時間になって、食堂へ案内されると、ファツィオもエイリークも既に席へ着いていた。二人の視線が俺に釘付けとなる。恥ずかしいような、嬉しいような。
「綺麗です、ユリア様」
「似合っているぞ」
「ありがとうございます。ファツィオ様も、エイリーク様も素敵です」
他人行儀なのは、給仕の目を憚ったのもあるが、衣装の成せる技でもあった。動きが制限されて、楚々としか振る舞えない。
ファツィオとエイリークも、それぞれきちんとした服装で臨んでいた。
舞踏会はともかく、このままお茶会ぐらいには行けそうなレベルの服である。
ファツィオは美貌がより際立って見えるし、エイリークは貴族の騎士に見える。その服の色合いは、完全にファツィオの髪と瞳から成り立っていた。
ディナーコースの料理は、どれも美味しかった。ファツィオがシェフに指示したのだろう。病み上がりのエイリークに優しいメニューで、前世のレストランに出てきても遜色ないレベルの品々だった。
コルセット緩めに仕上げてもらった俺も、堪能できた。ファツィオからも同じ指示を受けたらしい侍女たちは不満そうだったが、押し通して良かった。
食事中の話題は、大方料理に関するものだった。当たり障りのない話題だ。先日行われた、ルンデン商会杯闘技大会の話題も出た。
優勝した冒険者は、有力貴族に雇われたそうだ。そこで修行も兼ねて護衛として働き、機会を見て騎士に推薦されるとか。
王都で既に有名人だったそうだが、にわか王都民の俺は、名前を聞いても思い当たらなかった。ちなみにアルビンではない。
「エイリークも目立っていた。どこかから、話が来なかったか?」
給仕が何人も控える場で、ファツィオも外面の口調である。
「いいえ。騎士団へ呼び出されたり、ルンデン商会へ呼ばれたりしておりましたので」
それらは、ファツィオがエイリークを他へ渡さないための工作だったかもしれない。
俺は小さな鳥の詰め物を切り分けながら、黙って二人の会話を聞いた。
和やかに食事を終えた後、自室へ引き取って着替えた。不本意ながら、脱ぐにも侍女の手助けが必要だった。
凝った髪型を解くのも、化粧落としも、不慣れだから致し方ない。夜着姿になって放心していると、ノックの音がして、ファツィオが顔を出した。
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