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11 飛んで火に入る
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エイリークが目を覚ました時には、彼の傷は、ファツィオによって完全に治療されていた。折れた歯も、何とか戻せた。
両サイドに分かれて寝ずの番をしていた俺たちは、エイリークが先にどちらを見るかで、無言のうちに勝負していたのだが、彼は天蓋を見つめたままだった。
引き分けだ。
「皆様に、ご迷惑をおかけしました」
「覚えているの?」
「何となく、です」
「そう言えば、前世から霊媒体質でしたね。警戒しておくべきでした。こちらこそ、エイリーク様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
ファツィオが頭を垂れた。奴の言葉で、俺は戦闘中に浮かんだ記憶を思い出した。前世で、俺への好意を打ち明けられないまま死んだ、ある人物。
「ねえ。あのナターリエ=モルトケ男爵令嬢って、高校で同級だった‥‥」
「違います」
遮るように、エイリークが言った。
「あの悪霊は、ユリア様や私の記憶を読み取って、利用しただけです。そんな風に、同じ界隈で知り合いばかり転生されては、堪りません」
断言した。彼にしては、感情的な物言いだった。いずれにせよ、当人はすでに存在しない。
浄化した霊が昇天するのか、単に消滅するのか、魔法を使った当事者である俺も、知らなかった。
「それにしても、結界を張っていたとはいえ、本当に誰も来なかったわね」
話を変えるつもりでファツィオに振ると、彼が何故か照れる。
「ああ。それは、僕が邪魔しないように、言い置いたから」
俺は腰を浮かした。彼の実家、ラヤバッタ城での痴態が、脳裏に蘇る。
「まさか、また、薬盛って、エイリークに手を出そうとしたの? あっ。あの幽霊を、私に取り憑かせて、男爵の家へ置き去りにするつもりだったわね」
「ま、まさかそんなこと、できる訳ないじゃないですか」
ファツィオはエイリークの視線に気づいて、そちらへ言い訳をする。慌てぶりが、いかにも怪しい。
「いずれにせよ、ファツィオ。この件は、モルトケ男爵には伏せておくべきだ」
「はい。承知しております、エイリーク様」
エイリーク相手には、貴族隊長もしおらしくなる。エイリークは、上体を起こした。
「では、お二方。朝食まで、少しでもお休みください。寝ずに看病くださって、ありがとうございました」
そう言って、ベッドを降りた。寝かせた際に、夜着を着せている。もちろん、俺も同様。
ファツィオは、騎士団の制服のままだ。もしかしたら、風呂も入っていない。
「エイリーク様が、元気になってよかった。僕、カウチで休ませてもらいます。今から部屋へ戻ると、面倒なので」
ファツィオはさっさとカウチへ寝転び、目を閉じた。そばには持参した瓶が、未開封で置いてある。
部屋を追い出し損ねた。だが、カウチなら、エイリークが襲われる心配もないか。
「じゃあ、私たちは、こっちで休もう」
俺はベッドを軽く叩いた。エイリークがパッと顔を赤らめ、カウチへ目をやる。
成り行きで殴ったり蹴ったりした件については、全く気にしていない様子で、内心胸を撫で下ろす。
「眠れなくても、横になって目を瞑って」
さすがに今は、イチャイチャする気はない。
俺の気持ちが通じたようで、エイリークは安心したように頷いた。
本当は、キスぐらいしたいけど、止まらなくなるから、我慢した。
朝食の場に現れたモルトケ男爵は、俺の様子を見て、当てが外れたような顔をした。
実際、ファツィオが何を企んだかはともかく、男爵の方は、俺に死んだ娘の魂が宿ることを、かなり本気で期待していた印象を受けた。
しかし、ファツィオを責めたりしなかったところを見ると、俺たちへの説明は、大方真実だったようだ。
驚いたのは、男爵の使用人が、出発前に従卒の服を持ってきたことだ。ファツィオに頼まれたと言う。しかも二人分。
「サイズ、ぴったりですね」
「私に、これを着ろって、ことよね? 前世が男だし、男装に抵抗はないけど」
自分たちの服は収納ボックスへしまい、騎士団へ合流すると、ファツィオが上機嫌で出迎えた。
元からいた従卒が、乗り手のいない馬を、二頭連れていた。聞けば、男爵から買い取ったそうだ。
「よく似合っている。余計な誤解を招いて面倒に巻き込まれないよう、王都へ着くまでの間、その服を着て私の側についてくれ」
「私は女だし、貴族でもないんですが」
「問題ない」
少し休んだだけで、すっかり、隊長の顔に戻っていた。
どさくさに紛れて、徐々に奴のいいように取り込まれるのではないか、という不安が、俺にはあった。
昨夜持参した酒だって、憑依騒ぎがなければ、飲まされていた。中に何が混ぜられていたか、わかったものではない。
でも、エイリークが異議を唱えないし、相手は貴族で俺たちは平民だ。差し当たり従うより他ない。
服のお陰で、隊列の中へ組み込まれても、違和感なく溶け込めた。何と言っても、馬に乗れたことが大きい。
「しゅっぱーつ!」
見送りに出てくれた、モルトケ男爵が、昨日より小さく見えた。
ファツィオが眠ったのをみすまして、そろそろと上体を起こす。
従卒扱いになってから、俺たちは、隊長のテントへ三人一緒に詰め込まれていた。
隊長をまたごうとして、足払いをかけられた。
「起床には早すぎるぞ。自ら夜伽に来たなら、褒めてやろう」
不覚にも、ファツィオに覆い被さるような形で倒れ込む。金髪碧眼の美形が眼前に迫った。その視線は冷たい。
「だ、誰が」
「残念だ。エイリーク様には、魔法で眠ってもらっている。見られたら、困るのはお前だろう?」
そういうファツィオの指が、いつの間にか俺のクリトリスを捉えて膨らませていた。くっ。気持ちいい。
「たまには抱いておかないと、部下に怪しまれる。協力してもらおう」
指が太い陰茎にすり替わっていた。ここのところ禁欲生活を強いられていた俺には、きつい誘惑だ。
「私たち、恩人なんでしょ。それに、エイリークしか抱かないって‥‥うっ」
にちゃ、にちゃ、と早くも愛液が淫棒に絡む音が聞こえる。腰が疼くのを堪えて、言い返す。
「恩人はエイリーク様。お前は、ただの平民。数に入らない」
耳元に、熱い息がかかる。声音から漏れる色気に、背筋がぞくぞくする。
「それとも、エイリーク様を抱こうか? 僕も、その方がいい」
「させないわ」
ファツィオの生意気な口を、唇と舌で塞いでやった。
ずん、と硬い男のモノが、体の中へ入ってきた。
既に膣は蜜を湛えて、準備万端だった。
ファツィオの所領であるベタウン領は、王都近郊にあった。
小高い丘に囲まれた湖岸には、貴族や大商人のものと思しき立派な別荘が、点在している。
農地や牧草地も見目良く管理され、すれ違う住民の顔つきは穏やかであった。
「いいところじゃん」
「昔から有能でしたからね」
エイリークの言葉に反応し、ファツィオが馬上で頬を緩めている。領地経営の才能があることは、認めざるを得ない。名前だけの爵位ではなく、こんな良地を任される身なら、本来、家で決めた婚約者がいてもおかしくない。
貴族に同道し見聞きしているうちに、平民の俺にも、貴族社会の知識が多少は蓄えられた。
社交シーズンになれば、滞在する貴族たちの相手をしつつ、当然政情なども聞き集めて本家に上げることを期待される。
当人が普段騎士団勤めだから、留守を預かるのは結婚相手。平民では務まるまい。
俺やエイリークなら能力的には可能だが、こういう世界は、身分が大事なのだ。諦めないと言っていたのは、愛人に囲うつもりか。
疑心から気乗り薄のまま、居城に到着した。実家のラヤバッタ城より小振りだが、代わりに前庭にせよ、建物にせよ、俺から見ても洗練されたデザインで統一されていた。
ファツィオが、前世の知識を使って整備したのは、明らかだった。
「おかえりなさいませ」
執事以下、使用人が列を作って出迎えた。女主人不在の影響か、侍女やメイドといった女性使用人が、少ない。
その使用人たちの視線が、ファツィオの隙を見て、俺たちに注がれる。突如、主人の側に現れた二人が、気になるのだ。
ファツィオは執事に小声で指示を出すと、俺たちを振り返った。
「お前たちは、私についてくるように」
「かしこまりました」
部下の姿勢が身についているエイリークに、俺も倣う。
騎士団の団員たちは、使用人に案内させていた。
付き従った本来の従卒なども解放した後、隊長のファツィオが向かった先は、執務室だった。既に決済書類らしきを分類し、積み上げてある。
ここもまた、整理整頓が行き届いていた。
「鎧だけでも、脱がそうか?」
そのまま執務を始めそうな勢いの当主に、エイリークが話しかけた。途端に、愛嬌のある笑顔を咲かせるファツィオ。
「お願いするよ。エイリーク」
二人でイチャイチャさせる義理はないので、俺も側へ寄って手伝う。
パーツを外す間も、目で書類を追うファツィオは、なるほど、前世の有能さをそのまま引き継いで生まれてきたようだ。
隙間から一緒に書類を覗き込み、まともに仕事をするなら、貴族も楽じゃない、と知る。
「騎士団と領主の掛け持ちは、大変そうだな」
エイリークも、俺と同じ感想を抱いたようだ。
「前世と同じように、二人で仕事をすれば、あっという間に終わります。僕と結婚しても、冒険はできますよ。そうそう。ユリアも雇ってやるから、安心して」
「結婚は、考えていない」
「断る」
揃って声を上げてしまった。正確に聞き分けたかはともかく、意思は伝わったらしく、当主はわざとらしく項垂れてみせた。その間にも、手を動かし書類を捌いていく。
暇な俺たちは、終わった書類を仕分けしたり、資料を出したり片付けたり、自然と雑用を手伝っていた。三人とも、前世で似たような仕事をしていたから、書類仕事に慣れていた。
「うわお。お陰で予定より早く終わった。エイリーク様、ありがとうございます。ユリアもな」
一通り書類の山を片付けたファツィオが、伸びをしながら礼を言った。今は年上で身分も上だ。何気に失礼な態度も見逃してやろう。
「ところで二人は、僕の続き部屋へ泊めるつもりなんだけど、ユリアに侍女をつけた方がいいかな。一応、女の子だろう?」
胸にちょっとした怨嗟を溜め込んでいたところへ、急に紳士な対応をしてくるものだから、どきりとした。
「ありがとう。でも大丈夫。身の回りの世話は一通り、自分でできるわ」
「ファツィオ。用具を貸してもらえれば、脱いだ鎧を磨いておく。こんな格好をしている以上、少しは召使らしい仕事をしないと」
「エイリーク様に、そんなこと、させられませんよ。後で、執事に片づけさせます」
慌てて、ファツィオがベルを鳴らした。呼ばれて入室した使用人に、執事を呼びに行かせる。
「私たちを続き部屋へ泊めたって、いきなり日常生活全部のお世話はできないわ」
何より、ファツィオの続き部屋へ入れられたら、エイリークとイチャイチャできない。
「僕だって、軍人だ。ある程度、自分の世話はできる。帰路の道中も、色々自分でしていただろ?」
そこへ執事が到着して、話が途切れた。
両サイドに分かれて寝ずの番をしていた俺たちは、エイリークが先にどちらを見るかで、無言のうちに勝負していたのだが、彼は天蓋を見つめたままだった。
引き分けだ。
「皆様に、ご迷惑をおかけしました」
「覚えているの?」
「何となく、です」
「そう言えば、前世から霊媒体質でしたね。警戒しておくべきでした。こちらこそ、エイリーク様を危険な目に遭わせてしまい、申し訳ありません」
ファツィオが頭を垂れた。奴の言葉で、俺は戦闘中に浮かんだ記憶を思い出した。前世で、俺への好意を打ち明けられないまま死んだ、ある人物。
「ねえ。あのナターリエ=モルトケ男爵令嬢って、高校で同級だった‥‥」
「違います」
遮るように、エイリークが言った。
「あの悪霊は、ユリア様や私の記憶を読み取って、利用しただけです。そんな風に、同じ界隈で知り合いばかり転生されては、堪りません」
断言した。彼にしては、感情的な物言いだった。いずれにせよ、当人はすでに存在しない。
浄化した霊が昇天するのか、単に消滅するのか、魔法を使った当事者である俺も、知らなかった。
「それにしても、結界を張っていたとはいえ、本当に誰も来なかったわね」
話を変えるつもりでファツィオに振ると、彼が何故か照れる。
「ああ。それは、僕が邪魔しないように、言い置いたから」
俺は腰を浮かした。彼の実家、ラヤバッタ城での痴態が、脳裏に蘇る。
「まさか、また、薬盛って、エイリークに手を出そうとしたの? あっ。あの幽霊を、私に取り憑かせて、男爵の家へ置き去りにするつもりだったわね」
「ま、まさかそんなこと、できる訳ないじゃないですか」
ファツィオはエイリークの視線に気づいて、そちらへ言い訳をする。慌てぶりが、いかにも怪しい。
「いずれにせよ、ファツィオ。この件は、モルトケ男爵には伏せておくべきだ」
「はい。承知しております、エイリーク様」
エイリーク相手には、貴族隊長もしおらしくなる。エイリークは、上体を起こした。
「では、お二方。朝食まで、少しでもお休みください。寝ずに看病くださって、ありがとうございました」
そう言って、ベッドを降りた。寝かせた際に、夜着を着せている。もちろん、俺も同様。
ファツィオは、騎士団の制服のままだ。もしかしたら、風呂も入っていない。
「エイリーク様が、元気になってよかった。僕、カウチで休ませてもらいます。今から部屋へ戻ると、面倒なので」
ファツィオはさっさとカウチへ寝転び、目を閉じた。そばには持参した瓶が、未開封で置いてある。
部屋を追い出し損ねた。だが、カウチなら、エイリークが襲われる心配もないか。
「じゃあ、私たちは、こっちで休もう」
俺はベッドを軽く叩いた。エイリークがパッと顔を赤らめ、カウチへ目をやる。
成り行きで殴ったり蹴ったりした件については、全く気にしていない様子で、内心胸を撫で下ろす。
「眠れなくても、横になって目を瞑って」
さすがに今は、イチャイチャする気はない。
俺の気持ちが通じたようで、エイリークは安心したように頷いた。
本当は、キスぐらいしたいけど、止まらなくなるから、我慢した。
朝食の場に現れたモルトケ男爵は、俺の様子を見て、当てが外れたような顔をした。
実際、ファツィオが何を企んだかはともかく、男爵の方は、俺に死んだ娘の魂が宿ることを、かなり本気で期待していた印象を受けた。
しかし、ファツィオを責めたりしなかったところを見ると、俺たちへの説明は、大方真実だったようだ。
驚いたのは、男爵の使用人が、出発前に従卒の服を持ってきたことだ。ファツィオに頼まれたと言う。しかも二人分。
「サイズ、ぴったりですね」
「私に、これを着ろって、ことよね? 前世が男だし、男装に抵抗はないけど」
自分たちの服は収納ボックスへしまい、騎士団へ合流すると、ファツィオが上機嫌で出迎えた。
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「よく似合っている。余計な誤解を招いて面倒に巻き込まれないよう、王都へ着くまでの間、その服を着て私の側についてくれ」
「私は女だし、貴族でもないんですが」
「問題ない」
少し休んだだけで、すっかり、隊長の顔に戻っていた。
どさくさに紛れて、徐々に奴のいいように取り込まれるのではないか、という不安が、俺にはあった。
昨夜持参した酒だって、憑依騒ぎがなければ、飲まされていた。中に何が混ぜられていたか、わかったものではない。
でも、エイリークが異議を唱えないし、相手は貴族で俺たちは平民だ。差し当たり従うより他ない。
服のお陰で、隊列の中へ組み込まれても、違和感なく溶け込めた。何と言っても、馬に乗れたことが大きい。
「しゅっぱーつ!」
見送りに出てくれた、モルトケ男爵が、昨日より小さく見えた。
ファツィオが眠ったのをみすまして、そろそろと上体を起こす。
従卒扱いになってから、俺たちは、隊長のテントへ三人一緒に詰め込まれていた。
隊長をまたごうとして、足払いをかけられた。
「起床には早すぎるぞ。自ら夜伽に来たなら、褒めてやろう」
不覚にも、ファツィオに覆い被さるような形で倒れ込む。金髪碧眼の美形が眼前に迫った。その視線は冷たい。
「だ、誰が」
「残念だ。エイリーク様には、魔法で眠ってもらっている。見られたら、困るのはお前だろう?」
そういうファツィオの指が、いつの間にか俺のクリトリスを捉えて膨らませていた。くっ。気持ちいい。
「たまには抱いておかないと、部下に怪しまれる。協力してもらおう」
指が太い陰茎にすり替わっていた。ここのところ禁欲生活を強いられていた俺には、きつい誘惑だ。
「私たち、恩人なんでしょ。それに、エイリークしか抱かないって‥‥うっ」
にちゃ、にちゃ、と早くも愛液が淫棒に絡む音が聞こえる。腰が疼くのを堪えて、言い返す。
「恩人はエイリーク様。お前は、ただの平民。数に入らない」
耳元に、熱い息がかかる。声音から漏れる色気に、背筋がぞくぞくする。
「それとも、エイリーク様を抱こうか? 僕も、その方がいい」
「させないわ」
ファツィオの生意気な口を、唇と舌で塞いでやった。
ずん、と硬い男のモノが、体の中へ入ってきた。
既に膣は蜜を湛えて、準備万端だった。
ファツィオの所領であるベタウン領は、王都近郊にあった。
小高い丘に囲まれた湖岸には、貴族や大商人のものと思しき立派な別荘が、点在している。
農地や牧草地も見目良く管理され、すれ違う住民の顔つきは穏やかであった。
「いいところじゃん」
「昔から有能でしたからね」
エイリークの言葉に反応し、ファツィオが馬上で頬を緩めている。領地経営の才能があることは、認めざるを得ない。名前だけの爵位ではなく、こんな良地を任される身なら、本来、家で決めた婚約者がいてもおかしくない。
貴族に同道し見聞きしているうちに、平民の俺にも、貴族社会の知識が多少は蓄えられた。
社交シーズンになれば、滞在する貴族たちの相手をしつつ、当然政情なども聞き集めて本家に上げることを期待される。
当人が普段騎士団勤めだから、留守を預かるのは結婚相手。平民では務まるまい。
俺やエイリークなら能力的には可能だが、こういう世界は、身分が大事なのだ。諦めないと言っていたのは、愛人に囲うつもりか。
疑心から気乗り薄のまま、居城に到着した。実家のラヤバッタ城より小振りだが、代わりに前庭にせよ、建物にせよ、俺から見ても洗練されたデザインで統一されていた。
ファツィオが、前世の知識を使って整備したのは、明らかだった。
「おかえりなさいませ」
執事以下、使用人が列を作って出迎えた。女主人不在の影響か、侍女やメイドといった女性使用人が、少ない。
その使用人たちの視線が、ファツィオの隙を見て、俺たちに注がれる。突如、主人の側に現れた二人が、気になるのだ。
ファツィオは執事に小声で指示を出すと、俺たちを振り返った。
「お前たちは、私についてくるように」
「かしこまりました」
部下の姿勢が身についているエイリークに、俺も倣う。
騎士団の団員たちは、使用人に案内させていた。
付き従った本来の従卒なども解放した後、隊長のファツィオが向かった先は、執務室だった。既に決済書類らしきを分類し、積み上げてある。
ここもまた、整理整頓が行き届いていた。
「鎧だけでも、脱がそうか?」
そのまま執務を始めそうな勢いの当主に、エイリークが話しかけた。途端に、愛嬌のある笑顔を咲かせるファツィオ。
「お願いするよ。エイリーク」
二人でイチャイチャさせる義理はないので、俺も側へ寄って手伝う。
パーツを外す間も、目で書類を追うファツィオは、なるほど、前世の有能さをそのまま引き継いで生まれてきたようだ。
隙間から一緒に書類を覗き込み、まともに仕事をするなら、貴族も楽じゃない、と知る。
「騎士団と領主の掛け持ちは、大変そうだな」
エイリークも、俺と同じ感想を抱いたようだ。
「前世と同じように、二人で仕事をすれば、あっという間に終わります。僕と結婚しても、冒険はできますよ。そうそう。ユリアも雇ってやるから、安心して」
「結婚は、考えていない」
「断る」
揃って声を上げてしまった。正確に聞き分けたかはともかく、意思は伝わったらしく、当主はわざとらしく項垂れてみせた。その間にも、手を動かし書類を捌いていく。
暇な俺たちは、終わった書類を仕分けしたり、資料を出したり片付けたり、自然と雑用を手伝っていた。三人とも、前世で似たような仕事をしていたから、書類仕事に慣れていた。
「うわお。お陰で予定より早く終わった。エイリーク様、ありがとうございます。ユリアもな」
一通り書類の山を片付けたファツィオが、伸びをしながら礼を言った。今は年上で身分も上だ。何気に失礼な態度も見逃してやろう。
「ところで二人は、僕の続き部屋へ泊めるつもりなんだけど、ユリアに侍女をつけた方がいいかな。一応、女の子だろう?」
胸にちょっとした怨嗟を溜め込んでいたところへ、急に紳士な対応をしてくるものだから、どきりとした。
「ありがとう。でも大丈夫。身の回りの世話は一通り、自分でできるわ」
「ファツィオ。用具を貸してもらえれば、脱いだ鎧を磨いておく。こんな格好をしている以上、少しは召使らしい仕事をしないと」
「エイリーク様に、そんなこと、させられませんよ。後で、執事に片づけさせます」
慌てて、ファツィオがベルを鳴らした。呼ばれて入室した使用人に、執事を呼びに行かせる。
「私たちを続き部屋へ泊めたって、いきなり日常生活全部のお世話はできないわ」
何より、ファツィオの続き部屋へ入れられたら、エイリークとイチャイチャできない。
「僕だって、軍人だ。ある程度、自分の世話はできる。帰路の道中も、色々自分でしていただろ?」
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