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部屋へ戻ると、小さく落とされたランプで薄暗い片隅のバスタブに、湯が張られていた。夜着まで用意されている。
世話を断って使用人を下がらせれば、エイリークと二人きりだ。
「ねえ、一緒にお風呂へ入ろう」
返事も待たずに服を脱ぐ。シャワーや排水がないから、実質水浴びだ。だがこの世界、浴槽で湯に浸かるだけで贅沢なのだ。
手を入れ、湯加減良しと見て、体を沈める。
「ふわああ。気持ち良い。こっちへおいでよ」
二人で同時に入ったら溢れるかな。床は大理石だが、カウチの辺りには絨毯が敷いてある。濡らしたらマズイ。
「エイ‥‥?」
気付いたら、浴槽のすぐ側に立っていた。全裸である。無駄なく程よい筋肉に包まれた体もまた、素敵だ。その彼が、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「ユリアくん‥‥ユリア?」
その戸惑った瞳に、既視感があった。
しかし思い出す前に、エイリークが微笑みながら、俺に唇を押し付けた。初めての時に戻ったようなぎこちなさに、興奮する。
普段は十中八九、俺から誘いをかける。エイリークから積極的に来られたら、それだけで嬉しい。
唇をこじ開けて舌を挿し込むと、怯えたように、びくりと身を震わせた。
処女かお前は。心の中で喜びのツッコミを入れつつ、舌を絡ませたまま、バスタブから外へ出る。裸体から雫が流れ落ちて床がかなり濡れてしまった。
もう、床なんぞ気にかける余裕はない。
エイリークが、おずおずと手を回してきた。
俺も片手を背中に回し、体を引き寄せつつ空いた手で陰茎を探り当て、優しく握る。またも身を震わせるエイリーク。
「どうした。慣れない場所で、興奮した?」
前世の男言葉になってしまう。俺も、興奮で自分を見失いそうだ。エイリークの息子はとうに勃っている。回された両腕に力が入る。
「あ、う嬉しくてっ」
言葉が途切れたのは、俺が陰茎を握る手に力を込めたせいだ。
可愛い反応にその場で押し倒したくなった。だが、大理石の床は、いかにも硬い。ベッドまでは、ちと遠い。
いつもだと、エイリークが俺をお姫様抱っこして運んでくれるのに、今日は興奮で気が回らないようだ。俺は軽くエイリークに口付けした。
「ここじゃ冷たいから、向こうでシよう」
「あ、うん」
手を繋いで、というよりもむしろ俺が手を引く感じで、ベッドまで連れ込んだ。刺繍布張りのカウチよりも、こちらの方が色々ヤレる。
エイリークを仰向けに寝かせ、腹にくっついた淫棒を、クリトリスに擦り付けながら唾液を交換する。
「ユリアくっ」
早くも目がイっている。腰が下から突き上げられる。動きがギクシャクしているのも、ご愛嬌だ。
俺の蜜壺から、愛液が分泌されるまで、時間は掛からなかった。ぬるん、と手も使わずに穴へ当て嵌める。
「ああっ。凄いっ」
もう出てしまった。エイリークは呆然と、息を弾ませている。俺は素早く体を外すと、ベタつくそれを口いっぱいに頬張った。
「えっ? 汚いよっ」
「いつも、やってることだろ」
俺は咥えたまま言った。
何だか、今日のエイリークは、普段にもまして可愛らしい。しかし息子の方はいつも通り、すぐに復活した。そして、すぐに射精した。
俺は苦い精液を全部飲み込んだ。
「飲んじゃうの?」
「まだ出るだろ」
陰茎を舐め上げながら、わざと乱暴に言う。袋の方まで舐めてやっただけで、またも元気に勃つ息子。エイリークはと見れば、両手で顔を覆っている。
「恥ずかしい」
「恥ずかしくなんかない。可愛いよ、エイリーク」
キスしようと顔を近付けると、手がパタリと外れた。
「エイリークさん、ですって?」
呆然と呟く。黒々とした瞳を覗き込んだ時、俺の古い記憶が呼び起こされた。
夏の夜空を映す水田、ひんやりとした墓石、そして線香の匂い。
「ナターリエ=モルトケ?」
口走った自分の言葉に怯え、後退る。部屋の空気が下がった気がした。
ノックの音がした。悲鳴が漏れ、慌てて手で自分の口を押さえた。
ガチャリとノブが回り、勝手にドアが開いた。普段泊まる宿のような、閂が見当たらず、結果的に鍵を開け放していたのだ。
「エイリークさまぁ。僕、良いこと思いついちゃった~」
ワインの瓶を片手に、ベタウン子爵ことファツィオ=カールソン隊長が入ってきた。酔っ払っている。
ドアを後ろ手で器用に閉めて、鍵まで回した。
性懲りもなく、媚薬を仕込んでエイリークを抱くつもりで乱入したか。
酔いと部屋の暗さで、ベッド脇に来るまで俺たちの様子に気付かなかったらしい。
全裸のエイリークを見つけて舌なめずりした後、ようやく俺に目を向けた。
途端に疎ましげな表情となる。
ムカつくことに、美形ゆえに、どの顔もサマになっていた。
「ユリア。エイリーク様お疲れなんだから、もう少し自制したら?」
「お前がやれなくなるから、だろ。させるか。じゃなくて、エイリークの様子がおかしいんだ。まるで、取り憑かれたみたいに別人に。それにナターリエ嬢って」
体が震えて、俺は言葉を切った。
ファツィオの酔いが、いっぺんに醒めた。瓶をカウチの前にあるローテーブルに置くと、真剣な表情でエイリークの顔を覗き込む。
ここまでの間、エイリークは全裸で仰向けのままだった。目は開いているし、呼吸もしているけれど、明らかに異常だ。
「ナターリエ=モルトケ男爵令嬢。そこは貴女の入る場所ではありませんよ」
ファツィオが、厳しい声をエイリークに投げかけた。やはり何か別のモノが入っていた。そいつと交わってしまったと考えると吐き気を催した。
俺は、ベッドから降り、部屋の隅へ走った。優美なおまるが据えてある。
もちろん掃除済みで未使用状態だ。
中へ思い切り嘔吐した。エイリークの体液には違いないんだが、中身が違うなら別人としか思えない。未消化の夕食まで出してもまだえずいている俺の耳に、ファツィオの甘い声が届いた。
「ほら。あちらをご覧なさい。貴女にちょうど良い体がありますよ」
俺は唾を吐き捨て、猛然とベッド脇まで戻った。
上半身を起こしたエイリークの背後に、ピッタリとファツィオが張り付いていた。両肩をしっかりと押さえつけ、俺を見ながらエイリークの耳元へ何やら囁いている。
エイリークの瞳に光が灯った。目が合った。鑑定スキルを使うまでもなく、中身が別人だ。エイリークの顔が歪む。
「嫌よ。わたくし、あの人を抱きたいの」
ぐるん、と人間ではあり得ない角度に、首が回った。
うわあ止めてくれ。オカルト映画みたいだ。背中に胸をくっつけていたファツィオも、顔を強張らせて、身を引いた。
そんな彼の顔を正面から見る形で、エイリークの首が回転を止めた。
「それに、この体なら、あなたもわたくしを抱いてくれるでしょう?」
隊長の顔は真っ青だ。感心にも、肩を押えた手は離さない。引き剥がすように顔を背け、俺を見た。
「どうしよう。僕の力では除霊できない」
「何を使えばいい? 魔法なら全部使える」
チート能力があっても、使う判断は人間の経験に負う。今回は、エイリークの体に傷一つ負わせず、中の余計な奴だけ消さなければならないのだ。無闇に試せない。
「本当は、モルトケ男爵令嬢と近い生体に降霊するつもりだったんだ」
その生体とは、俺のことだ。ゲロ吐いて戻るまでに、とりあえず思いつく限りの防御魔法を発動させておいた。中身がファツィオに従わない理由の一因でもある。
彼には教えてやらないが。責めるのも後回し。
「モルトケ卿は知っているのか」
「百パーセント上手くいく自信はなかったから、僕の仕業じゃなくて、自然にそうなるかも、みたいに匂わせただけだ。元々、お前みたいな女が来る度に、憑依していたそうだから。女の使用人が全然いなかったろう?」
言われてみればそんな気もするが、転生ど平民に、貴族の常識を求められても困る。
「じゃ、消していいな」
「えっ。どうするんだ?」
「浄化する。幽霊としてウロウロされるより、昇天してもらった方が、親としても嬉しいだろ」
何より、このままエイリークの体に居座られたくない。ファツィオが、ハッとして頷いた。彼も前世で親だったのだ。
俺たちがやりとりしている間、エイリークの中身は、無意味に首を回したり、顔の筋肉を異様に縮めたり伸ばしたりしていた。使い勝手を試しているみたいだった。
しかしながら話はちゃんと把握していたようで、ファツィオが同意した途端、凶悪な表情を作り出した。
「結界を張れ。部屋から出すな」
指示した途端、ファツィオが飛ばされた。壁に激突し、ベッドのヘッドボードへ体を二つ折りに落下した。
「ぐうっ」
顔を枕に埋めたまま、動かない。それでもかろうじて魔法は間に合ったようで、結界が張られているのが感知できた。
さすが、王都の騎士団で隊長を務めるだけのことはある。
エイリーク、の体が俺に飛びかかってきた。魔法だか霊力だかが効かなくて、腕力勝負に出たのだ。
基本的な体力は、俺の方が負けている。咄嗟に避けたが、すぐ捕まった。物理的防御魔法をかけ忘れたかも。払いのける手をかいくぐって首を絞められる。
俺は蹴りを入れながら、手を外そうともがいた。
「あなたにこの体を傷つけることができて?」
エイリークの口が卑しい笑みを形作る。
俺は反撃を緩めなかった。苦しい息の下、魔法と戦術の選択と並行して、前世の記憶が勝手に再生される。確かに似たようなことがあった。あの時は何をした?
「大量の記憶で人格を押し流す策は、もう効かないわ」
俺の記憶を先取りされた。エイリークの方の記憶かもしれない。否、この中身がもしかしたら‥‥。
「ぶべはっ」
奇妙な叫び声を上げて、エイリークの手が俺の首から離れた。後退しながら体を起こすと、ファツィオが立って呪文を唱えていた。浄化だ。中身が苦しんでいる。
俺も加勢した。ファツィオ自体の能力も高い。
それに俺のチート能力が加わったら、男爵令嬢の霊と称するこの得体の知れない存在を、消滅させられるはずだ。
霊体のせいか、相手のレベルが鑑定できないのが不安要素だが。
「ゆ‥‥様、苦しい」
急に、エイリークの様子が変化した。おぞましい表情が消え、さらに女性らしさまで感じさせる。ファツィオが呪文を止め、駆け寄った。俺も魔法を切り替えて走る。
「戻ったのですか、えい‥‥ぐっ」
間に合わなかった。ファツィオがエイリークの蹴りを受けて後ろへ吹っ飛んだ。中身が身体能力を利用したのだ。
きしむ音と共にベッドのフットボードに背中から当たり、落ちる。
俺は止まらず進んでいた。強化した腕で、こちらを向いたエイリークの顔面に、拳を叩き込んだ。
決まった。
口から歯か何か飛ばしながら、顔をのけ反らせて倒れた。そこへ蹴りを入れ、浄化の魔法を浴びせつつ膝と手も使って胴と両腕に体重を乗せる。
「エイリーク様になんてことを」
すぐ起き上がってきたファツィオが、腹を押さえながら文句をつけるのを無視し、魔法を続けた。
エイリークは俺の重みと顔の痛みで動けず、口の端から血を流している。
気を取り直したファツィオの助けもあって、徐々にエイリークの中身の力が削がれていくのが感じ取れた。
やがて、中にいたモノが消滅すると、エイリークは意識を失った。
世話を断って使用人を下がらせれば、エイリークと二人きりだ。
「ねえ、一緒にお風呂へ入ろう」
返事も待たずに服を脱ぐ。シャワーや排水がないから、実質水浴びだ。だがこの世界、浴槽で湯に浸かるだけで贅沢なのだ。
手を入れ、湯加減良しと見て、体を沈める。
「ふわああ。気持ち良い。こっちへおいでよ」
二人で同時に入ったら溢れるかな。床は大理石だが、カウチの辺りには絨毯が敷いてある。濡らしたらマズイ。
「エイ‥‥?」
気付いたら、浴槽のすぐ側に立っていた。全裸である。無駄なく程よい筋肉に包まれた体もまた、素敵だ。その彼が、潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「ユリアくん‥‥ユリア?」
その戸惑った瞳に、既視感があった。
しかし思い出す前に、エイリークが微笑みながら、俺に唇を押し付けた。初めての時に戻ったようなぎこちなさに、興奮する。
普段は十中八九、俺から誘いをかける。エイリークから積極的に来られたら、それだけで嬉しい。
唇をこじ開けて舌を挿し込むと、怯えたように、びくりと身を震わせた。
処女かお前は。心の中で喜びのツッコミを入れつつ、舌を絡ませたまま、バスタブから外へ出る。裸体から雫が流れ落ちて床がかなり濡れてしまった。
もう、床なんぞ気にかける余裕はない。
エイリークが、おずおずと手を回してきた。
俺も片手を背中に回し、体を引き寄せつつ空いた手で陰茎を探り当て、優しく握る。またも身を震わせるエイリーク。
「どうした。慣れない場所で、興奮した?」
前世の男言葉になってしまう。俺も、興奮で自分を見失いそうだ。エイリークの息子はとうに勃っている。回された両腕に力が入る。
「あ、う嬉しくてっ」
言葉が途切れたのは、俺が陰茎を握る手に力を込めたせいだ。
可愛い反応にその場で押し倒したくなった。だが、大理石の床は、いかにも硬い。ベッドまでは、ちと遠い。
いつもだと、エイリークが俺をお姫様抱っこして運んでくれるのに、今日は興奮で気が回らないようだ。俺は軽くエイリークに口付けした。
「ここじゃ冷たいから、向こうでシよう」
「あ、うん」
手を繋いで、というよりもむしろ俺が手を引く感じで、ベッドまで連れ込んだ。刺繍布張りのカウチよりも、こちらの方が色々ヤレる。
エイリークを仰向けに寝かせ、腹にくっついた淫棒を、クリトリスに擦り付けながら唾液を交換する。
「ユリアくっ」
早くも目がイっている。腰が下から突き上げられる。動きがギクシャクしているのも、ご愛嬌だ。
俺の蜜壺から、愛液が分泌されるまで、時間は掛からなかった。ぬるん、と手も使わずに穴へ当て嵌める。
「ああっ。凄いっ」
もう出てしまった。エイリークは呆然と、息を弾ませている。俺は素早く体を外すと、ベタつくそれを口いっぱいに頬張った。
「えっ? 汚いよっ」
「いつも、やってることだろ」
俺は咥えたまま言った。
何だか、今日のエイリークは、普段にもまして可愛らしい。しかし息子の方はいつも通り、すぐに復活した。そして、すぐに射精した。
俺は苦い精液を全部飲み込んだ。
「飲んじゃうの?」
「まだ出るだろ」
陰茎を舐め上げながら、わざと乱暴に言う。袋の方まで舐めてやっただけで、またも元気に勃つ息子。エイリークはと見れば、両手で顔を覆っている。
「恥ずかしい」
「恥ずかしくなんかない。可愛いよ、エイリーク」
キスしようと顔を近付けると、手がパタリと外れた。
「エイリークさん、ですって?」
呆然と呟く。黒々とした瞳を覗き込んだ時、俺の古い記憶が呼び起こされた。
夏の夜空を映す水田、ひんやりとした墓石、そして線香の匂い。
「ナターリエ=モルトケ?」
口走った自分の言葉に怯え、後退る。部屋の空気が下がった気がした。
ノックの音がした。悲鳴が漏れ、慌てて手で自分の口を押さえた。
ガチャリとノブが回り、勝手にドアが開いた。普段泊まる宿のような、閂が見当たらず、結果的に鍵を開け放していたのだ。
「エイリークさまぁ。僕、良いこと思いついちゃった~」
ワインの瓶を片手に、ベタウン子爵ことファツィオ=カールソン隊長が入ってきた。酔っ払っている。
ドアを後ろ手で器用に閉めて、鍵まで回した。
性懲りもなく、媚薬を仕込んでエイリークを抱くつもりで乱入したか。
酔いと部屋の暗さで、ベッド脇に来るまで俺たちの様子に気付かなかったらしい。
全裸のエイリークを見つけて舌なめずりした後、ようやく俺に目を向けた。
途端に疎ましげな表情となる。
ムカつくことに、美形ゆえに、どの顔もサマになっていた。
「ユリア。エイリーク様お疲れなんだから、もう少し自制したら?」
「お前がやれなくなるから、だろ。させるか。じゃなくて、エイリークの様子がおかしいんだ。まるで、取り憑かれたみたいに別人に。それにナターリエ嬢って」
体が震えて、俺は言葉を切った。
ファツィオの酔いが、いっぺんに醒めた。瓶をカウチの前にあるローテーブルに置くと、真剣な表情でエイリークの顔を覗き込む。
ここまでの間、エイリークは全裸で仰向けのままだった。目は開いているし、呼吸もしているけれど、明らかに異常だ。
「ナターリエ=モルトケ男爵令嬢。そこは貴女の入る場所ではありませんよ」
ファツィオが、厳しい声をエイリークに投げかけた。やはり何か別のモノが入っていた。そいつと交わってしまったと考えると吐き気を催した。
俺は、ベッドから降り、部屋の隅へ走った。優美なおまるが据えてある。
もちろん掃除済みで未使用状態だ。
中へ思い切り嘔吐した。エイリークの体液には違いないんだが、中身が違うなら別人としか思えない。未消化の夕食まで出してもまだえずいている俺の耳に、ファツィオの甘い声が届いた。
「ほら。あちらをご覧なさい。貴女にちょうど良い体がありますよ」
俺は唾を吐き捨て、猛然とベッド脇まで戻った。
上半身を起こしたエイリークの背後に、ピッタリとファツィオが張り付いていた。両肩をしっかりと押さえつけ、俺を見ながらエイリークの耳元へ何やら囁いている。
エイリークの瞳に光が灯った。目が合った。鑑定スキルを使うまでもなく、中身が別人だ。エイリークの顔が歪む。
「嫌よ。わたくし、あの人を抱きたいの」
ぐるん、と人間ではあり得ない角度に、首が回った。
うわあ止めてくれ。オカルト映画みたいだ。背中に胸をくっつけていたファツィオも、顔を強張らせて、身を引いた。
そんな彼の顔を正面から見る形で、エイリークの首が回転を止めた。
「それに、この体なら、あなたもわたくしを抱いてくれるでしょう?」
隊長の顔は真っ青だ。感心にも、肩を押えた手は離さない。引き剥がすように顔を背け、俺を見た。
「どうしよう。僕の力では除霊できない」
「何を使えばいい? 魔法なら全部使える」
チート能力があっても、使う判断は人間の経験に負う。今回は、エイリークの体に傷一つ負わせず、中の余計な奴だけ消さなければならないのだ。無闇に試せない。
「本当は、モルトケ男爵令嬢と近い生体に降霊するつもりだったんだ」
その生体とは、俺のことだ。ゲロ吐いて戻るまでに、とりあえず思いつく限りの防御魔法を発動させておいた。中身がファツィオに従わない理由の一因でもある。
彼には教えてやらないが。責めるのも後回し。
「モルトケ卿は知っているのか」
「百パーセント上手くいく自信はなかったから、僕の仕業じゃなくて、自然にそうなるかも、みたいに匂わせただけだ。元々、お前みたいな女が来る度に、憑依していたそうだから。女の使用人が全然いなかったろう?」
言われてみればそんな気もするが、転生ど平民に、貴族の常識を求められても困る。
「じゃ、消していいな」
「えっ。どうするんだ?」
「浄化する。幽霊としてウロウロされるより、昇天してもらった方が、親としても嬉しいだろ」
何より、このままエイリークの体に居座られたくない。ファツィオが、ハッとして頷いた。彼も前世で親だったのだ。
俺たちがやりとりしている間、エイリークの中身は、無意味に首を回したり、顔の筋肉を異様に縮めたり伸ばしたりしていた。使い勝手を試しているみたいだった。
しかしながら話はちゃんと把握していたようで、ファツィオが同意した途端、凶悪な表情を作り出した。
「結界を張れ。部屋から出すな」
指示した途端、ファツィオが飛ばされた。壁に激突し、ベッドのヘッドボードへ体を二つ折りに落下した。
「ぐうっ」
顔を枕に埋めたまま、動かない。それでもかろうじて魔法は間に合ったようで、結界が張られているのが感知できた。
さすが、王都の騎士団で隊長を務めるだけのことはある。
エイリーク、の体が俺に飛びかかってきた。魔法だか霊力だかが効かなくて、腕力勝負に出たのだ。
基本的な体力は、俺の方が負けている。咄嗟に避けたが、すぐ捕まった。物理的防御魔法をかけ忘れたかも。払いのける手をかいくぐって首を絞められる。
俺は蹴りを入れながら、手を外そうともがいた。
「あなたにこの体を傷つけることができて?」
エイリークの口が卑しい笑みを形作る。
俺は反撃を緩めなかった。苦しい息の下、魔法と戦術の選択と並行して、前世の記憶が勝手に再生される。確かに似たようなことがあった。あの時は何をした?
「大量の記憶で人格を押し流す策は、もう効かないわ」
俺の記憶を先取りされた。エイリークの方の記憶かもしれない。否、この中身がもしかしたら‥‥。
「ぶべはっ」
奇妙な叫び声を上げて、エイリークの手が俺の首から離れた。後退しながら体を起こすと、ファツィオが立って呪文を唱えていた。浄化だ。中身が苦しんでいる。
俺も加勢した。ファツィオ自体の能力も高い。
それに俺のチート能力が加わったら、男爵令嬢の霊と称するこの得体の知れない存在を、消滅させられるはずだ。
霊体のせいか、相手のレベルが鑑定できないのが不安要素だが。
「ゆ‥‥様、苦しい」
急に、エイリークの様子が変化した。おぞましい表情が消え、さらに女性らしさまで感じさせる。ファツィオが呪文を止め、駆け寄った。俺も魔法を切り替えて走る。
「戻ったのですか、えい‥‥ぐっ」
間に合わなかった。ファツィオがエイリークの蹴りを受けて後ろへ吹っ飛んだ。中身が身体能力を利用したのだ。
きしむ音と共にベッドのフットボードに背中から当たり、落ちる。
俺は止まらず進んでいた。強化した腕で、こちらを向いたエイリークの顔面に、拳を叩き込んだ。
決まった。
口から歯か何か飛ばしながら、顔をのけ反らせて倒れた。そこへ蹴りを入れ、浄化の魔法を浴びせつつ膝と手も使って胴と両腕に体重を乗せる。
「エイリーク様になんてことを」
すぐ起き上がってきたファツィオが、腹を押さえながら文句をつけるのを無視し、魔法を続けた。
エイリークは俺の重みと顔の痛みで動けず、口の端から血を流している。
気を取り直したファツィオの助けもあって、徐々にエイリークの中身の力が削がれていくのが感じ取れた。
やがて、中にいたモノが消滅すると、エイリークは意識を失った。
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