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二度目の人生

10 成り代わり

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 旅に耐えられるまでに回復したウィリアムが、いよいよ領地へ戻ることになった。伯爵夫人と、当然ながら私も一緒である。

 その前に、都の屋敷では、ちょっとした騒ぎがあった。
 執事アランの横領が、発覚したのである。

 被害は、大した金額ではなかった。これは、メリンダにせびられて始めたもので、発覚が早かっただけに過ぎない。

 ウィリアムから金を貰えなくなった彼女が、以前より好意を示していたアランを、そそのかしたのである。
 彼女の得た金の一部は、賄賂として騎士団に流れ、こちらの方でメリンダは捕縛された。

 親孝行にも、と言って良いものか、父と兄の処分を軽くするため、と彼女は主張したそうだ。
 アランは解雇された。幸いにも補佐をしていた若者は無関係とわかり、彼が執事に昇格した。


 メリンダ一家が牢に入って、私は一安心した。賄賂を渡した程度では、ほとんど罪にもならない。
 彼女が拘束されたのは、バウンティランド伯爵家が、ウィリアム襲撃事件と絡めて、圧力をかけたからである。

 執事の横領を見抜いたのも、騎士団に証拠を示して圧力をかけたのも、ウィリアムだった。
 遊学中、遊ぶばかりではなく、一応学問も修めていたようだ。彼は、本当に改心したように見えた。

 顔のあざも綺麗に消えて、元の美しさを取り戻した。この顔と改悛かいしゅんを以てすれば、醜聞を起こしたにも関わらず、縁談を受ける令嬢が出てくるかもしれない。

 アランの解雇もまた、一度目では起きなかった。
 メリンダが刑を受けたかどうか、私は知らなかった。だが、今回は、バウンティランド家から彼らに資金が流れなかった。

 メリンダがウィリアムを狙い出すとしても、一度目よりは、先の話となる筈だ。
 これでジェイムズが回復するまでの、時間を稼げる。
 バウンティランド家のかなめは、彼なのだ。

 私が都へ出てから、色々と一度目とは違った方向へ、事が進むように感じる。その先には、ウィリアムと結婚しない未来も、あるかもしれない。

 ウィリアム自身もまた、一度目とは違い、穏やかな人間に変わったように見えた。メリンダに溺れる未来を知らなければ、理想の夫とも思える。

 今でも時折、一度目の悪夢にうなされる私にとって、彼の美しい顔は、なるべく視界に入れたくない代物だ。
 記憶を取り戻した後、初めて再会した時、包帯で顔が見えずにホッとしたのを、覚えている。


 領地へ戻ると、ジェイムズは、既に改修なった離れに監禁されていた。
 それは、全く回復のきざしが見えないことを意味していた。

 「ああジェイムズ。何故、こんな事に」

 バウンティランド伯爵夫人は、ジェイムズを前に、絶望して両腕を上げた。その周囲には、いつでも押さえ込めるよう、屈強な男たちが控えている。
 伯爵の反対を押し切り、夫人は帰宅早々に、もう一人の息子を見舞いに訪れたのだった。

 私も、ウィリアムの口添えで、特に許されて同室にいた。
 護衛の邪魔にならないよう、バウンティランド母子からは離れた位置に立つ。

 「母上も、お分かりにならないのですね」

 ジェイムズもまた、絶望した様子だった。
 事前に受けた説明によると、彼は自分を、ウィリアムだと主張していた。

 医者は、ウィリアムが死の危機に直面したと知り、彼に成り代わることで無意識のうちに、長年にわた蓄積ちくせきした劣等感の解消を図ったのではないか、と推測した。
 心の動きの問題である。

 そうなると、薬や手術で治る類ではない。

 私はジェイムズが、それほどまでにウィリアムをうらやましがっていたとは、全く気付かなかった。
 彼の教養は、少なくともウィリアムがメリンダを追い回していた頃までは、容姿など気にならないほどの魅力を、彼にもたらしていた。

 しかしながら、彼が外見を気にして引きこもりがちであった事も、本当である。

 ジェイムズが成り代わった筈のウィリアムは、彼の目の前にいる。
 彼にはどのように見えているのか、今のところ特に反応はない。

 この実験的な試みには医者も関心を示し、私と同じように立ち会っていた。本物を突きつける事で、ジェイムズが正気に返るかもしれない。
 主に伯爵夫人が、一縷いちるの望みにすがって実現した対面であった。

 ウィリアムが沈黙を守っているのは、医者の指示である。二人が対面するだけでも、大変な事である。余計な刺激を与えて、患者を興奮させ過ぎないように、とのことだ。

 誰も指摘しなかったが、本物を目にしたジェイムズが、逆に完全に精神崩壊する可能性もあるのだ。
 伯爵夫人は我が子に対する愛情で、良い方への解釈しか頭にないが、医者とウィリアムが強く制止しなかったのは、こちら側に対する興味や希望からではないか、と私は疑っていた。

 そういう私も、自分の望みを隠してこの場にいる。
 ジェイムズと、二人きりで話したかったのだ。

 一度目の人生の終わりに、彼と交わした言葉を覚えていた。彼がこの頃既に、私を愛していた確証は、ない。
 だが、私がジェイムズに愛を打ち明ければ、彼は自分に自信を得て元へ戻るかもしれない。

 二人きりになる必要があった。
 もし、彼が私を愛してくれていたとしても、伯爵夫人の前で、子爵家出身の侍女に対して、愛を告白するとは思えない。彼は内気な性質なのだ。

 私の想いが通じたのか、ジェイムズの目がこちらへ向いた。
 緑色の瞳に、光が灯った。

 「やあ、エレイン。久しぶり。少し会わないうちに、随分ずいぶんと綺麗になったね」

 彼は、記憶にあるより軽薄な口調で話しかけてきた。すっかりウィリアムと化していた。瀕死になる前の方の、ウィリアムだ。
 ジェイムズは、こちらへ足を踏み出した。

 「ジェイムズ」

 本物のウィリアムが、口を開いた。途端に、ジェイムズの顔色が一変した。

 「お前、誰だ?」

 どうやらこれまで、ウィリアムの存在を認識していなかったらしい。無意識の力は恐ろしい。

 「いかん。取り押さえろ」

 医者の指示で、こちらへ足を踏み出していたジェイムズに、屈強な男たちが、うわっと取り付く。

 「やめろ! 俺が本物のウィリアムだ! そいつは偽物だ! 伯爵家を乗っ取られるぞ!」

 「奥様、こちらへ」

 私は、よろめく伯爵夫人を引くようにして、部屋から退出させた。

 「申し訳ありません、母上。ジェイムズが歩き出したので、つい声をかけてしまいました」

 本館へ戻り、ソファへ落ち着いたところで、ウィリアムが謝った。彼は、医者からも注意を受けていた。

 「仕方がないわ。名前を呼んだだけで、あんな風になるなんて。私が呼んだ時には、何ともなかったのですもの。それほどまでに、自分を嫌ってしまったのね。私は、二人とも愛しているのに」

 伯爵夫人は、ハンカチーフを取り出し、涙を押さえた。
 ジェイムズは、鎮静剤を打たれ、眠らされた。彼が眠っていても、離れは外から鍵がかけられ、中からは開けられない。
 徹底した警戒ぶりだった。一体、どれほど暴れたのか。

 私は夫人を支える立場にあったが、まだ足の震えが止まらなかった。
 怒り狂うジェイムズの姿から、結婚していた時のウィリアムを連想し、恐怖の記憶が蘇ってしまったのだ。

 双子だけあって、髪や目の色以外、言い方も身振りもそっくりに見えた。
 あのジェイムズにも、ウィリアムのような凶暴性が潜んでいた、と目の当たりにした恐怖もあった。

 今の状態で、二人きりで話すなど、無謀むぼうでしかない。
 また、そんな私を観察するウィリアムの視線が、肌に痛かった。
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