上 下
6 / 16
一度目の人生

6 影の侵食

しおりを挟む
 こうして無事に葬儀が終わり、弁護士がやってきた。
 遺言状の開封である。

 ウィリアムと私、ジェイムズの他に、パスチャー伯爵夫妻も立ち会った。執事のロレンスが室内に控えているのは当然として、何故か事故調査を担当した警備隊の騎士たちもいた。

 「私が預かる遺言書を開披かいひする前に、騎士様に確認したい事がございます」

 弁護士の言葉に、その場が緊張をはらむ。

 「バウンティランド伯爵夫妻は、遺言書の変更を求めて、私と面会する予定でした。事故現場に、それらしい書類、あるいは一見関係なさそうなメモの類でも、落ちているか、ご夫妻がお持ちではなかったでしょうか?」

 私の心臓が跳ね上がった。

 「いいえ。救護の際も、検証の際も、ご両人様を始めとして周辺まで当たりましたが、そのような物品の発見は、報告されておりません」

 「紙片程度の物でしたら、血‥‥汚れの程度によっては、野犬などが誤って呑み込んだ可能性もあります」

 騎士たちは、ハキハキと回答した。予め、質問を想定していたようだった。
 血まみれとなったメモを、野犬が食いちぎる様を想像し、私は気分が悪くなった。この場で倒れる訳には、いかない。必死で堪えた。

 「そうですか。では」

 「こちらかも質問があります。バウンティランド伯爵夫妻が、遺言書の変更を希望していたという話は、初耳です。どのような変更か、レンデル氏はご存知ですか?」

 騎士の問いに、弁護士が、急に落ち着かない様子になった。

 「それは、何とも‥‥。急なお話でしたので、ご夫妻にとっては重大な変更だったのだろう、としか申し上げようがございません」

 ふとウィリアムを見ると、いつもの冷たい表情で、弁護士に顔を向けていた。体の脇に隠されたように置かれた手の指が、苛立たしげに脚を叩く。

 彼は、危うく命拾いしたのだ。

 義父母は恐らく、財産分与について、大きな変更を施すつもりだったに違いない。
 あの兄弟喧嘩の後で、ウィリアムが夫妻から叱責を受けたらしいことは、葬儀までの間に何となく聞き及んでいた。

 面白くない事があった時、いつものようにメリンダの元へ逃げた間に、次期伯爵の権利まで失っていたかも知れなかった。
 それを、偶然の事故で、なかった事に出来たのである。

 両親と財産を天秤にかけるような真似をするとは、神もなかなかに意地悪い。

 騎士たちは、それ以上追求しなかったので、弁護士は彼の仕事に戻った。

 ウィリアムはバウンティランド伯爵を継承し、その財産のほとんどをも受け継いだ。
 双子の弟であるジェイムズには、ウィリアムの財産から一時金又は年金の形で、一定の金額が支払われるよう定められた。

 ロレンスほか、長年勤務した使用人には、それぞれ相応の退職金が用意され、希望すれば、いつでも退職時に弁護士から支払われる事になった。

 私は夫人の持つ個人財産の一部と、宝石類を受け取った。なお、それらはバウンティランド伯爵夫人としてある間だけ、所有が許されるとされた。

 最後まで優しい義父母だった。彼らの存在は、ウィリアムにとっても大きかった事を、私はすぐに知る事になる。


 バウンティランド伯爵となったウィリアムが最初にやった事は、古株の使用人を全て解雇または退職させる事だった。
 代わりに雇い入れたのは、以前の水準には到底及ばない者たちばかりであった。

 彼らがまた、上の立場につけられたものだから、中堅の使用人が辞めていく、という悪循環が生じ、バウンティランド家の家政は、たちまち混乱した。

 その穴埋めをするのは、私だった。
 ウィリアムは、喪が明けないうちから、メリンダを屋敷へ引き入れたのである。
 新たに雇い入れた使用人は、ウィリアムというよりも、彼女の伝手つてで集められた。従って、彼らの主人は私ではなく、メリンダという理屈になるようだった。

 平民で酒場の給仕程度の職歴しかないメリンダに、伯爵家の仕事を任せられる人材を仕入れる能力がある筈もなく、新人は言葉遣いや立ち居振る舞いから教えなければならない者ばかりであった。

 メリンダは、最初から女主人の体で、屋敷へ乗り込んできた。代々積み重ねてきた歴史ある伯爵家の威光など、自らを輝かせる後光程度にしか考えていなかった。

 平民でありながら、貴族に気後れしないという意味では、彼女は肝の座った人物であった。
 しかし、物を知らぬが故に、図々しく振る舞える側面はあっただろう。

 初めは伯爵夫人である私に遠慮していた彼らも、メリンダの堂々たる振る舞いに感化され、次第に私を使用人のように扱うようになっていった。

 まずもって、屋敷の主人であるウィリアムが、私を下女のように扱うのが、問題であった。
 彼が、メリンダを妻のように持ち上げる。メリンダも遠慮などしない。既成事実が積み上がって行く。

 私は妻として、ウィリアムと話し合いを持とうと、努力はした。
 そもそも彼は、私の視界に姿を現さなかった。彼の意を受けたと思われるメリンダが私に指示を伝え、私の伝言は一向伝わらない。
 偶に顔を合わせれば、罵詈雑言、時には叩かれたり蹴られたりもする。

 彼はとうとう、私に子供を産ませることを諦めたようだった。メリンダの嫉妬に屈したのかも知れない。
 この頃になると、私は自室から追いやられ、使用人にも使わせないような屋根裏部屋を当てがわれていた。

 この上、ウィリアムの身勝手な性欲に付き合わされるのは、苦痛の上塗りでしかない。夫との交渉がなくなったことには、安堵の気持ちが大きかった。

 もはや私に、バウンティランド家の後継を産む意思もなかった。前伯爵夫妻から受けた恩を返せないことには、忸怩じくじたる思いがあるものの、自分からウィリアムに迫ると考えただけで、怖気おぞけを振るってしまうのだ。

 その他の用に関しても、私には彼を探したり、待ち伏せたりする時間も与えられなかった。
 彼らは人の上に立ちながら、責任を果たさず、余計な仕事を増やしてばかりいた。

 私は彼らの尻拭いも引き受けつつ、屋敷の管理維持に回らなければならなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】夫もメイドも嘘ばかり

横居花琉
恋愛
真夜中に使用人の部屋から男女の睦み合うような声が聞こえていた。 サブリナはそのことを気に留めないようにしたが、ふと夫が浮気していたのではないかという疑念に駆られる。 そしてメイドから衝撃的なことを打ち明けられた。 夫のアランが無理矢理関係を迫ったというものだった。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

つがいの皇帝に溺愛される幼い皇女の至福

ゆきむら さり
恋愛
稚拙な私の作品をHOTランキング(7/1)に入れて頂き、ありがとうございます✨ 読んで下さる皆様のおかげです🧡 〔あらすじ〕📝強大な魔帝国を治める時の皇帝オーブリー。壮年期を迎えても皇后を迎えない彼には、幼少期より憧れを抱く美しい人がいる。その美しい人の産んだ幼な姫が、自身のつがいだと本能的に悟る皇帝オーブリーは、外の世界に憧れを抱くその幼な姫の皇女ベハティを魔帝国へと招待することに……。 完結した【堕ちた御子姫は帝国に囚われる】のスピンオフ。前作の登場人物達の子供達のお話に加えて、前作の登場人物達のその後も書かれておりますので、気になる方は是非ご一読下さい🤗 ゆるふわで甘いお話し。溺愛。ハピエン♥️ ※設定などは独自の世界観でご都合主義となります。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

処理中です...