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淡雪、仕切り直しの夜に挑んで・・・

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 口を塞がれると息がし辛い。
 鼻で息をするのもなんだか恥ずかしく憚られる。逃れようとするも僕を抑えつける直江の力は強くてびくともしない。
 息が思うようにできないせいで、脳が酸欠状態になっできた。
 目の前が薄暗くなり、星がチカチカとしだした。
 あっ、マズいなと気が遠くなりかけたとき、直江が塞いだ口を解いた。

「少しは落ち着いたか」

 落ち着くもなにも窒息しかかった僕は、酸素を求めて息をするほうが忙しい。
 落ち着かなくした原因が何をいうか。

「全く・・・何を勘違いしているのやら」

 やれやれといった感じで直江がふぅ―っとため息を吐いた。
 呆れたような表情かおで直江が僕を見る。
 僕も負けじと直江を見た。
 誰のせいでこうなったと思っているんだ。全てはお前の行いが招いた結果だろう。
 呆れられる覚えはない。

「はぁ~っ、よく聞け。私はこれまで仕方なく婚礼は挙げたが、相手の部屋を訪れたことも、共に夜を明かしたこともない。わかったか?」

 えっ?!なぜ?
 みんな望んで嫁いできたんだよね?
 直江が訪れなくても相手が部屋に来たことはあるはず。
 それなのに何もなかったって・・・それって、考えられることは、ただ一つ。
 まさか、直江は・・・
 僕は怒りを忘れ、憐れみをもって直江に尋ねた。

「・・・あ、あのさ、直江って、もしかして、人には言えない病気とか?」

 今度は直江が固まった。

「この流れで、どうしてそうなる・・・」

「だって、ねえ・・・直江さん、いい歳だし、何回も婚姻されてるし?冬星も九重も口を揃えて、男が二十歳を超えても何もないのは、性格異常か身体のどこかが病気だっていってたもん」

「言ってたもんって・・・」

 僕の言葉に直江が脱力した。
「来栖家にまともな考えを持った者はいないのか」と、ぼそりと呟いた。
 直江はウンザリとした表情でため息を吐単語いき、僕の上から退くと横にドサリと寝転んだ。
 片手を額に当てて寝転んだ直江が、誰に聞かせるでもなく話す。

「もう西蓮寺家の立ち位置は、光顕達から聞いているだろう」

「ざっくりとなら」

「どこまで聞いた」

「御祖父様が濡れ衣を着せられ、自死したってことと、先の大公様は一時、幽閉されていたのは聞いた」

「そうか・・・陛下には、後継となる皇子が一人しかいない。しかも、幼く隣国の血が流れている。今、陛下が崩御されれば、自然と後継はその皇子となるわけだが、幼いが故に生母と隣国から派遣されてくる者による垂簾聴政を余儀なくされる。陛下はそれを良しとされず、密かに私を後継にと望まれている」

 それって、直江が帝位に継くかもしれないってこと?
 はぁっ!?話が壮大になってきて、意味がみえないんですけど?

「そうなると、面白くないのは生母と隣国だ。私を失墜させるか、亡き者にしようと企み、様々な手を用い、仕掛けてきている。婚姻もその一つだった」

「まさか、これまでの相手は・・・」

 ゴクリと唾を呑んだ。

「そう、全員が送り込まれてきた刺客だった。食事に毒を仕込まれたり、色仕掛けを仕掛けてきたり、馬の鞍に細工されたりとしたな。私の命を狙っている相手に寝首を掻かせるほど、私は愚かではないつもりだが」

 直江は静かに笑った。
 その笑みが少し嘲笑的であり、寂し気で、僕は遣る瀬無い気持ちになった。

「また、刺客かと思っていた私の前に現れたお前は、何というか、全てに於いて私の思惑を上回った。触れなば落ちんという風情でありながら、真っ直ぐに言いたいことは言う。へろへろになりながらも負けん気だけで私の後をついてくる。馬に乗せれば子どものように燥ぐ。いつしか目を離せなくなった」

 いつもは眼光鋭く、冷徹なばかの様が嘘のようだった。
 僕をじっと見る瞳に優しい色が浮かんでいる。
 もしかしたら直江はもともとはこういうたちなのかもしれない。
 だから、光顕や忠勝、家臣や家人が直江に従っているんだ。

「淡雪になら騙され、殺されてもいいと思えるほどには、惹かれている」

 目が合い、ドキリとした僕は慌てて視線を逸らした。
 頬が熱くるのがわかる。
 優し気でいて、幽かに情欲の灯ったそれをどうしたらいいのか。
 腕をとられ、直江の上に倒れ込んだ。

「誤解は解けたか」

 僕は直江の胸でコクリと頷いた。
 くすりと笑う振動が伝わったかと思うと、直江は体勢を入れ替え、僕を再び組敷いた。
 直江の顔が近付き、僕は目をそっと閉じた。
 少しの恥ずかしさと心の大部分を占める嬉しさにどきどきと脈打つ鼓動。
 鼻先が触れ、唇が触れた。
 直江の舌が僕の唇をなぞり、薄く空いた間からするりと入ってきた。
 歯列を割り、捉えられた僕の舌。
 絡まり、角度を変えるたびにくちゅりと音がする。
 口づけを解くとどちらのものともつかない唾液が
 刹那なの線を引く。
 濡れた視線を絡ませ、もう一度とお互いに口づけを強請った。
 直江の手が僕の身体の線を辿り、夜着にかかる。
細帯がシュッと音を立て解ける。
夜着がはらりと開かれ、直江の手が弄るように夜着の中に入ってきたその時、

「た、大変です~。たった今、勅使により、宣旨せんじが届けられました~」

と夜を切り裂くような晴の絶叫が響き、続いて部屋の前まできていたのか、光顕の声がした。

「直江様、速やかにお返事を」

それまでの艶めかしい雰囲気は最早なく、顔を引締めた直江が牀榻からすくっと立ちあがった。
厳しい表情をした直江は夜着を整えると

「勅使を饗応の間へ。直ちに参る」

直江が部屋を後にしようするのを僕は呆気にとられて眺めた。
扉に手をかける前に直江は踵を返して、牀榻の上で呆然として座った僕を抱きしめた。
額と顳かみに口づけ、「すまない」といい、部屋をでていった。
直江の後姿を見ながら、僕は脳裏に浮かんだ
“好事魔多し”
という不吉な言葉を振り払う。
・・・まさかね・・・
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