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臨んだ夏越の宴 毒杯で淡雪窮地に立つ

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 夏の夕暮れ時、篝火が焚かれた大公家の庭では夏越の宴がにぎにぎしく開かれていた。日が落ち、過ごしやすくなってはいるが、庭は草いきれが残っていた。
 夏の宴に相応しい曲が流れている。
 お酒が回り、赤ら顔をした人がちらほら見えた。
 夏草のむっとする匂いの中、家臣や領民が皆、わいわいと宴を楽しんでいるのに僕はちっとも楽しめていなかった。
 気絶したけど、すぐに意識を取り戻したのが直江の腕の中。
 意識が混濁している時になまじ整った直江の顔が目の前にど~んとあってみろ。
 焦ったってもんじゃない。
 ドキドキして不整脈を疑ったじゃないか。
 焦燥した直江の表情は心臓に悪いったらない。
 意識を取り戻した僕をみて、直江は安堵したようにそっと息を吐き、僕を守るように宴の席まで
 付き添った。
 それが気恥ずかしいやらこそばゆいやらで落ち着かず、饗された御膳もろくにたべられなかった。しかも、この時期にしか食べられない収穫した茘枝らいちを一度氷漬けにしたものを半解凍の状態で出す貴重な氷菓子が1、2個しか食べられなかったなんて一生の不覚だよ。
 気の利く安芸や侍女によりめずらしい料理や氷菓子が下げられていき、あまり好きでもないお酒と嫌いな食材の酒肴が残されているのって罰ゲーム以外何ものでもない。
 もう僕は夏越の宴が早く終わってくれと胸の内で祈らずにはいられないかった。

「今年の夏越の宴は近年にない盛り上がりですな」

 酔っぱらい特有の赤ら顔をしたおっさんが直江に挨拶がてら話しかける。

蒲原かんばら、そなたにも迷惑をかけたな」 

「なんの、某こどき他の者たちに比べれば足元にも及びますまい」

「そうか」

 直江が碧い地炉利ちろりを持ち上げ、蒲原に杯を促した。
 蒲原が些か恐縮して杯を差すと直江が杯にお酒を満たした。
 出入りの商家と癒着して横領三昧してた奴らを一層するとともに配置換えや人員移動と、西園寺家領はこの2、3ヶ月慌ただしかった。その慰労もあるんだろうな。
 地炉利の中のお酒が少なくなっていることに気がついた。
 僕の前には手付かずのお酒が。

 ”銘酒といってたけど、飲まないこれって捨てられるんだろうな“

 勿体ない精神でつい、破棄されるならと直江の地炉利とそっと交換した。

「奥方様は気が利いていらっしゃいますな」

 蒲原が感心しきりといった。
 直江がちらりと僕を見て、口元に薄く笑みをはいた。
 滅多に笑わないことではダントツ1位の直江の笑みにまたもや胸の内がもやもや~とした僕に蒲原が冷水を浴びせた。

「これでややでも出来れば、西園寺家も安泰というものですな。ああ、直江様、1日も早く和子様を拝ませていただきたい。これは家臣一同の願いです」

 直江が苦笑する横で僕はギョッとなって思わず、腰を浮かしかけた。
 もやもやした落ちつかない気持ちも一気に吹っ飛んだ。
 ややって・・・子どもを作る→夜のオツトメ、性行為をしなければならないじゃないか。
 子どものタネが隣に座っている状況で蒲原に期待に満ちた面持ちでこちらを見られ、僕は恐怖で気が遠くなりそうだった。
 確かに、嫁として輿入れしてきたが、曲がりなりにも僕は男だし、言いたくはないが、逃げ出す算段をしているをしているのに子どもを作るなんてバカはいないぞ。
 その気もない僕に期待をされてどういう顔をすればいいんだ。
 これだから常識を中途半端に無くした酔っぱらいは始末に終えないんだ。
 妄言を吐く気も無くなるくらい酔い潰れてしまえ!と心の中で呪詛ったのはいうまでもない。
 それからというもの次から次へと僕たちの元に家臣達が訪れては蒲原と似たりよったりの台詞を吐いていく。
 お酒のまわった赤ら顔で上目使いでこちらを見る奴等に僕は池の水をぶっ掛けてやりたいのをぐっと我慢する。
 我慢しすぎて目の前がくらくらしてきた。
 血管が切れて貧血を起こしそうだ。
 これ以上はヤバいと感じた僕は、直江を酔い潰してお開きにしようと画策した。
 先程からかなり飲んでいるが、一向に潰れない。
 何本目かの地炉利が空になった。
 こいつは蟒蛇うわばみか。
 いつの間に置かれていた地炉利を手に取ると、直江の杯に注いぐと直江は一息に飲み干した。
 微かに眉を顰めた直江が僕に目を向けた。
 なんだ?
 地炉利を持ったまま僕は小首を傾げた。
 直江はスッと立ち上がると家臣の面々に

「私達は下がらせてもらうが、皆、時間が許すまで愉しむといい」

 僕に目配せをする直江。
 あっ、部屋に帰るのね。はいはい。漸くお開きですか。長かったーっ。
 直江に促されて立ち上がると、直江が肩を抱いていた。
 ちょ、ちょっと、何を!?
 焦る僕を余所に耳元で直江が「肩を貸せ」を周囲には聞こえないよう顰めた声でいった。
 ずんと肩に架かる重みによろけそうになった。
 体格差を考慮しろよと文句をいってやろうしたが、直江の酷く悪い顔色をみて口を噤んだ。
 周りから見れば仲睦まじき姿と写っただろう。
 直江の部屋近くまで来ると直江は僕から身を離し、壁に身体を預けるようにしてずるずると倒れるように座り込んだ。
 顔色も真っ青で額には汗が浮かんでいた。
 飲ませ過ぎたか?と心配になった僕は、膝をつき、袖で直江の汗を拭った。

「すまいが、水を・・・」

「わかった」

 直江の部屋に入り、水差しから水を注いだグラスを持つと直江の元に急ぎ戻った。
 差し出したグラスを受取ると、直江は一気に煽った。
 気だるげに投げ出された手足、酷く悪い顔色と額に滲む汗。
 尋常ではない姿に僕は飲ませ過ぎたことを反省した。
 そういえば、お酒を急に大量に飲むと場合に因っては市に至ることもあるって・・・
 僕の顔もサッと青くなった。
 “い、医者、お医者さん呼ばないと”と思っていたら、光顕と忠勝が現れた。
 光顕達は直江が倒れているのを見ると駆け寄り、僕を押しのけた。

「直江様、いかがなされましたか」

「さ、騒ぐな・・・毒を盛られただけだ・・・」

「な、なっ」

 絶句する光顕に直江は

「淡雪を部屋へ・・・」

 その言葉にいま気づいたという体で光顕と忠勝が僕を振り返った。
 その視線は剣呑で射殺すようだった。  
 忠勝に支えられるようにして直江が部屋に入ると光顕が酷く冷たい声で

「残念です、淡雪様」

 

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