上 下
30 / 48

淡雪、侍女に疑惑を持つ

しおりを挟む
 濃緑の夏草の庭を巡る遣水やりみずに陽射しが反射し、眩しくて目を細めた。
 蝉の声が耳に騒がしく、暑さをより一層感じさせる。
 僕はソファの背に持たれ、深々とため息をついた。
 冬星からのプレッシャーでメンタルが崩壊したらしい晴は九重からの助言もあり、あの日から休ませている。
 あれは晴には一種のモラハラとパワハラであり、僕にはラブハラ、セクハラ、ニンハラのなにものでもない。
 冬星はそこのところを深く反省して欲しいところだ。
 晴の代わりは安芸と九重が務めてくれていた。
 冬星が目端が利くからと僕につけてくれた侍女故に、確かに晴がいなくともいままで通りに過ごせている。
 安芸は明るく、場の空気を読むことに長けており、晴よりも心配りが出来ているため、西園寺家の使用人と要らぬ波風を立たずに上手く溶け込んでいた。
 一方、九重は機転が利くという。機転が利くというのなら人のことをよく観察して、先を読むことが上手いんだろうな。安芸の気付かないところをさり気なく補っている。
 惜しむらくは、なんというか雰囲気が取っつきにくく、砕けた言葉遣い一つせず、冷然としているところか。
 冗談でも言おうものなら冷たい視線を浴びそうだもんな。
 そんな九重だが、安芸よりも西園寺家の使用人に受け入れられているのが不思議だよ。
 あれか?青髭大公、鬼元帥といわれている直江に近い人種だから親近感を覚えているんだろうな。
 よく仕えてくれているとは思う。本当にこれっぽいも不自由はない。
 不自由はないんだけど、長年、傍に控え仕えてくれて、軽口を言い合え、偶に抜けたことをする晴がいないと何というか、ちょっと淋しいのだ。
 それを実感して僕はまたため息をついた。
  
「淡雪様、いかがなされました」

 室内に風を通そうと窓を開けていた安芸が、振り返り言った。

「お顔の色が優れませんね。暑さに参られましたのなら、冷たいものでもお持ちしましょうか。明後日の夏越の宴が過ぎれば、少しは暑さも和らぐと聞きましたよ」

 いや、別に夏の暑さにやられたわけじゃないから。
 まぁ、冷たいものは嬉しいけどね。
 僕は晴の様子を安芸に問いかけた。
 九重に尋ねてもいいんだけど、安芸のほうが聞きやすいからな。

「晴はどうしてる?」

「・・・」

 安芸が気まず気に押し黙った。
 えっ、なにその沈黙。焦るんだけど。

「・・・えぇ、あの・・・なんと申し上げますか、その・・・」

「晴に何かあったのか?」

「あったといえばあったような、ないといえばないような・・・」

 安芸の歯切れが悪い。
 どっちなんだよ。

「すみません、淡雪様」

 と言って、安芸はガバっと床に身を伏せた。
 突然の謝罪に僕のほうが驚いてオロオロとしてしまった。
 まさか、晴が重度の鬱になったとか引き籠もったとかいうんじゃないだろうな。

「どうした?」

「私、淡雪様付き侍女の中では一番年下です」 

 それが晴の様子となんの関係があるんだ?

「新参者の年下って、何かと気苦労が多いというか、雑用を押しつけられがちでだし、発言力は弱いし」

 安芸ははっきりとは言わないが、新参者はお局様に気を使うという、どこの世界でもあることをいいたいんだろう。
 こういってはなんだが、僕付きの侍女で最古参は晴だ。
 その晴はメンタル崩壊中で休みを取らせているのに一体誰に気を使っているというんだ?
 西園寺家の侍女達か?
 はっ、まさか、安芸までメンタルやられたんじゃないだろうな。
 僕の侍女が続けてメンタルをやられて戦線離脱したなんてなったらどれだけ僕が横暴なんだってことになるじゃないか。
 僕は自分の考えに戦いていた。

「実は・・・」 

 と、意を決したように安芸が言葉を続けた。

「晴さんに会わせて貰えないんです」

 よ、良かった~。
 メンタル崩壊関係じゃなかったと安堵しつつ、安芸の告げたことに首を傾げた。

「えっ、どういうこと?」

「晴さんを部屋に送っていった日から九重さんが、“いまはそっとしておいて、落ち着かれるのを待たれた方がいいです。こういった精神状態のときは、なるべく接触する人を限定したほうが落ち着かれるのも早いかと。それと、年若い安芸様より年上の私の方が相談もしやすいでしょう。私が気にかけておきますので、安芸様は淡雪様を優先してください”とおっしゃって・・・」

 安芸が切々と訴えた。
 おかしくないか、それ。確かにメンタルがやられているときには人に会いたくはないけどさ、それにしても同じ侍女の安芸にまで会うなっておかしいだろう。

「あの・・・淡雪様・・・それに私、ちょっと気になることが・・・」

 言っていいものか迷っている体で安芸が声をかけてきた。

「なに?」

「九重さんがたまにこっそりと手紙を読んでいることがあるんです」

「手紙くらいは読むんじゃないの」

「そうですけど、辺りをはばかりながら読んだ手紙、燃やしますか?」

「燃やしてた・・・」

「初めはいい人からと思ってたんです。で、恋人からですかと九重さんに聞いたら、凄く怖い顔で、睨まれながら盗み見ですか。感心しませんねっていわれて・・・」

 その時のことを思い出したのか安芸が身震いした。
 九重に睨まれたら怖いかもなぁ・・・って、いまはそこじゃない。
 辺りを気にしながら手紙を燃やしたって?しかも、それを見て言葉をかけた安芸を威嚇いかくしてきたというのか。解せない。

「いま、淡雪様にお話させていただきならが、思ったんですが」

「何を?」

「九重さん、淡雪様から晴さんを離れさせようとしているんじゃないですか?」

「それはないんじゃないか?僕が晴と離間して、九重に何の得があるんだよ」

「晴さんは九重さんより年下じゃないですか。けど、淡雪様に長年仕えていらっしゃるし、信任も厚いから指示をするのは晴さんですよね」

「そうなるかな」

「そうですよ。同じ侍女なのに年下の者から指示を受けるのは、九重さん的にはおもしろくないかと」

 あ~っ、職場あるあるだよね、それ。

「晴さんさえいなければ、冬星様の意を汲みやすくなりますし」

「えっ⁉」

安芸から聞捨てならない台詞が発せられ、僕はぎょっとした。

「ど、どういうこと?」

「淡雪様大事の晴さんの手前、大公様を淡雪様の寝所へご案内するのはできませんもの」

「しなくていいから、それ」

僕は焦った。
額に冷たいものがつーっと流れる。
直江とイタしたくないから避けまくっているというのに手引きされるなんてとんでもない。
九重を今すぐ呼びつけて問い質さないと取返しのつかない事態になるじゃないか。

「安芸、九重を呼んで」






しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

教室ごと転移したのに陽キャ様がやる気ないのですが。

かーにゅ
BL
公開日増やしてからちょっと減らしました(・∀・)ノ ネタがなくて不定期更新中です…… 陽キャと陰キャ。そのくくりはうちの学校では少し違う。 陰キャと呼ばれるのはいわゆるオタク。陽キャはそれ以外。 うちのオタクたちは一つに特化していながら他の世界にも精通する何気に万能なオタクであった。 もちろん、異世界転生、異世界転移なんてものは常識。そこにBL、百合要素の入ったものも常識の範疇。 グロものは…まあ人によるけど読めなくもない。アニメ系もたまにクソアニメと言うことはあっても全般的に見る。唯一視聴者の少ないアニメが女児アニメだ。あれはハマるとやばい。戻れなくなる。現在、このクラスで戻れなくなったものは2人。1人は女子で妹がいるためにあやしまれないがもう1人のほうは…察してくれ。 そんな中僕の特化する分野はBL!!だが、ショタ攻め専門だ!!なぜかって?そんなの僕が小さいからに決まっているじゃないか…おかげで誘ってもネコ役しかさせてくれないし…本番したことない。犯罪臭がするって…僕…15歳の健全な男子高校生なのですが。 毎週月曜・水曜・金曜・更新です。これだけパソコンで打ってるのでいつもと表現違うかもです。ショタなことには変わりありません。しばらくしたらスマホから打つようになると思います。文才なし。主人公(ショタ)は受けです。ショタ攻め好き?私は受けのが好きなので受け固定で。時々主人公が女に向かいますがご心配なさらず。

ごめんね、でも好きなんだ

オムライス
BL
邪魔をしてごめん。でも、それでも、蓮が好きなんだ。 嫌われてもいい、好きになって欲しいなんて言わない、ただ隣に居させて。 自分の気持ちを隠すため、大好きで仕方がない蓮に、嫌な態度をとってしまう不器用な悠。蓮に嫌われてもそれでも好きで居続ける、切ない物語 めちゃめちゃ素人です。これが初めて書いた小説なので拙い文章ではございますが、暖かい目でご覧ください!!

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

安易に異世界を選んだ結果、食われました。

野鳥
BL
気がつけば白い空間。目の前には金髪碧眼の美形が座っており、役所のような空間が広がっていた。 どうやら俺は死んだようだ。 天国に行きますか?地獄に行きますか?それとも異世界転生しますか? 俺は異世界に転生してみることにした。 そこは男女比が9対1の世界であった。 幼なじみ2人の美形男子に迫られる毎日。 流されるままに溺愛される主人公。 安易に異世界を選んだ俺は性的に即行食われました…。 ※不定期投稿です。気が向いたら投稿する形なので、話のストックはないです。 山もオチもないエロを書きたいだけのお話です。ただただ溺愛されるだけの主人公をお楽しみください。 ※すみませんまだ人物紹介上げる気無かったのに間違って投稿してました(笑) たいした情報無かったですが下げましたー( 人˘ω˘ )ごめんなさい

どうやら生まれる世界を間違えた~異世界で人生やり直し?~

黒飴細工
BL
京 凛太郎は突然異世界に飛ばされたと思ったら、そこで出会った超絶イケメンに「この世界は本来、君が生まれるべき世界だ」と言われ……?どうやら生まれる世界を間違えたらしい。幼い頃よりあまりいい人生を歩んでこれなかった凛太郎は心機一転。人生やり直し、自分探しの旅に出てみることに。しかし、次から次に出会う人々は一癖も二癖もある人物ばかり、それが見た目が良いほど変わった人物が多いのだから困りもの。「でたよ!ファンタジー!」が口癖になってしまう凛太郎がこれまでと違った濃ゆい人生を送っていくことに。 ※こちらの作品第10回BL小説大賞にエントリーしてます。応援していただけましたら幸いです。 ※こちらの作品は小説家になろう、カクヨム、ノベルアップ+にも投稿しております。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...