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青髭大公の嫁って

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 いずれの御代にございましたか、あまたの女御、更衣がいらっしゃる中に、身分は高くあられましたが身に秘密を抱えた御方が東宮妃候補として宮中に上がられました。
 東宮はいたくその御方をご寵愛めされましたが、その御方は殿方であったため東宮の御前から身を隠されました。
 秘密を知っても尚、諦められぬ東宮はその御方の行方を捜し、周囲を説伏せ、ついには妃としてしまったのでございます。
 そして、その真情を良しとされた神々はひとつの実を下界に授けたのでございます。
 その実を食すとおふたりの間に小さく尊い命が授かったのでございます。
 東宮妃はありがたいその実の種を神地に埋めました。これが生誕の実の由来でございます・・・


 人間、成人を迎えるとなると否が応でも世の中の酸いも甘いもを経験すると知った。
 殊に貴族社会に於いては顕著だと思う。
 我が来栖くるす家は侯爵家であり、都の東部に領地を有している。
 土地は肥沃で農作物はよく実り、地場産業である繊維産業や鉱山事業、質の良い葡萄から造るワイン産業も順調なため領民の生活も安定し、治安もいいため、国でも有数の資産を持ち、政界、貴族院でも一家言を持っている。
 そのため何かしら縁付きたい家は多く、来栖家の子息である僕、来栖 淡雪あわゆきの成人を控えたこの頃、俄然周囲が騒がしくなった。
 子供の頃は良かった。
 毎日面白可笑しく過ごすだけだったもんな。
 それが・・・
 成人を目前にした途端これだ。
 父上が毎日飽きもせず持ってくる求婚状で机の上は溢れかえりもはやペンすら置き場所がない。
 先の帝のゴリ押しで性別に関係なく婚姻が可能となったのはまだ理解しよう。
 けど、同性同士でも子がデキるというはた迷惑な実のせいで好きでもない男からも求婚される身になって欲しいものだ。
 僕は絶妙なバランスで積み上がっている求婚状の山を眉をしかめてみた。
 見る気がないのと触ると雪崩れをおこしそうなので放置していたがそろそろヤバいな、これ。

淡雪あわゆき様~大変です~」

 僕付きの女官であるはるが僕を探している声を聞き、今度は何だよと思う。
 明るくて気が利くし、忠義に厚いいい女官なんだけど、小さなことでも騒ぐので話半分で聞いてちょうどいい。

「淡雪様~どこに雲隠れしてるんですか~大変ですよ~一大事です~」

「ここだよ」

 部屋から顔を出し、晴に知らせる。
 晴は僕を見つけると部屋に駆け込んできた。

「で、今度は何?猫の日和ひよりが子供でも産んだの?それとも今日のおやつが大好きな水餅だった?」

「日和は生まれてまだ3ヶ月子猫ですし、おやつは残念ながら柚子レモンのくずきりなんですよ~」

「それは残念」

「ですよね~じゃありません!」

「じゃ、何?」

「お、落ち着いてくださいね」

 いや、落ち着くのは晴の方だと思う。

「淡雪様の大公家へのお輿入れの宣言がございました」

「はぁっ?」

「艶やかで流れるような黒髪に流麗なかんばせ。その名の如く、触れなば儚くなりそうな嫋やかなお姿をしていらっしゃいますが、淡雪様は間違いなく殿方ですもの。お輿入れと聞けば驚かれるのは無理もないです~しかもお主上おかみからのご宣下ともなれば尚更ですよね~」

「晴、それ、冗談でも笑えないから」

「まさか~偶に変な物をお作りになりますが、淡雪様の美しさはこの国でも一二を争い、ご実家は有数の名家でいらっしゃいますから白羽の矢が立つのもわかります~ええ、本当に偶に変な物をお作りになられたり、ご容姿からは想像できないほど図太くいらっしゃいますけど~」

 今日は一段と勘違いが凄いな。
 それといま、変な物を作るって2度いったな、あと図太いとも。
 僕の発明が時代に追いついてないだけだっていうの!
 それに図太いじゃなくて物事に動じないだけだよ。

「で、晴は何を伝えにきたの?」

 僕の問いに晴はハッと居住まいを正すと

「これより御前様からお輿入れついてのご説明をなされたいとのこと。間もなくこちらへおいでになられます」

 えっ、本当だったの、それ。
 僕は晴の言葉をア然として聞いた・・・



 窓の外は皐月の晴れ間が広がり、清々しさに溢れているというのに僕の部屋にはなんとも言い難い沼色の空気が流れていた。
 父上、来栖 正親くるす まさちかはガックリと両肩を落とし、地の底に埋まりそうなオーラを醸し出しているし、僕は僕で怒りとやるせなさのあまり泣いていいのか笑っていいのか判らず呆然としていた。
 その中にあって痩身に皺一つないスーツを着た執事の都築つづきが冷静沈着な声で告げた。

「淡雪様のご婚姻のお話は王家からですので、お断りすることは困難です。お断りすれは反逆の意志ありと見なされ、当家は苦しい立場となります」

「それはわかるよ、わかるけどさ、婚姻先が問題じゃないか。よりによって鬼元帥とも現代の青髭公あおひげこうともいわれてるあの西蓮寺 直江さいれんじ なおえ公だよ。もう死に行くようなもんじゃないかっ!」

「噂では、これまでに男女合わせて3人の花嫁が行方不明になっているますね」

「いますねって、何を他人事みたいに・・・お前の主家の子息が死地に赴こうとしているんだぞ、どうにかしようと思わないのか?!」

「どうにかなるようなら既に手を打っております。どうにもならないからこうなったのですよ、淡雪様。潔く諦めて嫁いでください。往生際が悪いです」
 
 眼鏡のブリッジを押し上げた都築にしれっと返された。
 くっ、お家大事のこいつに何を言っても駄目だ。
 こうなったら父上だ

「父上、しっかりなさってください!こういう時こそ来栖家一門の長として毅然とお断りしてください」

「む、無理」

 即答された。

「無理って・・・」

「相手はあの鬼元帥だぞ。部下2名と隣国の一個師団を壊滅させた大公を刺激するなんて・・・お前はこの地を血で染めたいのか?!」

「地を血でって上手いことを、御前」

「あっ、そう?」

「あなた方は何を呑気に!!父上は私が可愛くはないのですか」

「子が可愛くない親なんていないよ」

「なら・・・」

「けど、来栖家一門と領民を守るのは当主としての務めだ。意に反して子を送り出す我が心の内は慟哭してるんだよ、淡雪」

「御前様の苦しい御心の内、この都築、僭越ながらお察しいたします」

「泣いて馬謖を斬る、とはこのことよ」

「御前」

 何やら芝居がかっている二人を僕は睥睨した。
 だ、駄目だわ、こいつ等・・・
 もう自分の事は自分で何とかしなきなゃならないなと考えていると、

「なに、父だってお前をむざむざ死地に送り出したりはしないぞ」

「へーっ、そうですか」

「ふふふっ、都築をお前の懐刀として付けるから安心しなさい」

「「はぁっ?!」」

 思わず、都築とハモってしまった。
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