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1娼館のジュリ

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二階建ての娼館の一室。六畳一間の部屋の窓からは閉め切ったカーテンの間から一筋の光が差し込んでいる。
その光が部屋の中央にあるダブルサイズのベッドまで届くと、寝ていたジュリはうっすらと目を覚ました。

「ん……朝……」

眠そうに目を擦り、そろりと足音を立てずにベッドから抜け出す。
黒のレースがふんだんに使われたミニ丈のベビードールの裾をキュッと引っ張り、ベッドサイドに置いてある時計を見た。
朝の6時、普通の人間にとっては働きに出る時間だが、ジュリにとってはやっと休める時間なのだ。

ーーそろそろ起こさないと……。

ジュリは“ふぅ……”と一つ息を吐き、気だるげな体を奮い立たせ窓際まで歩く。
部屋の南側に一つだけある大きな窓。その窓に付けられている薄いピンク色のカーテンはだいぶ古いのか薄汚れていて所々ほつれている。

「起きてくださーい。朝ですよ」

勢いよくカーテンを開け、さっきまで寝ていたベッドに近付く。
ミシッとベッドを軋ませ片膝を付きながらぐっすり眠っている男の肩を揺らした。

「ねぇ、もう朝ですよ?起きないと……」

「……ん、もう朝?」

男は寝ころんだまま眩しそうに目を開けると、ジュリの手を持ち自分の方へ勢いよく引っ張った。

「わぁっ!」

驚き男の胸に飛び込むようになだれ込んだジュリの体を男は力一杯抱きしめた。

「あー……もうお別れなんて寂しいよ。ジュリ、次いつ来れるかわからないけど、お金貯めてまた来るから」

「……うん、待ってますね」

そこに愛なんてないくせに、ジュリは内心そう思いながらもただ微笑む事しか出来ない。
そんな事にも気づかない男は、ジュリの笑顔に満足するとようやく抱きしめていた腕を離した。

「それじゃあジュリ元気でね」

男の身支度を手伝いドアまで見送る。

「はい、気を付けて帰ってくださいね」

笑顔で手を振り男の姿が見えなくなったところで、扉を閉める。

ーガチャンー

扉が閉まり、ドアノブを離すと、そこでやっと張り付けていた笑顔をやめた。


「あー、疲れた。これだからアルファってやつは……。明け方まで放してくれないとかどんだけなんだよ」

ジュリは着ていたベビードールを乱暴に脱ぎ捨てると麻で作られているクリーム色のシャツとひざ丈のズボンに履き替えた。

「匂いもすごい、換気しないと……」

一晩交わり合った部屋はアルファとオメガの匂いで充満していて息苦しい。
ジュリ開けたばかりのピンク色のカーテンをタッセルで纏めると、勢いよく窓を全開にした。
そこでやっと深く息を吸うことが出来たのだ。


この世界では、男女の性以外に『アルファ』『ベータ』『オメガ』の三つの性がある。
人口の二割と言える『アルファ』。容姿が良いのはもちろん、頭や運動神経も良くエリートと呼ばれる人がほとんどだ。イブネリオ王国の騎士団や側近たちはアルファ性がほとんどだという。
次に人口の七割『ベータ』。一般市民のほとんどがそうで容姿も能力も普通である事が多い。最後に『オメガ』。三か月に一度、一週間ほどの発情期がありその時に性行為をすれば男も女も妊娠することが出来る性だ。発情期のせいで社会的差別を受ける事もあり、どうしても体を使った職業や、低賃金の仕事が多くなってしまう。

オメガの中でも発情期の重さは人それぞれで、発情が重ければ重いほど美しい容姿である事と濃厚な香りを放つと言われている。
そしてこの娼館のジュリ。抑制剤を飲んでいても香りが溢れるほどヒートの重さはこの娼館の中でも随一であり、同時に人気ナンバーワンの男娼なのだ。


体型は細身で小柄だが、顔が手のひらほど小さいからかスタイルが良く見える。白い肌は陶器のように滑らかで、漆黒の髪と深紫の瞳が何とも美しく、一度ジュリと閨を共にした人はその美しさと香りを忘れることが出来ず借金をしてまでも通ってしまうと言われている。


「おはよー、ジュリ。朝ご飯食べに行こ」

ノックもせずに部屋に入って来たのはこの娼館で男娼として働いているルカだ。
窓の外をぼんやりと眺めていたジュリはルカの声がする方へ振り向いた。

「おはよ、ルカ。……相変わらず凄い寝ぐせだね」

「あはは、今日なんて寝相酷すぎてお客さんに怒られちゃってさぁ」

ボサボサ頭を掻きながらルカはジュリのいる窓際まで近付いた。

「ほんと、ここ平和になったね。人がたくさんいる……」

窓から見えるのは色町を歩くたくさんの人々。その風景を見たルカはポツリと呟いた。

「そうだね、一時はどうなるかと思ったけど……。おかげで商売繁盛、たっぷり貯金が出来るよ」

「ははっ、あの時はこの国終わるかと思ったけど、勇者様のおかげだねー」

そう、『イブネリオ王国』はつい1カ月前までこの国最大の危機に陥っていたのだ。





















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