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第2 どうやら初夜です

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「リュシェラ様は、こちらでお待ち下さい」

 湯浴みをさせられ、薄手の寝衣に着替えさせられる。
 パタン、と扉が閉まったのを確認して、リュシェラは部屋をグルリと見回した。

 予想もしていなかった状況だった。

「どうしよう……バルコニーから外に逃げるには高すぎるし、扉の前には見張りの兵士も立っているし……」

 狭くない部屋の中で、同じ所をグルグル歩いて考える。でも、何もアイディアが浮かばないまま、時間だけが経ってしまう。

 婚姻の夜となれば、初夜は初夜だ。こうやって身体を磨き上げられて、夫となる者をベッドで待つのが、淑女なら当たり前なのかもしれない。

 だけど、婚姻とは名ばかりで、実際は人質として差し出されただけだった。イヴァシグスには、すでに6人も綺麗な魔族の妃がいる。そんな人(魔人?)が、まさか自分のような平凡な人間を。まさか抱こうと思うとは。ちっとも思っていなかったのだ。

「何にしたって、抱かれる訳にはいかないもの」

 あいつらが言っていたのは、きっとこの機会なんだと思う。このまま初夜なんて迎えたら、きっと魔石は爆発される。そんな確信に近い予感に、リュシェラは体を震わせた。

 まだ、やりたい事だっていっぱいある。
 叶うかどうか、分からない事ばかりだけど。それでも、こんな風に死にたくない。まして、誰かを巻き込みながら死ぬなんて、絶対にご免だった。

(アイツらの思い通りになるのもイヤだし、アイツらのせいで、なんで私が恨まれなきゃいけないの)

 キリキリと痛む胃に、ギリギリと歯ぎしりしてしまう。

 そんな中で、ガチャッと扉の開く音が聞こえてきた。
 逃げ出す方法が何も思いつかないまま、タイムリミットが来たらしい。

 ヒュッ!

 思わず喉が鳴る。意味はないって分かりながらも、リュシェラは部屋の扉とは反対の、寝台の横に蹲って隠れてみた。

 扉がパタンと閉まった音が聞こえてくる。その後に続いた足音は、きっとイヴァシグスの足音だろう。それが少し聞こえた後に、音がピタッと止まっていた。

(私が居ないって気がついたの?)

 気付かれないわけがないし、見つからないわけがない。分かっていても、出て行く気にもなれなくて、リュシェラはギュッと小さくなっていた。

「隠れていても、意味がないと分かるだろう。取りあえず、さっさと出てこい」

 イヴァシグスの声がする。冷たくて、少しも好感なんて持っていない。それがハッキリ伝わるような声だった。

(そんなに嫌っているなら、お願い、そのまま放っておいて)

 そうすれば、きっとまだ少しは長く生きて居られる気がするのだ。

(まだ死にたくない。生きていたい。関係ない人を、殺して終わる最後なんてイヤだ)

 蹲ったリュシェラの背中を、イヤな汗が流れていく。恐怖に固まった身体は、カタカタ震えるだけで動かない。そんな中で、イヴァシグスがしびれを切らしたのか、また足音が聞こえ始めた。

 居場所なんて筒抜けだったのか、その音が真っ直ぐにリュシェラの方へ向かってくる。

「そこで何をしてるんだ。取りあえず、さっさと立ち上がれ」

 イヴァシグスの手が伸びてきた。その手がリュシェラの手首を掴んだときに、埋められた魔石がドクッドクって脈を打った。

(やっぱり、これが目的なんだ)

 埋め込んだ奴らのニヤニヤした、腹の立つ顔を思い出す。ドンドン強くなっていく拍動に、リュシェラは「離して!!」と手を大きく振りほどいた。

「お前!!」

「イヤっ!! 死にたくない、触らないで!!」

「なんだと!?」

 リュシェラの叫び声に怯んだのか、掴んでいたイヴァシグスの手が一瞬緩んだ。その瞬間、リュシェラはバッと踵を返した。
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