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第1 隷妃として嫁ぎました

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「お前には、誰も何も期待していない。ただ横に立っていろ」

 緊張するリュシェラにそう言ったのは、夫になる魔王イヴァシグスだった。
 リュシェラはイヴァシグスをジッと見つめて、何も言わずに視線を戻した。

 目の前にあるのは、赤い絨毯と、バルコニーに繋がる大きな掃き出し窓。今からリュシェラはそこへ出て、この魔国の民に手を振るのだ。その姿を思い浮かべながら、思わず出た言葉は。

「知っていますよ、そんなこと」

 そんな、小さな音だった。だけど、イヴァシグスにはしっかり聞こえてしまったのだろう。
 不遜な態度に腹が立ったのか、イヴァシグスがジッとリュシェラを見つめてきた。

(余計な事を言ったかもしれない……)

 ヒヤッとしたが、何も言ってこないイヴァシグスに謝るのもおかしい気がして、リュシェラは気にしていない風に黙り込んだ。

 しばらくすると興味が無くなったのか、イヴァシグスの視線が外された。リュシェラは気付かれないように気をつけながら、ようやくホッと息を吐き出した。

 長年続いた争いが、ようやく終結したのは1年前だった。
 魔族 対 宗教大国アガンシア。魔族を討伐するべき下賤な生き物と主張していたアガンシアの敗戦で終わった戦いの結果、和平の証としてこの結婚が行われる事になったのだ。
 婚姻とは名ばかりに、人質として嫁いできた隷妃。それがリュシェラだった。そんな異種族で、7番目の妃に、誰も期待など持たないって事は、言われなくても分かっている。

 だから、リュシェラはこの魔国の王であるイヴァシグスの言葉には、特に腹も立たなければ、傷付いたりもしなかった。

 今日が無事に終わって、ひっそりと過ごせるなら、別に良いのだ。だって妃として期待されても、本当は名ばかりの王族だ。

 身分の低かったリュシェラの母は、王の子であるリュシェラを身籠もったからといって王宮に上がれなかった。3ヶ月前までは、田舎の領地で領民と、一緒に畑を耕して、貧しいながらにどうにか支え合って暮らしていたぐらいだ。

 それなのに、敗戦が確実になった頃、突然リュシェラは王宮へ連行されるように連れてこられたのだ。そのまま訳も分からないまま、最低限のマナーを叩き込まれて、外見をせっせと磨かれた。

『お前のような下賤の者に、王族を名乗らせるのも厭わしいが、貴い者達を犠牲には出来ないのだから仕方がない』

 平和の礎として送り込む奴らの本音なんて、所詮はそんなものなのだ。

『それに逃げ出そうとしてもムダだぞ。お前の中に、魔石を1つ埋め込んである。どこへ逃げても、呪文1つで、それは爆発するからな』

 その上、そんなとんでもない物さえ、抱え込まされているのだ。もう、リュシェラには黙って受け入れるしか道はない。

『いざとなれば、それを爆発させる事で、お前もろとも、あの腹立たしい魔王を殺すことも出来るだろう。そうなれば、お前のような賎しい者が、我々のような貴い者の役に立つんだ。誇らしいだろ』

 ただ、そう言ったバカ達の、思惑通りにだけは、なりたくなかった。

 今回の戦争だって、豊潤な魔国の領土を狙って、いちゃもんをつけたアガンシアが悪いのだ。正直、リュシェラはちっとも魔族を憎む気持ちもない。

 それなのに、リュシェラの爆発に巻き込まれる魔族が居たら、可哀想だった。

 埋め込まれた魔石が、どこまでリュシェラの監視をしているかは分からなかった。取りあえずリュシェラはマナの流れで、リュシェラがやろうとしている事を魔石に察知されないように気を付けながら、自分の周りにシールドを張る事にした。

 二十四時間張りっぱなしにする事も、気が付かれないようにやる事も、正直リュシェラには難しい。だから、シールドの効果をもった指輪を準備して、後は効果が途切れないようそこに絶えず魔力を流していく。そしてそれを形見だといって、身に着けたまま嫁いできたのだ。

 イヴァシグスにしても7番目。しかも捕虜のような隷妃に興味はないのだろう。安っぽいその指輪は誰に咎められる事もなく、今もリュシェラの指にはまっている。

 リュシェラ程度ができることなんて、せいぜいこれぐらいだ。それでも、ずっと蛇口を開けっぱなしにして、魔力を垂れ流しにしているようなものなのだ。身体がずっと重たくてツラかった。

(でも、背に腹はかえられないものね)

 そんな訳で、リュシェラは自分のことだけで精一杯なのだから。特に期待されていないのは、逆にありがたい。

(できることなら、田舎の領地のように過ごせたら良いのに……)

 妃として嫁ぐ以上、無理だと分かってはいるけれど。豪華な宝石もドレスも、贅沢な料理も要らないから。のびのびと自然の中で、生きたかった。
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