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いつもとは、少し違う雰囲気だった。
冷たい言葉の応酬に、身構える俺の前で伏せられた目が、わずかに揺れたように見えたのだ。
呆気に取られて動けない俺に、後を追った方が良い、と言ったのは、同じように違和感を感じた従者だった。
その言葉に弾かれたように、俺は駆け出した。だけど、曲がった角の先には、もうリリナシスの姿はなかった。
こんな短時間でいったいどこへ。
戸惑って立ち止まれば、使用人達のザワつきが小さな音で聞こえてくる。
『あの、淑やかなリリナシス様が、スカートを翻して走っていた』
『どうやら、泣いていたらしい』
『なにか、思い詰めた顔をしていた』
その言葉に、最近思い詰めた表情で、本を見てた姿を思い出す。1度だけ、チラッと見えた内容は、何か薬に関する本だった。
俺の視線に気が付いたのか、慌てて閉じられたため、その内容までは分からない。でも、大した事のない内容なら、あえて隠したりはしないだろう。隠された事が、ただならぬ薬なのだと言っていた。
まさか、毒薬か!?
浮かんだ単語に、俺は再び走り出した。
簡単に人前で泣かないリリナシスが、泣いていたのだ。それなら向かうのは、人目につかない自室だろう。
しかも、本当にあれが毒ならば。きっとそこに、あるはずなのだ。
そうして飛び込んだ部屋の中。
明らかに普通とは違う薬を飲もうとしていたリリナシスに、目の前が暗くなるようだった。
何1つ、俺には与えてくれないまま。
お前は去ってしまうのか。
共に居ることが、お前の笑顔も命も奪うのか。
それなら、と思わず小瓶へ手が伸びていた。
この国を背負う未来がありながら、この選択は間違っている。分かっていながらも、止まらなかった。
リリナシスが、笑い、穏やかに過ごせるなら、それで良い。
そんな想いで飲み干した薬は、予想したような苦しみは生まず。その代わり、オセロのコマがひっくり返って行くように、心を占める感情だけが、どんどん変わっていったのだ。
薬の効果を聞いた時。
崩れ落ちた姿を見た時。
本当のリリナシスの想いにも。同じようにリリナシスが苦しみ、泣いていた事にも。気が付きながらも感情は、かつての想いを失っていた。
だからこそ。
必死にこの憎悪は偽りの感情だと、言い聞かせて。
この激しさの分だけ、リリナシスを愛していたはずだ。と、感情の渦を、どうにか理性で抑え込んでいた。
「リリナシス……」
名前を呼ぶだけで、イライラしてしまう。手を強く握り込んで、大きく息を吐き出した。
自分の手元から離した事は、やはり正解だっただろう。だが、俺から離れた場所で、どうにか幸せになってくれ。そんな事は想いはしない。
王太子である以上。俺は次の婚約者を選ぶ事になるだろう。それでも、遠く離れたリリナシスの幸せを祈るつもりは、全くなかった。
冷たい言葉の応酬に、身構える俺の前で伏せられた目が、わずかに揺れたように見えたのだ。
呆気に取られて動けない俺に、後を追った方が良い、と言ったのは、同じように違和感を感じた従者だった。
その言葉に弾かれたように、俺は駆け出した。だけど、曲がった角の先には、もうリリナシスの姿はなかった。
こんな短時間でいったいどこへ。
戸惑って立ち止まれば、使用人達のザワつきが小さな音で聞こえてくる。
『あの、淑やかなリリナシス様が、スカートを翻して走っていた』
『どうやら、泣いていたらしい』
『なにか、思い詰めた顔をしていた』
その言葉に、最近思い詰めた表情で、本を見てた姿を思い出す。1度だけ、チラッと見えた内容は、何か薬に関する本だった。
俺の視線に気が付いたのか、慌てて閉じられたため、その内容までは分からない。でも、大した事のない内容なら、あえて隠したりはしないだろう。隠された事が、ただならぬ薬なのだと言っていた。
まさか、毒薬か!?
浮かんだ単語に、俺は再び走り出した。
簡単に人前で泣かないリリナシスが、泣いていたのだ。それなら向かうのは、人目につかない自室だろう。
しかも、本当にあれが毒ならば。きっとそこに、あるはずなのだ。
そうして飛び込んだ部屋の中。
明らかに普通とは違う薬を飲もうとしていたリリナシスに、目の前が暗くなるようだった。
何1つ、俺には与えてくれないまま。
お前は去ってしまうのか。
共に居ることが、お前の笑顔も命も奪うのか。
それなら、と思わず小瓶へ手が伸びていた。
この国を背負う未来がありながら、この選択は間違っている。分かっていながらも、止まらなかった。
リリナシスが、笑い、穏やかに過ごせるなら、それで良い。
そんな想いで飲み干した薬は、予想したような苦しみは生まず。その代わり、オセロのコマがひっくり返って行くように、心を占める感情だけが、どんどん変わっていったのだ。
薬の効果を聞いた時。
崩れ落ちた姿を見た時。
本当のリリナシスの想いにも。同じようにリリナシスが苦しみ、泣いていた事にも。気が付きながらも感情は、かつての想いを失っていた。
だからこそ。
必死にこの憎悪は偽りの感情だと、言い聞かせて。
この激しさの分だけ、リリナシスを愛していたはずだ。と、感情の渦を、どうにか理性で抑え込んでいた。
「リリナシス……」
名前を呼ぶだけで、イライラしてしまう。手を強く握り込んで、大きく息を吐き出した。
自分の手元から離した事は、やはり正解だっただろう。だが、俺から離れた場所で、どうにか幸せになってくれ。そんな事は想いはしない。
王太子である以上。俺は次の婚約者を選ぶ事になるだろう。それでも、遠く離れたリリナシスの幸せを祈るつもりは、全くなかった。
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