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「あれが、ティセラ嬢のようであれば、私としても、素直に愛せもしただろう」

 聞こえた声は、悲痛とも感じる声だったのだ。

「─── 殿下!」

 先に気が付いたのは、ヴィルトス様の従者だった。慌てて止めようとした言葉は間に合わず、たまたま角を曲がった先に居た、私の耳にはその言葉はハッキリ届いてしまっていた。

 ヴィルトス様にしても、私に聞かせるつもりの言葉ではなかったせいか。珍しく、顔には動揺が浮かんでいて。むしろその表情こそが、名前は挙がっていなかった会話が、私に関する事だと告げていた。

 タイミングが悪かった。そんな言葉では片付けられない状況だった。指先がどんどん冷えていく。いったいどんな顔をして、いま私は立っているのだろう。

「リリナシス様……」

 取り成すように、従者が声を掛けてきた。
 痛々しいものを見るような表情に、惨めさがさらに増して、私の心を抉っていく。

 素直な性格じゃない事は、私が1番知っていた。
 愛されていない事も、知っていた。

 私でなければヴィルトス様も、寄り添う婚約者を、愛し慈しんで。共に国を支える者として、尊重しあっていただろう。

 ずっと、ずっと。見てきた人の事なのだ。
 その本質が、清く、実直で、情に厚い事だって知っている。

 ただ、それを向ける相手が、私ではない。
 私だけはありえない。

 ちゃんとその事だって、私は知っていた。
 
「分かっていた事です……」

 だから、今さら何とも思いません。気にして頂かなくて、結構です。

 いつものように続けようとした言葉が、今はどうしても出なかった。

 聞こえたヴィルトス様の声音に相まって。私でなければ。そうハッキリと言われた言葉が、頭を渦巻いて離れない。

 存在さえ、否定されたようなものなのだ。今のまま、在り続ける事が辛かった。

「失礼致します」

 どうにか最低限の礼を取り、私は踵を返して歩き出した。少しでも早くここから去りたくて、早く部屋に戻りたくて。また角を曲がった時には、私は淑女の振るまいなど気にする事なく、部屋に向かって走り出した。

 すれ違う使用人達が、みな驚いた顔で私の方を振り返る。でも、今の私には、それに構う余裕もなければ、足を止める事も、溢れる涙を止める事も、無理だった。ただ今は、1秒でも早く部屋に戻りたい。そして、こんな事は終わりにしてしまいたかった。

 走り込んだ部屋の中、真っ直ぐに向かった机の抽斗から、私は小箱を取り出した。ダメだとは知っていた。でも、この薬は支えだった。御守りのように持っていた、鍵を取り出し、箱に射し込めば。

 ─── カチッ。

 小さな解錠の音がした。中に入っていた小瓶には、揺らめく度に光を纏う液体が入っている。何か魔力が入った特殊な物だと、見るだけで伝わるような薬だった。それを取り出して、私は瓶の蓋を開けた。
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