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第33 私が生きる世界 3
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「とりあえず応接室へお通ししろ。お前もいっしょに来い。ただし余計なことはいうな、分かっているな」
「はい・・・」
よそ行きの表情へ取り繕った父の後について応接室へ足を運ぶ。
父は商人としてはやり手な方だとは思う。だから金づるとなりそうなカナトス家へ不敬なことはしないとは信じたい。
でも平然と娘に身体を使ってたらし込んでこい、と言ってのける人なのだ。
マエリス様がなぜ突然いらっしゃったのか、ご用件が分からない。その中でご用を終えてお帰り頂くまで、この父から不快な思いをすることがないか、私は心配でたまらなかった。
「突然お邪魔致しまして申し訳ございません」
応接室へ入ってきたお父様へ向かって立ち上がったマエリス様が綺麗な礼をしてみせた。我が家よりはるかに上位であるはずのカナトス辺境伯夫人から先に敬意を払われた状況に、お父様もまんざらではなかったのだろう。
よそ行きに浮かんでいた笑顔の下に、機嫌の良さが見え隠れしているようだった。
「いえ、とんでもございません。カナトス辺境伯夫人にお会いでき光栄でございます。ブロイト=ブランシャールと申します。娘はそちらではお役に立てておりますでしょうか?」
「ええ、とても。おかげさまで息子の執務も滞りなく進んでおりますわ」
「それは良かった。で、本日はいかがされましたでしょうか?」
「用がありましてこの辺りまで出ておりましたものですから、1度ブランシャール卿へもご挨拶をさせて頂きたいと思いまして」
「そうだったのですね。そのように足をお運び頂きありがとうございます」
挨拶というならば、爵位を考えてもことに至ったきっかけの事故を思っても、本来なら足を運ぶべきなのは我が家のほうだろう。
だけど平然とそう返事を返すお父様には悪びれる様子は全くない。私がいま着ているドレスだってカナトス家が準備した物だと分かっているはずなのに、それに対しても何も思うところはないのだろう。自分の家族ながら恥ずかしすぎてつらかった。
それに対してマエリス様が何も思っていないはずはない。でも目が合った私に対して優しく笑ってくれた顔は、まるで何も心配しなくても良いと言ってくれているようだった。
「いえ、今後も長いお付き合いになる可能性もございますから」
「…それはどういう事でしょうか?」
お父様の声からよそ行きの愛想の良さが消えていた。きっとそれだけ驚いて、体裁を整えるような余裕さえもなくなってしまったのかもしれない。
「もし、現在決まった方がいらっしゃらなければ、といったお話とはなりますが、いかかでございますか?」
「いいえ、娘にはそういった者はおりません」
「そうですか、それは良かったですわ」
そう言って微笑むマエリス様を私は信じられない想いで見つめていた。だって、馬車の中ではそんなことを一言だって聞いていないのだ。
カナトス家のお屋敷でだって、1度もそんな素振りは見ていない。なのにいま父へ、どうしてこんなことを告げているのか分からなかった。
「…それは…将来的には、ご令息であるリオネル様への、ということでお間違いないのでしょうか?」
お父様の声がどことなく上擦っている。
「さぁ、いまは私からはこれ以上は。我が家は当人にその辺りは任せておりますため、当人同士の気持ちということもございますから。ただそうなればやはり家同士の付き合いともなりますでしょう」
「えぇ、そうですね」
マエリス様の言葉を肯定しているお父様は、決してそんなことは思っていない。だって可能性がなかった頃から身体を使ってでもたらし込めと言われていたぐらいなのだ。当人同士の問題で、選ばれなかったでは認めてもらえない。
私にはどうして良いのかますます分からなかった。
「はい・・・」
よそ行きの表情へ取り繕った父の後について応接室へ足を運ぶ。
父は商人としてはやり手な方だとは思う。だから金づるとなりそうなカナトス家へ不敬なことはしないとは信じたい。
でも平然と娘に身体を使ってたらし込んでこい、と言ってのける人なのだ。
マエリス様がなぜ突然いらっしゃったのか、ご用件が分からない。その中でご用を終えてお帰り頂くまで、この父から不快な思いをすることがないか、私は心配でたまらなかった。
「突然お邪魔致しまして申し訳ございません」
応接室へ入ってきたお父様へ向かって立ち上がったマエリス様が綺麗な礼をしてみせた。我が家よりはるかに上位であるはずのカナトス辺境伯夫人から先に敬意を払われた状況に、お父様もまんざらではなかったのだろう。
よそ行きに浮かんでいた笑顔の下に、機嫌の良さが見え隠れしているようだった。
「いえ、とんでもございません。カナトス辺境伯夫人にお会いでき光栄でございます。ブロイト=ブランシャールと申します。娘はそちらではお役に立てておりますでしょうか?」
「ええ、とても。おかげさまで息子の執務も滞りなく進んでおりますわ」
「それは良かった。で、本日はいかがされましたでしょうか?」
「用がありましてこの辺りまで出ておりましたものですから、1度ブランシャール卿へもご挨拶をさせて頂きたいと思いまして」
「そうだったのですね。そのように足をお運び頂きありがとうございます」
挨拶というならば、爵位を考えてもことに至ったきっかけの事故を思っても、本来なら足を運ぶべきなのは我が家のほうだろう。
だけど平然とそう返事を返すお父様には悪びれる様子は全くない。私がいま着ているドレスだってカナトス家が準備した物だと分かっているはずなのに、それに対しても何も思うところはないのだろう。自分の家族ながら恥ずかしすぎてつらかった。
それに対してマエリス様が何も思っていないはずはない。でも目が合った私に対して優しく笑ってくれた顔は、まるで何も心配しなくても良いと言ってくれているようだった。
「いえ、今後も長いお付き合いになる可能性もございますから」
「…それはどういう事でしょうか?」
お父様の声からよそ行きの愛想の良さが消えていた。きっとそれだけ驚いて、体裁を整えるような余裕さえもなくなってしまったのかもしれない。
「もし、現在決まった方がいらっしゃらなければ、といったお話とはなりますが、いかかでございますか?」
「いいえ、娘にはそういった者はおりません」
「そうですか、それは良かったですわ」
そう言って微笑むマエリス様を私は信じられない想いで見つめていた。だって、馬車の中ではそんなことを一言だって聞いていないのだ。
カナトス家のお屋敷でだって、1度もそんな素振りは見ていない。なのにいま父へ、どうしてこんなことを告げているのか分からなかった。
「…それは…将来的には、ご令息であるリオネル様への、ということでお間違いないのでしょうか?」
お父様の声がどことなく上擦っている。
「さぁ、いまは私からはこれ以上は。我が家は当人にその辺りは任せておりますため、当人同士の気持ちということもございますから。ただそうなればやはり家同士の付き合いともなりますでしょう」
「えぇ、そうですね」
マエリス様の言葉を肯定しているお父様は、決してそんなことは思っていない。だって可能性がなかった頃から身体を使ってでもたらし込めと言われていたぐらいなのだ。当人同士の問題で、選ばれなかったでは認めてもらえない。
私にはどうして良いのかますます分からなかった。
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