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ライム先輩との冬
報告とマクマ
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アーロンは今、複雑な気持ちで歩いている。
今日は月曜日、先週リバーと約束した上級生に襲われた件の後始末についての報告がある日だ。四時間目の講義が無いので、本来ならいつもの仲間と図書館で過ごす予定だった。
「このままずっと、男爵家の寮迄行くんすよね?」
ちらちらとタイスケが背後を気にする。
「うん、そうみたい」
「アーロン様を一人で男爵家の寮迄歩かせずに済んだのは良かったすけど」
タイスケが気にしているのは、アーロン達集団の少し後から付いて来る副担任だ。
三時間目が終わった後、一人で寮迄帰らせるのは心配だからアーロンを寮迄送ってから図書館へ行くと言う皆にでも悪いからと遠慮していたら、寮長が合流した。呆れたように「また襲われたら意味が無いだろう」と言われていた所へ、今度は副担任がやって来た。
そうしたら副担任が当然の様に、
「アーロン君、行きますよ。ああ、私は君の後ろから付いて行きますので、先に立って歩いて下さい。普段の君が、どれ位生徒達の視線を集めているか見たいので」
と言うので、この変な歩き方になった。先頭をイチロウと寮長が行き、その後ろをアーロンを真ん中にタイスケとイアンといういつもの並び順に、更にその背後に副担任が付く。
「図書館で、おいら達と別れた後も、アーロン様の後から付いて来るんすかね?」
「どうなんだろう? でも、そうなのかな?」
「安心って言っちゃ安心すけど、なんか変な感じですよね」
「うん」
ただ、だからと言って副担任と並んで歩くのも微妙だ。変に注目されそうだし、何を話せば良いのか話題も思い付かない。副担任は目立つ容姿ではなく存在感も薄いので、少し離れて後ろを歩いていると、アーロンについて来ている様には見えないかもしれない。
白いマントを身に付けた教師は講義を担当しているので、生徒も挨拶したり質問したりするから、仮に並んで歩いていても変には思われないだろう。だが深緑色のマントを身に付けている場合は学院の職員なので、もしアーロンが副担任と並んで歩いていたらまた何かあったのかと詮索される可能性が大きい。変な状況だが、これはもしかしたら副担任の配慮かもしれなかった。
図書館の近くでタイスケ達と別れ、副担任を背後に従えて、アーロンは男爵家の寮へ戻った。秋頃は寮の前で屯っている生徒も居たが、すっかり寒くなった今は外には誰も居ない。
寮の前で振り返ると、副担任が少し離れた所から頷いたので、これは先に行けという意味かなととって、アーロンは一人中へ入り、談話室に居る生徒達に声を掛けられながらリバーの部屋の扉を叩いた。
「おう」
「アーロンですが、入って宜しいでしょうか?」
「いいぞ」
入るとキャラメルの甘い匂いと、レモンの清々しい香りがした。
リバーがマクマを肩に、盆に飲み物を三人分のせて奥からやって来る。
「そっちの大きいソファに座れ」
とアーロンに三人掛けのソファを薦めると、アーロンの前にはトフィーミルクの杯、その向かいの一人掛けのソファの前にそれぞれ湯気の立つレモネードの杯を置いた。マクマはぴょんとリバーの肩から飛び降りると、跳ねる様にしてアーロンの隣にやって来てぴったりと寄り添う様に座る。副担任は奥から姿を見せた。表からではなく、裏口から入って来たのかもしれない。
「おや、可愛らしい同席者がいますね」
と副担任がマクマに目を止めると、マクマはすっと立ち上がって頭を下げた。
「ほう、魔道人形ですか?」
「ああ、お陰で今年はおかしくなる奴は居なそうだ」
「それは結構」
リバーと副担任の会話にアーロンが不思議そうにすると、
「ああ、この時期な、体調を崩したり、イライラして人に当たり散らしたりする一年が出易いんだ」
と一人掛けソファに座りながらリバーが教えてくれる。副担任ももう一方のソファに腰を下ろしながら、
「寮生活にすっかり慣れたと本人は思っているのですけれど、案外そうでは無かったりするんです。まあ仕方ないです、家では使用人が居て何でもやって貰っていたでしょうに、ここでは違いますからね。おまけに自室も狭い。子爵家と男爵家の生徒は特に環境ががらりと変わった筈です」
と頷く。
アーロンは家より良い環境だと思ったりしていたので、そんなもんかなと思ったのが顔に出たのだろう、リバーに、
「お前だってこの前熱出したろう?」
と言われてしまう。が、
「あれはでも……」
慣れない寮生活っていうより、ライム先輩との事で頭が一杯になったからだと思う。でもそれを口に出すのは躊躇われて口篭った。
「本人が自分の事に気付かないからこそ体調を崩したりするのですよ。それに目を配るのが、私達の仕事なのですが全ての生徒を漏れなく見るのは本当に難しいです。この熊さんがリバー先生の見落とした穴を埋めてくれているなら喜ばしい事です」
そう言うと副担任は目の前に置かれた杯を取って口付けた。
「ああ美味しい」
「おお、気に入って頂けて光栄だ。お前も疲れてるだろう」
「まあ、そうなんでしょうか? ふふふ、私も自分の体調がよく分かっていない様です」
と副担任はマクマを眩しそうに見詰めた。
「それにしても、魔道人形ですか。子爵家の寮に取り入れても……、ううん、受け入れる生徒とそうで無い生徒が居そうですね」
「あっちは揉めているのか?」
「表立って揉めたりはしませんが。出来ればリバー先生に彼方へ移って欲しいのですけどね」
「えっ!」
アーロンは思わず大声を上げてしまった。リバーが居ない男爵家の寮なんて、代わりに他の寮監が入るなんて想像出来ない。
今日は月曜日、先週リバーと約束した上級生に襲われた件の後始末についての報告がある日だ。四時間目の講義が無いので、本来ならいつもの仲間と図書館で過ごす予定だった。
「このままずっと、男爵家の寮迄行くんすよね?」
ちらちらとタイスケが背後を気にする。
「うん、そうみたい」
「アーロン様を一人で男爵家の寮迄歩かせずに済んだのは良かったすけど」
タイスケが気にしているのは、アーロン達集団の少し後から付いて来る副担任だ。
三時間目が終わった後、一人で寮迄帰らせるのは心配だからアーロンを寮迄送ってから図書館へ行くと言う皆にでも悪いからと遠慮していたら、寮長が合流した。呆れたように「また襲われたら意味が無いだろう」と言われていた所へ、今度は副担任がやって来た。
そうしたら副担任が当然の様に、
「アーロン君、行きますよ。ああ、私は君の後ろから付いて行きますので、先に立って歩いて下さい。普段の君が、どれ位生徒達の視線を集めているか見たいので」
と言うので、この変な歩き方になった。先頭をイチロウと寮長が行き、その後ろをアーロンを真ん中にタイスケとイアンといういつもの並び順に、更にその背後に副担任が付く。
「図書館で、おいら達と別れた後も、アーロン様の後から付いて来るんすかね?」
「どうなんだろう? でも、そうなのかな?」
「安心って言っちゃ安心すけど、なんか変な感じですよね」
「うん」
ただ、だからと言って副担任と並んで歩くのも微妙だ。変に注目されそうだし、何を話せば良いのか話題も思い付かない。副担任は目立つ容姿ではなく存在感も薄いので、少し離れて後ろを歩いていると、アーロンについて来ている様には見えないかもしれない。
白いマントを身に付けた教師は講義を担当しているので、生徒も挨拶したり質問したりするから、仮に並んで歩いていても変には思われないだろう。だが深緑色のマントを身に付けている場合は学院の職員なので、もしアーロンが副担任と並んで歩いていたらまた何かあったのかと詮索される可能性が大きい。変な状況だが、これはもしかしたら副担任の配慮かもしれなかった。
図書館の近くでタイスケ達と別れ、副担任を背後に従えて、アーロンは男爵家の寮へ戻った。秋頃は寮の前で屯っている生徒も居たが、すっかり寒くなった今は外には誰も居ない。
寮の前で振り返ると、副担任が少し離れた所から頷いたので、これは先に行けという意味かなととって、アーロンは一人中へ入り、談話室に居る生徒達に声を掛けられながらリバーの部屋の扉を叩いた。
「おう」
「アーロンですが、入って宜しいでしょうか?」
「いいぞ」
入るとキャラメルの甘い匂いと、レモンの清々しい香りがした。
リバーがマクマを肩に、盆に飲み物を三人分のせて奥からやって来る。
「そっちの大きいソファに座れ」
とアーロンに三人掛けのソファを薦めると、アーロンの前にはトフィーミルクの杯、その向かいの一人掛けのソファの前にそれぞれ湯気の立つレモネードの杯を置いた。マクマはぴょんとリバーの肩から飛び降りると、跳ねる様にしてアーロンの隣にやって来てぴったりと寄り添う様に座る。副担任は奥から姿を見せた。表からではなく、裏口から入って来たのかもしれない。
「おや、可愛らしい同席者がいますね」
と副担任がマクマに目を止めると、マクマはすっと立ち上がって頭を下げた。
「ほう、魔道人形ですか?」
「ああ、お陰で今年はおかしくなる奴は居なそうだ」
「それは結構」
リバーと副担任の会話にアーロンが不思議そうにすると、
「ああ、この時期な、体調を崩したり、イライラして人に当たり散らしたりする一年が出易いんだ」
と一人掛けソファに座りながらリバーが教えてくれる。副担任ももう一方のソファに腰を下ろしながら、
「寮生活にすっかり慣れたと本人は思っているのですけれど、案外そうでは無かったりするんです。まあ仕方ないです、家では使用人が居て何でもやって貰っていたでしょうに、ここでは違いますからね。おまけに自室も狭い。子爵家と男爵家の生徒は特に環境ががらりと変わった筈です」
と頷く。
アーロンは家より良い環境だと思ったりしていたので、そんなもんかなと思ったのが顔に出たのだろう、リバーに、
「お前だってこの前熱出したろう?」
と言われてしまう。が、
「あれはでも……」
慣れない寮生活っていうより、ライム先輩との事で頭が一杯になったからだと思う。でもそれを口に出すのは躊躇われて口篭った。
「本人が自分の事に気付かないからこそ体調を崩したりするのですよ。それに目を配るのが、私達の仕事なのですが全ての生徒を漏れなく見るのは本当に難しいです。この熊さんがリバー先生の見落とした穴を埋めてくれているなら喜ばしい事です」
そう言うと副担任は目の前に置かれた杯を取って口付けた。
「ああ美味しい」
「おお、気に入って頂けて光栄だ。お前も疲れてるだろう」
「まあ、そうなんでしょうか? ふふふ、私も自分の体調がよく分かっていない様です」
と副担任はマクマを眩しそうに見詰めた。
「それにしても、魔道人形ですか。子爵家の寮に取り入れても……、ううん、受け入れる生徒とそうで無い生徒が居そうですね」
「あっちは揉めているのか?」
「表立って揉めたりはしませんが。出来ればリバー先生に彼方へ移って欲しいのですけどね」
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アーロンは思わず大声を上げてしまった。リバーが居ない男爵家の寮なんて、代わりに他の寮監が入るなんて想像出来ない。
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