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第五話 決意
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前日、一睡もできなかったせいだろうか。目覚ましが鳴るまで、一度も目が覚めることがなく熟睡できた。
隣の布団で隼人が両手を拘束されていようと、人を殺したかもしれないと告白されようと、睡魔には勝てなかった。
隼人の縛られた両手を解くと、手首が赤くなっていた。こんなことをする必要はないのに、と思ったが、隼人の気のすむようにしてやりたい。
お父さんを、殺したかもしれない。
思い返しても不思議な科白だ。あくまで可能性がある、と言いたかったのだろうが、断言しないのが逆に怖い。
とはいえ、俺は本気にしていない。
隼人の父は、首がなかった。隼人が殺したというのなら、どうやって首を切ったのか、その首をどこへやったのか。
多分、隼人は答えられない。
そんな現実離れしたことを言われてもにわかには信じられない。だからそれ以上何も聞かなかったし、聞きたくなかった。どうしてそう思うのか、問い詰めることもしたくなかった。
怖い。
そうかもしれない。
引き返せないところにいくような気がして、怖かった。
「もうあと何回だろうね、こうやって一緒に朝ご飯食べられるのは」
全員が揃った朝食の食卓は、妙にしんみりとしていた。母が肩を落とし、寂しそうだ。
母は、隼人を気に入っていた。美人で素直で自ら率先して家のことをなんでも手伝ってくれる、優しい甥っ子。近所の住人との井戸端会議で、隼人を自慢している現場を見たことがある。
「一人暮らし、いいなあ」
虹子が言った。虹子は昨日、隼人が風呂に入っている間、散々ごねた。出ていく意味がわからない、どうして認めるんだと親に詰め寄っていた。
隼人には、複雑な事情がある。心に負った傷は深い。したいようにさせてやりたい。自分たちには止める権利はない。
厳しい表情で父にたしなめられ、虹子は静かになった。
「この近くでよさそうな物件がないか、探しておくよ」
父が味噌汁をすすりながら言った。隼人がホッとした顔で、「ありがとうございます」と頭を下げる。
これから毎晩隼人を縛らなければならないと考えると、なるべく早く、住むところを見つけて欲しい。隼人の手首はまだ赤くて、それを家族に気づかれないかひやひやしていた。
「高校卒業したらどうすんの?」
通学路を並んで歩きながら、隼人に訊いた。純粋に疑問に感じたことだったが、変な間が空くのが嫌で、毒にも薬にもならない質問を選んだつもりだった。
「大学に行きたい」
隼人は前を見たまま答えた。
「勉強好きだもんな」
俺が言うと、隼人は笑った。
「別に好きってわけじゃないよ」
「そうなの?」
隼人は俺のように漫画を読んだりテレビを観たりゲームをしたりで時間を潰さない。とにかく勉強している。だから好きなのだと思っていた。
「昨日、遺産がどれだけあるか教えて貰ったんだ」
遺産、という単語に顔が引きつりそうだったが、隼人は淡々と続けた。
「数年間一人暮らしを続けても大学を出られるくらいの額はあったし、出ておきたい」
「はあ」
俺より一つ下なのに、本当にしっかりしている。将来を、見据えている。高校を卒業したらどうするのか、訊いた自分が決めていない。
「一人で生きてくには、それなりの学歴は必要だから」
「一人って」
決めつけた科白に悲しくなったが、隼人の横顔は硬かった。
いつか好きな人ができて、恋愛をして、結婚して、子どもが生まれて、という人並みの人生を想像することもないのだろうか。それも許されない?
隼人が一体、何をしたというのだ。
呪われている。母親が死んだのも、自分のせい。
そんな凝り固まった思考を、俺はきっと、砕けない。お前は悪くない。そう言ったところで隼人は解放されない。
授業中、黒板を見ながら隼人のことを考えていた。ずっと、考えていた。
そして放課後になった。
授業を聞かないのはいつものことだが、ノートすら取っていない。これはやばいと愕然としていると、目の前に人が現れた。智子だ。同じクラスで、バスケ部のマネージャーをしている。
「朝からボーっとしてるけど、平気?」
「平気じゃないかもしれない。ノート写させて」
智子に両手を合わせて、拝む。
「ノート? どの?」
「全部……」
「……何やってるの? ますます馬鹿になるつもり?」
智子がため息をついて鞄の中に手を入れて、俺の机にノートを積み重ねていく。
「これ写すまで部活来ちゃ駄目だからね」
「はい、ありがとうございます」
机にひたいをくっつけて、教室を出ていく智子を見送ると、ノートを広げてひたすら書き写す。そうしているうちに、教室に一人になっていた。
早く部活に行ってバスケがしたい。うずうずしながらノートを埋める作業に没頭する。
あと一教科、数学でおしまいだ。よし、と気合を入れたところで教室のドアが開く音がした。振り返って後ろを見ると、竹が立っていた。
思わず立ち上がった。またリンチか、と身構えたが、竹は一人だった。ドアを閉めてうつむきながらこっちに来る。
「部活、出ないんすか」
「これ写したら行くけど……、昨日の続きとか言うなよ?」
竹は苦々しい顔をして、ポケットに突っ込んでいた両手を出した。殴るのか、と身構えたが、机に体をぶつけながら床に膝をつき、頭を下げた。
「すんませんっした!」
呆気に取られていると、大声で続けた。
「許してください、お願いします!」
「わかった、ちょっと、声でかいから」
「許してくれるんすね? いいんすね?」
竹が俺の脚にすがってくる。
「もういいから、立って」
懇願する目で俺を見上げていた竹が、笑顔になって腰を上げる。
「なんなんだよ?」
「え?」
殴りに来たと思ったら、次の日謝りに来る。ちぐはぐでついていけない。
「そもそもなんで、俺はリンチされなきゃいけなかったんだよ」
「それは」
「昨日のあいつらは?」
「あ、あいつらにも謝りに来させますんで」
「いい、違う、そんなことを言いたいんじゃなくて」
「あいつらは別校の奴らで、今日はちょっと無理すけど」
「別校?」
学ランを着ていたし、てっきりうちの生徒だと思っていたが、そういえば、いやに柄の悪い感じではあった。それに、先輩を知らなかった。多分、うちの生徒なら誰でも知っている。
「そこまでしてなんで俺を……? 本当に、心当たりがないんだけど」
いくら馬鹿で記憶力がなくて察しが悪いと言っても、恨みを買うような真似はしていない自信はある。後ろ暗いことは何もない。
「あー……、それはすね」
目を泳がせた竹が、俺の机の上で視線を止めた。何かをじっと見ている。視線の先を追う。ノートだ。
「それ」
「これ?」
「マネージャーのノート?」
ノートの表紙に智子の名前が書いてある。
「今日俺、全然ノート取ってなくて、借りたんだ」
それがなんだ? と首をかしげる。
「マネージャーとは別れたんすよね」
智子とは高校一年の頃に付き合っていた。告白されて付き合ったのだが、同じ部活内にカップルがいるとよくないらしいことにすぐに気づいた。周囲が冷やかしてきたり、贔屓だと僻んできたり、何かとよくない影響があったのは確かで、あるとき智子が別れたいと切り出してきた。
智子は、部活を優先した。だから俺もそうしようと思い、別れることに承諾した。
今でもたまに部員にネタにされたりはするが、俺と智子の関係は良好だと思う。なんのわだかまりも残っていないからこそ、ノートを貸してくれている。
「もう全然、好きじゃない?」
「智子とは、友達だよ」
「本当に?」
しつこいな、という言葉を飲み込んだ。竹は智子の世界史のノートを手に取って、めくりながら言った。
「でもマネージャーは違うんじゃないすか」
「え?」
「俺、告ったんす。そしたらふられて」
「はあ」
間抜けな相槌を打ってから、そりゃそうだ、とツッコミを入れたくなった。
俺と別れた理由は、同じ部活だから。竹もバスケ部だ。俺と別れておいて竹と付き合うはずがない。
「バスケ部辞めたら付き合ってくれますかって訊いたんすよ」
俺の心を読んだように、竹が先手を打つ。
「答えはノーで、じゃあもし清水さんがバスケ部辞めたら別れなかったかって訊いたんす。そしたら」
なんだか答えを聞くのが怖い。そしたら? と急かすと、竹は残念そうな顔で言った。
「あいつからバスケを取ったら何が残る? って」
「は、はあ……」
つまりバスケしかないと言われているようなものだ。それはそれで悲しいものがある。
「マネージャーは、まだ清水さんのことが好きなんすよ」
「え、なんで?」
「好きな人の好きな人はわかるすよ」
そういうものだろうか。竹は顔に似合わず繊細というか、ロマンチストだなと思った。ほんわかしかけて、気がついた。
「ちょっと待って、もしかしてそれが理由? 智子に振られた腹いせで、俺をボコろうとした?」
「まあ、そうっす」
「お前」
絶句した。他校の生徒を呼んでまで、俺を叩きのめしたかったのか。情熱がすごい。そこは感心する。でも完全に、八つ当たりだ。
「すいませんした」
謝り方が軽い。頭が痛くなってきた。
「もういいよ。でもなんで? 土下座までされて、怖いんだけど」
竹はそんなに律義なキャラじゃない。襲っておいて、次の日知らん顔して普通に挨拶をしてくるのが竹だ。
「そりゃあ、脅されたからっすよ」
「脅されたって、誰に」
「樋本先輩っす」
「え?」
キョトンとすると、竹が机にノートを戻し、ポケットに両手を入れて肩をすくめた。
「昨日の夜、うちに来たんすよ。ビビったっすよ、なんでうち知ってんだって」
そのときの恐怖を思い出したのか、竹が身震いをする。
「二度と清水に手を出すな、次はちゃんと刺してやるって」
そう言って右手の立てた親指で、自分の胸を突いた。
「めっちゃ男前に笑って言うから、もうなんか、やっべぇって思ってぇ、だから謝っとこって、そういう感じっす」
頭の悪そうな喋り方での解説だったが、一応、何があったのかはわかった。
どうして、と渦巻く疑問。
昔飼っていた犬に似ているからと言って、そこまでしてくれるだろうか。
「あんた、あの人のなんなんすか」
それは俺が訊きたい。
竹が教室を出ていくと、しばらく放心していたが、徐々に魂が戻ってきた。
ノートを完成させねば。
それから、先輩に電話をしよう。
隣の布団で隼人が両手を拘束されていようと、人を殺したかもしれないと告白されようと、睡魔には勝てなかった。
隼人の縛られた両手を解くと、手首が赤くなっていた。こんなことをする必要はないのに、と思ったが、隼人の気のすむようにしてやりたい。
お父さんを、殺したかもしれない。
思い返しても不思議な科白だ。あくまで可能性がある、と言いたかったのだろうが、断言しないのが逆に怖い。
とはいえ、俺は本気にしていない。
隼人の父は、首がなかった。隼人が殺したというのなら、どうやって首を切ったのか、その首をどこへやったのか。
多分、隼人は答えられない。
そんな現実離れしたことを言われてもにわかには信じられない。だからそれ以上何も聞かなかったし、聞きたくなかった。どうしてそう思うのか、問い詰めることもしたくなかった。
怖い。
そうかもしれない。
引き返せないところにいくような気がして、怖かった。
「もうあと何回だろうね、こうやって一緒に朝ご飯食べられるのは」
全員が揃った朝食の食卓は、妙にしんみりとしていた。母が肩を落とし、寂しそうだ。
母は、隼人を気に入っていた。美人で素直で自ら率先して家のことをなんでも手伝ってくれる、優しい甥っ子。近所の住人との井戸端会議で、隼人を自慢している現場を見たことがある。
「一人暮らし、いいなあ」
虹子が言った。虹子は昨日、隼人が風呂に入っている間、散々ごねた。出ていく意味がわからない、どうして認めるんだと親に詰め寄っていた。
隼人には、複雑な事情がある。心に負った傷は深い。したいようにさせてやりたい。自分たちには止める権利はない。
厳しい表情で父にたしなめられ、虹子は静かになった。
「この近くでよさそうな物件がないか、探しておくよ」
父が味噌汁をすすりながら言った。隼人がホッとした顔で、「ありがとうございます」と頭を下げる。
これから毎晩隼人を縛らなければならないと考えると、なるべく早く、住むところを見つけて欲しい。隼人の手首はまだ赤くて、それを家族に気づかれないかひやひやしていた。
「高校卒業したらどうすんの?」
通学路を並んで歩きながら、隼人に訊いた。純粋に疑問に感じたことだったが、変な間が空くのが嫌で、毒にも薬にもならない質問を選んだつもりだった。
「大学に行きたい」
隼人は前を見たまま答えた。
「勉強好きだもんな」
俺が言うと、隼人は笑った。
「別に好きってわけじゃないよ」
「そうなの?」
隼人は俺のように漫画を読んだりテレビを観たりゲームをしたりで時間を潰さない。とにかく勉強している。だから好きなのだと思っていた。
「昨日、遺産がどれだけあるか教えて貰ったんだ」
遺産、という単語に顔が引きつりそうだったが、隼人は淡々と続けた。
「数年間一人暮らしを続けても大学を出られるくらいの額はあったし、出ておきたい」
「はあ」
俺より一つ下なのに、本当にしっかりしている。将来を、見据えている。高校を卒業したらどうするのか、訊いた自分が決めていない。
「一人で生きてくには、それなりの学歴は必要だから」
「一人って」
決めつけた科白に悲しくなったが、隼人の横顔は硬かった。
いつか好きな人ができて、恋愛をして、結婚して、子どもが生まれて、という人並みの人生を想像することもないのだろうか。それも許されない?
隼人が一体、何をしたというのだ。
呪われている。母親が死んだのも、自分のせい。
そんな凝り固まった思考を、俺はきっと、砕けない。お前は悪くない。そう言ったところで隼人は解放されない。
授業中、黒板を見ながら隼人のことを考えていた。ずっと、考えていた。
そして放課後になった。
授業を聞かないのはいつものことだが、ノートすら取っていない。これはやばいと愕然としていると、目の前に人が現れた。智子だ。同じクラスで、バスケ部のマネージャーをしている。
「朝からボーっとしてるけど、平気?」
「平気じゃないかもしれない。ノート写させて」
智子に両手を合わせて、拝む。
「ノート? どの?」
「全部……」
「……何やってるの? ますます馬鹿になるつもり?」
智子がため息をついて鞄の中に手を入れて、俺の机にノートを積み重ねていく。
「これ写すまで部活来ちゃ駄目だからね」
「はい、ありがとうございます」
机にひたいをくっつけて、教室を出ていく智子を見送ると、ノートを広げてひたすら書き写す。そうしているうちに、教室に一人になっていた。
早く部活に行ってバスケがしたい。うずうずしながらノートを埋める作業に没頭する。
あと一教科、数学でおしまいだ。よし、と気合を入れたところで教室のドアが開く音がした。振り返って後ろを見ると、竹が立っていた。
思わず立ち上がった。またリンチか、と身構えたが、竹は一人だった。ドアを閉めてうつむきながらこっちに来る。
「部活、出ないんすか」
「これ写したら行くけど……、昨日の続きとか言うなよ?」
竹は苦々しい顔をして、ポケットに突っ込んでいた両手を出した。殴るのか、と身構えたが、机に体をぶつけながら床に膝をつき、頭を下げた。
「すんませんっした!」
呆気に取られていると、大声で続けた。
「許してください、お願いします!」
「わかった、ちょっと、声でかいから」
「許してくれるんすね? いいんすね?」
竹が俺の脚にすがってくる。
「もういいから、立って」
懇願する目で俺を見上げていた竹が、笑顔になって腰を上げる。
「なんなんだよ?」
「え?」
殴りに来たと思ったら、次の日謝りに来る。ちぐはぐでついていけない。
「そもそもなんで、俺はリンチされなきゃいけなかったんだよ」
「それは」
「昨日のあいつらは?」
「あ、あいつらにも謝りに来させますんで」
「いい、違う、そんなことを言いたいんじゃなくて」
「あいつらは別校の奴らで、今日はちょっと無理すけど」
「別校?」
学ランを着ていたし、てっきりうちの生徒だと思っていたが、そういえば、いやに柄の悪い感じではあった。それに、先輩を知らなかった。多分、うちの生徒なら誰でも知っている。
「そこまでしてなんで俺を……? 本当に、心当たりがないんだけど」
いくら馬鹿で記憶力がなくて察しが悪いと言っても、恨みを買うような真似はしていない自信はある。後ろ暗いことは何もない。
「あー……、それはすね」
目を泳がせた竹が、俺の机の上で視線を止めた。何かをじっと見ている。視線の先を追う。ノートだ。
「それ」
「これ?」
「マネージャーのノート?」
ノートの表紙に智子の名前が書いてある。
「今日俺、全然ノート取ってなくて、借りたんだ」
それがなんだ? と首をかしげる。
「マネージャーとは別れたんすよね」
智子とは高校一年の頃に付き合っていた。告白されて付き合ったのだが、同じ部活内にカップルがいるとよくないらしいことにすぐに気づいた。周囲が冷やかしてきたり、贔屓だと僻んできたり、何かとよくない影響があったのは確かで、あるとき智子が別れたいと切り出してきた。
智子は、部活を優先した。だから俺もそうしようと思い、別れることに承諾した。
今でもたまに部員にネタにされたりはするが、俺と智子の関係は良好だと思う。なんのわだかまりも残っていないからこそ、ノートを貸してくれている。
「もう全然、好きじゃない?」
「智子とは、友達だよ」
「本当に?」
しつこいな、という言葉を飲み込んだ。竹は智子の世界史のノートを手に取って、めくりながら言った。
「でもマネージャーは違うんじゃないすか」
「え?」
「俺、告ったんす。そしたらふられて」
「はあ」
間抜けな相槌を打ってから、そりゃそうだ、とツッコミを入れたくなった。
俺と別れた理由は、同じ部活だから。竹もバスケ部だ。俺と別れておいて竹と付き合うはずがない。
「バスケ部辞めたら付き合ってくれますかって訊いたんすよ」
俺の心を読んだように、竹が先手を打つ。
「答えはノーで、じゃあもし清水さんがバスケ部辞めたら別れなかったかって訊いたんす。そしたら」
なんだか答えを聞くのが怖い。そしたら? と急かすと、竹は残念そうな顔で言った。
「あいつからバスケを取ったら何が残る? って」
「は、はあ……」
つまりバスケしかないと言われているようなものだ。それはそれで悲しいものがある。
「マネージャーは、まだ清水さんのことが好きなんすよ」
「え、なんで?」
「好きな人の好きな人はわかるすよ」
そういうものだろうか。竹は顔に似合わず繊細というか、ロマンチストだなと思った。ほんわかしかけて、気がついた。
「ちょっと待って、もしかしてそれが理由? 智子に振られた腹いせで、俺をボコろうとした?」
「まあ、そうっす」
「お前」
絶句した。他校の生徒を呼んでまで、俺を叩きのめしたかったのか。情熱がすごい。そこは感心する。でも完全に、八つ当たりだ。
「すいませんした」
謝り方が軽い。頭が痛くなってきた。
「もういいよ。でもなんで? 土下座までされて、怖いんだけど」
竹はそんなに律義なキャラじゃない。襲っておいて、次の日知らん顔して普通に挨拶をしてくるのが竹だ。
「そりゃあ、脅されたからっすよ」
「脅されたって、誰に」
「樋本先輩っす」
「え?」
キョトンとすると、竹が机にノートを戻し、ポケットに両手を入れて肩をすくめた。
「昨日の夜、うちに来たんすよ。ビビったっすよ、なんでうち知ってんだって」
そのときの恐怖を思い出したのか、竹が身震いをする。
「二度と清水に手を出すな、次はちゃんと刺してやるって」
そう言って右手の立てた親指で、自分の胸を突いた。
「めっちゃ男前に笑って言うから、もうなんか、やっべぇって思ってぇ、だから謝っとこって、そういう感じっす」
頭の悪そうな喋り方での解説だったが、一応、何があったのかはわかった。
どうして、と渦巻く疑問。
昔飼っていた犬に似ているからと言って、そこまでしてくれるだろうか。
「あんた、あの人のなんなんすか」
それは俺が訊きたい。
竹が教室を出ていくと、しばらく放心していたが、徐々に魂が戻ってきた。
ノートを完成させねば。
それから、先輩に電話をしよう。
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