雨の烙印

月世

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第二話 樋本朔夜

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 同居が始まると同時に、隼人は俺の通う高校に転校した。学年は違うが、目的地が一緒だから毎朝一緒に登校している。
 今日は空気が重い。家から学校まで徒歩十分程度だが、それまでの道のりが異様に長く感じた。
 もちろん、普段は気づまりなんてことはない。隼人は自分からペラペラとなんでも喋るほうではなかったが、今日は普段にも増して無口だった。昨夜のあの出来事のせいだ。
 訊かなければ、と思うのに、訊き方がわからない。
 何をどう言えばいいのか。
 切り出し方を考えていると、学校に着いてしまった。その間、一言も言葉を交わしていない。無言のまま、校門をくぐり、玄関に着く。靴箱が離れているから、ここで別れなければならない。
「じゃあ」
 隼人がそれだけ言って、俺に背を向け去っていった。
 わかっている。隼人からは何も言わない。言い訳じみたことを言ってくれたらいいのに、それもない。
 授業中、延々と考えていた。
 体を貸して、と言われた。ずっとしてなかったから、限界だと言っていた。体をまさぐられて、上に乗られて。
 あれは、そういうことなのだろうか。でも俺は男だし、男同士じゃ何もできない。
 俺を女と間違えた?
 隼人は以前から、ああいうことをしていた?
 誰と?
 もし俺が、拒絶しなかったら。どうなっていた?
 体が火照ってきた。
 頭を振り、考えるのをやめた。
 このままだとわだかまりが残ってしまう。隼人と話そう、と思った。
 放課後になると、急いで一年の教室に走った。隼人は帰宅部だ。帰る前に、どうしても捕まえたかった。
 不便なことに、隼人は携帯電話を持っていない。ないと不便だろうと親がしきりに勧めていたが、今まで持ったことがないし、それでなんの不都合もなかったから、とやんわりと断っていた。
 すれ違う教師に「廊下を走るな!」と叱られながら、階段を数段飛ばしで駆け上った。
 一年二組の教室に首を突っ込んで、隼人を探す。すぐに見つかった。隼人の席の周りに、三人の女子が群がっている。隼人は女子に人気があるらしかった。男と一緒のところは見たことがない。校内で見かけたときは大抵女子といる。
 隼人は女子もうらやむレベルの美人だが、性別が男のせいで妙な反感を買うこともなく、むしろ「綺麗なお人形」のような扱いをされているように感じた。
 今も、女子に髪をくくられたり、爪に何かを塗りたくられたりして、遊ばれている。
 隼人は穏やかな表情で彼女たちのおもちゃになっている。
「隼人」
 教室には入らずに、廊下から呼んだ。ハッと顔を上げた隼人が、俺を見る。手招くと、一瞬迷いを見せたが、結っている髪を解き、席を立つ。
「どうしたの? 部活は?」
「うん、それよりちょっと、話したくて」
「家でも話せるのに……」
 語尾をすぼめ、隼人は目元を険しくして、黙り込んだ。
「なあ、それいじめじゃないよな?」
 小声で訊いた。隼人が「え?」と聞き返す。
「髪とか、爪とか」
 隼人の赤褐色の髪に、結われた痕がゆるく残っている。なんとなくモヤモヤして、うねったウェーブを手櫛で解いた。思った以上に柔らかく、細い髪だ。
「それ、洗っても落ちないんだろ」
 隼人の爪にはネイルが施されている。まだ人差し指と中指だけで被害は済んだようだが、爪がニスを塗ったように光っていて、その上に細かい異物がゴミのようにくっついている。
「いじめじゃないよ。いい人たちだし、友達だよ」
「ふうん……」
 一緒にいた女子たちが、こっちを気にしている。ここじゃ話せない。俺は隼人の手を引いて、歩き出した。
「どこ行くの?」
「屋上」
 うちの高校は屋上が解放されている。ベンチも置かれていて、昼休みに弁当を持参する生徒もいる。今の時間、おそらく誰もいない。放課後はみんな、部活や遊びに忙しい。
 屋上のドアを開けると、思った通り、誰もいない。生温かい風が吹いた。もう十月だが、気温が高い日が続いている。空はどんよりと曇っていて、太陽が隠れていた。薄暗く、陰気臭い天気だ。
「雨、降りそうだな」
 見たままを言っただけだったが、つかんでいた隼人の腕が、ビクッと大げさに跳ねた。振り返ると、隼人が空を見上げ、怯えた表情をしていた。
「あそこ座って話そうか」
 隼人の手を離し、ベンチを指さした。隼人が目を泳がせながら、自分の体を抱くようにして、小さく「うん」と返事をする。
「寒い?」
 俺の隣に腰かけた隼人が、首を横に振る。背中を丸め、うつむく様は、どう見ても寒そうだった。
「昨日の夜のこと?」
 隼人が震える声で訊いた。
「昨日、俺、もしかして、亮に何かした?」
 早口で言うと、顔を上げて、俺を見た。悲しそうな顔だった。
「体貸してって……、俺が言ったんだよね?」
 隼人の肌の色が、紙のように白く見えた。青ざめた唇が、わなないている。
 さっきから隼人はずっと疑問形で喋っている。自分のことなのに、何をしたのか俺に確認を取っている。その理由は、一つしかない。
「寝ぼけてたんだな」
 思ったままを口にすると、隼人が首を左右に振って、短く息を吐いた。そして両手で顔を覆い、違うんだ、と手のひらの中でくぐもった声を漏らす。
「お前なんか、おかしかったもんな。ちょっと女みたいっていうか」
 勢いよく頭を上げて、絶望的な表情で、俺を見る。傷つけたかもしれない、と気づき、慌てて謝った。
「ごめん」
「俺、亮に、何した?」
「え?」
「襲った? 強姦? レイプ?」
 全部同じじゃないか、と思ったが、隼人の目に涙が浮かんでいることに気づいて口をつぐむ。
「どこまでした?」
「どこまでって、大丈夫だよ、俺男だし」
 落ち着かせようとおどけてみせたが、隼人はガタガタ震えていた。
「ごめん、俺、やっぱり」
 ベンチから腰を上げ、俺から飛びのくように距離を取る。
「あの家に、いられない」
「え?」
「迷惑、かけられない」
「何言ってんだよ」
「俺、変なんだ、変になるんだ」
 隼人が泣き顔で自分の手のひらを見下ろした。完全に、取り乱している。
「知らないうちに知らない場所にいたり、とにかく、変なんだ」
「変って……」
「前にもあったんだ、こういうことが」
 こういうこと? と訊き返そうとしたとき、屋上のドアが開く音がした。制服をだらしなく着崩した男子生徒が三人、ぞろぞろと入ってくる。大事なところで邪魔が入ってしまった。場所を移そうとベンチから腰を上げると、三人が俺たちを取り囲んでいた。
「こいつ?」
 茶髪の男が俺を指さして言った。
「だな、間違いねえよ」
 色黒の男が、スマホの画面と俺を見比べてうなずいた。
「あいつは?」
「今来るって」
 やたらと上背のあるガタイのいい男が、ポケットに手を突っ込んで、ジロジロと隼人を見ている。
「なんか余計なのいるけど」
「別にいいんじゃね」
「こいつ、男? 女?」
 学ランだから男に決まっているが、下卑た目で隼人を上から下まで吟味するように見た。顔を見合わせると、一人が言った。
「脱がせてみる?」
 ギャハハと笑って隼人に手を伸ばす。隼人が後ずさる。フェンスに背中がぶつかった。
「ちょっと、お前らなんだよ」
 茶髪の男の腕を引くと、突然拳が飛んできた。ガツンと音がして、頬に痛みが走る。殴られた。それがわかると、痛みが一気に強くなり、体がふらついた。
「いいのかよ、殴っちゃっても」
「どうせボコんだろ」
 ニヤニヤ笑いの茶髪の男が俺の胸倉をつかんだとき、再び屋上のドアが開いた。
 知っている男だった。バスケ部の後輩の、たけだ。見知った人物の登場に、一瞬ホッとしたが、どうやらこいつらは竹の知り合いらしい。
「おっせえよ。何してんだよ」
「うるせえ、うんこだよ」
 竹はのこのこと俺のそばに歩み寄ると、顔を覗き込んで「あれ?」と言った。
「殴っちゃったのかよ?」
 俺の胸倉をつかんでいる男が肩をすくめる。竹は俺と視線が合うと、唇を片方だけ持ち上げて、にや、と笑った。
「やられるとこ、見たかったのに」
 歪んだ笑みだった。背筋が寒くなる。
「清水さん、痛かったすか?」
「なんなんだよ?」
 喋ると殴られたところが痛かった。それに、血の味がする。口の中を切ったらしい。
 わけがわからない。つかまれている腕を離そうともがいたが、無駄だった。
「今からあんたに、殴る蹴るの暴行を加えますんで」
「はあ? な、なんで?」
「なんで? 知りたい?」
 うちの部は上下関係が厳しいが、俺自身が竹をいびっているとか、パシリにしているとか、そんなことは一切ない。身に覚えがなさすぎて、怒りさえ覚える。
「恨まれる覚えがないんだけど」
「はあ、でしょうねえ。あんた馬鹿ですもんね」
「馬鹿って……」
「いいんすよ、別に。とりあえず殴らせてくださいよ」
 めちゃくちゃだ。竹はずっと、口元に薄気味の悪い笑みを張り付けたままだった。優越感に浸っているのか、嬉しくて仕方がない様子で、頬の筋肉がぴくぴくと痙攣し続けている。
「逃げないように押さえてろよ」
 竹が男たちに言った。俺の胸倉をつかんでいた男が、後ろから羽交い絞めにしてくる。
「俺が何したんだよ!」
「自分の胸に手を当ててよく考えろよ」
 竹は右の拳を左の手のひらに打ちつけながらそう言うと、ちら、と視線を別の方向に移した。
「そいつ誰?」
 竹の視線を追う。隼人がフェンスに寄りかかり、頭を抱えて空を眺めていた。こんな状況なのに、助けてくれる気配がない。なんてのんきな奴だ、と思った瞬間、頬にぽつりと当たるものがあった。
 雨だ。
「雨だ」
 隼人が言った。そんなことはどうでもいいから、助けてくれ、と言いたかったが、隼人にできることはせいぜい助けを呼ぶことくらいだろう。そうしている間に俺はやられてしまう。
「まあいいや。雨も降ってきたし、早いとこボッコボコのギッタギタにしてやんよ」
 興奮した竹の科白の途中で、視界に変化があった。ギク、として目を凝らす。
 屋上のドアの上に、給水塔がある。コンクリートで囲われたそこは、鉄パイプ製のはしごを伝えば誰でも上ることができる。寝転ぶと下から発見されにくく、生徒の間で取り合いになることが多いらしい。
 そこに、人が立っている。誰かいたのだ、と気づいた瞬間には、その人は飛んでいた。
 異様に身軽だった。簡単に飛び降りてなんなくコンクリートに着地すると、間を置かずにすたすたとこっちに来る。
 その人は、俺の知っている人だった。知り合いじゃない。一方的に俺が知っているだけ。
 一学年上の三年生、樋本朔夜ひのもとさくやだ。
 竹が、振り返る。男たちもようやくその人の存在に気がついた。男の一人が進路を阻むように前に出て、肩を怒らせて威圧する。
「おい、お前、ちょっと止まれ、邪魔すると痛い目に」
 そこまで言って、急に膝から崩れ落ちた。何が起きたのかわからず、呆然としていると、竹の仲間の一人が「てめえ!」と声を上げて、先輩に飛びかかっていった。
 何がどうなったのか。まったく見えなかったが、何か攻撃を受けたらしいそいつは、一人目の男と同じ末路を辿った。コンクリートに転がった二人の仲間を、竹は、戦慄して見下ろしている。
「何こいつ」
 俺を押さえつけている男が、耳の後ろで言った。声が無様に震えていた。
「三年の、なんとかって奴だ」
 竹が先輩から逃げるように飛びのいた。
「お前、あれ持ってんだろ、あれ! 刺せ、刺せよ!」
「くそ……っ」
 俺の体を乱暴に突き飛ばし、茶髪の男が上着のポケットから何かを取り出した。銀色の、鈍く光る、ナイフ。バタフライナイフだ。
 それを見て、困惑が加速した。
 俺は平和に、平凡に生きていた。今まで親にも殴られたことがなく、暴力沙汰に巻き込まれた経験もない。こんな争いごとを現実に見たこともない。映画やドラマでしか起こりえないと思っていたことが、目の前で起きている。
 男はナイフを振り出し、回転させて刃を出すと、なんの迷いもなく、彼に向って駆けだした。
「危ない!」
 思わず叫んでいた。先輩はナイフを向けられているのに、身構える様子もなく、脱力した感じで両手をだらりと下げ、棒立ちになっていた。刺される、と目をつむり、顔を背けた。体と体が、ぶつかり合う音。カツン、と硬い音が響いた。
 視線を戻すと男は倒れていて、先輩は、無事だった。平然とした表情で前髪をかき上げてから、身をかがめてバタフライナイフを拾った。
「これは本来、人を殺す道具だが」
 拾ったバタフライナイフの柄を握り、振る。風を切る金属音。先輩の手の中で、ナイフがクルクルと回転している。
「お前らは、ファッションで持つんだろう?」
 曲芸でも見ている心境でそれを眺めていると、ナイフを回しながら竹との距離を無造作に詰めた。そして、刃を剥き出したまま、胸にドン、と突き立てる。
 刺された、と思ったのは俺だけじゃなかった。竹が耳をつんざくような悲鳴を上げた。
「ここが日本でよかったな」
 折りたたんだナイフの先を押し当てただけだったらしい。
 真後ろに尻もちをついた竹が、ひいいっ、と甲高い悲鳴の余韻を絞り出した。慌てて自分の胸を撫でさすり、血が出ていないか何度も手のひらを見ている。
「おうちに帰ってリンゴの皮でも剥いてろよ」
 倒れた竹の制服の胸ポケットにバタフライナイフを押し込んで、腰を上げた。
 竹は四つん這いでヒイヒイ言いながら数メートル進むと、ぎこちなく立ち上がり、よろめきながら屋上を出て行った。
「待てよ、置いてくなよ!」
 仲間たちが一目散に後に続く。こっちを振り向くこともせずに、逃げていった。
 一体、なんだったのか。
 なぜ俺は、殴られなければならなかったのか。
 竹の恨みの原因が、わからない。
 唖然として彼らを見送ってから、やおら我に返った。
 そうだ、先輩だ。
「あの」
 先輩が俺を見る。この人を、こんなに間近で見たことがなかった。彼は校内で有名な人物で、学年の違う俺でもよく噂を耳にした。
 マッドサイエンティストの手によって生み出された人造人間で、知能指数は計測不可能、この世のあらゆる言語を自在に操り、百メートルを八秒台で走り、人の心を読む超能力者で、雲の上の城に住んでいて、そこから自家用ジェットで通学している。
 面白おかしく揶揄されているが、要するにあらゆる能力の高い人なのだと思う。めったに学校には現れず、たまに来ると女子生徒が色めき立ち、教師は浮足立つ。
 カッコイイな、と率直に、そう思った。女子が騒ぐわけだ。顔のパーツが全部整っていて、男なのに見惚れてしまう。
 それに、俺より背が高い。学校で人を見上げることはほとんどない。
「助けてくれて、ありがとうございました」
 頭を下げると「うん」とだけ言った。気のせいかもしれないが、妙に見られている。
「これは腫れるな」
 唐突に俺のあごに触れると、軽く上を向かされた。触れられたところから、電撃が走る。ビリビリと全身が痺れたような、変な感覚だった。
「あとで冷やしとけよ」
 ああ、と気づいた。殴られたことを思い出すと、急に痛くなってきた。いてて、とやる俺を先輩が面白そうに見ていたが、その目がふと横に逸れた。
 視線を辿ると、隼人が頭を抱えて地面に両膝をつき、うずくまっていた。
「隼人、大丈夫か?」
 急いで駆け寄って、肩に手を置いた。ひどく震えている。
「雨が」
 泣きそうな声だった。
「雨?」
 空を見上げた。相変わらず曇っているが、雨は止んでいる。手のひらを上に向けてみても、濡れない。
 隼人はいつも、雨の日に体調を崩す。頭痛がする、と言っていた。理屈はわからないが、雨が嫌いなのだ。
「もう戻るか」
 俺が言うと、隼人は頭をもたげて息を吐き出した。蒼白で、汗をかいている。
「立てるか?」
 手を差し伸べた。俺の手を取って、隼人がゆっくりと立ち上がる。
「なるほど、大した美少年だな」
 感慨深そうに先輩が言った。顔を近づけて目の高さを合わせると、隼人の眉間を人差し指で触れた。
「中に何人いる? 女もいるのか? で、そいつが欲求不満?」
 先輩が、意味のわからないことを言った。
 隼人は目を見開いて、硬直している。唇が紫色で、顔面が完全に血の気を失っている。
「俺でよければ相手になろうか」
 隼人が息を呑み、唇を噛んだ。頬に血の気が戻っている。なんの話かはわからないが、隼人には通じているらしい。
「なんすか? どういうこと?」
 わけがわからない。首をかしげると、先輩が肩をすくめた。
「話の続きは?」
「え?」
「昨日の夜、こいつに襲われたんだろ」
「えっ」
「結局、どこまでした?」
「なんで、知って」
 さっき二人で話した内容を、なぜか全部知っている。
「聞こえてたんですか?」
 給水塔からここまでは距離がある。耳がいいとかいうレベルの問題じゃない。普通、聞こえない。
 先輩に関する眉唾物の噂を思い出す。そうだった、超能力者だった。ハッとした顔をすると、先輩が「それは違う」と言った。
 今まさに心を読まれた気持ちになったのだが、先輩がベンチの裏に手をやって、何かをはぎ取った。なんだろう。小さな謎の機械だ。
「なんすか、それ」
「盗聴器」
「盗聴……、なんで学校にそんなものが? 一体誰が……」
「お前、さてはアホだな?」
 先輩が真顔で俺をまじまじと見て、学ランの内ポケットに盗聴器をしまうと、代わりに何かを取り出した。煙草のパッケージと、ジッポライターだ。あっけに取られる俺の前で、堂々と一本咥えた。
「で? どこまでいった? 挿れた?」
 煙草を咥えたままだから、聞き取りにくかったが確かにそう言った。
「何を? なんの話?」
 キョトンとすると、先輩が目を細めた。
「わかった」
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 先輩がライターで煙草に火を点ける。未成年なのにとか、学校なのにとか、無粋なことは言いたくなかった。慣れた手つきで様になっている。
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 先輩が突然口にしたややこしい言葉に、隼人が反応した。驚いた顔で先輩を凝視している。
「自覚はあるらしいな」
「え? 解離……、何?」
 二人の間で視線をうろつかせる俺を、先輩が物悲しげな目で見た。なぜか憐れまれている。
「多重人格障害。これならわかるか?」
「多重人格? え? 誰が?」
 先輩が煙草を挟んだ指を、無言で隼人に向ける。
 隼人を見た。
 隼人は歯を食いしばり、うつむいて、何かに耐えた表情をしていた。
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