電車の男

月世

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Ⅶ.倉知編

とっちらかる倉知君

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 幼い頃、父はどこにでも連れていってくれた。家族全員が揃っていないと嫌な人で、誰か一人でも欠けることはほとんどなかった。
 いつでも、姉二人が一緒だった。
 そのせいか、俺は自分の家族が好きだ。
 自分の大事ものを、加賀さんが「大好き」と言ってくれたことがものすごく嬉しかった。
「今日はごちそうさまでした。奢ってもらってありがとう」
 店の外に出ると、加賀さんが言った。六花は財布を鞄にしまって顔の前で手を振った。
「いえ、加賀さんにはプライスレスなもの、たくさんいただきました。それにほとんど五月の飲み食い代なんで、ほんと気にしないでください」
 食事が終わった頃には五月は完全に酔っぱらい、自分の足で立てないほどになっていた。
「いやぁだぁ、まだ加賀さんといたい! 加賀さん、うち来て、うち! お願いよぉ」
 五月がふらふらしながら加賀さんに抱きついた。触って欲しくない。
「五月、俺がおんぶしてやるから」
 急いで背中を見せる俺から顔を背けて「加賀さんがいいー」としなだれかかる。
「わかった、いいよ」
 あっさりと加賀さんが言った。
「ええええ、やったー! おんぶ、おんぶ」
「加賀さん」
 咎める視線を送ると、フッと笑って肩をすくめる。
「大丈夫だよ。家、すぐそこだろ」
「そうよ! あたし、軽いから平気よ」
 重い軽いの問題ではなく、密着されるのが嫌なのだが、気づいていない。
 屈んで背中を向ける加賀さんに、五月が飛び乗った。
「いえーい、おんぶ! やったー! 七世、羨ましいでしょ」
 加賀さんの背中に乗って、足をジタバタさせる。正直、羨ましい。沸々と沸き起こる嫉妬心を、深呼吸で押し殺す。
「迷惑かけてすいません」
 六花が謝りながら、帰ろ、と先に立って歩き出した。
「倉知、ちょっと」
 店のドアが開いて、丸井が手招いた。
「先行ってるよ」
 六花が五月の背中を軽く叩いて先導する。加賀さんはちら、と俺を振り返ったが、少し笑って六花のあとに続く。五月がしゅっぱーつ、と腕を突き上げている。
「ごめん、すごい騒がしくして。迷惑じゃなかった?」
「五月さんのおっぱい見れたんだぞ? 迷惑なわけあるか。またいつでもお願いします」
 苦笑いする俺の顔を、丸井は下から凝視してきた。
「何?」
「お前、この荷物、イケメンとこにお泊まりだったの?」
 担いでいるバッグを見てニヤリとした。言葉に詰まる。
「で、ヤッた?」
「や……、う、うん」
 なんでこんなことを友人に報告しなければいけないのか。顔が熱くなる。丸井はがしがしと俺の頭を撫でた。
「よしよし、お前も男になったか」
「風香に変なこと言うなよ?」
「乙女の幻想ぶち壊すもんな」
 三人の後ろ姿を見ながら、丸井が腕組みをして言った。
「俺この前、男相手に勃つのかって言ったけど、なんかわかるわ」
「え」
「あの人、エロいよな」
 丸井の前に立って、視界を遮った。
「丸井」
 両肩に手をのせて、顔を近づける。
「ごめん、怒んなって」
「訊いていい?」
「何?」
「あの人の裸、見たいと思う?」
「え、見せてくれるの?」
「違う、見たいかって訊いてるんだよ」
「うん、見たい。なんで?」
 丸井が男に対してそういう発言をするなんて思ってもみなかった。妙に胸騒ぎがして、落ち着かない。
「男の裸だぞ、見たいのか?」
「いや、男っていうか、あの人なら見たいってだけ」
「だからなんで? お前、本当に丸井だよな?」
 丸井の皮を被った他人の可能性もある。顔面をむしろうとする俺の手を半笑いで振り払う。
「キス顔がめっちゃやらしかったから、男でもアリかなって思っただけ」
「や、やらしかった?」
「つーかお前、すげえキスすんのな。あれって調教されてああなったの?」
「調教?」
 よくわからない。丸井は自分の股間を押さえて「年上の調教、えっろえろ!」と叫んだ。
「五月さんのおっぱいとダブルで刺激強すぎだっつの」
 丸井が股間を撫でさする。確かに、六花が撮った動画で観ても、自分がしたことだと思えないほどいやらしかった。
「ごめん、記憶喪失になってくれ」
 あはは、と大声で笑って、俺の肩をグーで殴る。
「ほんじゃ、また明日な。おやすみ」
 丸井が店に戻ると、三人のあとを追った。六花が俺の駆け寄る足音で、振り返る。
「明日、丸井君にお礼言っておいて。だいぶ安くしてくれたから」
「うん」
 それはありがたいのだが、もうあいつの店に加賀さんを連れて行くのはやめよう。
「あたしのおっぱい見たんだから、タダにすべき!」
 五月が加賀さんにおぶられたまま、体を前後左右に揺らす。
「五月ちゃん、落ちる」
 加賀さんがたしなめると、五月は「あん」と気味の悪い声を上げて背中に密着した。
「加賀さんの背中、おっきくて温かい」
 めら、と嫉妬心が芽生える。俺は独占欲が強いのかもしれない。なんでもない、ただ背負っているだけだ。こんなことで嫉妬するなんて心が狭い。
 ふふふ、と不気味な笑い声が聞こえた。隣を見ると、六花が俺の横顔を見て笑っていた。
「何?」
「今すごい嫉妬してるね?」
「……うん」
「よきかな、よきかな」
 何がいいのかわからない。
「加賀さん、ありがとうございました。あれ、五月、寝ました?」
 家が目前に迫ると、六花が礼を言ってから、五月の顔を覗き込む。
「そうみたいだね」
 寝息を立てている。幸せそうな寝顔だ。早く引っぺがしたい。俺の背中だ。
「ご両親は留守?」
 玄関のドアを開けて中に入ると、加賀さんが訊いた。静かだ。靴もないし、どうやら両親はいないようだ。
「外食して映画観てくるって言ってました。多分遅いです」
 六花が答えた。父は映画好きで、観たい映画は必ず映画館で観る。母は特に興味がないようだが、映画館で眠るのが好きだと言っていた。
 リビングに加賀さんを招き入れると、六花がクッションをセットする。
「ここに寝かせてください」
 加賀さんの背中から下ろされた五月がソファの上で何かもにょもにょと喋りながら寝返りを打つ。
「加賀さん、時間大丈夫なら、七世の部屋で休んでいってください。五月もこんなだし、邪魔しませんから」
 腕時計で時間を確認する加賀さんを、祈るように見つめる。
「じゃあちょっとだけ。いい?」
「勿論です。行きましょう」
 加賀さんの手首をつかんでリビングから飛んで出た。
「倉知君、痛い」
 手を引っ張って階段を上がる途中で加賀さんが訴えた。
「別に逃げないから、離してくれる?」
 素直に従って手を離し、階段を駆け上がった。
「加賀さん、早く」
「なんでそんな急いでんの?」
 階段を上りきった加賀さんの体を抱えて、自分の部屋に引きずり込んだ。ドアを閉めて、暗い部屋の中で抱きしめる。
「加賀さん」
「うん」
「なんかいろいろ、言わなきゃいけないことが」
「何? まだ時間あるから一旦落ち着け」
 手探りで俺の顔をつかむと、軽くキスされた。
「落ち着いた?」
「お、落ち着きません」
 余計、気分がざわついてしまった。抱きしめて、音を立てて首に吸いついた。
「あー、待て、これ以上痕つけんなよ」
「すいません」
 唇を離して鎖骨に顔をうずめる。息を吸って、吐く。何度か繰り返すうちに、落ち着いてきた。
「加賀さんの匂い」
「え、何? 加齢臭?」
「違います、すごくいい匂い。加賀さん、やっぱり、温泉、気をつけてください」
 途切れ途切れに言うと、不思議そうに「何を?」と訊いた。
「さっき丸井が、加賀さんの裸見たいって言ったんです」
「ちょっと待て。どうやったらそんな話題になるんだよ」
「丸井は、すごく女の子が好きなんです。五月も六花も風香も好きで、とにかく女なら誰でもいいんじゃないかってくらいで、俺が加賀さんと付き合ってるって知ったときも、男に惚れるってピンとこないって、男相手に勃つのかって、そんな奴が加賀さんの裸、見たいって、エロそうって」
 まくしたてる俺の背中を撫でて、加賀さんが軽く笑い声を上げた。
「とっちらかってんな。なんか倉知君じゃないみたい」
 言いたいことがまとまらない。頭の中がぐちゃぐちゃになっている。
「あのな、大丈夫だよ。社内に俺の裸を見たがってる男はいない。女は別として」
 さらっと言った科白に思わず顔を上げて体を離す。
「やっぱり、女の人にモテるんですね」
 確認するまでもなく、モテるに決まっている。五月と風香がいい例だ。社内でどんなふうなのか、想像するのも怖い。
「モテたところで、どうなんだよ。俺、女に集団レイプされるの?」
 簡単に怖いことを言う。寒気がした。
「まあ、お前が心配だっていうなら用心するよ」
「ほんと、気をつけてください」
 はいはい、といい加減な返事をする。
「電気点けないの?」
「点けたら、暴走しそうです」
 正直に言うと、加賀さんは笑った。
「点けなくても暴走するだろ、お前」
 腕の中にいる大事な人。こうやって抱きしめられるのは、今日を逃すとしばらくない。二週間、触れることができないなんて、悲しすぎる。
「この前の水曜、ノー残業デーで定時に帰ってみて思ったんだけど」
 ハッとした。そうか、水曜があった。
「ごめんな、ノー残業デーって言っても普通に残業してるんだよ、普段」
 俺の内なる喜びを悟った加賀さんが、すぐに謝った。持ち上げて落とされた。
「まあ、その、残業しなくても済むように、調整しながら仕事するのも悪くないっていうか、暗くならないうちに帰るのもいいもんだよな」
「はい。……え?」
 希望の光が見えた。
「確約できないけど、会えるように努力する」
「加賀さん」
 嬉しいのと同時に、無理をさせている気がして申し訳なくなった。俺のせいで仕事に支障が出るのは絶対に嫌だ。
「俺、加賀さんの仕事に割り込みたくないです。すごく嬉しいけど、会いたいけど、邪魔したくない。今までのリズムを崩させたくないっていうか。とにかく、俺のせいで」
「せいじゃない。お前のおかげ。残業なんてな、しない奴はしないし、まあ仕事の量にもよるんだけど、要領いい奴は早く帰れてるんだよ。だから俺の要領の問題」
 加賀さんの要領が悪いとは思えないが、なんとなく言いたいことはわかった。
「俺も会いたいんだよ」
 囁いてから、なぜか突然笑い出した。
「おかしくなってきた」
「何がですか?」
「いや、仕事と私とどっちが大事ってよくあるだろ」
「ありますね」
 今の俺はそんなうっとうしい状態にあるのかもしれない。いや、そうなりたくないから、加賀さんにこれまでの生活を変えて欲しくない。
「俺、あれ言う奴が理解できないんだけどな」
「う、俺、言ってませんよね?」
 怖くなって確認した。
「うん。お前は真逆だなって。自分より仕事を大事にしろって言われてる気がしてきて」
「そうですね、俺が言いたいのはまさにそれです。俺より仕事を大事にしてください」
 加賀さんはおかしそうに笑って言った。
「そう言われると、逆に時間作りたくなるもんだな」
 ああ、そういうことか、と思った。
 この人は過去に付き合っていた女性に「私と仕事、どっちが大事?」と訊かれたことがあり、反発して、仕事にのめり込んだ。
 もしかしたらそれが原因で、別れたのかもしれない。
「まあ、細かいことはどうでもいいんだよ。さっきも言ったけど、俺も会いたい。この一言に集約される。シンプルでいいだろ」
 会いたいと、思ってくれている。それだけで充分だ。嬉しくて、苦しくて、胸が締めつけられる。
「電気点けない?」
「点けて欲しいんですか?」
 自制心を保つために暗くしている。下に五月と六花がいる。この前、加賀さんを部屋に上げたときの俺と、今の俺は違う。セーブできる自信がなかった。
「ん、顔見たいなと思っただけ」
 可愛い。なんだこの可愛い科白は。
 小さく、俺の中で何かが弾ける音がした。
 急いで電気を点けた。
「お、見せてくれる気になった?」
「俺の顔、面白いですか?」
「そういう意味じゃねえよ」
 腕の中で加賀さんが笑う。こんなに近くで、好きな人が笑っている。つられて笑顔になる。
「お前、可愛い顔してるよな。童顔? あ、なんか五月ちゃんに似てるかも」
「え、そうですか?」
 確かに子どもの頃は似ていると言われたことがある。でもそれは、五月が短い髪で、格好も男のようで、泥にまみれて男子と遊んでいたからだと思う。五月は小学校の頃、ほぼ男だった。
「五月の顔、好きですか?」
 加賀さんは俺の顔をじっと見て、うん、とためらいなく答えた。がっかりと肩を落とす。
「多分、お前に似てるから?」
 それはつまり。
 加賀さんが声を上げて笑い出した。
「お前のコロコロ変わる表情、見てたら和むな。そういうとこが好きなんだよ」
「加賀さん」
 とにかく、この人を離したくない。触りたい。キスしたい。
 どこもかしこも、愛しくて、うずうずする。
「今、すげえ我慢してる?」
「してます」
 面白そうに訊く加賀さんの科白に、即答する。
「キスしたい?」
「したいです」
「俺もしたい」
 急に足に力が入らなくなった。加賀さんを抱きしめたまま、よろめいて、ドアに背中がぶつかった。体重の乗った、重い音が響く。
「大丈夫か?」
「あんまり、大丈夫じゃないです」
 ドアに背中を預け、天井を見上げた。全身が火照ってきた。気を、紛らわせないと、自制できなくなる。
 こういうときはしりとりだ。今度は食べ物しばりにしよう。
 りんご、ごはん、んがついた。
 駄目だ。この人を抱きしめているから駄目なのだ。この抱き心地と、柔らかい髪の毛の気持ちいい感触、そして甘ったるい匂いが、俺を誘う。
「さっき、お好み焼き屋でキスしたとき、お前珍しく勃起しなかったな。慣れてきた?」
「え」
 唐突に恥ずかしい失態をほじくり返されて、かろうじて制御していた下心がぐらぐらと揺れ始めた。
「勃つか勃たないか、もう一回試してみるか」
 質問ではなく、独り言だったらしい。俺の返事を待たずに口を塞がれた。
 さっき、勃起しなかったのは怒っていたからだ。怒りのせいで、性衝動が追いやられていた。今は違う。無理だ。またたく間に、下半身に血が、たぎる。
「勃った?」
 唇を離すと、加賀さんが自分の下半身をこすりつけて、俺の股間事情を確認する。
「一生懸命我慢してるのに、なんでこんなことするんですか?」
 泣き声で責めると、加賀さんは眉を下げた半笑いの顔で、俺を見た。
「我慢してる様子がそそるから? さて、帰るかな」
「鬼ですね」
「おう」
 鬼と言われたことが嬉しいのか、得意げだった。
 加賀さんを持ち上げて、ベッドに丁寧に寝かせた。馬乗りになり、体重をかけないように体を重ね合わせる。
 体温と匂いに浸っていると、加賀さんがあくびをした。
「やばい、なんか寝そう」
「寝てください」
 言いながら、太ももを撫でた。
「ん、今何時?」
 加賀さんの左腕をつかんで、腕時計で時間を見る。九時半ちょっと前だ。
「八時です」
「おいおい、捏造すんなよ」
 ひたいをぴしゃりと打たれた。
「加賀さん、この腕時計カッコイイですね」
「話逸らすなって」
「なんか高そう」
 時計には詳しくないが、ブランドものだと思う。
「そんなでもないよ。十万ちょい。十三万くらいかな」
 手首をつかんでまじまじ見ていると、加賀さんが眠そうな声で言った。
「じゅう……、え? 十三万円?」
「まあ、貰い物だけど」
 ドキッとした。もしかして、女性からの貢ぎ物だろうか。
「お、女の人ですか?」
 こわごわ訊ねると、笑って否定された。
「親父から貰ったんだよ」
「お父さん」
「あ、俺、父親とは仲いいから、身構えなくていいよ」
 俺の緊張を感じてか、加賀さんは明るい声で言った。
「二十歳の頃から誕生日に時計買うのが恒例になってんの。これは去年貰ったハミルトンのジャズマスター。十三万は安いほうだよ。一番高い時計の値段聞いたらお前引くと思う」
 訊いてみたい気もするが、怖いからやめた。誕生日のプレゼントに十万円以上の時計なんて、うちの家庭では考えられない。そんなものをねだった時点でギャグだと思われるだろう。
 俺の今年の誕生日プレゼントはナイキのバッシュで、一万四千円でおつりがくる。それでも高価なものという印象なのに、桁が一つ違う。
「加賀さんのお父さんって何者ですか?」
「弁護士です」
「弁護士さん」
 妙に納得した。
「何か困ったことがあったらどうぞ」
「はい、心強いですね」
 ははは、と気の抜けた笑いを漏らして、俺の体を両足で羽交い締めにしてきた。せっかく収まりかけていた下半身が、元気を取り戻してしまう。
「あの、加賀さんの誕生日、いつですか?」
 慌てて質問して気を逸らす。
「十二月一日。お祝いしてね」
「はい、高い物は買えませんけど」
「物はいらないよ。一緒にケーキ食べような」
 なんだそれは。可愛いすぎる。
 この人の何気ない一言に、とんでもない破壊力が込められている。
「倉知君の誕生日はいつ?」
「八月十八日です」
「じゃあ来年か。楽しみだな。来年、お祝いさせてね」
 これから先も、一緒にいるという約束をしてくれたも同然だ。
 感激して胸が震える。
「あ、駄目だ」
 加賀さんが弱々しい声で身じろぎをした。
「真剣に寝そう。今一瞬、意識飛んだ。もう帰るわ」
「嫌です、離したくない」
「離さないと、全力で勃起させんぞ」
 加賀さんの手が、俺の股間をつかんだ。
 体を強ばらせて「どうぞ」と返事をする。
 帰る、と言われて猛烈に寂しくなった。
「帰らないで、加賀さん」
 加賀さんに覆い被さって頬ずりしていると、階段を駆け上がる軽やかな足音が聞こえた。ドアが激しくノックされる。ビクッと二人の体が跳ね起きた。
「七世、今大丈夫? 二人とも、服着てる?」
 六花の声だ。心臓がやかましい。胸を押さえて、返事をする。
「き、着てる。何?」
「二人、帰ってきた」
「え」
 加賀さんは完全に目が覚めたようだ。ベッドから素早く腰を上げて、髪を掻き上げると、ゲホゲホと咳き込んだ。
「やっべえ、何もしなくてよかった」
 散々人のことを煽っておいて。力なく笑う。
 加賀さんが俺の股間を一瞥した。両親の帰宅で、下半身は急速に萎んでしまった。
「はあ、目ぇ覚めた」
「ですね……」
「開けてもいいですか?」
 ドアの向こうで六花が訊く。加賀さんがドアを開けると、ノブを握っていた六花がたたらを踏んだ。
「よかった、下手したら真っ最中かと思って、慌てました」
「いやいや、でも助かった。ありがとう」
「七世ー? 加賀さんいらっしゃってるのー?」
 階下で母の大声がした。
「お土産にアイス買ってきたから下りてきてー」
「はーい」
 六花が下に向かって返事をする。
「さて、行きますか」
 加賀さんが六花の体を回れ右させて、部屋を出て行った。
 俺は頬を軽く叩いて、あとを追う。なんとかバレずに、切り抜けなくては。
 それしか頭になかった。 
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