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Ⅴ.倉知編
する?
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土曜日。
部活が終わり、家に帰ると六花が待ち構えていた。
「おかえり」
「ただいま。……何?」
「今日泊まりでしょ?」
「あ、うん、はい」
顔がにやけるから、朝からなるべく考えないようにしていたのに。六花をかわし、脱衣所に向かい、部活のバッグからタオルやらユニフォームやらを洗濯かごに入れていると、背中に六花がしがみついてきた。
「六花? 何?」
「うん、汗臭い。あんたシャワーとかしないでこのまま行きなさいよ」
めちゃくちゃなことを言い出した。
「そんな失礼なことできないよ。ていうか俺がまず気持ち悪いんだけど」
「シャワーしたら汗の香水が落ちるでしょ? 臭いほうが嬉しいんだから」
「そんなわけないだろ」
服を脱ぐ俺の体を、六花が目を細めて見ている。
「賭けてもいい。汗の匂いで盛り上がるよ」
「あの、六花。俺、何も、そういうことしに行くわけじゃないんだけど」
純粋に、会いたいから行くのであって、目的はそれじゃない。
「じゃあしないの? 泊まるのに?」
がっかりした顔で俺の腹をつついてくる。六花は俺の筋肉を触るのが好きで、よく体中を撫で回される。
「わからないけど……」
そういう流れになれば、するかもしれない。としか言いようがない。
「意気地なし」
ポツリと呟いて、脱衣所から出て行った。
今まで知らなかったが、六花の性癖というか、趣味というか、男同士に対する情熱は凄まじい。少し心配になるくらいだ。
シャワーを済ませ、パンツ一丁で脱衣所を出ると、今度は五月が現れた。
「お、おはよう」
今日初めて会うから、もう昼だったがそんな言葉が出てしまった。
五月は、加賀さんがうちに来た日から大人しくなった。もう完全に、恋する乙女モードだ。
「今日、行くんだよね。加賀さんとこ」
何か企んでいるのか、上目遣いで見てくる。まさか、連れて行けとか、言わないよな。化粧をして、着飾っている。準備万端に見えた。
「頼みがあるんだけど」
「なんでしょうか」
ビクビクしながら訊いた。
「これ、加賀さんに渡して欲しいの」
五月が差し出してきたのは、小さな封筒だった。受け取ると「お願いね」とだけ言って行ってしまった。
白い封筒で飾り気がないが、これは明らかにラブレターだ。俺が勝手に開封したり、捨てたりせずに、素直に加賀さんに渡すと思っているらしい。
その通りだ。
別に五月をライバル視するつもりはない。それにこれを渡したからと言って、何かが起こるとは思えない。
タオルで髪を拭きながら階段を上がると、今度は再び六花が立ちふさがった。
「渡すの、それ」
五月の封筒を指差して言った。
「渡すよ」
「携帯の番号とメアド、書いてあるよ」
「なんで知ってるの?」
俺の問いには答えずに、逆に訊いてくる。
「それでも渡す?」
「うん」
うなずくと、六花はニヤ、と笑った。
「さすが七世。偉い子、おりこう」
両手を広げて俺を胸に抱きしめると、頭を撫で回された。
「六花、危ない、落ちる」
階段の途中でじゃれ合うと、危ない。六花を抱え上げて、階段を上りきる。
「もう行くの?」
「うん」
自室に戻り、服を着ている間、六花は俺のベッドの上であぐらをかいて座っていた。
「よかったね、楽しみにしてたもんね」
自分のことのように嬉しそうだ。男同士で付き合うことを、身内から応援されるとは思っていなかった。ありがたいことなのかもしれない。
「六花」
「何?」
「ありがとう」
「うん」
満足そうに笑う六花と握手をしてから、着替えを入れたバッグを担ぐ。五月から預かった封筒を横のポケットにねじ込んで、部屋を出た。六花がついてくる。
バスケの試合があるときや、合宿でしばらく家を空けるとき、六花はいつも俺を見送ってくれる。どんなに早朝であろうと必ず玄関までついてきて、頑張れ、と送り出してくれる。五月とは喧嘩ばかりだが、六花とは喧嘩をした記憶がない。
一度振り向いた。六花が頼もしげにうなずいた。
どんなときでも何があっても味方でいてくれる。六花にバレたことは想定外だったが、これでよかったと思う。
階段を下りると、母が小走りで駆け寄ってきて、ビニール袋を差し出した。
「七世、これこれ」
「何これ」
「肉!」
満面の笑みで小さく叫ぶと、「あ、待ってて」と言って、姿を消す。
「手土産に肉」
六花が呟いた。さすが母だ。なぜ肉を選んだのかわからない。
「これも持ってって」
そう言って何かを抱えて戻ってきた。缶ビールの六缶パックだ。
「えーと、これは」
「ビール!」
見ればわかる。絶対に俺は飲まないことをわかっているのだろうが、高校生にビールを持たせるとは。
「あ、なんか袋持ってくる。待ってて」
母が再び奥へ消えた。六花がビニール袋の中を覗いて肩をすくめると、「保冷バッグ持ってくる」と言って母を追った。
早く出発したいのに、なかなか出られない。スマホをポケットから取り出し、メールを打つ。
『今から出ます。今日はよろしくお願いします。』
送信する。
視線を感じて顔を上げた。五月がリビングから顔を半分だけ出してこっちを見ていた。目が合うと素早く身を隠す。
「ごめーん、はいこれ」
母がスリッパの音を響かせながら戻ってきた。保冷バッグを俺の手に握らせる。
「加賀さんによろしくね。七世はいい子だから、言わなくてもちゃんとできるよね」
何をちゃんとするのかよくわからないが、うん、とうなずいた。
「じゃあいってきます」
玄関を出ると、六花が追いかけてきた。
「七世」
振り向くと、「頑張って」と爽やかな笑顔で言って、手を振った。歩きながら手を振り返す。
六花が期待するような展開にはならない気がする。何をどうするのか散々教え込まれたが、六花の言っていることは漫画の世界の話としか思えなかった。
加賀さんが俺とそんなことをしたいと思っているかも怪しい。六花の漫画を平然と眺めていたし、ファンタジーと断言していた。
でも、挿れたいか、挿れられたいか、と訊いたのは六花の漫画を見る前だ。
全身が熱くなる。もしあのとき、俺がどっちか答えていたら、実行していた?
スマホがポケットの中で震え、道端で悲鳴を上げてしまった。
メールの返信だ。
『気をつけてね』
たったそれだけの言葉に、胸が苦しくなる。一度うずくまって、息を整え、立ち上がる。
電車に乗っている間、なるべく考えないようにした。
何も考えない。
無。
無になることは難しい。
俺はすぐにもやもやと考えごとをする癖がある。
そうだ、しりとりをしよう、と思い立ち、脳内で一人しりとりを始めた。普通のしりとりはつまらないから、動物しばりにすることにした。
こあら、らっこ、こうもり、りす、すずめ、めだか、かめ、めんどり、りす、違う、りすはさっき言った。
そうこうしているうちにアパートに着いた。り、のつく動物がリス以外に浮かばない。インターホンを押す。
ドアが開いて加賀さんが「おはよう」と言った。
「おはようございます。りから始まる動物ってリス以外にないですよね?」
「……はあ?」
加賀さんが笑って俺を招き入れる。
「リス以外いない……、なんか、すごい」
「何言ってんの? リカオンは?」
「それ俺も思いついたんですけど、んがつくから駄目です」
「しりとり? 可愛いことやってんのな」
「あ、これ、母からです。肉とビール」
保冷バッグを差し出すと加賀さんは吹き出してから受け取った。
「さすがのチョイス」
「すいません、変な母で」
「ていうかこれ、すげえいい肉なんだけど。逆に悪いわ」
肉とビールを冷蔵庫にしまうと、担いでいる俺のバッグを指差して、「荷物ちょうだい」と言った。
バッグを受け取って、奥の部屋のドアを開けた。アパートに来たのは三回目だが、その部屋を見るのは初めてだった。寝室だ。ベッドが見えた。
急に、現実に引き戻される。リスなんてどうでもよくなった。後を追って、無断で寝室に入る。
俺のバッグを床に置いて、こっちを振り向く加賀さんを抱きしめた。
「びっ……くりした。なんだよ急に」
「俺、ずっと、変なことばっかり考えそうになって、だからしりとりでごまかそうとしたんです」
「しりとりでごまかせる年齢じゃないよな」
俺の腕の中で加賀さんが笑う。そして背中に手を回し、ポンポンとなだめてくる。
「ちょっと一旦離して。外から見える」
離したくない。加賀さんはいい匂いがした。ずっとこうしていたい。首に鼻を当て、大きく息を吸ってから、解放した。
加賀さんが窓際に立って、カーテンを閉める。部屋に闇が落ちた。
加賀さんが俺を振り返って、頭を掻きながら言った。
「する?」
「……する、します」
「真っ昼間だけど」
「夜じゃないと駄目ですか?」
「そういうわけじゃないけど。腹減ってない? 昼食べてないだろ」
「空腹です。いろんな意味で」
加賀さんは動かない。カーテンにもたれて立っている。
一歩近づいた。嫌がっていないだろうか。慎重に、ゆっくりと、近づく。逃げないように、そっと、間を詰める。
獲物を狙う肉食動物になった気分だ。
手の届く距離まできた。腕を伸ばす。頬に触れた。両手で包み込み、顔を近づける。加賀さんが、目を閉じる。唇は、薄く笑みの形をしていた。その形を崩さないように、唇を押し当てた。
少し離して、もう一度唇を重ね、軽く吸いついた。角度を変えて、唇を吸う。二人の呼吸が荒くなる。
キスを交わしながら、加賀さんの服の中に手を差し込んだ。一瞬、身じろぎをしたが、抵抗はしない。へそからみぞおちに指を這わせ、じわじわと、上に到達した。
指の腹に、小さな感触。そこを丁寧に、指の先で撫で続けていると、加賀さんが俺の胸を押した。
「しつこい」
薄闇の中で、加賀さんの顔がうっすらと見えた。こんな顔は見たことがない。伏せていた目を上げて、ゆるゆると俺を見る。本当に、綺麗な人だ。
「加賀さん、俺、もう限界」
密着する下半身が少しこすれるだけで暴発しそうだった。
加賀さんは無言で俺のベルトに手をかける。静かな部屋に、金属音がカチャカチャと響いた。
ベルトを外しながら、加賀さんが上を向く。すかさずキスをする。舌を入れた。加賀さんがそれに応え、絡ませてくる。
ベルトを外し、ジーンズをずり下げながら俺の体を押してくる。じりじりと、ベッドのほうに押されている。唇を重ねたまま、体が真後ろに倒れた。ベッドの上で二人の体が小さく跳ねる。
上に乗った加賀さんが、唇を離し、上体を起こした。俺の上で、おもむろに服を脱ぐ。美しい素肌が露わになる。手を伸ばし、腹に触れた。腹斜筋が、すごく綺麗だ。
撫で回す俺の手を放置して、加賀さんが言った。
「一回抜いとくか」
俺を見下ろして、自分の唇を舐めた。艶めかしいその仕草に股間が疼く。興奮が、高まっていく。
膝まで下ろしたジーンズを、剥ぎ取られた。次に、シャツを剥かれ、パンツを脱がされ、全裸にされた。
俺の腹にまたがり、上から覗き込んでくる。目が合った。加賀さんは何も言わない。無言で俺のペニスを捕獲する。触られただけで、快感が背筋を這い上がってくる。イキそうだ。必死に堪える。
「いいよ、出しても」
鼻先で、加賀さんが優しく言った。キスの雨を降らせ、右手は俺の股間をこすっている。
「加賀さん……、出る……っ」
息を切らせながら訴えた。
「出せよ」
耳元で囁く声。艶を含んだ声に、脳が痺れた。加賀さんの体にしがみついて、吐精する。
必死で呼吸する俺の口を、加賀さんが塞ぐ。舌を激しく吸われ、くぐもった嘆声が漏れた。
すぐに口を離すと、加賀さんが目の前に右手をかざした。俺の精液で汚れている。
「結構出たな」
俺の胸に精液を塗りたくったあとで、指を咥えて舐め取った。
めまいがする。
この人の、この淫靡な仕草はわざとか、天然か、どっちだろう。もしくは、本当はエロくないのに、俺の脳が歪んで捉えているのか。
「加賀さん」
「うん」
「エロいです」
はは、と軽く笑って、俺の上から退くと、無造作にズボンとパンツを脱ぎ捨てた。
全裸になって、俺の体に乗っかってくる。受け止めて、抱きしめる。
気持ちいい。
ずっとこのままでいても俺は幸せだ。
でも、この先にも興味がある。自分の快感よりも、加賀さんがどんなふうになるのか、見てみたい。
この人の、いろんな表情を、見たい。
加賀さんを抱いたまま、体を反転させた。俺の下になった加賀さんは、一瞬驚いた顔をした。すぐに柔らかい笑顔になって、俺の頭を撫でる。
「いいよ、好きにしろ」
許可が出た。
「加賀さん、好きです」
俺を見上げて、目を細めて笑う。
この人が、大切だと思った。
体を撫でさすり、隅々まで口づけをし、舐めて、吸って、噛んで、遠慮なく、好きにした。
やりたいことをすべてやった。
六花から受けたレクチャーは頭から飛んでいた。どうでもよかった。
ただ腕の中のこの人を、堪能したい。それだけだった。
加賀さんは、最初はくすぐったそうにしていたが、やがて余裕をなくし、俺の一挙一動に反応した。
加賀さん自身が自分の変化に戸惑っている。両腕で顔を覆い隠し、声を殺していた。その腕をそっとどかし、「顔が見たいです」と言ってキスをした。
加賀さんの口から、甘ったるい喘ぎが漏れた。唇を離すと、潤んだ目で俺を見上げてくる。眉間に皺を刻んだその顔は、限界まで張り詰めた俺の性欲を刺激した。
加賀さんの太ももを割り開き、腰を持ち上げた。指がそこに触れると体をびくつかせて「待った」と言った。
「挿れる?」
意外に冷静な声だった。
喉が渇く。一度唾液を飲み込んでから、咳をして、言った。
「挿れたいです」
「ベッドの下に、ゴムとローションあるから取ってくれる?」
大股を開いて、股間をこすりながら加賀さんが指示をする。股間に見惚れる俺の肩を加賀さんが軽く蹴った。
「もたもたしてたら一人でイクぞ」
俺はベッドから飛び降りて、隙間にある物体をわしづかみにする。何かの箱と、洗顔料のような形状のもの。まじまじ見ていると、加賀さんが俺の手からひったくった。
「つけてやるからこっちこい」
箱を開けて、中から小さな袋が連なったものを取り出し、一つちぎって封を切った。コンドームだ。見たことはある。
俺のペニスを左手で固定し、右手に持ったコンドームを先端に当てる。ゴムを被せられる自分の股間と加賀さんを見比べる。
「加賀さん」
「イキそうとか言うなよ」
「そうじゃなくて、これ、なしじゃ駄目ですか?」
加賀さんが俺を見る。しばらく間があった。考えている。
コンドームは避妊具だし、男は妊娠しないから、いらないんじゃないかと思ったのだ。
「駄目」
「え」
「お前、ただでさえ早いんだから。終わったあとの処理も楽だし、つけろ」
言いながら、根元のほうまで被せられた。せっかく体を繋げるのに、邪魔だ。そんなふうに感じるのはおかしいのだろうか。
「慣れたらナマでやらせてやってもいいけど」
「いいんですか」
「慣れたら。お前が慣れるのはいつだろうな」
なんだか、ずっと一緒にいてくれると宣言されたようで、嬉しかった。
加賀さんは俺の顔を見て微笑むと、チューブを手に取った。蓋を開けて、中の物を手のひらに出す。手の中を覗く俺の胸に、ゼリー状のものを塗り込んできた。異様にヌルヌルしている。
「なんですかこれ」
「ローション。俺もこういうの使ったことないからどうかと思ったけど。すげえな」
子どもみたいに顔を輝かせながら、ローションを俺の体に塗り続けている。
「あの、これ、何に使うんですか?」
俺の一言で加賀さんは動きを止めた。俺に塗って遊ぶために用意したのではなさそうだ。
「あのな、女は濡れるけど、男は濡れない。わかるよな」
考えていると、加賀さんは可哀想なものを見るような目で、切ない顔をした。
「お前が今から俺に挿れようとしてるところに、塗るんだよ。やってみる?」
俺の手にチューブを渡してきた。顔が徐々に火照ってきた。ローションの蓋をおそるおそる開ける。
「やべえな、やっと実感湧いてきた」
加賀さんが手で口を覆い、「怖いかも」と呟く。
「大丈夫です。任せてください」
こんなに安心できない「任せてください」も珍しいだろう。加賀さんはまったく安心していない顔で俺の手元を見ている。
チューブから出てきたヌルヌルのゼリーが手のひらに広がる。
「あの、失礼します」
薄闇の中で、そこを目がけて濡れた指先を滑り込ませた。まさに滑るように、入っていく。
「う」
小さく声を出して、加賀さんが両手で顔を覆う。
「い、痛いですか?」
指を抜こうとする俺の手首を加賀さんがつかむ。
「馬鹿、抜くな。いいから、指増やして広げろ」
言われた通りにした。鼻息を荒くして、せっせと出し入れしていると、加賀さんが「ストップ」と小さく叫んで後ろに倒れた。体が強ばっている。
「あー、やばい、イキそう、何これ」
痛いのかと思ったら、逆だった。射精感に、耐えている。加賀さんが、俺の指で気持ちよくなってくれたのが、嬉しい。指じゃなくて、ペニスなら。もっと気持ちよくて、もっと喜んでくれるかも。
「加賀さん、挿れたい。もう無理です」
指を引き抜くと、加賀さんが悲鳴を上げた。構わずに太ももを大きく開く。腰を持ち上げて、下半身をすり寄せる。ぬめった感触に助けられ、あっさりと、中に吸い込まれていく。熱くて、狭い。
腰が、勝手に揺れた。
俺が動くと、加賀さんは引き攣れた声を上げて、しがみついてきた。
汗なのか、精液なのか、ローションなのか、あちこち濡れた二人の体がベッドの上で弾んだ。
気持ちよくて、何がなんだかわからない。
正気を取り戻した頃には二人とも果てていて、俺の下で汗だくの加賀さんが「重い」とうめいた。
「すいません、あの、大丈夫ですか?」
体を離して、まだ繋がっていることに気づき、顔が熱くなる。
「ゆっくり抜けよ」
気だるげな声で、加賀さんが言った。注意しながら静かに腰を引く。抜けるとき、加賀さんが口を押さえて体を震わせた。強ばっていた体の力が、一気に抜けていくのがわかった。
つけていたコンドームの先に、精液が溜まっている。どうやって取るんだ、と逡巡していると、加賀さんが笑いながら外してくれた。
「二回目でこの量か」
しなびたコンドームを俺の目の前にぶら下げて、口を器用に縛った。ベッドの上に転がっているティッシュの箱から数枚抜き取り、コンドームをくるむと、ゴミ箱に投げ捨てて、それと同時にベッドに倒れ込む。
ベッドの上で、自分の体を抱いて丸まった加賀さんが「あー」と掠れた声を出した。
「体中べったべた」
「シャワーしますか」
「うん」
同意したのに、動こうとせずに丸まったままだ。
「あの、加賀さん」
「ん」
「その、痛くなかったですか?」
経験のないことだし、あれで正しかったのかもわからない。
「困ったことに、痛くなかった」
体を起こし、俺に向き直る。汗で張りついた髪を掻き上げて、加賀さんがため息をついた。
「正直、期待してなかったし、お前だけ一人でイッておしまいだと思ってたんだけど」
俺もそう思っていた。加賀さんは首を撫でながら、自嘲の笑みを浮かべる。
「俺のほうが先にイッたよな」
「え、そ、そうなんですか?」
無我夢中でよく覚えていない。
「倉知君」
俺の頭をよしよしと撫でて、照れ臭そうに笑う。
「めちゃくちゃ気持ちよかった。サンキュ」
「加賀さん」
感動して、目頭が熱くなる。たまらずに、抱きしめた。
俺たちの体は湿っていて、ベタベタして、ぬるぬるして、とにかく気持ち悪かった。早くシャワーで流したい。
でも、この人を離したくなかった。
穏やかな心臓の鼓動を感じる。
いつまでも、抱きしめていたい。
好きです、と何度も何度も、繰り返した。
部活が終わり、家に帰ると六花が待ち構えていた。
「おかえり」
「ただいま。……何?」
「今日泊まりでしょ?」
「あ、うん、はい」
顔がにやけるから、朝からなるべく考えないようにしていたのに。六花をかわし、脱衣所に向かい、部活のバッグからタオルやらユニフォームやらを洗濯かごに入れていると、背中に六花がしがみついてきた。
「六花? 何?」
「うん、汗臭い。あんたシャワーとかしないでこのまま行きなさいよ」
めちゃくちゃなことを言い出した。
「そんな失礼なことできないよ。ていうか俺がまず気持ち悪いんだけど」
「シャワーしたら汗の香水が落ちるでしょ? 臭いほうが嬉しいんだから」
「そんなわけないだろ」
服を脱ぐ俺の体を、六花が目を細めて見ている。
「賭けてもいい。汗の匂いで盛り上がるよ」
「あの、六花。俺、何も、そういうことしに行くわけじゃないんだけど」
純粋に、会いたいから行くのであって、目的はそれじゃない。
「じゃあしないの? 泊まるのに?」
がっかりした顔で俺の腹をつついてくる。六花は俺の筋肉を触るのが好きで、よく体中を撫で回される。
「わからないけど……」
そういう流れになれば、するかもしれない。としか言いようがない。
「意気地なし」
ポツリと呟いて、脱衣所から出て行った。
今まで知らなかったが、六花の性癖というか、趣味というか、男同士に対する情熱は凄まじい。少し心配になるくらいだ。
シャワーを済ませ、パンツ一丁で脱衣所を出ると、今度は五月が現れた。
「お、おはよう」
今日初めて会うから、もう昼だったがそんな言葉が出てしまった。
五月は、加賀さんがうちに来た日から大人しくなった。もう完全に、恋する乙女モードだ。
「今日、行くんだよね。加賀さんとこ」
何か企んでいるのか、上目遣いで見てくる。まさか、連れて行けとか、言わないよな。化粧をして、着飾っている。準備万端に見えた。
「頼みがあるんだけど」
「なんでしょうか」
ビクビクしながら訊いた。
「これ、加賀さんに渡して欲しいの」
五月が差し出してきたのは、小さな封筒だった。受け取ると「お願いね」とだけ言って行ってしまった。
白い封筒で飾り気がないが、これは明らかにラブレターだ。俺が勝手に開封したり、捨てたりせずに、素直に加賀さんに渡すと思っているらしい。
その通りだ。
別に五月をライバル視するつもりはない。それにこれを渡したからと言って、何かが起こるとは思えない。
タオルで髪を拭きながら階段を上がると、今度は再び六花が立ちふさがった。
「渡すの、それ」
五月の封筒を指差して言った。
「渡すよ」
「携帯の番号とメアド、書いてあるよ」
「なんで知ってるの?」
俺の問いには答えずに、逆に訊いてくる。
「それでも渡す?」
「うん」
うなずくと、六花はニヤ、と笑った。
「さすが七世。偉い子、おりこう」
両手を広げて俺を胸に抱きしめると、頭を撫で回された。
「六花、危ない、落ちる」
階段の途中でじゃれ合うと、危ない。六花を抱え上げて、階段を上りきる。
「もう行くの?」
「うん」
自室に戻り、服を着ている間、六花は俺のベッドの上であぐらをかいて座っていた。
「よかったね、楽しみにしてたもんね」
自分のことのように嬉しそうだ。男同士で付き合うことを、身内から応援されるとは思っていなかった。ありがたいことなのかもしれない。
「六花」
「何?」
「ありがとう」
「うん」
満足そうに笑う六花と握手をしてから、着替えを入れたバッグを担ぐ。五月から預かった封筒を横のポケットにねじ込んで、部屋を出た。六花がついてくる。
バスケの試合があるときや、合宿でしばらく家を空けるとき、六花はいつも俺を見送ってくれる。どんなに早朝であろうと必ず玄関までついてきて、頑張れ、と送り出してくれる。五月とは喧嘩ばかりだが、六花とは喧嘩をした記憶がない。
一度振り向いた。六花が頼もしげにうなずいた。
どんなときでも何があっても味方でいてくれる。六花にバレたことは想定外だったが、これでよかったと思う。
階段を下りると、母が小走りで駆け寄ってきて、ビニール袋を差し出した。
「七世、これこれ」
「何これ」
「肉!」
満面の笑みで小さく叫ぶと、「あ、待ってて」と言って、姿を消す。
「手土産に肉」
六花が呟いた。さすが母だ。なぜ肉を選んだのかわからない。
「これも持ってって」
そう言って何かを抱えて戻ってきた。缶ビールの六缶パックだ。
「えーと、これは」
「ビール!」
見ればわかる。絶対に俺は飲まないことをわかっているのだろうが、高校生にビールを持たせるとは。
「あ、なんか袋持ってくる。待ってて」
母が再び奥へ消えた。六花がビニール袋の中を覗いて肩をすくめると、「保冷バッグ持ってくる」と言って母を追った。
早く出発したいのに、なかなか出られない。スマホをポケットから取り出し、メールを打つ。
『今から出ます。今日はよろしくお願いします。』
送信する。
視線を感じて顔を上げた。五月がリビングから顔を半分だけ出してこっちを見ていた。目が合うと素早く身を隠す。
「ごめーん、はいこれ」
母がスリッパの音を響かせながら戻ってきた。保冷バッグを俺の手に握らせる。
「加賀さんによろしくね。七世はいい子だから、言わなくてもちゃんとできるよね」
何をちゃんとするのかよくわからないが、うん、とうなずいた。
「じゃあいってきます」
玄関を出ると、六花が追いかけてきた。
「七世」
振り向くと、「頑張って」と爽やかな笑顔で言って、手を振った。歩きながら手を振り返す。
六花が期待するような展開にはならない気がする。何をどうするのか散々教え込まれたが、六花の言っていることは漫画の世界の話としか思えなかった。
加賀さんが俺とそんなことをしたいと思っているかも怪しい。六花の漫画を平然と眺めていたし、ファンタジーと断言していた。
でも、挿れたいか、挿れられたいか、と訊いたのは六花の漫画を見る前だ。
全身が熱くなる。もしあのとき、俺がどっちか答えていたら、実行していた?
スマホがポケットの中で震え、道端で悲鳴を上げてしまった。
メールの返信だ。
『気をつけてね』
たったそれだけの言葉に、胸が苦しくなる。一度うずくまって、息を整え、立ち上がる。
電車に乗っている間、なるべく考えないようにした。
何も考えない。
無。
無になることは難しい。
俺はすぐにもやもやと考えごとをする癖がある。
そうだ、しりとりをしよう、と思い立ち、脳内で一人しりとりを始めた。普通のしりとりはつまらないから、動物しばりにすることにした。
こあら、らっこ、こうもり、りす、すずめ、めだか、かめ、めんどり、りす、違う、りすはさっき言った。
そうこうしているうちにアパートに着いた。り、のつく動物がリス以外に浮かばない。インターホンを押す。
ドアが開いて加賀さんが「おはよう」と言った。
「おはようございます。りから始まる動物ってリス以外にないですよね?」
「……はあ?」
加賀さんが笑って俺を招き入れる。
「リス以外いない……、なんか、すごい」
「何言ってんの? リカオンは?」
「それ俺も思いついたんですけど、んがつくから駄目です」
「しりとり? 可愛いことやってんのな」
「あ、これ、母からです。肉とビール」
保冷バッグを差し出すと加賀さんは吹き出してから受け取った。
「さすがのチョイス」
「すいません、変な母で」
「ていうかこれ、すげえいい肉なんだけど。逆に悪いわ」
肉とビールを冷蔵庫にしまうと、担いでいる俺のバッグを指差して、「荷物ちょうだい」と言った。
バッグを受け取って、奥の部屋のドアを開けた。アパートに来たのは三回目だが、その部屋を見るのは初めてだった。寝室だ。ベッドが見えた。
急に、現実に引き戻される。リスなんてどうでもよくなった。後を追って、無断で寝室に入る。
俺のバッグを床に置いて、こっちを振り向く加賀さんを抱きしめた。
「びっ……くりした。なんだよ急に」
「俺、ずっと、変なことばっかり考えそうになって、だからしりとりでごまかそうとしたんです」
「しりとりでごまかせる年齢じゃないよな」
俺の腕の中で加賀さんが笑う。そして背中に手を回し、ポンポンとなだめてくる。
「ちょっと一旦離して。外から見える」
離したくない。加賀さんはいい匂いがした。ずっとこうしていたい。首に鼻を当て、大きく息を吸ってから、解放した。
加賀さんが窓際に立って、カーテンを閉める。部屋に闇が落ちた。
加賀さんが俺を振り返って、頭を掻きながら言った。
「する?」
「……する、します」
「真っ昼間だけど」
「夜じゃないと駄目ですか?」
「そういうわけじゃないけど。腹減ってない? 昼食べてないだろ」
「空腹です。いろんな意味で」
加賀さんは動かない。カーテンにもたれて立っている。
一歩近づいた。嫌がっていないだろうか。慎重に、ゆっくりと、近づく。逃げないように、そっと、間を詰める。
獲物を狙う肉食動物になった気分だ。
手の届く距離まできた。腕を伸ばす。頬に触れた。両手で包み込み、顔を近づける。加賀さんが、目を閉じる。唇は、薄く笑みの形をしていた。その形を崩さないように、唇を押し当てた。
少し離して、もう一度唇を重ね、軽く吸いついた。角度を変えて、唇を吸う。二人の呼吸が荒くなる。
キスを交わしながら、加賀さんの服の中に手を差し込んだ。一瞬、身じろぎをしたが、抵抗はしない。へそからみぞおちに指を這わせ、じわじわと、上に到達した。
指の腹に、小さな感触。そこを丁寧に、指の先で撫で続けていると、加賀さんが俺の胸を押した。
「しつこい」
薄闇の中で、加賀さんの顔がうっすらと見えた。こんな顔は見たことがない。伏せていた目を上げて、ゆるゆると俺を見る。本当に、綺麗な人だ。
「加賀さん、俺、もう限界」
密着する下半身が少しこすれるだけで暴発しそうだった。
加賀さんは無言で俺のベルトに手をかける。静かな部屋に、金属音がカチャカチャと響いた。
ベルトを外しながら、加賀さんが上を向く。すかさずキスをする。舌を入れた。加賀さんがそれに応え、絡ませてくる。
ベルトを外し、ジーンズをずり下げながら俺の体を押してくる。じりじりと、ベッドのほうに押されている。唇を重ねたまま、体が真後ろに倒れた。ベッドの上で二人の体が小さく跳ねる。
上に乗った加賀さんが、唇を離し、上体を起こした。俺の上で、おもむろに服を脱ぐ。美しい素肌が露わになる。手を伸ばし、腹に触れた。腹斜筋が、すごく綺麗だ。
撫で回す俺の手を放置して、加賀さんが言った。
「一回抜いとくか」
俺を見下ろして、自分の唇を舐めた。艶めかしいその仕草に股間が疼く。興奮が、高まっていく。
膝まで下ろしたジーンズを、剥ぎ取られた。次に、シャツを剥かれ、パンツを脱がされ、全裸にされた。
俺の腹にまたがり、上から覗き込んでくる。目が合った。加賀さんは何も言わない。無言で俺のペニスを捕獲する。触られただけで、快感が背筋を這い上がってくる。イキそうだ。必死に堪える。
「いいよ、出しても」
鼻先で、加賀さんが優しく言った。キスの雨を降らせ、右手は俺の股間をこすっている。
「加賀さん……、出る……っ」
息を切らせながら訴えた。
「出せよ」
耳元で囁く声。艶を含んだ声に、脳が痺れた。加賀さんの体にしがみついて、吐精する。
必死で呼吸する俺の口を、加賀さんが塞ぐ。舌を激しく吸われ、くぐもった嘆声が漏れた。
すぐに口を離すと、加賀さんが目の前に右手をかざした。俺の精液で汚れている。
「結構出たな」
俺の胸に精液を塗りたくったあとで、指を咥えて舐め取った。
めまいがする。
この人の、この淫靡な仕草はわざとか、天然か、どっちだろう。もしくは、本当はエロくないのに、俺の脳が歪んで捉えているのか。
「加賀さん」
「うん」
「エロいです」
はは、と軽く笑って、俺の上から退くと、無造作にズボンとパンツを脱ぎ捨てた。
全裸になって、俺の体に乗っかってくる。受け止めて、抱きしめる。
気持ちいい。
ずっとこのままでいても俺は幸せだ。
でも、この先にも興味がある。自分の快感よりも、加賀さんがどんなふうになるのか、見てみたい。
この人の、いろんな表情を、見たい。
加賀さんを抱いたまま、体を反転させた。俺の下になった加賀さんは、一瞬驚いた顔をした。すぐに柔らかい笑顔になって、俺の頭を撫でる。
「いいよ、好きにしろ」
許可が出た。
「加賀さん、好きです」
俺を見上げて、目を細めて笑う。
この人が、大切だと思った。
体を撫でさすり、隅々まで口づけをし、舐めて、吸って、噛んで、遠慮なく、好きにした。
やりたいことをすべてやった。
六花から受けたレクチャーは頭から飛んでいた。どうでもよかった。
ただ腕の中のこの人を、堪能したい。それだけだった。
加賀さんは、最初はくすぐったそうにしていたが、やがて余裕をなくし、俺の一挙一動に反応した。
加賀さん自身が自分の変化に戸惑っている。両腕で顔を覆い隠し、声を殺していた。その腕をそっとどかし、「顔が見たいです」と言ってキスをした。
加賀さんの口から、甘ったるい喘ぎが漏れた。唇を離すと、潤んだ目で俺を見上げてくる。眉間に皺を刻んだその顔は、限界まで張り詰めた俺の性欲を刺激した。
加賀さんの太ももを割り開き、腰を持ち上げた。指がそこに触れると体をびくつかせて「待った」と言った。
「挿れる?」
意外に冷静な声だった。
喉が渇く。一度唾液を飲み込んでから、咳をして、言った。
「挿れたいです」
「ベッドの下に、ゴムとローションあるから取ってくれる?」
大股を開いて、股間をこすりながら加賀さんが指示をする。股間に見惚れる俺の肩を加賀さんが軽く蹴った。
「もたもたしてたら一人でイクぞ」
俺はベッドから飛び降りて、隙間にある物体をわしづかみにする。何かの箱と、洗顔料のような形状のもの。まじまじ見ていると、加賀さんが俺の手からひったくった。
「つけてやるからこっちこい」
箱を開けて、中から小さな袋が連なったものを取り出し、一つちぎって封を切った。コンドームだ。見たことはある。
俺のペニスを左手で固定し、右手に持ったコンドームを先端に当てる。ゴムを被せられる自分の股間と加賀さんを見比べる。
「加賀さん」
「イキそうとか言うなよ」
「そうじゃなくて、これ、なしじゃ駄目ですか?」
加賀さんが俺を見る。しばらく間があった。考えている。
コンドームは避妊具だし、男は妊娠しないから、いらないんじゃないかと思ったのだ。
「駄目」
「え」
「お前、ただでさえ早いんだから。終わったあとの処理も楽だし、つけろ」
言いながら、根元のほうまで被せられた。せっかく体を繋げるのに、邪魔だ。そんなふうに感じるのはおかしいのだろうか。
「慣れたらナマでやらせてやってもいいけど」
「いいんですか」
「慣れたら。お前が慣れるのはいつだろうな」
なんだか、ずっと一緒にいてくれると宣言されたようで、嬉しかった。
加賀さんは俺の顔を見て微笑むと、チューブを手に取った。蓋を開けて、中の物を手のひらに出す。手の中を覗く俺の胸に、ゼリー状のものを塗り込んできた。異様にヌルヌルしている。
「なんですかこれ」
「ローション。俺もこういうの使ったことないからどうかと思ったけど。すげえな」
子どもみたいに顔を輝かせながら、ローションを俺の体に塗り続けている。
「あの、これ、何に使うんですか?」
俺の一言で加賀さんは動きを止めた。俺に塗って遊ぶために用意したのではなさそうだ。
「あのな、女は濡れるけど、男は濡れない。わかるよな」
考えていると、加賀さんは可哀想なものを見るような目で、切ない顔をした。
「お前が今から俺に挿れようとしてるところに、塗るんだよ。やってみる?」
俺の手にチューブを渡してきた。顔が徐々に火照ってきた。ローションの蓋をおそるおそる開ける。
「やべえな、やっと実感湧いてきた」
加賀さんが手で口を覆い、「怖いかも」と呟く。
「大丈夫です。任せてください」
こんなに安心できない「任せてください」も珍しいだろう。加賀さんはまったく安心していない顔で俺の手元を見ている。
チューブから出てきたヌルヌルのゼリーが手のひらに広がる。
「あの、失礼します」
薄闇の中で、そこを目がけて濡れた指先を滑り込ませた。まさに滑るように、入っていく。
「う」
小さく声を出して、加賀さんが両手で顔を覆う。
「い、痛いですか?」
指を抜こうとする俺の手首を加賀さんがつかむ。
「馬鹿、抜くな。いいから、指増やして広げろ」
言われた通りにした。鼻息を荒くして、せっせと出し入れしていると、加賀さんが「ストップ」と小さく叫んで後ろに倒れた。体が強ばっている。
「あー、やばい、イキそう、何これ」
痛いのかと思ったら、逆だった。射精感に、耐えている。加賀さんが、俺の指で気持ちよくなってくれたのが、嬉しい。指じゃなくて、ペニスなら。もっと気持ちよくて、もっと喜んでくれるかも。
「加賀さん、挿れたい。もう無理です」
指を引き抜くと、加賀さんが悲鳴を上げた。構わずに太ももを大きく開く。腰を持ち上げて、下半身をすり寄せる。ぬめった感触に助けられ、あっさりと、中に吸い込まれていく。熱くて、狭い。
腰が、勝手に揺れた。
俺が動くと、加賀さんは引き攣れた声を上げて、しがみついてきた。
汗なのか、精液なのか、ローションなのか、あちこち濡れた二人の体がベッドの上で弾んだ。
気持ちよくて、何がなんだかわからない。
正気を取り戻した頃には二人とも果てていて、俺の下で汗だくの加賀さんが「重い」とうめいた。
「すいません、あの、大丈夫ですか?」
体を離して、まだ繋がっていることに気づき、顔が熱くなる。
「ゆっくり抜けよ」
気だるげな声で、加賀さんが言った。注意しながら静かに腰を引く。抜けるとき、加賀さんが口を押さえて体を震わせた。強ばっていた体の力が、一気に抜けていくのがわかった。
つけていたコンドームの先に、精液が溜まっている。どうやって取るんだ、と逡巡していると、加賀さんが笑いながら外してくれた。
「二回目でこの量か」
しなびたコンドームを俺の目の前にぶら下げて、口を器用に縛った。ベッドの上に転がっているティッシュの箱から数枚抜き取り、コンドームをくるむと、ゴミ箱に投げ捨てて、それと同時にベッドに倒れ込む。
ベッドの上で、自分の体を抱いて丸まった加賀さんが「あー」と掠れた声を出した。
「体中べったべた」
「シャワーしますか」
「うん」
同意したのに、動こうとせずに丸まったままだ。
「あの、加賀さん」
「ん」
「その、痛くなかったですか?」
経験のないことだし、あれで正しかったのかもわからない。
「困ったことに、痛くなかった」
体を起こし、俺に向き直る。汗で張りついた髪を掻き上げて、加賀さんがため息をついた。
「正直、期待してなかったし、お前だけ一人でイッておしまいだと思ってたんだけど」
俺もそう思っていた。加賀さんは首を撫でながら、自嘲の笑みを浮かべる。
「俺のほうが先にイッたよな」
「え、そ、そうなんですか?」
無我夢中でよく覚えていない。
「倉知君」
俺の頭をよしよしと撫でて、照れ臭そうに笑う。
「めちゃくちゃ気持ちよかった。サンキュ」
「加賀さん」
感動して、目頭が熱くなる。たまらずに、抱きしめた。
俺たちの体は湿っていて、ベタベタして、ぬるぬるして、とにかく気持ち悪かった。早くシャワーで流したい。
でも、この人を離したくなかった。
穏やかな心臓の鼓動を感じる。
いつまでも、抱きしめていたい。
好きです、と何度も何度も、繰り返した。
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