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Ⅱ.加賀編
好きだ
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次の日十時に倉知が来た。
一緒にドラマの続きを観て、昼にチャーハンを作ってやって、DVDを返却したついでに次の巻を借りて、見終わった頃には外は薄暗くなっていた。
休日はいつもこんなふうにダラダラ終わるのだが、自分のペースに青少年を巻き込んだようで少し心苦しかった。堕落した大人の見本を見せてしまったかもしれない。
ドラマを観終わり、テレビでニュースを眺めながらああだこうだ雑談していると、倉知がスマホの画面を見て「そろそろ帰ります」と言った。
昨日倉知が言った言葉を、今日一日、ずっと反復していた。
――俺が加賀さんに何かするかもってことです。
俺はもしかしたら、期待していたのだろうか。
何か仕掛けてくるのを待っていた。かもしれない。でも当然、何も起こらず今日が終わる。
考えてもみろ。倉知は恋愛素人で、多分童貞で、すぐに赤くなって怖じ気づく。そんな奴に何ができる?
「倉知君、ちょっと待って」
「はい」
スマホをポケットに突っ込みながら、倉知が俺を見る。
「試してみたいんだけど」
「何をですか?」
「キスしてみていい?」
ソファの上で距離を詰めた。倉知は肘掛けから転げ落ちそうな勢いで飛び退いた。
「ごめん、何もしないって言ったけど。キスくらいいいよな? ダメ? イヤ?」
「あの、でも俺、クイズに正解もしてないのに、ご褒美貰ってもいいんでしょうか」
なんだその可愛い発言は。
「いいんだよ。俺がしたいんだから」
のけぞる倉知の肩をつかんだ。下から覗き込み、顔を近づける。倉知は目を閉じない。
「なんでガン見してんだよ。目ぇ閉じろ」
「だって、もったいない。加賀さんの顔がこんな近くにあるのに」
夢見る目つきで、うっとりと俺を見る。その目を手で隠す。
「加賀さ」
喋ろうとする唇を塞いだ。倉知の体が強ばった。わざと音を立てて、唇を離す。倉知の吐息が切なげに漏れた。間髪入れずにもう一度口を塞ぐ。
くぐもった声。
倉知の視界を遮っておきながら、自分はしっかり目を開けて観察した。
手をどけると、倉知は目を固く閉じていた。体も、石のように硬い。上唇を舌でなぞり、半開きになった口中に舌を押し込んだ。倉知の舌を絡み取り、吸ってやると、鼻から抜けるような声を出した。
男でも、唇は女と変わらない。意外といけそうだ、と冷静に判断した。
「……っ、か、がさん……!」
キスの合間に倉知がうめく。いつの間にか押し倒していた。俺の下で真っ赤になって、背中をバシバシと叩いてくる。
「なんだよ」
唇を離すと倉知は俺の肩を押しのけて、顔を背けた。耳まで赤い。
「ちょ、っと、どいてください」
「なんで」
「なんでって……」
「気持ちよくなかった?」
わかりきった質問だった。倉知は「よ」と呟いて両手で顔を覆う。
「よかった、です」
「じゃあもうちょっとやらせろよ」
指の隙間からこっちを見ると、力なく首を振る。
「無理です、俺、もうやばいです」
「やばい?」
もしかして。
「勃っちゃった?」
膝で倉知の股間を確認する。硬いものが触れた。倉知の体がびく、と震える。顔を覆ったまま、小刻みに震えている。
「どうしよっか」
ただキスを試そうと思っただけで、こうなることは予想外だった。どんだけ免疫ないんだよ、と頭を掻く。
「大丈夫です。そのうち治まるんで、時間ください」
「治まるの? 若いのにすごいな」
「治まります。だから、ちょっと離れて」
「倉知君てあんまりオナニーしない人?」
「お」
言葉を切ってうつむいた。ずっと顔が赤い。これ以上赤くなることはないだろうというくらい赤い。
「抜いたほうがいいと思うけど」
「加賀さん、あんまりエロいこと言わないで」
俺の肩を弱々しく押す倉知の手が震えている。
「抜いてやろうか」
ガバッと顔を上げた倉知の表情が、歪む。俺が股間をつかんだからだ。
「これ、治まらないだろ。ガッチガチ」
俺が言った途端、倉知の体がぶる、と震え、握っていた下腹部が脈打つのがわかった。両腕で顔を隠し、歯を食いしばる倉知を見て、罪悪感を覚えた。
なんだか犯した気分だった。
倉知は何も言わない。ソファに背中を預けて、黙って呼吸を整えていた。
「ごめん」
やばい、怒らせたか?
怒るのは当然だ。嫌がっているのを無視して触った挙げ句、イカせてしまった。
「ごめんな」
おそるおそる頭を撫でてみる。ふりほどかれるかと思ったが、ちら、とこっちを見ただけで、動かない。
「ズボン脱げよ。拭いてやるから」
また盛大に照れて拒絶されるかと思ったが、突然立ち上がった。黙ってベルトを外し、ズボンを脱ぐ。
上のほうにある倉知の顔を見る。ごくり、と喉が鳴った。なんだこの威圧感は。
「シャワー貸してください。拭いても追いつかない」
「お、おう。こっち」
手を取って風呂場に誘導し、肩越しに倉知を確認した。難しい顔をしている。
「倉知君、怒ってる?」
これがもし女だとしたら。俺がやったことは強姦じゃないのか、と寒くなる。
倉知は答えずに、Tシャツを脱いで、濡れた下着を注意深く下ろした。股間が精液まみれだ。
急に羞恥心が消えたのか、体育会系だから人前で脱ぐことをなんとも思っていないのか、淡々と素っ裸になり、俺を見据えた。
「怒ってません」
時間差で返事をした倉知が、俺の頬に手を伸ばす。
「俺、昨日言いましたよね。何かするかもって」
ふう、とため息を吐いて、顔を近づけてくる。
「我慢してたのに。こんなことされたら、もう止まらない」
両手で俺の顔をわしづかみにして、強引にキスされた。
でたらめだった。経験値がゼロだから仕方がない。でもそんな男に好きにされているという今の状況が、変に興奮し、性欲を煽った。
「加賀さん……っ、好きです」
悲痛な声色で、抱きしめてくる。力の加減を知らないのか、一瞬息が止まった。骨が折れるかと思うほど、強く抱きしめられた。
でも俺は、文句を言わなかった。
倉知の腕の中で、やっと自覚した。
ぼやけていたこいつへの感情。嫌いじゃない。でも恋愛感情まではいかないと思っていた。可愛くて、からかいたくなって、ちょっかい出して。
嫌われたかと、怖くなった。
加賀さん、加賀さん、と繰り返して俺を壁に押しつけた。再び硬くなった倉知の股間が、俺の下半身に密着している。
「倉知君」
名前を呼ぶと、俺を抱きしめたまま「はい」とうわずった声で答えた。
「俺も好きだよ、お前のこと」
倉知がゆっくりと体を離し、俺の顔を確認する。
「もう一回言ってください」
「聞こえただろ」
「もう一回聞きたいんです」
壁に体を押しつけられて、逃げ場がない。好きだと伝えるのがこんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。
今まで恋愛ごとには受け身だった。言われたことはあっても言ったことはなかったかもしれない。
倉知を見上げる。まっすぐで純粋で、熱い視線。この目が色をなくし、失望するのを見たくない。ずっと俺を見ていて欲しい。
「好きだ」
目を見たまま、囁いた。
思ったより照れない。倉知が先に照れてくれたおかげだ。
目に涙を浮かべて、情けない顔で照れ笑いをする倉知に抱きついた。
「ほんとお前、可愛いな」
心臓の音が聞こえる。穏やかなその音を、いつまでも聞いていたいと思った。
一緒にドラマの続きを観て、昼にチャーハンを作ってやって、DVDを返却したついでに次の巻を借りて、見終わった頃には外は薄暗くなっていた。
休日はいつもこんなふうにダラダラ終わるのだが、自分のペースに青少年を巻き込んだようで少し心苦しかった。堕落した大人の見本を見せてしまったかもしれない。
ドラマを観終わり、テレビでニュースを眺めながらああだこうだ雑談していると、倉知がスマホの画面を見て「そろそろ帰ります」と言った。
昨日倉知が言った言葉を、今日一日、ずっと反復していた。
――俺が加賀さんに何かするかもってことです。
俺はもしかしたら、期待していたのだろうか。
何か仕掛けてくるのを待っていた。かもしれない。でも当然、何も起こらず今日が終わる。
考えてもみろ。倉知は恋愛素人で、多分童貞で、すぐに赤くなって怖じ気づく。そんな奴に何ができる?
「倉知君、ちょっと待って」
「はい」
スマホをポケットに突っ込みながら、倉知が俺を見る。
「試してみたいんだけど」
「何をですか?」
「キスしてみていい?」
ソファの上で距離を詰めた。倉知は肘掛けから転げ落ちそうな勢いで飛び退いた。
「ごめん、何もしないって言ったけど。キスくらいいいよな? ダメ? イヤ?」
「あの、でも俺、クイズに正解もしてないのに、ご褒美貰ってもいいんでしょうか」
なんだその可愛い発言は。
「いいんだよ。俺がしたいんだから」
のけぞる倉知の肩をつかんだ。下から覗き込み、顔を近づける。倉知は目を閉じない。
「なんでガン見してんだよ。目ぇ閉じろ」
「だって、もったいない。加賀さんの顔がこんな近くにあるのに」
夢見る目つきで、うっとりと俺を見る。その目を手で隠す。
「加賀さ」
喋ろうとする唇を塞いだ。倉知の体が強ばった。わざと音を立てて、唇を離す。倉知の吐息が切なげに漏れた。間髪入れずにもう一度口を塞ぐ。
くぐもった声。
倉知の視界を遮っておきながら、自分はしっかり目を開けて観察した。
手をどけると、倉知は目を固く閉じていた。体も、石のように硬い。上唇を舌でなぞり、半開きになった口中に舌を押し込んだ。倉知の舌を絡み取り、吸ってやると、鼻から抜けるような声を出した。
男でも、唇は女と変わらない。意外といけそうだ、と冷静に判断した。
「……っ、か、がさん……!」
キスの合間に倉知がうめく。いつの間にか押し倒していた。俺の下で真っ赤になって、背中をバシバシと叩いてくる。
「なんだよ」
唇を離すと倉知は俺の肩を押しのけて、顔を背けた。耳まで赤い。
「ちょ、っと、どいてください」
「なんで」
「なんでって……」
「気持ちよくなかった?」
わかりきった質問だった。倉知は「よ」と呟いて両手で顔を覆う。
「よかった、です」
「じゃあもうちょっとやらせろよ」
指の隙間からこっちを見ると、力なく首を振る。
「無理です、俺、もうやばいです」
「やばい?」
もしかして。
「勃っちゃった?」
膝で倉知の股間を確認する。硬いものが触れた。倉知の体がびく、と震える。顔を覆ったまま、小刻みに震えている。
「どうしよっか」
ただキスを試そうと思っただけで、こうなることは予想外だった。どんだけ免疫ないんだよ、と頭を掻く。
「大丈夫です。そのうち治まるんで、時間ください」
「治まるの? 若いのにすごいな」
「治まります。だから、ちょっと離れて」
「倉知君てあんまりオナニーしない人?」
「お」
言葉を切ってうつむいた。ずっと顔が赤い。これ以上赤くなることはないだろうというくらい赤い。
「抜いたほうがいいと思うけど」
「加賀さん、あんまりエロいこと言わないで」
俺の肩を弱々しく押す倉知の手が震えている。
「抜いてやろうか」
ガバッと顔を上げた倉知の表情が、歪む。俺が股間をつかんだからだ。
「これ、治まらないだろ。ガッチガチ」
俺が言った途端、倉知の体がぶる、と震え、握っていた下腹部が脈打つのがわかった。両腕で顔を隠し、歯を食いしばる倉知を見て、罪悪感を覚えた。
なんだか犯した気分だった。
倉知は何も言わない。ソファに背中を預けて、黙って呼吸を整えていた。
「ごめん」
やばい、怒らせたか?
怒るのは当然だ。嫌がっているのを無視して触った挙げ句、イカせてしまった。
「ごめんな」
おそるおそる頭を撫でてみる。ふりほどかれるかと思ったが、ちら、とこっちを見ただけで、動かない。
「ズボン脱げよ。拭いてやるから」
また盛大に照れて拒絶されるかと思ったが、突然立ち上がった。黙ってベルトを外し、ズボンを脱ぐ。
上のほうにある倉知の顔を見る。ごくり、と喉が鳴った。なんだこの威圧感は。
「シャワー貸してください。拭いても追いつかない」
「お、おう。こっち」
手を取って風呂場に誘導し、肩越しに倉知を確認した。難しい顔をしている。
「倉知君、怒ってる?」
これがもし女だとしたら。俺がやったことは強姦じゃないのか、と寒くなる。
倉知は答えずに、Tシャツを脱いで、濡れた下着を注意深く下ろした。股間が精液まみれだ。
急に羞恥心が消えたのか、体育会系だから人前で脱ぐことをなんとも思っていないのか、淡々と素っ裸になり、俺を見据えた。
「怒ってません」
時間差で返事をした倉知が、俺の頬に手を伸ばす。
「俺、昨日言いましたよね。何かするかもって」
ふう、とため息を吐いて、顔を近づけてくる。
「我慢してたのに。こんなことされたら、もう止まらない」
両手で俺の顔をわしづかみにして、強引にキスされた。
でたらめだった。経験値がゼロだから仕方がない。でもそんな男に好きにされているという今の状況が、変に興奮し、性欲を煽った。
「加賀さん……っ、好きです」
悲痛な声色で、抱きしめてくる。力の加減を知らないのか、一瞬息が止まった。骨が折れるかと思うほど、強く抱きしめられた。
でも俺は、文句を言わなかった。
倉知の腕の中で、やっと自覚した。
ぼやけていたこいつへの感情。嫌いじゃない。でも恋愛感情まではいかないと思っていた。可愛くて、からかいたくなって、ちょっかい出して。
嫌われたかと、怖くなった。
加賀さん、加賀さん、と繰り返して俺を壁に押しつけた。再び硬くなった倉知の股間が、俺の下半身に密着している。
「倉知君」
名前を呼ぶと、俺を抱きしめたまま「はい」とうわずった声で答えた。
「俺も好きだよ、お前のこと」
倉知がゆっくりと体を離し、俺の顔を確認する。
「もう一回言ってください」
「聞こえただろ」
「もう一回聞きたいんです」
壁に体を押しつけられて、逃げ場がない。好きだと伝えるのがこんなにも恥ずかしいものだとは思わなかった。
今まで恋愛ごとには受け身だった。言われたことはあっても言ったことはなかったかもしれない。
倉知を見上げる。まっすぐで純粋で、熱い視線。この目が色をなくし、失望するのを見たくない。ずっと俺を見ていて欲しい。
「好きだ」
目を見たまま、囁いた。
思ったより照れない。倉知が先に照れてくれたおかげだ。
目に涙を浮かべて、情けない顔で照れ笑いをする倉知に抱きついた。
「ほんとお前、可愛いな」
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