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三つの宝
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〈倉知母編〉
息子の七世が、どうやら男の人に恋をしているらしい。
ということがわかって以来、なんだか落ち着かない日々を送っている。
自分の息子が同性愛に目覚めたのがショック、というわけじゃなく、応援したくてたまらなくて、お節介かもしれないけど、上手くいけばいいと思っている。
七世の思い人の加賀さんは、会社勤めをされている社会人で、美形な大人の男性だ。聞けば七世と十歳離れているとか。
同じ学校で同じクラスで、とかだったら、たくさん会う時間もあるのに、二人が会えるのは休日を除くと、毎朝の電車でだけ。電車の中だとお話もできないし、七世はきっと寂しい思いをしているに違いない。
もっと会えるようにしてあげたい、と私が思ってもどうにもならないのがもどかしい。
主人にも、「上手くいくといいね」とことあるごとに興奮気味に伝えるのだけど、どうしてだかノリが悪く、「お母さんは人の話をもう少し聞こう」と言われる。
同性愛をテーマにした海外ドラマも見ている主人だから、理解があると思っていたのに。
少しがっかりした。
七世が加賀さんからアパートの合い鍵を貰った、と嬉しそうに報告したときも、主人は冷静だった。
六花と私が一緒になってはしゃいでいると、主人が七世をソファに座らせ、成績が落ちたら外泊禁止、と精一杯怖い顔を作って言った。
七世はシュンとしていたけど、その後成績が落ちることもなく、むしろ上がったほどだった。
土曜日は毎週のように泊まって、平日でも夜は加賀さんと一緒に食べる、と言って家にいないこともよくある。
そんなに仲良しなら、早く告白したらいいのに、と焦れったくなった。
でも、同性に好きだと言われて、受け入れられる人はそう多くはない。
一緒にいられなくなるなら、恋心を隠してでもそばにいたほうがいい。
と思っているのかもしれない。なんだか切ない。
「お母さん、料理教えて」
あるとき、夕ご飯を食べながら七世がそう言った。すぐにピンときた。
「加賀さんに作ってあげるのね?」
「うん」
照れ臭そうにうつむいた息子が健気で可愛い。
「仕事から帰って、作ってあったら喜ぶかなって」
「うん、絶対喜ぶ。やっぱりあれだね、胃袋を引きずり出すってやつ?」
六花が「怖い!」と叫んで、五月が「死ぬ!」と笑い転げた。
「なんで、よく言うでしょ? 知らないの? 男の人をゲットするにはいい方法なんだよ? 私もお父さんの胃袋引きずり出したんだから」
主人が味噌汁を吹いた。三人の子どもが声を上げて笑う。
「俺の胃袋、今どこだよ」
その一言に、子どもたちがさらに笑う。
「なんでそういう間違った覚え方できるかわかんない」
五月が涙を拭って言った。
「お母さん、胃袋を掴む、だよ」
六花が教えてくれた。私は首を傾げる。
「え? 私そう言わなかった? なんて言った?」
「胃袋を引きずり出す」
三人が同時に言った。
「やだ、そんなこと言ったっけ。違う違う。鷲づかみのほう!」
恥ずかしくて慌てて首を横に振って訊いた。
「それで、何作りたいの? 加賀さん、何が好き?」
「なんだろ。なんでも食べるし嫌いな物あるって聞いたことない」
「じゃあ、やっぱり肉じゃがとか? 男の人は家庭料理に弱いよね」
私が言うと、六花が「駄目」と口を挟む。
「なんで?」
「初めての手料理が肉じゃがなんて、あざとすぎる」
「だよねー。そういう女、超むかつく。こいつあざといなって思われればざまぁだけど」
よくわからないことを六花が言って、五月がニヤニヤしながら七世を見る。
「何がいいんだろ。加賀さんに食べたいもの訊くよ」
「サプライズにしないの?」
私が訊くと、七世は真面目な顔で答えた。
「勝手にキッチン使いたくないし、加賀さんちゃんと考えて買い物してるから食材無駄にもしたくないし、やるなら許可得てからにしたい」
「よしよし」
主人が満足そうに首を縦に振る。
「さすが七世」
六花も誇らしげだ。五月だけはつまらなそうに「クソ真面目」と暴言を吐く。
「とりあえずさ、カレーとかなら間違いないんじゃない? 市販のルー使えばよっぽどじゃないと失敗もしないんだし」
六花がアドバイスすると、七世が「そうだね」と同意した。
「カレーくらい教わらなくてもできるでしょ」
五月が「へっ」と鼻で笑う。この子、カレー作れたかしら、と考えた。
「五月、作ったことないよね」
六花が指摘する。
「あるよ! 学校のキャンプとかで作ったよ!」
「じゃあ今度作ってよ」
「断る!」
二人の言い合いを横目で見ながら、七世に言った。
「七世はよくお手伝いしてくれるから、野菜切ったりはできるよね」
「うん」
「姉より料理できるのは確かだな」
主人が何か言いたそうに二人の娘を見る。父の視線に気づかないふりをして、六花が言った。
「ていうか加賀さんとこで作らなくても、うちで作って持ってけばよくない? 向こうで温めればいいじゃん」
「それだ」
七世が手のひらを六花に向け、二人が手を叩き合わせた。
「おうちで作るなら、市販のカレールウじゃなくて、お母さんのレシピにする?」
我が家のカレーは市販のルウを使わない。
「うん、お母さんのカレーがいい」
「じゃあそうしよう。楽しみ!」
七世と料理ができるのが純粋に楽しみだった。
「カレーの次はオムライスにしなよ。なんか可愛いから。男が男にオムライス作ってあげるって、すごい、萌え。ケチャップでス・キとかハートとか描くの」
六花がご飯茶碗を持ってどこか遠くを見るような目をした。七世が恥ずかしそうにしながら「それいいね」と賛成した。私も賛成だ。さり気なく気持ちをアピールするのもいいと思う。
「あー、いいなー、あたしも加賀さんに手料理振る舞いたい!」
五月が言った。主人がすかさず「よせ」と止める。
「加賀さんを殺す気か?」
「あ、もうあたし一生お父さんにご飯作ってあげない」
「えっ、そ……、いいよ、いいもん、別に。俺だって死にたくないし!」
ふん、と二人がお互いから顔を背ける。二人はよくこんなふうに微笑ましい喧嘩をする。
食事が終わり、六花が食器を洗い、五月がそれを拭いて、七世が食器棚に片付けをするのを、主人と二人でリビングから見守った。
我が家は片付けを子どもたちに任せている。三人が小学生の頃からやらせているから、手際がとてもいい。
三人が仲良さそうに喋りながら、せっせと働いている姿を見るのが毎日恒例の締めくくりで、私の最高の癒しだ。
「三人とも大きくなったねえ」
私が言うと、主人はコーヒーをすすりながら「え? ああ、でかいでかい。いろいろでかい」と茶化すように言った。
「好きな人にご飯作ってあげたいなんて、可愛いよね」
「うん、可愛いけど、娘が言ったらもっと可愛かったな。あ、いや、やっぱ妬けるか?」
主人の横顔をじっと見て、「ねえ」と手を重ね合わせた。
「あなた本当は、七世が男の人を好きになったのが、許せないんじゃない?」
「え? またその話?」
呆れ顔で私を見る。
「許せないなら勘当してるって。それに俺、免疫あるし、駄目だとは思わない」
「じゃああなたも七世の恋をちゃんと応援してあげるのね?」
「お母さん……、七世の恋はもうとっくに成就しててだね」
「え? 何言ってるのよ、そんなわけないじゃない」
主人が両手で顔を覆う。そして私をちら、と指の隙間から見て言った。
「まあね、俺は、お前のそういうとこが好きなんだけど」
なんだかわからないけど突然好きだと言われて舞い上がる。
「やだもう、お父さんたら。私も大好き」
隣に移動して体をすり寄せる。それを見ていた五月が後ろで「キモイことしてる」と叫んだ。
「こういうときは見て見ぬフリをするのが優しさでしょうが」
六花が言って、七世がその通り見て見ぬフリをする。
三人は一人ひとり個性があって、全然違う性格で、でもみんな、愛おしい。
私の、私たちの、大切な子ども。
これからもずっと、可愛い子どものままで居続けて。
〈おわり〉
息子の七世が、どうやら男の人に恋をしているらしい。
ということがわかって以来、なんだか落ち着かない日々を送っている。
自分の息子が同性愛に目覚めたのがショック、というわけじゃなく、応援したくてたまらなくて、お節介かもしれないけど、上手くいけばいいと思っている。
七世の思い人の加賀さんは、会社勤めをされている社会人で、美形な大人の男性だ。聞けば七世と十歳離れているとか。
同じ学校で同じクラスで、とかだったら、たくさん会う時間もあるのに、二人が会えるのは休日を除くと、毎朝の電車でだけ。電車の中だとお話もできないし、七世はきっと寂しい思いをしているに違いない。
もっと会えるようにしてあげたい、と私が思ってもどうにもならないのがもどかしい。
主人にも、「上手くいくといいね」とことあるごとに興奮気味に伝えるのだけど、どうしてだかノリが悪く、「お母さんは人の話をもう少し聞こう」と言われる。
同性愛をテーマにした海外ドラマも見ている主人だから、理解があると思っていたのに。
少しがっかりした。
七世が加賀さんからアパートの合い鍵を貰った、と嬉しそうに報告したときも、主人は冷静だった。
六花と私が一緒になってはしゃいでいると、主人が七世をソファに座らせ、成績が落ちたら外泊禁止、と精一杯怖い顔を作って言った。
七世はシュンとしていたけど、その後成績が落ちることもなく、むしろ上がったほどだった。
土曜日は毎週のように泊まって、平日でも夜は加賀さんと一緒に食べる、と言って家にいないこともよくある。
そんなに仲良しなら、早く告白したらいいのに、と焦れったくなった。
でも、同性に好きだと言われて、受け入れられる人はそう多くはない。
一緒にいられなくなるなら、恋心を隠してでもそばにいたほうがいい。
と思っているのかもしれない。なんだか切ない。
「お母さん、料理教えて」
あるとき、夕ご飯を食べながら七世がそう言った。すぐにピンときた。
「加賀さんに作ってあげるのね?」
「うん」
照れ臭そうにうつむいた息子が健気で可愛い。
「仕事から帰って、作ってあったら喜ぶかなって」
「うん、絶対喜ぶ。やっぱりあれだね、胃袋を引きずり出すってやつ?」
六花が「怖い!」と叫んで、五月が「死ぬ!」と笑い転げた。
「なんで、よく言うでしょ? 知らないの? 男の人をゲットするにはいい方法なんだよ? 私もお父さんの胃袋引きずり出したんだから」
主人が味噌汁を吹いた。三人の子どもが声を上げて笑う。
「俺の胃袋、今どこだよ」
その一言に、子どもたちがさらに笑う。
「なんでそういう間違った覚え方できるかわかんない」
五月が涙を拭って言った。
「お母さん、胃袋を掴む、だよ」
六花が教えてくれた。私は首を傾げる。
「え? 私そう言わなかった? なんて言った?」
「胃袋を引きずり出す」
三人が同時に言った。
「やだ、そんなこと言ったっけ。違う違う。鷲づかみのほう!」
恥ずかしくて慌てて首を横に振って訊いた。
「それで、何作りたいの? 加賀さん、何が好き?」
「なんだろ。なんでも食べるし嫌いな物あるって聞いたことない」
「じゃあ、やっぱり肉じゃがとか? 男の人は家庭料理に弱いよね」
私が言うと、六花が「駄目」と口を挟む。
「なんで?」
「初めての手料理が肉じゃがなんて、あざとすぎる」
「だよねー。そういう女、超むかつく。こいつあざといなって思われればざまぁだけど」
よくわからないことを六花が言って、五月がニヤニヤしながら七世を見る。
「何がいいんだろ。加賀さんに食べたいもの訊くよ」
「サプライズにしないの?」
私が訊くと、七世は真面目な顔で答えた。
「勝手にキッチン使いたくないし、加賀さんちゃんと考えて買い物してるから食材無駄にもしたくないし、やるなら許可得てからにしたい」
「よしよし」
主人が満足そうに首を縦に振る。
「さすが七世」
六花も誇らしげだ。五月だけはつまらなそうに「クソ真面目」と暴言を吐く。
「とりあえずさ、カレーとかなら間違いないんじゃない? 市販のルー使えばよっぽどじゃないと失敗もしないんだし」
六花がアドバイスすると、七世が「そうだね」と同意した。
「カレーくらい教わらなくてもできるでしょ」
五月が「へっ」と鼻で笑う。この子、カレー作れたかしら、と考えた。
「五月、作ったことないよね」
六花が指摘する。
「あるよ! 学校のキャンプとかで作ったよ!」
「じゃあ今度作ってよ」
「断る!」
二人の言い合いを横目で見ながら、七世に言った。
「七世はよくお手伝いしてくれるから、野菜切ったりはできるよね」
「うん」
「姉より料理できるのは確かだな」
主人が何か言いたそうに二人の娘を見る。父の視線に気づかないふりをして、六花が言った。
「ていうか加賀さんとこで作らなくても、うちで作って持ってけばよくない? 向こうで温めればいいじゃん」
「それだ」
七世が手のひらを六花に向け、二人が手を叩き合わせた。
「おうちで作るなら、市販のカレールウじゃなくて、お母さんのレシピにする?」
我が家のカレーは市販のルウを使わない。
「うん、お母さんのカレーがいい」
「じゃあそうしよう。楽しみ!」
七世と料理ができるのが純粋に楽しみだった。
「カレーの次はオムライスにしなよ。なんか可愛いから。男が男にオムライス作ってあげるって、すごい、萌え。ケチャップでス・キとかハートとか描くの」
六花がご飯茶碗を持ってどこか遠くを見るような目をした。七世が恥ずかしそうにしながら「それいいね」と賛成した。私も賛成だ。さり気なく気持ちをアピールするのもいいと思う。
「あー、いいなー、あたしも加賀さんに手料理振る舞いたい!」
五月が言った。主人がすかさず「よせ」と止める。
「加賀さんを殺す気か?」
「あ、もうあたし一生お父さんにご飯作ってあげない」
「えっ、そ……、いいよ、いいもん、別に。俺だって死にたくないし!」
ふん、と二人がお互いから顔を背ける。二人はよくこんなふうに微笑ましい喧嘩をする。
食事が終わり、六花が食器を洗い、五月がそれを拭いて、七世が食器棚に片付けをするのを、主人と二人でリビングから見守った。
我が家は片付けを子どもたちに任せている。三人が小学生の頃からやらせているから、手際がとてもいい。
三人が仲良さそうに喋りながら、せっせと働いている姿を見るのが毎日恒例の締めくくりで、私の最高の癒しだ。
「三人とも大きくなったねえ」
私が言うと、主人はコーヒーをすすりながら「え? ああ、でかいでかい。いろいろでかい」と茶化すように言った。
「好きな人にご飯作ってあげたいなんて、可愛いよね」
「うん、可愛いけど、娘が言ったらもっと可愛かったな。あ、いや、やっぱ妬けるか?」
主人の横顔をじっと見て、「ねえ」と手を重ね合わせた。
「あなた本当は、七世が男の人を好きになったのが、許せないんじゃない?」
「え? またその話?」
呆れ顔で私を見る。
「許せないなら勘当してるって。それに俺、免疫あるし、駄目だとは思わない」
「じゃああなたも七世の恋をちゃんと応援してあげるのね?」
「お母さん……、七世の恋はもうとっくに成就しててだね」
「え? 何言ってるのよ、そんなわけないじゃない」
主人が両手で顔を覆う。そして私をちら、と指の隙間から見て言った。
「まあね、俺は、お前のそういうとこが好きなんだけど」
なんだかわからないけど突然好きだと言われて舞い上がる。
「やだもう、お父さんたら。私も大好き」
隣に移動して体をすり寄せる。それを見ていた五月が後ろで「キモイことしてる」と叫んだ。
「こういうときは見て見ぬフリをするのが優しさでしょうが」
六花が言って、七世がその通り見て見ぬフリをする。
三人は一人ひとり個性があって、全然違う性格で、でもみんな、愛おしい。
私の、私たちの、大切な子ども。
これからもずっと、可愛い子どものままで居続けて。
〈おわり〉
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