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第一章

1話「俺達はパンドラの箱を開けてしまった」

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 突然ではあるが今彼【犬鳴優司いぬなきゆうじ】は、親友の三人と共に地元で有名な心霊スポットへと来ている。時刻は既に丑三つ時の深夜二時頃だ。

 ここは優司達の住んでいる町から自転車で二十分ぐらいの所にあり、草木で生い茂っている森の中へと進んでいくと、建てられたのは室町時代だと思われる朽ちかけの一軒家が不気味に建っているのだ。

 周りに視線を向けてもこの建物意外に人工物は特に見当たらない。
 一体誰がなんの為にここに家を建てたのか、優司には皆目見当もつかなかった。

「お、おい……もう帰ろうぜ……」
「なんだよ佳孝よしたか、ビビってんのか?」 

 前を歩く二人が某有名なホラーゲームの台詞を言い合うと、佳孝達だけは能天気で楽しそうだなと優司は思った。ちなみにこの二人は優司の親友で名は【寺地佳孝てらじよしたか】と【火原祐也ひらばゆうや】だ。

 佳孝はハンチングと言われる帽子を身に着けて服は鯉の絵柄が入ったポロシャツを着ている。
 しかしその服装は森の中に入るのは些か不格好と言わざる得ないだろう。

 だがそれを言ってしまうと祐也の方も引けを取らない。
 何故なら彼の服には大きな火と髑髏の絵が描かれているのだ。
 それは健全な中学生なら必ず通る道。中二病から今だ抜け出せてないことを彷彿とさせるようだ。

 しかしこの二人は優司が中学に入って初めて仲良くなった親友達で、彼らはアニメやエロをこよなく愛している変人達だ。そして最後にもう一人彼には大事な親友が居るのだ。

「おい辞めろよ二人とも。折角の雰囲気が白けちまうぜ」

 佳孝達に気だるそうに話し掛けているのが【月影右京つきかげうきょう】だ。
 見た目は爽やか系スポーツマンと言った所だろう。

 彼は優司達メンバーの中では一番頭と顔が良くて女子達にかなりモテている。
 バレンタインデーの時には女子達から貰ったチョコを食いきれないからと言って優司達に分けてくれるぐらいに良い奴なのだ。

「まぁまぁ良いじゃないか。せっかくの思い出作りなんだ、楽しくやろうぜ!」

 自身の顔に懐中電灯の明かりを当てながら優司は言う。
 そう、優司達がなぜこの廃墟に訪れたかというと、それは中学卒業と同時に彼らは別々の高校に進学する事が決まっているからなのだ。

 優司は名古屋の学校で、祐也は東京の学校、右京は滋賀の学校で、佳孝は北海道の学校なのだ。
 だがこうも散り散りになるのも中々に珍しい方なのではないだろうか。

 そして四人は無事に受験戦争を終えて全員が志望校に合格すると、残りの限られた日数で思い出を残すべく心霊スポットに行こうとなったのだ。

「さて、全員懐中電灯は持ってるな! いよいよ俺達は大人達が嫌というほど、ここには近づくなと言っていた謎を解明するぞ!」

 佳孝が建物の入口前で振り返って急に演説のような事をしだす。

「おいおい……。思い出作りじゃなかったのか?」

 すると右京がそれに正論を放っていた。
 今から廃墟へと入るというのに雰囲気はさながら学校帰りのようである。

「気にするな右京! 思い出作り兼謎の解明だ!」

 だが佳孝が言っている通り大人達は何故か”ここには近づくな”と幼い頃から教えるらしい。
 優司が中一の頃にここに引越してきて、初めて近所の人から教えて貰った話もこれだったのだ。

「さぁ行くぞ諸君! 俺に続いたまえ! ……あ、あと怖いから俺から離れないでくれよ」

 佳孝が怖がりながら廃墟へと足を踏み入れると皆もその後に続いて入っていく。
 優司は皆が廃墟へと入っていく姿を見ていると不思議と心の奥がざわつく感じを覚える。

 そこで改めて彼は視線を廃墟に向けて全景を捉えると、窓や壁は朽ちていて所々で中の様子が伺えた。当然のことだが家の中には佳孝達の懐中電灯の明かりしか見えない。

「おーい、どうした優司? まさかお前までビビってるとか言うんじゃないだろうなー?」

 祐也が玄関らしき跡地から顔だけ覗かせてくる。

「ビビってねえよ! ちょっと外見を見ていただけだ。直ぐに向かう」

 優司は小走りで皆の元へと向かった。そして彼は玄関らしき場所に着くと、懐中電灯を点けて周りを確認しながら足を踏み入れる。

 ――すると急に優司の全身は途轍もない”悪寒”と誰かに見られているという”視線”を感じた。
 
「うっ……ここは一際まして気味が悪いな……。本当に何か居るのか?」

 しかし彼はいつもの事だと、あまり気にしなかった。
 昔からよくあるのだ。
 こういう心霊スポットや幽霊が出そうな場所に行くと防衛反応か分からない現象が。

「お、やっと入ってきたな。今から皆で手分けしてこの家を探索するから、優司は向こうの寝室っぽいとこを頼むぜ! それと何かあったら直ぐに俺達を呼ぶことっ!」

 佳孝が部屋の奥から懐中電灯を照らしながら近づいてくる。

「あ、あぁ……分かった」

 優司に寝室の捜索をしろとだけ言って再び奥の方へと消えていった。
 彼は言われた通りに寝室らしき部屋に向かうと、そこは和室の作りをしていて畳は損傷が激しく壁にはスプレーで落書きされた跡が残っている。どうやら先客が居たようだ。
 
「ったく……流石に埃っぽいな。というか探索の目的を聞いていなかったけど、何か探しているのか佳孝のやつは」

 独り言を呟きながらも部屋を捜索していると、ふと押入れらしき場所に意識が向いた。
 それは何の前触れもなく本当に自然と向いたのだ。

「この押入れだけ何でこんなにも赤茶色の染みが付着しているんだ? 他の障子とは違って黒ずみ汚れが劣化した色とは思えないし……」

 彼はそう思いつつも好奇心に抗えず押入れの障子に手を伸ばすと……、

「おぉぉいい! 全員集合ぉぉおーー!」

 刹那、祐也の大きな声がこの廃墟に木霊した。
 優司は障子に伸ばしていた手を咄嗟に下げると、声のする方へと向かった。

 それから部屋を二つほどまたいで移動すると、皆が集まっていた所は居間っぽい所で至る所によく分からない不気味な御札だがびっしりと貼られていた。
 優司はそんな異様な雰囲気に再び全身が謎の悪寒に包まれる。

「よし優司も来て全員揃ったな。実は俺がこの部屋を捜索していると、こんな物を見つけたんだ」

 そう言って祐也は損傷劣化の激しい”黒色の手鏡”を持って優司達に見せてきた。
 だけどその手鏡はただ劣化しているだけではなく……、

「おぉぉ! 何だその見るからに呪わていそうな品物は!」

 佳孝は手鏡を見ると妙に興奮気味となっている。

「そんな汚いのよく持てるな。……てか何で手鏡にそんなに”札が大量”に”貼られて”いるんだ?」

 だが対照的に右京は冷静な雰囲気のまま手鏡を見ると大量の札が気になっているようだった。

「そうだよ! そこなんだよ! 何でこの手鏡だけこんなにも札が貼られているのかというな! そこで俺は考え導き出したのだ。ずばりこの手鏡には何かが封じられていると!」

 自身満々の様子で祐也は答える。

「「……はぁ?」」

 すると佳孝と右京は何を言っているんだと言った感じで呆れていた。
 しかしながら優司は気になったのだ。どうしてその手鏡にはこの部屋に貼られているのと同じ札が大量に、しかも鏡の部分に貼られているかという事に。

「おいおい、佳孝はこっち側だろ? ……んでまあ、取り敢えずみんなを呼んでこれを剥がそうと思った訳だよ」
「……あ、いやすまん。急に頭のおかしい事を言い出したからついな。だけどその提案は実に良いな。俺は乗ったぜ!」

 札を皆で剥がそうと祐也が提案すると意外と佳孝は乗り気の様子である。
 だがこれは優司の直感だが、その手鏡には関わっていけない気がしてならない。

「右京と優司もそれでいいよな? てか拒否権はないんだけどさ」
「じゃあ聞くなよ……はぁ」

 彼の言葉に右京は頭を抱えて溜息を吐くと祐也は視線を手鏡へと戻して札を剥がそうと手を掛けた。そのまま祐也と佳孝は一緒になって手鏡から一枚一枚札を外していくと、優司はこの廃墟に入る時に感じた”視線”がより一層集まっているのを感覚的に悟った。

「な、なぁ……右京。変な事を聞くかも知れないが、さっきから俺達って誰かに見られていないか?」

 優司は流石に視線の圧に耐え切れなくなると隣に居る右京に話し掛けた。
 それは気を紛らす為に本能的にした事かも知れないが、今はこの廃墟という空間が彼にとって凄く怖いのだ。

「何だよ? 優司までこんな事でビビってるのか? まったく……幽霊何てこの世には存在しないし、視線がどうのこうのはお前の恐怖心からきている錯覚だ」

 右京は当然のように幽霊なんていない、見られているような気がするのも錯覚だと涼しい顔で言っていた。

「そ、そうだよな……。ははっ、すまん」

 優司はその言葉のおかげで少し恐怖心が収まると、それと同時に祐也達が最後の札を剥がそうとしていた。

「いよいよ最後の一枚だな! この記念すべき一枚は誰か剥がすか?」

 最後の一枚残して祐也が声を掛ける。

「んー。俺は手伝ってたし、右京か優司にやらせようぜ。これも思い出思い出」

 思い出という言葉を連呼して二人のどちらかに佳孝は札を剥がさせようとしていた。
 
 しかし優司はその手鏡が先程から禍々しい雰囲気を放っている事に気が付いているのだ。
 それは各自なもので、あの二人が札を剥がす事に手鏡の周りには黒くどんよりとしたオーラが増しているのだ。

「な、なぁ。流石にこれ以上は辞めといた方が「ったく。腹減ったしこれ剥がしたら、ラーメン食いに行くぞ」お、おいってば!」

 優司はこれ以上は駄目だと本当的に察知すると剥がさないように警告しようとしたのだが、横から右京が手を伸ばして勢い良く最後の札を引きちぎるように剥がしてしまった。

「……な? 何も起こらなかっただろ? こんなのただの悪戯に……すぎ……な……」

 札を剥がした右京は優司に向かって余裕の笑みを見せてきたが何故か直ぐにその笑みは消え去る。

「ん? どうした右京?」

 そんな彼の様子を不思議に思ったのか祐也が声を掛けていた。

「お、お前達の後ろに”何か”居るぞ!」

 顔色を変えて大きな声で右京は叫ぶ。

「はぁ? んなわけないだ…………」

 気だるそうに祐也は後ろを振り返ってしまい、その何かを見てしまったようだ。

「な、何だよ……。この黒いもやの塊は!?」

 当然、優司の視界にもそれは映っている。
 最後の札を剥がして一つ間が空くと黒くどんよりとした塊が手鏡から離れていき、それはやがて祐也と佳孝の背後で大柄な人型の形を成していたのだ。

「なんだなんだ。皆して俺を驚かせようってか? そんな子供騙しじゃ俺には効か……ね……え」

 佳孝は優司達が悪戯で言っているのかと勘違いしているのか肩を竦ませて後ろ振り返ると、その黒いもやの人型と目が合ったのか最後の方の言葉は掠れていた。

 だがその黒い人型のもやの顔の部分は真っ黒で深い闇のように何も見えなかったが、優司にはそのもやが何処か笑っているように思えた。

「クソッ! これはやばいぞ! 急いでこっちにこい二人とも!」

 その圧倒的なまでの現実離れした現象に優司の体は硬直していたが、何とか声を捻り出すと急いで二人に黒い人型のもやから離れるように伝える。

 すると二人は彼の声を聞くとまるで意識を取り戻したかのように顔をこちらに向けて動き出そうとしたが、黒い人型のもやも同時に動き出し二人の両足を掴むと勢い良く廊下の方へと引きずり出した。

「「あ”ぁ”あ”ぁ”っ”!? 助”け”て”く”れ”!」」

 優司は直ぐに二人に駆け寄ろうとするが、そのまま二人は懐中電灯を落として暗く禍々しい廊下へと身を消していった――――
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