上 下
2 / 33

1話「ここはどこですか?」

しおりを挟む
 俺が電車に轢かれてどれだけの時間が経過したのだろうか。既に手足の感覚は何処にもないのだが、それでも意識だけは朧げな状態を維持していて思案するということは出来ていた。

「お……て……なぁ……っ!」

 そして先程から耳元で誰かが叫ぶようにして大声を出しているのだが、生憎と手足の感覚が駄目な事から満足に起き上がることも出来ない。

 だけど目を開けて声を出すことぐらいなら可能なのではないかと思うと、最後の力を振り絞る勢いで意識を集中させて実行すると――――

「だぁぁあっ! 俺は死なないぞ深月ぃ!」

 急に金縛りが解除されたように体は自由に動かせるようになり、相方の名前を叫びながら起き上がることに成功した。

「お、おお雄飛! 本当に死んだのかと思ったぞ!」

 すると目の前には今にも泣きそうな顔をして地面にしゃがみ込んでいる相方の姿があり、どうやら意識だけの状態の時に声を掛けてくれていたのは深月のようである。

「あ、ああ何か心配掛けてすまないな。説明は難しいんだが……漸く金縛りが解けて動けるようになってな?」

 全身がしっかりと動くかどうか確認の意味を込めて手首を触りながら事情を話すが、それは俺自身不確定なものであり真意は分からない。

「なんで疑問形なのさ……。まあそんな事は今いいか。取り敢えず周りを見てよ!」

 途端に深月は呆れ顔を浮かべていたが矢継ぎ早に忙しなく身振り手振りを使い周囲を見るように主張してくる。

「周りを? 一体全体どうしたってんだ……よっ!?」

 そうして言われた通りに顔を動かして周囲へと視線を向けると――――

「な、なな、なんじゃこりゃぁぁぁ!」

 視界に映り込んだ光景を見て何年かぶりに声帯を震わせる勢いで声を荒らげた。
 そう、俺の視界には絶対にありえないものが見えているのだ。それは辺り一面に広がる自然が豊かそうな森や、田舎道特有の舗装されていない土道であったりと。

「……いや待てよ? 俺はさっきまで人工感あふれる駅に居た筈だ。であればこれは夢なのではないか? 現に先程まで寝ていた状態の訳だしな。うむ、そうだろう!」

 そして一通り周囲の景色を見終えると静かに天を仰ぎながら呟くと、この異常事態は全て夢だとして自身を納得させて心の平穏を保とうとした。

「えっ、ちょっと雄飛?」

 だがその行為は傍から見たら奇行に見えるのか深月が心配そうに声を掛けてくる。

「ってことで俺はまた寝て今度は現実世界で起きるから、その時にまた会おうぜ夢の世界の深月よっ!」

 これが夢の世界であるならば再び寝ることで元の世界で目を覚ますことが出来るのではないかと考え、再び背を地面に付けて瞼を閉じるとゆっくりと深呼吸を行い寝る体勢に入る。

「ちょっ待てって! これが現実だって! ほら、僕の服をよく見てよ!」

 しかしそこへ深月が寝るのを邪魔するように体を揺さぶりながら顔を覗かせてきた。

「んだよ、まったく。……で、なにそれ? なんでそんなに赤い服を着てるんだ? 赤色好きだっけ?」

 直ぐにでも眠れそうな雰囲気はなく尚且つ体を揺さぶられたことで眠気が一切なくなると、面倒だが顔を相方の方へと向けて血のように真紅色に染まる服を目の当たりにした。

「別に色に関しては好きでも嫌いでもないけど、これは雄飛が電車に轢かれ際に浴びた大量の血だよ!」
「……はっ?」

 いきなり何を言い出すのかと深月の言葉を聞いて思考が停止するが、そこで電車に轢かれる前に相方が着ていた服を思い出すと確かに真紅色ではなかった気がする。

「はっ? じゃないんだよ! だから雄飛は俺の目の前で確かに電車に轢かれて死んだんだよ!」

 怒りを顕にしているのか深月は服の両端を掴んで俺の血とやらが大量に付着した服を主張してくると、後半の方は多少投げやり感があるが轢かれて死んだと口にしていた。

「え、えーっと……だったらなんだ? ここは死後の国とでも言うのか?」

 だが仮に死んでいたとしてもこの場所が所謂天国とかと呼ばれる場所であるとは到底思えない。
 何故ならどう見ても左右には森が構えていて、俺が横たわる場所は土道であり、なによりも死人には足がないとされるが、しっかりと両足が揃っているのだから。

「それは……分からないよ。だけど雄飛が死んだことに変わりはない。それにここが死後の世界なら何で僕までもがここに居るのか理由が不明だよ」

 どうやら深月の方もここが死後の世界とは考えていないようであるが、何がなんでも俺を死んだことにしたいという気持ちは多いに伝わる。
 何か恨まれるようなことでもしたのだろうか。一切記憶にないのだがな。

「それもそうか。うーむ、考えることは余り好きじゃないんだけどなぁ。取り敢えず互いに覚えている事を共有して間違いがないか確認でもしようぜ」

 深月がこの場に居ることで死後の世界という説が消えると、そこで一つの提案が脳裏を駆け巡り、それは俺達の記憶に何かしらの綻びがないかというものである。そこでもし些細な間違いがあれば、それが原因だとして少しでも現状の解明が早くなるかと思ったのだ。

「そうだね。どうせ今更試験に間に合う訳もないし、そもそもここが日本なのかどうかも疑わしいからね」

 両手を僅かに上げて肩を竦ませると深月はこの期に及んで受験の事を気にしていたようだが、ここが日本という可能性は殆どない気がする。これは直感的なもので確たる証拠がある訳ではないが。

「まだ試験のことを気にしていたのか……まあいいや。取り敢えず俺が覚えていることは――」
「えーっと僕が覚えていることは――」

 俺達が最後に見た光景などを話していくと体感時間で十分ほどが経過していた気がする。
 ――――そして漸く一通り全てを話し終えると、

「うむ、なるほど分からん」

 余計に混乱を招くだけで特に記憶に間違いはなかった。ただ俺が電車に轢かれた際の出来事を事細かに話す深月が何故か生き生きとした表情を見せていたのに疑問が残ったぐらいだ。

「……ねえ雄飛。今から凄く馬鹿なことを言うかも知れないけど聞いてくれるかい?」

 それから神妙な面持ちで手を顎に当てながら深月が口を開くと、その佇まいからは真剣そのものという意思が垣間見られる。

 もしかしてこの世界について何か気がついた事があるのだろうか?
 だとしたらそれは例え馬鹿な発言だとしても耳を傾けるべきであろう。

「ふっ、愚問だな。既に馬鹿な状態が起きているのだ。今更一つや二つ何を言った所で変わることはない。故に許可する! 言ってみろ深月!」
 
 腰を地面から上げて立ち上がると足腰に上手く力が入らず千鳥足となるが自慢の体幹で無理やり堪えた。
 
「も、もしかしてだけど僕達って異世界転生しちゃったんじゃ……」
「な、なにぃ! あのラノベの代表格とも言える異世界転生だと!?」

 額に妙な汗を滲ませた深月を視界に収めながら話を聞くと、それは最早ラノベの登竜門とも呼ばれている異世界転生が現実に起こったのではないかと言うものであった。
 
「だ、だってさ周りを見てよ! 明らかに日本離れした森や地形。そして何よりも雄飛は死んでここに来た。線路内でぐちゃぐちゃの肉片になったのにも関わず!」

 顔色を徐々に青白くさせて深月は再び身振り手振りを使用して異世界転生足りうる説明を行う。

「よせ! 肉片とかぐちゅぐちゃとか言うな! 普通に怖いだろ」

 だが肉片とかの説明は本当に気分がへこむというか、相方が着ている真紅色の服が主張を強めるから辞めて頂きたい。
 しかも本当に血だったらしく乾き始めいる部分が若干だが茶色に変色しつつあるのだ。

「あ、ああごめん。だけどそれしか僕の頭ではこの異常事態の答えが出ないんだ」

 色々と察したのか直ぐに深月は謝ると頭を掻きながら視線を泳がせていた。

「まあラノベで白飯が食えるとか豪語していたぐらいの男だからな」
「なにそれ貶してるの?」

 急に頭を掻く手を止めると泳がせていた瞳をすらも睨むよう向けてくる。

「いんや、逆だ逆。寧ろ褒めてる。仮に異世界転生しなたらば俺には知識が豊富な深月が居るからな! 何も心配が要らないと言えるだろう! はっはは!」

 そうなのだ。別に貶す意味で口にしたのではなく安堵したが故に自然と出た言葉なのだ。
 なんせ深月は数々のラノベに手を出しては余すことなく全てを読破し、ファンレターすらも贈るほどの猛者だからだ。

「あ、ああそう。だけど僕は死んでないのに何でここに居るんだろう? もしかして単純に雄飛の巻き添えで転生させられたのか? ……だとしたら普通にキレそう。なにこれ超理不尽」

 俺の隣では深月が何やら小声で独り言を呟いているようだが、明確に苛立ちを抱えていることだけは見ていて分かる。何故なら相方は怒ると親指の爪を噛む癖があるからだ。
 つまり今まさに深月は爪を噛んで何処とも言えぬ場所に視線を向けている状態ということだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お持ち帰り召喚士磯貝〜なんでも持ち運び出来る【転移】スキルで異世界つまみ食い生活〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
ひょんなことから男子高校生、磯貝章(いそがいあきら)は授業中、クラス毎異世界クラセリアへと飛ばされた。 勇者としての役割、与えられた力。 クラスメイトに協力的なお姫様。 しかし能力を開示する魔道具が発動しなかったことを皮切りに、お姫様も想像だにしない出来事が起こった。 突如鳴り出すメール音。SNSのメロディ。 そして学校前を包囲する警察官からの呼びかけにクラスが騒然とする。 なんと、いつの間にか元の世界に帰ってきてしまっていたのだ! ──王城ごと。 王様達は警察官に武力行為を示すべく魔法の詠唱を行うが、それらが発動することはなく、現行犯逮捕された! そのあとクラスメイトも事情聴取を受け、翌日から普通の学校生活が再開する。 何故元の世界に帰ってきてしまったのか? そして何故か使えない魔法。 どうも日本では魔法そのものが扱えない様で、異世界の貴族達は魔法を取り上げられた平民として最低限の暮らしを強いられた。 それを他所に内心あわてている生徒が一人。 それこそが磯貝章だった。 「やっべー、もしかしてこれ、俺のせい?」 目の前に浮かび上がったステータスボードには異世界の場所と、再転移するまでのクールタイムが浮かび上がっていた。 幸い、章はクラスの中ではあまり目立たない男子生徒という立ち位置。 もしあのまま帰って来なかったらどうなっていただろうというクラスメイトの話題には参加させず、この能力をどうするべきか悩んでいた。 そして一部のクラスメイトの独断によって明かされたスキル達。 当然章の能力も開示され、家族ごとマスコミからバッシングを受けていた。 日々注目されることに辟易した章は、能力を使う内にこう思う様になった。 「もしかして、この能力を金に変えて食っていけるかも?」 ──これは転移を手に入れてしまった少年と、それに巻き込まれる現地住民の異世界ドタバタコメディである。 序章まで一挙公開。 翌日から7:00、12:00、17:00、22:00更新。 序章 異世界転移【9/2〜】 一章 異世界クラセリア【9/3〜】 二章 ダンジョンアタック!【9/5〜】 三章 発足! 異世界旅行業【9/8〜】 四章 新生活は異世界で【9/10〜】 五章 巻き込まれて異世界【9/12〜】 六章 体験! エルフの暮らし【9/17〜】 七章 探索! 並行世界【9/19〜】 95部で第一部完とさせて貰ってます。 ※9/24日まで毎日投稿されます。 ※カクヨムさんでも改稿前の作品が読めます。 おおよそ、起こりうるであろう転移系の内容を網羅してます。 勇者召喚、ハーレム勇者、巻き込まれ召喚、俺TUEEEE等々。 ダンジョン活動、ダンジョンマスターまでなんでもあります。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

女神に同情されて異世界へと飛ばされたアラフォーおっさん、特S級モンスター相手に無双した結果、実力がバレて世界に見つかってしまう

サイダーボウイ
ファンタジー
「ちょっと冬馬君。このプレゼン資料ぜんぜんダメ。一から作り直してくれない?」 万年ヒラ社員の冬馬弦人(39歳)は、今日も上司にこき使われていた。 地方の中堅大学を卒業後、都内の中小家電メーカーに就職。 これまで文句も言わず、コツコツと地道に勤め上げてきた。 彼女なしの独身に平凡な年収。 これといって自慢できるものはなにひとつないが、当の本人はあまり気にしていない。 2匹の猫と穏やかに暮らし、仕事終わりに缶ビールが1本飲めれば、それだけで幸せだったのだが・・・。 「おめでとう♪ たった今、あなたには異世界へ旅立つ権利が生まれたわ」 誕生日を迎えた夜。 突如、目の前に現れた女神によって、弦人の人生は大きく変わることになる。 「40歳まで童貞だったなんて・・・これまで惨めで辛かったでしょ? でももう大丈夫! これからは異世界で楽しく遊んで暮らせるんだから♪」 女神に同情される形で異世界へと旅立つことになった弦人。 しかし、降り立って彼はすぐに気づく。 女神のとんでもないしくじりによって、ハードモードから異世界生活をスタートさせなければならないという現実に。 これは、これまで日の目を見なかったアラフォーおっさんが、異世界で無双しながら成り上がり、その実力がバレて世界に見つかってしまうという人生逆転の物語である。

処理中です...