上 下
1 / 33

プロローグ「電車に轢かれて死んだ俺」

しおりを挟む
「ふぁぁっ……。まさかこんな極寒の中で電車を待たないといけなくなるとはな……。本当に受ける高校を間違えたと今更ながらに思うぜ、まったく」

 二月特有の肌に突き刺さるような寒風が吹き荒れる駅のホームにて、欠伸をしながら白い吐息を吐いて愚痴を呟く俺の名は【鬼塚雄飛おにづかゆうと】だ。

 何処にでも居るような普通の男子中学生であり、今日は相方と共に某私立高を受験しに行くために朝早くから電車を待っているところだ。

 そしてちょっとした自慢があるとすれば同年代の男子と比べても背が高く筋力があるということ。
 ちなみに中学二年の頃には脳筋野郎という称号を相方から贈呈されたこともある。
 
 まあ所謂あだ名というものだ。それと筋肉があると言ってもボディービルダーのようなガチムチのものではなく細マッチョに近い。

 しかし幾ら脳筋野郎の称号を持っていたとしても、この壁すらもないような寂れた駅のホームではなんの役に立つこともなく、ただただ寒いだけである。
 
 傍から見れば筋肉が少しでも多くあれば暖かいと思われるかも知れないが到底そんなことはない。
 現に体が最低限の体温維持の為に小刻みに震え始めているほどに意味はないのだ。
 
 それに元も子もない話をすれば別に筋力トレーニングをして筋肉を蓄えた訳でもなく、況してやプロテインなんぞという人工筋肉製造ドリンクに手を出した訳でもない。

 生まれながらに多少の運動量で人並み以上の筋肉を得てしまう特異体質のせいなのだ。
 例えるならば幾ら食べても太らないような人と同じだろう。

「しょうがないだろぉー。僕達のような知力が乏しい奴らに受ける高校なんて選べないんだからさぁ」

 それから隣の方からは同じく体を小刻みに揺らして最低限の体温を維持しようとしている相方が口を開くと、それは紛うことなき正論で返す言葉も見つからなかった。そう、俺達はお世辞にも頭が良いとは言えず、なんなら学年成績は下から数えた方が早いまであるのだ。

 しかしこの相方……名前は【五十嵐深月いがらしみつき】と言い、一応小学生の頃からの付き合いではあるのだが、女性っぽい名前のせいで小学生時代はよく他の者から虐められていた印象だ。

 だが小学生の頃は別に深月とは友達という関係ではなく、ただの家が近い奴という認識であった。
 実際に俺の家から深月の家とは徒歩三分ぐらいの距離なのだ。

 更に小学生時代の虐めが影響しているのかは分からないが、中学一年の頃の深月は極力誰とも関係を築こうとはせず、休み時間になると一人でいつも本を読んでいた光景が強い。

 あとあと何を読んでいたのかと聞いてみればラノベと呼ばれる小説を読んでいたらしいが。だけどタイトルがやたらと長くて、まるであらすじを聞いているかのような感じだったのを今でも覚えている。

 それから俺がラノベとは面白い物なのかと興味本位で尋ねてみると、深月は瞳を星空のように輝かせて休み時間と放課を全て使い切る勢いで力説していた。
 けれどその時の深月は異常なほどに早口で何を言っているのか聞き取れない部分が多々あった。

 しかし全ての説明を終えると最後に深月が『実際に読んでみないとラノベの面白さは分からない!』と読み終えたラノベを貸してくれて、そこから俺達の関係性は始まりを告げたのだ。

 まあ端的に言えば深月がラノベを貸してくれて、それを俺が読んで感想を伝えるを毎日繰り返していたら、いつの間にか友達という関係性になっていたということだ。
 ちなみに俺が一番好きなラノベは無双系だ。なんかストレスなく読めて良い感じだった。
 
「はぁぁーっ寒い寒い! こういう日は家で布団に包まりながらゲームをしてゆっくり過ごしたいぜ。ちょうど新作のゲームもあるしよぉ」

 両手を擦り合わせながら手のひらの温度を高めつつ、妄想に浸ることで寒さという概念を忘れようとするが、それは横から吹いてくる風により強制的に現実世界へと戻されて意味はなかった。

「そうだね。僕も早く試験を終わらせてアニメを堪能しつつラノベの続きが読みたいよ」

 深月の方も妄想で寒さを和らげようとしているように見えるが、それは大間違いで妄想なんぞではなく事実であり、現に相方の右手にはラノベが握られているのだが寒すぎる故に開けていないのだ。

 つまり今ここで圧倒的な寒さに負けて読むことを諦めたのだ。
 あのラノベだけで白飯が食えると豪語していた深月がだ。
 だけどそんな相方を目の当たりにして自然と笑みが零れるが、

「ふっ、相変わらずのオタクだなぁ。お前はもっとアニメやラノベの他に――」
「きゃぁぁぁっ!」

 それは突如として駅ホーム内に響き渡る一人の女性の悲鳴により遮られた。

「っ!? な、なんだ急にっ!?」
「ど、どうしたんだろ……?」

 その悲鳴がホーム内に木霊して直ぐに俺達も周りの人達と同様に視線を声が聞こえた方へと向ける。
 するとそこには既に男の人が何人か集まりだしていて、

「お、おい! 大丈夫か!?」 
「急いで緊急停止ボタン押した方がいいんじゃ……」
「女児が線路内に落ちたぞ! 急いで駅員を呼んでくれ!」

 などという声が流れ聞こえてくるが誰ひとりとして線路内に飛び降りる者はいなかった。
 だがそれも当然の筈なのだ。
 俺達側のホームでは既に特急列車が通過していくアナウンスが流れた後だからだ。

「だれがだずけてください……おねがいじまず……」

 線路内に落ちた女児の親だろうか泣きながら周りに助けを求めているが、やはり誰も動こうとしない。それに顔を合わせることすらも拒否しているような奴らが多数伺える。しかしよく見れば女性の腕には赤ちゃんが抱えられていて自らが助けに行くこともできない様子だ。

 けれど時間的に考えて今すぐに行動すれば助かる希望は多いにあり、このまま駅員を待っていたら女児の命は最悪な形で失われる確率が高いということ。

 その二つの選択肢が脳内に浮かんだ瞬間、俺の体は自然と動いて線路内に飛び込んでいた。
 幸いなことにまだ電車の姿は見えない。これなら間に合うかも知れない。

「お、おい!? 何してんだ! お前まで死ぬことになるぞ!」

 線路に飛び降りて直ぐにメガネを掛けたおじさんに怒声を掛けられる。

「うるせえ! 外野はそこで大人しく待機してろ!」

 人差し指をメガネのおじさんに向けながら言い返すと、ここで何もしないで目の前で一人の命が終わることになれば、それは一生自分の中で後悔することになると確信を持って言える。

 自分はあの現場に居たのにも関わらずただ傍観していたのみ、だがあの時危険を承知で動いていればきっと助けられた。そんな後悔をしないためにも今動くと決めたのだッ!

「大丈夫か! お嬢ちゃん!」

 そして線路内に降り立ち進んでいと線路上に横たわる一人の女児を見つけて急いで近づいていく。
 すると彼女は落下した際に頭を強く打ち付けたのか気を失っている様子であった。

「よし、今助けてやるからな。もう心配は要らないぞ」

 恐らく聞こえていないだろうけど自身の恐怖心を払い除ける為にも言うと、しゃがみながらゆっくりと慎重に女児を抱えてホーム内に居る母親の元へと返すべく立ち上がる。

 ――だがその時、妙な振動が足裏から伝わり体が揺れると自然と顔は振動の根源たる物へと向けられていた。そう、通過予定の特急列車が物凄い勢いでホーム内に入ろうとしてきていたのだ。

「ウソだろ……。誰も非常停止ボタンを押してなかったのかよ!?」
「くそっ、駅員だ! 駅員は何処にいやがる!」

 ホーム内からそんな焦りの声が多く聞こえてくると、これは典型的な誰かがやるだろうという精神で結局誰も何もしないという何処かの漫画で見たような落ちだとして、足裏から伝わる振動が次第に強くなるのを感じつつ冷静に考えられた。

 恐らく今の俺はアドレナリンが湯水のように溢れて出ている状態だろう。

「取り敢えず、この子だけでも無事に親元に返さないとな」

 一応自分も助かりたいという気持ちはあるが、女児は頭を打ち付けていることから急いで病院で見てもらった方がいい。それから振動のせいで体が大きく震えるが、なんとか女児を抱えた手を伸ばして母親の元へと近づける。

 すると母親はホームの端から身を乗り出して周りの人達に体を支えながら女児を受け取ると、

「あぁぁっ……。ありがとうございますありがとうございます……っ!」

 大泣きしながら掠れた声で何度もお礼の言葉を口にしていた。
 これで一人の命が救われたと思えば、例え今この場で死んでも天国には行けるだろう。

「まったく、何をしているんだ雄飛は! ほら、急いで僕の手に捕まって!」

 線路内でそんなことを思いつつ呆然としていると、ホームから深月が手を差し出しながら声を掛けてくれたことで意識が正気へと戻った。

「深月……ああ、すまないが手を借りるぞ!」

 一体先程まで何を呆然としてたのだろうかと頭を左右に振りながら意識を正すと、相方の細い手を掴んで急いでホーム内へと這い上がろうとして全身に力を込める。
 ――だがその直後、不思議なことに金縛りに遭遇したかのように体の全部位が動かなくなった。

「お、おいどうしたんだよ雄飛! 早くしないと本当にやばいって!」

 体の動きが何かしらの要因で封じられると這い上がることすらも出来ず、ただ深月の手を掴んでいるだけの状態であり必死に体を動かそうと奮闘するも指先一つ動かない。

「……すまない深月、手を離してくれないか? 何故だかは分からんが体がまったく動かん。このままだと、お前まで巻き込まれることになる……」

 最早このタイミングで仮に体が動いたとしても間に合うのは五分五分であり、ならば深月だけも安全を確保すべきだとして直ぐに離れるように伝える。
 
「はぁ!? なに言ってんだよ! 冗談でも質が悪いぞ!」

 しかしそれは軽い冗談として受け止められたらしく深月は声を荒げた。

「冗談ではない! 手遅れになる前に早く手を離せ!」
 
 こんな状況下で冗談を言う訳がないのだが、相方は決して手を離すつもりはないのか両手を使い尚も引き上げようとしてくる。自分よりも体重の多い俺を華奢な腕二本でだ。

「……っ絶対に離さない! こんな所で唯一の親友を失いたくない! 僕は最後まで諦めない!」

 気合を込めた声を出して自らを鼓舞している様子だが、深月の両手は既に限界を迎えているのか震えていた。当然そんな状態では体を膠着させている俺を引き上げることは不可能に近い。

 そして運命というものは本当にどうしようもなくて、特急列車が止まる素振りすらも見せずにホーム内に轟音を響かせながら突入してくる。

「馬鹿野郎! 頼むから離――」
「くそくそッ! くそがぁぁあ――」

 電車のけたたましい車輪の音に俺達の声が掻き消されると最後に俺が見た光景は親友の深月が全力で人を助けようとする必死な格好良い姿であり、そのまま自身の体に大きな衝撃を受けると目の前が一瞬にして漆黒に染まり沼に落ちるような感覚で意識は途絶えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス

R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。 そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。 最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。 そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。 ※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

無能扱いされ会社を辞めさせられ、モフモフがさみしさで命の危機に陥るが懸命なナデナデ配信によりバズる~色々あって心と音速の壁を突破するまで~

ぐうのすけ
ファンタジー
大岩翔(オオイワ カケル・20才)は部長の悪知恵により会社を辞めて家に帰った。 玄関を開けるとモフモフ用座布団の上にペットが座って待っているのだが様子がおかしい。 「きゅう、痩せたか?それに元気もない」 ペットをさみしくさせていたと反省したカケルはペットを頭に乗せて大穴(ダンジョン)へと走った。 だが、大穴に向かう途中で小麦粉の大袋を担いだJKとぶつかりそうになる。 「パンを咥えて遅刻遅刻~ではなく原材料を担ぐJKだと!」 この奇妙な出会いによりカケルはヒロイン達と心を通わせ、心に抱えた闇を超え、心と音速の壁を突破する。

ただのFランク探索者さん、うっかりSランク魔物をぶっとばして大バズりしてしまう~今まで住んでいた自宅は、最強種が住む規格外ダンジョンでした~

むらくも航
ファンタジー
Fランク探索者の『彦根ホシ』は、幼馴染のダンジョン配信に助っ人として参加する。 配信は順調に進むが、二人はトラップによって誰も討伐したことのないSランク魔物がいる階層へ飛ばされてしまう。 誰もが生還を諦めたその時、Fランク探索者のはずのホシが立ち上がり、撮れ高を気にしながら余裕でSランク魔物をボコボコにしてしまう。 そんなホシは、ぼそっと一言。 「うちのペット達の方が手応えあるかな」 それからホシが配信を始めると、彼の自宅に映る最強の魔物たち・超希少アイテムに世間はひっくり返り、バズりにバズっていく──。 ☆10/25からは、毎日18時に更新予定!

底辺ダンチューバーさん、お嬢様系アイドル配信者を助けたら大バズりしてしまう ~人類未踏の最難関ダンジョンも楽々攻略しちゃいます〜

サイダーボウイ
ファンタジー
日常にダンジョンが溶け込んで15年。 冥層を目指すガチ勢は消え去り、浅層階を周回しながらスパチャで小銭を稼ぐダンチューバーがトレンドとなった現在。 ひとりの新人配信者が注目されつつあった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

処理中です...