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第二章 イタリア少女と中国少女

29話「それは来るべき戦いの為に」

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「んっ……ここはどこだ?」

 気を失ってからどれくらいの時間が経ったかは分からなかったが、望六はベッドの上に寝かされている状態だと言う事は理解出来た。そして徐々に視覚や嗅覚、さらに聴覚までもがはっきりとしてくると彼の鼻腔には消毒液のようなものが発する独特の刺激臭が突き抜けていった。

「ああ、なるほどな。俺はあの試合のあと気を失って保険室に運ばれたと言う訳か……」

 なんとなくだが大体の事情が掴めてくると彼はまだ微妙に痛む体を起こして周りを見渡した。
 するとやはりと言うべきかここは保険室で間違いなく、望六の視界には椅子に座りながら書類作業をこなしている谷中やなか先生が映った。

「あ、あの谷中先生」

 取り敢えず現状を改めて確認する為に声を掛けると、

「ん? ……ああっ! やっと起きましたね望六くん! ちょ、ちょっと待っていて下さいね! 直ぐに皆さんを呼んできますから!」

 谷中先生は安堵にも似た表情を見せたあと書類作業の手を止めて急ぎ足で保健室を出て行った。
 相変わらず見ていて癒される先生ではあるが、気絶している間のことを先に話してもらいたかった望六である。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 そして谷中先生が慌てて出て行ったあと望六が何気なく時刻を確認すると、どうやら今は夕方の六時頃だと分かった。
 あの試合は昼休憩後の最初の試合だったことから結構な時間が経っているようだ。

「はぁ……結局一組は勝てたかなぁ。もし俺のあの試合が結果に含まれるなら、相当に厳しいかもしれないが……」

 望六がクラス対抗練習試合の結果を案じながら呟くと、それと同時に保健室の扉が音を立てながら開かれた。

「おお! 目が覚めたか望六!」

 望六が音につられて視線を向ける。

「まったく、心配したんだからなっ!」

 そこにはいつものメンバーが勢揃いしていて最初に声を掛けてきたのは一樹と翠嵐であった。
 しかしその二人の後ろにはシルヴィアやナタリアの姿も確認出来る。

「ああ、問題ない……と言えば嘘になるが対した怪我ではな「望六ぅぅうぅ!!」ぐあはっ!?」

 一樹と翠嵐に大した怪我ではないと望六が言おうとすると、扉の前で立っている一樹の僅かな隙間からすり抜けるようにして一直線に走って突撃してきたナタリア。
 回復魔法で痛みが和らいでいるとは言え、当然外部から手を加えられた衝撃は普通に痛いのだ。

「大丈夫かい望六? 体におかしな所はないかい? もしくは痛い所とか……」

 彼女はそのまま望六の体に抱きつきながら心配そうな声色で訊いてくる。

「た、たった今……痛い所が出来たばかりだな……」

 だがしかし見ればナタリアの目元には薄らと雫を抱えているようで、変に心配掛けるよりかは素直に言ったほうが良い望六は思った。

「あっ!? ご、ごめんよ望六! 早く望六に会いたくて自分を抑えられなかったよ……」

 それを聞いてナタリアは慌てた様子で彼から手を離して謝ってきた。

「なに大丈夫だ……気にするな。次から気をつけてくれればいい……」

 望六はなんとか笑みを取り繕いながら言葉を返した。
 それでも依然として彼の体は金槌で殴られているかのように痛みが響いている。

「こら貴女達! ここは保健室ですの! いくら望六さんに会いたかったと言えど静かにお見舞いをするのがマナーですの!」

 その甲高い声は勿論シルヴィアであり、一樹や翠嵐の間を無理やりこじ開けて保健室へと入ってくると人差し指を立たせてマナーについて厳しく皆に言っていた。
 やはりお嬢様ともなると一般的な行儀作法には敏感のようである。
 
「た、確かにそうだな。悪い望六! ……あ、あとついでに伝えるべき事があるんだ」

 シルヴィアに色々と言われて一樹が両手を合わせて謝ると、僅かな間が空いてから真剣な雰囲気を漂わせていた。恐らく流れ的に試合の結果であることは望六とて即座に予想出来た。

「なんだ? 試合の結果か?」

 望六自身も結果は気になるところであり、あのあと何が起こったのか知りたかったのだ。
 谷中先生はなぜか未だに戻ってこない事から当然聞ける訳もなく。

「そうそう。まずはえーっと練習試合の閉会式で姉貴が言っていたんだが、あの試合には元々順位なんて存在してなくて本当に単純な練習試合であって、自分達の足りてない部分を見つける為の試合だったらしいんだ」

 一樹が試合後に七瀬が言っていたであろう事を次々と話していくと、望六はそれを聞いて頷きながら反応していた。
 そして彼は一通り内容を伝え終えたのか今度は隣に立っている翠嵐が静かに口を開いた。

「それも全ては、来るべき一年魔導対決に備えての事らしいとも言ってたな」

 一樹の言葉に補足を付け足すかのようにして翠嵐が言うと、周りに居るシルヴィアやナタリアも同時に頷いていた事から本当の事なのだろう。

 つまりはあの試合は形上のものであり、一年魔導対決の時までに各々が足りない部分を見つけて補えるようにする為の事だったのだろうと望六は考えた。

「なるほどな。練習試合は試合であって試合ではないか。まったく、先生方も強引なやり方を思いつくものだ」

 二人からの話を聞いて望六は思ったことをそのまま口にする。
 しかしながらそのタイミングでナタリアが再び彼に近づいてくると、

「ねぇ望六? もう一回聞くけど本当に体におかしな所はないよね? もし隠してたら怒るからね。……それに僕はあのプリン頭の先輩を絶対に許せないんだ。僕の大切な人を蹂躙するかのように痛めつけて最後はチェーンソーで切り捨てるなんて……ああ、絶対に許さない絶対に絶対に絶対に絶対にぃぃぃ!」

 なんとも瞳の内にある輝きは濁りを帯びていて声色は禍々しい雰囲気を持っているように望六は思えた。そしてナタリアは時々情緒が不安定になると、壊れたラジカセのように同じ言葉を繰り返すのだと改めて認識した。
 
「お、おう本当に大丈夫だ。だからそんなに怒らなくてもいいぞ」
 
 取り敢えず何かを言わないと収まらないと判断して声を掛ける。
 けれど心配してくれるのは望六としては純粋に嬉しい事でもあった。

 しかしナタリアはあの先輩に対し敵意のようなものを抱いているようだが、彼としてはあの先輩との戦いはそれなりに意味のあるものであったのだ。

 それは無属性や無詠唱だけでは足りず、根本的な立ち回り方が大事だということ。
 魔法で圧倒され、尚且つ体術戦でも歯が立たないのなら立ち回りで補う他ないのだ。

「……あ、そう言えば月奈はいないのか? さっきから姿が何処にも見えないんだが」

 ナタリアの狂気迫る言葉によってその場に沈黙が訪れていたが、望六が思い出したかのように一樹に声を掛けた。先程から月奈の姿だけが何処にも見えないのが不思議だったのだ。

「あ、ああ。月奈なら閉会式後にそのまま寮に戻ったぞ。なんでも魔法の事で色々とあるらしい」

 一樹は急に話題を振られた事で少し焦った様子だったが、直ぐに平然を取り戻すと両腕を組みながら月奈の事を話した。

 確かに彼女は未だにテンプレ魔法しか使えないゆえに色々と悩む事があるのだろうと望六は思うと同時に今回の試合で月奈はなにか得られたのかと気になりもした。
 
「そっか。月奈も色々とあるもんな。ところで気にな――」

 望六が矢継ぎ早に声を出そうとすると、

「おい、出入り口を塞ぐな馬鹿者二人。直ぐにそこを退け」

 それは唐突にも七瀬の苛立ち混じりの声によって遮られた。そして馬鹿二人と言われた一樹と翠嵐は蒼白い顔をして一目散に扉の前から退くと、七瀬は静かにゆっくりと望六の方へと近づいて行くと途中で足を止めた。

「もうすぐで夕食の時間となる。お前達は早々に寮に戻れ。いいな? まあ異論は受け付けんがな」

 そう言ってこの場の全員に顔を向けて七瀬は言うと、一樹達は首が千切れるのではと言わんばかりの速度で首を縦に振って急いで保健室から出て行った。
 望六はここで初めてナタリアとシルヴィアの青ざめた表情を見た気がした。

「うむ、見たところ具合は良さそうだな。……で、どうだった? 同じ無属性同士での戦いで何か能力についての進展はあったか?」

 七瀬は彼の体の様子を見て判断したのか微笑みを浮かべながらそんな事を訊いてきた。
 しかし望六は彼女の質問に答える前に幾つか聞かなければならない事があったのだ。
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