上 下
19 / 55
第一章 追放と仲間探し

17話「ニートは二度、倒れる」

しおりを挟む
 全てを凍てつかせるような瞳を向けながらアリスは俺の言葉を聞くと、特に頷く素振りや納得したような表情を見せることはなく、ただ一点を見つめるように視線を合わせては決して逸らすことはなかった。

「それはわたくしを置いて行くほどの事ですの?」

 そこで漸く瞬きを一回ほどすると彼女は恐ろしく静かに落ち着いた様子で口を開いて一つの質問を投げ掛けてきた。

 しかしその言葉の中には自分を置いて行くほどの事という妙な意味合いが含まれている文言があることから、恐らく俺がこの屋敷を出て行くというのは既に見透かされている事だとして考えておいた方がいいだろう。

 ならば今伝えるべき言い訳はこれしかないだろう。
 多少の危険性は伴うが当れば一発逆転の大博打となるはずだ。

「そ、そうなんだ。実は大切な冒険者仲間が魔王軍に囚われていてな。今すぐにでも助けに行かなければならないのだ!」

 アリスに事の真意を信じ込ませる為に生前の頃、小学校の演劇会で培った迫真の演劇を駆使して伝える。だが実際のところ冒険者仲間なんぞ俺には一人も居ないし、そのうえ魔王軍に囚われている者なんて無論居るはずもない。

 けれどこの話を俺が持ち出した時点で彼女が何処からか勇者一行の情報を得た瞬間に全ては一つの輪となり、嘘だという事が発覚して尚且つ通報されて勇者一行の元に身元を晒されることは間違いないだろう。

 これが今一番想定されうる最悪な展開のあらすじであり、多少の危険性を伴う理由だ。

「そうですの……。なら仕方がありませんわね」

 どうやら俺の賭博は成功したようでアリスは納得したように呟くと、先程まで肩に力が張り込んでいたのだが今は落ち着いているように伺える。ただ気になることに彼女の言葉には感情が無いというか何処か冷めているように感じられるのだ。

「おお! わかってくれるのか! ありがとうな」

 しかしそんな事を一々気にしてもしょうがないとして、親指に全神経を注ぎながらぐっと上げると可能な限り笑みを作り添えることにした。

「ですが……貴方がこの屋敷を出て行き、また戻ってくる保証がありませんわよね?」

 その発言は実に唐突なものでありアリスは再び全身から冷気のようなものを漂わせると、威圧的な視線を新たに向け始めていて俺の体は金縛りに遭遇したかのように微動にしなくなった。

 まるで動き封じの魔法を受けている時みたいな感覚だが、彼女からは魔法の才を一切感じられないことから恐らく体が動かないのはプレッシャーによるものだろう。

 それと先程のアリスの言葉には戻ってくる保証がないというものがあるが、もしかして彼女としては俺が再びこの屋敷に戻ることを前提で考えていたのだろうか。

 こういう場合は普通に考えて契約は破棄されて終わりだと、俺は思っていたのだが世間一般的には違うのだろうか。確かに契約期間が残っていれば一般常識的に続けるべきことかも知れないけど。

「だ、大丈夫だ! 仲間を助けたら直ぐに戻る! 俺を信じてくれ!」

 けれど向こうの気がそういうことならばそれを阻害しては後々面倒な事になる可能性は高く、ならば今は敢えてその話に乗ることで無駄な争いは避けるべきであろう。
 
「ふぅん……。まあ取り敢えず一旦落ち着きましょうか。さぁ、どうぞ。私の入れた特性のお茶ですわ」
 
 一先ず怪しまれているという部分は脱したようではあるが依然としてアリスの瞳に光が戻ることはなく、両手に抱えていた銀色のトレイを近くの机に置くと茶を飲むように勧めてきた。

 しかし俺としてはティーカップに注がれた茶は色々とトラウマが蘇り苦手の筈なのだが……慣れというのは実に恐ろしいものだと実感させられる。

 そう、今日という日に至るまでに俺はアリスと幾度もお茶会をしていたことからトラウマ部分が徐々に薄れて、今では普通にカップから茶が飲めるまでに精神が回復しているのだ。
 これは喜ぶべきなのかどうなのか答えは分からないが飲めるという事実は確かにある。

「あ、ああ飲みたいのは山々なんだが……。生憎今はそんな時間すらも惜しくてだな?」

 だけど俺は知っているのだ。女性がお茶を出すと時に限り、妙な瞳を宿している時は途轍もなくやばいことになると。俺がトラウマを植え付けられた時も、モニカが変な瞳を見せながら茶を飲めと言ってきてああなったからだ。

 ならばそこから学ぶべき点は多く有り”お茶と女性と妙な瞳”という組み合わせが全て揃った時に必ずと言っていいほどに、俺にとっての厄災が起こるという考えに到達するのは至極当然の事と言えるだろう。

 だがアリスは俺が茶を飲むことを拒むと途端に顔を俯かせて体を震わせ始めると……

「飲めとッ! わたくしが言っているのです! さあ、早くしてくださいまし!」
 
 急に距離を縮めて顔を上げると鼻先が触れそうになるほどに近くて、瞳からは影すらも消えて深淵を覗き込んでいるような印象を強く受ける。

 だがそれと同時に今の彼女の声はまるで魔物がとり憑いたような声であり、今までにも何度かは怒ることは有りはしたがこんな怒り方は始めで気迫に圧倒される。

 そして今この場で俺が茶を飲むことを再度拒否すると殺されそうな雰囲気もあって、現状のアリスは完全に狂気に身を落としていると言っても過言ではない状態だろう。

「わ、わかったよ。飲むよ。だからそんな怖い顔をして俺を睨まないでくれ……」

 鼻先が触れそうになるほどに近い顔から離れるように横に逸れると、アリスの首は油が抜け機械のような歯切れの動きを見せて視線を逐一向けてくる。もはやそれはホラー映画のようなもので一体、お茶を飲ませることにどれだけの意味があるというのだろうか。

「はやくはやくはやく! はやくしなさいッ!」

 そう考え事をしているだけで動きが止まると直ぐに彼女は壊れたラジカセのように何度も同じ言葉を口にして茶を飲むように催促をしてくる。

「はぁ……。まさかアリスにあんな一面があったとはな。さっさとこれを飲んで屋敷から離れないと殺されかねないぜ」

 背後で監視するように立ち尽くしているアリスに聞かれないように独り言を呟くと銀色のトレイに乗せられているカップに茶を注ぎ込むが、確かに珍しい茶葉を使用しているだけのことはあるのか匂いが独特で嗅いでいるだけで頭が痺れそうになる。

 本当にこれは飲んでも大丈夫なお茶なのだろうか。なにか劇薬的な雰囲気が大いに漂うのだが……背後からは今にも刺してきそうな威圧を放っているアリスが居る。
 故に今の俺に残された道は、この見るからに紫色をしている怪しげな茶を完飲することのみ。

「ああクソが! ええいままよ!」

 頭を掻き毟りながら右手でカップを手にすると半ば投げやりで覚悟を決めて、一気に飲み干すべくカップを口元に押し付けて未曾有の茶を口の中へと流し込む。

 その際に匂いが一段と強くなり鼻腔を瞬く間に突き抜けていくと脳が考えることを放棄したのか、徐々に意識が遠のいていくと最終的には目眩まで発症させて立っていられなくなった。

「く、くそったれ……」

 たまらず膝から崩れ落ちると尻を床に付けて座り込むが手足の感覚すらも徐々に失うと、やがて座り込むことすらも苦痛となり横に倒れるようにしてうつ伏せとなる。

「に、二度と女から出された茶は飲まないぞ……かはっ」
 
 なにを今更と思われるかも知れないが金輪際ティーカップに注がれた茶には決して、自らの口を付けることはないと薄れゆく意識の中でそれだけは揺るぎのないことだとして心中で誓う。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

18禁NTR鬱ゲーの裏ボス最強悪役貴族に転生したのでスローライフを楽しんでいたら、ヒロイン達が奴隷としてやって来たので幸せにすることにした

田中又雄
ファンタジー
『異世界少女を歪ませたい』はエロゲー+MMORPGの要素も入った神ゲーであった。 しかし、NTR鬱ゲーであるためENDはいつも目を覆いたくなるものばかりであった。 そんなある日、裏ボスの悪役貴族として転生したわけだが...俺は悪役貴族として動く気はない。 そう思っていたのに、そこに奴隷として現れたのは今作のヒロイン達。 なので、酷い目にあってきた彼女達を精一杯愛し、幸せなトゥルーエンドに導くことに決めた。 あらすじを読んでいただきありがとうございます。 併せて、本作品についてはYouTubeで動画を投稿しております。 より、作品に没入できるようつくっているものですので、よければ見ていただければ幸いです!

追放された最強剣士〜役立たずと追放された雑用係は最強の美少女達と一緒に再スタートします。奴隷としてならパーティに戻してやる?お断りです〜

妄想屋さん
ファンタジー
「出ていけ!お前はもうここにいる資格はない!」  有名パーティで奴隷のようにこき使われていた主人公(アーリス)は、ある日あらぬ誤解を受けてパーティを追放されてしまう。  寒空の中、途方に暮れていたアーリスだったかが、剣士育成学校に所属していた時の同級生であり、現在、騎士団で最強ランクの実力を持つ(エルミス)と再開する。  エルミスは自信を無くしてしまったアーリスをなんとか立ち直らせようと決闘を申し込み、わざと負けようとしていたのだが―― 「早くなってるし、威力も上がってるけど、その動きはもう、初めて君と剣を混じえた時に学習済みだ!」  アーリスはエルミスの予想を遥かに超える天才だった。 ✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿✿ 4月3日 1章、2章のタイトルを変更致しました。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

乙女ゲーのモブに転生した俺、なぜかヒロインの攻略対象になってしまう。えっ? 俺はモブだよ?

水間ノボル🐳
ファンタジー
↑ お気に入り登録をお願いします! ※ 5/15 男性向けホットランキング1位★  目覚めたら、妹に無理やりプレイさせられた乙女ゲーム、「ルーナ・クロニクル」のモブに転生した俺。    名前は、シド・フォン・グランディ。    準男爵の三男。典型的な底辺貴族だ。 「アリシア、平民のゴミはさっさと退学しなさい!」 「おいっ! 人をゴミ扱いするんじゃねぇ!」  ヒロインのアリシアを、悪役令嬢のファルネーゼがいじめていたシーンにちょうど転生する。    前日、会社の上司にパワハラされていた俺は、ついむしゃくしゃしてファルネーゼにブチキレてしまい…… 「助けてくれてありがとうございます。その……明日の午後、空いてますか?」 「えっ? 俺に言ってる?」  イケメンの攻略対象を差し置いて、ヒロインが俺に迫ってきて…… 「グランディ、決闘だ。俺たちが勝ったら、二度とアリシア近づくな……っ!」 「おいおい。なんでそうなるんだよ……」  攻略対象の王子殿下に、決闘を挑まれて。 「クソ……っ! 準男爵ごときに負けるわけにはいかない……」 「かなり手加減してるんだが……」  モブの俺が決闘に勝ってしまって——  ※2024/3/20 カクヨム様にて、異世界ファンタジーランキング2位!週間総合ランキング4位!

クラス転移で裏切られた「無」職の俺は世界を変える

ジャック
ファンタジー
私立三界高校2年3組において司馬は孤立する。このクラスにおいて王角龍騎というリーダーシップのあるイケメンと学園2大美女と呼ばれる住野桜と清水桃花が居るクラスであった。司馬に唯一話しかけるのが桜であり、クラスはそれを疎ましく思っていた。そんなある日クラスが異世界のラクル帝国へ転生してしまう。勇者、賢者、聖女、剣聖、など強い職業がクラスで選ばれる中司馬は無であり、属性も無であった。1人弱い中帝国で過ごす。そんなある日、八大ダンジョンと呼ばれるラギルダンジョンに挑む。そこで、帝国となかまに裏切りを受け─ これは、全てに絶望したこの世界で唯一の「無」職の少年がどん底からはい上がり、世界を変えるまでの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 カクヨム様、小説家になろう様にも連載させてもらっています。

クラスごと異世界に召喚されたんだけど別ルートで転移した俺は気の合う女子たちととある目的のために冒険者生活 勇者が困っていようが助けてやらない

枕崎 削節
ファンタジー
安西タクミ18歳、事情があって他の生徒よりも2年遅れで某高校の1学年に学期の途中で編入することになった。ところが編入初日に一歩教室に足を踏み入れた途端に部屋全体が白い光に包まれる。 「おい、このクソ神! 日本に戻ってきて2週間しか経ってないのにまた召喚かよ! いくらんでも人使いが荒すぎるぞ!」 とまあ文句を言ってみたものの、彼は否応なく異世界に飛ばされる。だがその途中でタクミだけが見慣れた神様のいる場所に途中下車して今回の召喚の目的を知る。実は過去2回の異世界召喚はあくまでもタクミを鍛えるための修行の一環であって、実は3度目の今回こそが本来彼が果たすべき使命だった。 単なる召喚と思いきや、その裏には宇宙規模の侵略が潜んでおり、タクミは地球の未来を守るために3度目の異世界行きを余儀なくされる。 自己紹介もしないうちに召喚された彼と行動を共にしてくれるクラスメートはいるのだろうか? そして本当に地球の運命なんて大そうなモノが彼の肩に懸かっているという重圧を撥ね退けて使命を果たせるのか? 剣と魔法が何よりも物を言う世界で地球と銀河の運命を賭けた一大叙事詩がここからスタートする。

追放?俺にとっては解放だ!~自惚れ勇者パーティに付き合いきれなくなった俺、捨てられた女神を助けてジョブ【楽園創造者】を授かり人生を謳歌する~

和成ソウイチ
ファンタジー
(全77話完結)【あなたの楽園、タダで創ります! 追放先はこちらへ】 「スカウトはダサい。男はつまらん。つーことでラクター、お前はクビな」 ――その言葉を待ってたよ勇者スカル。じゃあな。 勇者のパワハラに愛想を尽かしていたスカウトのラクターは、クビ宣告を幸いに勇者パーティを出て行く。 かつては憧れていた勇者。だからこそここまで我慢してきたが、今はむしろ、追放されて心が晴れやかだった。 彼はスカルに仕える前から――いや、生まれた瞬間から決めていたことがあった。 一生懸命に生きる奴をリスペクトしよう。 実はラクターは転生者だった。生前、同じようにボロ布のようにこき使われていた幼馴染の同僚を失って以来、一生懸命に生きていても報われない奴の力になりたいと考え続けていた彼。だが、転生者であるにも関わらずラクターにはまだ、特別な力はなかった。 ところが、追放された直後にとある女神を救ったことでラクターの人生は一変する。 どうやら勇者パーティのせいで女神でありながら奴隷として売り飛ばされたらしい。 解放した女神が憑依したことにより、ラクターはジョブ【楽園創造者】に目覚める。 その能力は、文字通り理想とする空間を自由に創造できるチートなものだった。 しばらくひとりで暮らしたかったラクターは、ふと気付く。 ――一生懸命生きてるのは、何も人間だけじゃないよな? こうして人里離れた森の中で動植物たちのために【楽園創造者】の力を使い、彼らと共存生活を始めたラクター。 そこで彼は、神獣の忘れ形見の人狼少女や御神木の大精霊たちと出逢い、楽園を大きくしていく。 さらには、とある事件をきっかけに理不尽に追放された人々のために無料で楽園を創る活動を開始する。 やがてラクターは彼を慕う大勢の仲間たちとともに、自分たちだけの楽園で人生を謳歌するのだった。 一方、ラクターを追放し、さらには彼と敵対したことをきっかけに、スカルを始めとした勇者パーティは急速に衰退していく。 (他サイトでも投稿中)

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

処理中です...