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第二章

3話「ブラッドムーン――開幕――」

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 俺とヴィクトリアは宿の自室にてスカイ炭酸を飲みながらパトリシア達が来るのを待っていると、部屋の扉からノックをする音が聞こえてきた。

「……パトリシア達が来たのか?」
「多分そうでしょう。私が出ますね!」
 ヴィクトリアは手に持っていたコップを机に置くと、扉の方へと向かった。
 
 ……何か可笑しいような気がするなぁ。
 いつもなら、ずかずかと思いっきり扉を開けて入ってくるパトリシア達なのに。
 こういう時だけ律儀にノックしてくるだろうか。

 俺はそんな事を思いながら、ヴィクトリアを目で追っていると。

「今、開けますねー!」
 ヴィクトリアが扉を開けるとそこには……。

「おっとぉ! 二人ともちゃんと揃っているね!」
「ありぇ、クラーラじゃないですか。一体どうしたんです? ……もしかして、もうご飯の時間でしたか!?」
 そう。ヴィクトリアの言う通りそこには宿屋のお姉さんこと、クラーラさんが立っていたのだ。
 
 いつもなら掃除や、ご飯の時間にしか上の階には上がってこない筈なのだが。
 本当にどうしたんだろう?

 まさかこんな時間から夕食とかではあるまいよな?
 俺はヴィクトリアと違って底なしの胃袋ではないぞ……。
 ついでに言うならさっきブラックバードの串焼きを二本食べてしまった所だ。

「ははっ。違う違う。実は今からブラッドムーンが始まってからの宿のを一階のロビーで説明しようと思って呼びに来た所なんだよ~。夕食はまだちょっと先になるかな」
「なんだ……ご飯の時間じゃないのですか……。えーっとそれよりも一階のロビーで説明とは?」
 ヴィクトリアは夕食の時間じゃない事に落胆している様子だったが、注意事項という言葉が気になったのか聞き返しているようだ。

 俺もその事について凄く気になっていたので有難い。
 知らず知らずの内にやらかして後から罰金とか言われても洒落になんからな。

「そうそう。如何せん初めての事だからよく分からないけど、一応この宿に宿泊しているお客様には安全に過ごして貰いたいからね! その為の説明会みたいなものを一階でしようかと!」
「なるほど。では準備が出来たら直ぐに一階に行きますね!」
「よろしく頼むね~!」
 クラーラさんは用件を伝えると手を振って一階へと下りていったようだ。
 ヴィクトリアはそれを見送るとそのまま振り返って俺の方へと歩いてきた。

「という事で説明を受けに行きますよユウキ!」
「そうだな。どうせまだパトリシア達もこなさそうだし行くか」
 俺はコップの中に残っていたスカイ炭酸を飲み干すと、椅子から立ち上がってヴィクトリアと共に注意事項の説明を受けに一階のロビーへと向かった。





「おぉ……この宿屋って意外と利用している人居たんだな」
「そりゃあそうですよ。なんせ冒険者達の間で有名な宿屋なんですから」
 俺とヴィクトリアが一階のロビーへと着くと、既に周りにはこの宿に宿泊している人達が集まっていた。
 見れば冒険者というイメージよりも普通にカップル率の方が高いんだがな。
 
 チッ。イチャイチャしている所を是見よがしに見せつけてきやがって!
 もしアンデッドが宿に入ってきたらリア充達を優先的に狙って欲しいものだ。

 と、俺が嫉妬心剥き出しでカップル達を見ているとクラーラさんが奥の方から姿を現した。
「いやぁ、急遽お集まり頂いてすまないね! では、早速ブラッドムーン中についての注意事項を話していくよ!」
 その言葉と同時にその場に居た俺達宿屋の利用者は、クラーラさんの方に顔を向けて説明を聞いた。
 
 その話を纏めるとこんな内容である。
 まず、六時を過ぎてからの外出は禁止。
 そして八時を過ぎたら部屋の明かりは付けていてもいいが、雨戸という窓に付いている小さな扉を閉めて、外に居るアンデッド達に気づかれないようにしないといけないらしい。
 後はやはり俺が思っていた通り、静かに過ごす事ぐらいであろう。

 一応、宿の入口には魔除けの護符が張ってあって下級のアンデッドぐらいなら気づかれないらしく、例え気づかれたとしてもそう簡単には入ってこれないらしい。

 クラーラさんから注意事項を聴き終えると、宿の利用者達は若干ビビているのかカップル同士仲良く抱きつき合いながら各自の部屋へと戻っていった。

「くそぉ……。マジで羨ましいな」
「なんですか。ユウキは女性に抱きついて貰いたいんですか? でしたら私がしてあげますよ! ……ただし、毎日のマッサージとクエストで貰った報酬の半分を私に渡すことが条件ですがね!」
 俺がカップル達を目で追っているのがヴィクトリアに見つかると、妙にムカつくような顔で何か勝手に話を進めて条件まで突き立ててきた。
 いや、金取るのかよ……しかも期限が設定されていない所がまたイヤらしい。
 
 しかし見た目だけを取るならヴィクトリアは完璧である。
 だが中身を知っているからなのか、コイツにだけは抱きつきたくないと断言できる。

「いや遠慮しとくわ。お前とするぐらいならパトリシア達の方がマシだ」
 俺は未だにロビーに残ってイチャイチャしているカップル利用者を見て答えた。
「そうですか? それは残念です。……ですが良かったですね! パトリシア! ユリア!」
 ヴィクトリアはああ言っているが声が全然残念そうではない。
 というか何でヴィクトリアは急に二人の名前を出してくるんだ?
 
 俺がそう思っていると答えは直ぐに分かった。
「ゆ、ユウキは意外と言う男なんですのね……!」
「オレと抱擁したいなら別に構わんぞ! その代わりに新作魔法の実験に付き合ってもらうがな」
「…………えっ?」

 俺は声の聞こえる方に視線を向けると、そこにはヴィクトリアの横でモジモジとしているパトリシアと相変わらず笑うとギザ歯がチラッと見えるユリアがそこに居た。

 え、マジで? いつの間に宿に来ていたんだ?
 ……てかさっきの話、思いっきり聞かれていたのか!?

 うぉぉぉ……は、恥ずかしい。
 モノの例えとして言っただけなのに、何でそう言う時に限ってパトリシアは可愛い反応するんだよ! 辞めてくれ!
 そのモジモジする仕草は凄く萌えるんだよ!
 
 あとユリアはブレる事がないな。
 確実に我が道を進んでいるって感じだ。

「おや? そこの美女お二人はユウキさんの新しい愛人かい?」
「ちょっ!? ち、違うぞ! いきなり何てこと言い出すんだ!」
 クラーラさんは俺達が話し合っている声が気になったのか、受付から顔を覗かせて言ってきたが、俺は必死に否定した。

「ほぉー? 違うのかい? まあ、ユウキさんには可愛い可愛いヴィクトリアちゃんが居るから確かに十分だね!」
「フッ……そうですよユウキ! クラーラちゃんの言う通りです!」
 クラーラさんがヴィクトリアの事を褒めると、ヤツは両腕を組んでドヤ顔を決めていた。

 いつの間にヴィクトリアとクラーラさんはちゃん付で呼び合う仲になったんだ?
 いやその前にクラーラさんの中で、俺とヴィクトリアはどんな関係になっているのだろうか。
 恐らく……とうよりもかなりの食い違いがあると俺は思ってならない。

 まあしかし、今はそんな事よりもこの二人を先に紹介しといた方が良さそうだな。
 仮にも一日だけ宿泊する訳だし。料金はもちろん二人分加算されるだろうなぁ。

「はぁ……。ヴィクトリアは少し黙っていてくれ。先にクラーラさんにこの二人を紹介するから」
「えーっ。今から私のを言うと思っていたのですが……。むむ、仕方ないですね」

 えっえ? 急になにそれ? 美貌の秘訣、百八十個ってなんだよ?
 ヴィクトリアには未だに謎が多く秘められている事を実感した。
 
 そして俺はその事を地味に気になりながらも、クラーラさんにパトリシアとユリアの事について紹介した。
 もちろんここに来た目的も話した。
 
 するとクラーラさんは意外にも。
「そう言うことなら今回だけ料金は取らないでおくよ! その代わりいざって時は頼むよ!」
「任せて下さいまし! このパラディ職と刀は伊達ではないですわ!」
「おう! 夕食までご馳走になるからにはしっかりと働くぞ!」
 気前よく許してくれて、ユリアも言っている通り夕食までご馳走してくれるようだ。
 余談だが、食事代についてはちゃんと料金が発生するみたいで俺が二人分払っている。

 ここに二人を呼んだのは俺達だからな。その辺はしっかりとしないといけない。
 ヴィクトリアにも半分出して貰うと思ったのだが、ギャンブルで破産寸前だったので今回だけ見逃してやった。
 
 まったく……自分で言うのも何だが俺は聖人のように慈悲深いな。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 そうこうしている間に俺達はクラーラさん自慢の手作りシチューを頂いて、お腹も満足になった所で自室へと戻っていた。
 
 自室へと戻ると早々にパトリシアとユリアが如何わしい物がないか物色していたがな。
 仮にもヴィクトリアと一緒に寝泊りしていることから、そういうないかの確認らしい。
 
 ある訳ないだろうにまったく。
 こっちはまだバキバキの童貞ですよ。
 
 そして時刻が夜の八時を回るとミストルの街にスピーカーを通してこんな放送がされた。
「只今よりブラッドムーン警報を発令します! 外に居る人達は速やかに近くの建物に避難して下さい。この警報は翌朝の六時まで継続されます。それでは皆さん怖いと思いますが、頑張ってこの一夜を乗り切りましょう! 以上です」

 この声ってギルドの受付のお姉さんの声だよな?
 あの人ってもしかしてウグイス嬢か何かなのか?

 俺は放送を聞いて考えていると、背後からアホな悲鳴が聞こえてきた。
「ああっ……等々始まってしまったのですよ……。恐怖のアンデッドパレードの時間がぁぁ!!」
「そんなに怖がなくても大丈夫ですわ。何があってもヴィクトリアは私が守ってみせますの」
 振り返るとパトリシアは紅茶を飲みながらそんな事を言っていた。
 流石は聖騎士だけの事はる。肝が据わっているというかアンデッドには強気の様子だ。

「なあユウキ? そろそろ雨戸閉じなくて大丈夫なのか?」
「おっとそうだな。放送も聞いたし、もう閉じておくか」
 ユリアが声を掛けてくると、俺は雨戸に手を掛けて閉じた。

 よしよし、これでアンデッド達も俺達には気づかないだろう。
 あとは……そうだなアレだな。

 俺はその場で回れ右をすると皆が居る方へと向かう。
 これから大事な話し合いをしなければならないからだ。

 そう。俺がクローゼットで寝るか否かの大事な話をな。
 自分で言っといて何だがやっぱりクローゼットは無理がある!
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