上 下
20 / 54
第一章

20話「若き魔女は変なところを見て学んだ」

しおりを挟む
「そ、即答ですか……。では理由をお聞きしても、よろしいでしょうか?」

 ジェラードが目の前の金髪騎士に対して丁寧にお断りの言葉を口にすると、騎士は下げていた顔を上げて暗い水底のような瞳を向けてきた。

「理由を単純だ。まず自身が何者かも名乗りもしないヤツと旅はできん。まあ、そもそもアナスタシア以外に旅に加える気は毛頭ないがな」

 両肩を竦めて彼は理由を話していくと、何か思ったのか突然騎士が力強く立ち上がって目つきを尖らせてきた。
 その急な出来事にジェラードは反論でも言ってくるのかと少しだけ興味がそそられる。
 
「……ッ! 私とした事が自らを名乗らずに図々しくも仲間になりたいなどと言ってしまった。申し訳ございません魔術師様!! 遅ればせながら私の名は【リアス=スプリングフィールド】です! 中立国アヴァロンにて、魔獣討伐騎士団団長を務めさせて頂いております!」

 彼女は自らの名と所属する部隊と国を一字一句覇気を込めた様子で言ってくる。
 どうやらリアスが目つきを尖らせた理由は己を恥じた結果であり、彼の考えていた反論というものは呆気なく裏切られた。
 
 だが女騎士ことリアスは魔獣討伐騎士団団長の者だったらしい。
 ならば魔獣討伐を生業としている彼女らが、ゴブリン如きに負ける筈がないとジェラードは思う。
 
「うむ、お前の素性は分かった。しかし疑問だな。魔獣討伐騎士団なら何故、ゴブリン如きに敗北を喫した?」

 彼は率直に思ったことをリアスに訊ねる事にした。
 すると彼女の表情は徐々に影を帯びていき、恐らくゴブリンから受けた屈辱の数々を思い出したのだろう。

「そ、それは……私達がゴブリン共の力を見誤った結果です……」

 リアスがそう小さく呟くと、彼女の背後で未だに片膝を付いて頭を下げている女騎士二人の手が震えていた。そこでジェラードは何となくだがこの騎士達がゴブリンに敗北した内容を察すると、

「そうか。まあ、負けた要因をネチネチと聞いてもしょうがないからな。この話は終わらせてやる。だが……それと別になぜ俺と共に旅がしたいんだ?」

 次にどうして自分達と旅がしたいのかと言う根本的な事を訊ねる事にした。
 そしてリアスはその質問を待っていたのか、顔から影を少しだけ消すとそのまま口を開いた。

「はい、それは私の師が言っていた事だからです。師曰く、自分の全てを捧げても良いと思えた人物にこそ己の剣と忠義を……そして”処女”を捧げよと! そう言っていたからです」

 彼女は誇らしげな笑みを浮かべながら右手を胸に添えて言い切ると、ジェラードはそれを聞いてリアスの師匠はひょっとして馬鹿なのではと素朴な疑問が浮かんだ。
 
 しかしそんな事を彼女の前で言うと話がこじれていく事は目に見えて分かった。
 そこで彼はこの話を早期に終わらせるべく、

「ゴブリンに襲われたのにお前はまだ処女なのか? ……っといかんいかん。くだらん話に乗ってしまっていかんな。あー、理由を聞いといてすまないが、やっぱり旅の同伴は許可できない。こっちも村の復興で忙しいからな」

 取り敢えずその場凌ぎで最も信憑性の高い言い訳を使うことにした。
 勿論村の復興を手伝うのは嘘であり、村人達が復興を始めて忙しくなった頃合を見計らって次の目的地に向かおうとジェラードは考えたのだ。

「そ、そうですか……誠に残念です。しかし! 私は諦めません! 村の復興を手伝うと言うことはまだ暫くこの村に滞在すると言う事ですよね! ならば、私もこの村に滞在して魔術師様の身の回りや雑用をさせて頂きます! 無論、これだけは譲れないのであしからず」

 彼の言い訳を聞いてリアスは一瞬だけ肩が下がったが、直ぐに握り拳を作りながらジェラードに顔を近づけてくると妙に気合の入った様子で勝手に村に滞在して手伝いをすると言い出した。
 それも身の回りや雑用とのことだ。それは彼からしたら唯唯、面倒な事この上ない。 

「いや、結構だ。お前も中立国に帰るがいい」

 ジェラードは乱暴に自身の頭を掻きながら即座に国へと帰るように彼女へと告げる。

「いやです、帰りません。 おい、二人とも聞いていたな? あとはお前達がアヴァロン中立国へと向かって事情を説明せよ。暫くして私が帰ってこなかったら察してくれ」

 だがリアスは一歩も食い下がらず、振り返ると後ろに控えている騎士二人に伝言すら頼んでいた。一体帰ってこなかったら察してくれとはどういう意味なのか、ジェラードは考えたくもなかった。

「「はい、承知しました」」

 けれどリアスに言われて活気よく返事をする騎士二人。

「では魔術師様。色々と準備がありますで、この辺りで一旦帰らせて頂きます」

 リアスはそう言って頭を下げてくると、彼女の背後で膝を付いていた騎士二人も立ち上がって頭を下げてきた。出来ることならもう会いたくない、寧ろ三人仲良く中立国へと帰って欲しいとジェラードは思い、そう口にしようとした時には――

「くっ、流石は中立国の騎士だな。その動きと判断力に迷いがないとは……」  
  
 既に彼の目の前に三人の女騎士の姿は無かった。彼女らは言いたい事だけ言うと、てきぱきと行動し始めて何処かへと向かったのだ。恐らく村人達が急拵えで作った仮設所だろう。

「はぁ……しょうがない。適当にお菓子でアナスタシアを釣って、今すぐにでもハウル村を立つとするか」

 そう呟くようにしてジェラードは扉を閉めると、朝食の続きを堪能しようと席へと向かおうとした。だが彼が振り返るとそこには……満面の笑みを浮かべて微動だにしない、まるで石像のような状態のアナスタシアが肉の乗った皿とフォークを片手に佇んでいた。

「ふふっ、全部聞いてましたよ先生。何だかんだ言いつつちゃんとハウル村の復興に手を貸してくれるんですねっ!」

 彼女は不気味に張り付いたような笑顔のまま口を開くと、どうやら先程の騎士達を追い返す為に放った嘘をしっかりと聞いていたらしい。

「いや、あれはう「ま・さ・か・大賢者ジェラード様ともあろう、お人が嘘なんてつきませんよねぇ?」……チッ、クソガキ」

 ジェラードは面倒ながらも弁明してあれはその場凌ぎの嘘だと言おうとしたのだが、アナスタシアも成長しているらしく笑顔を維持して薄らと目を開けながら先手を打ってきた。
 それに対して彼はこの話を彼女に聞かれた時点で逃げ道がないことを確信した。

 一応、アナスタシアを気絶させてその間に次の目的地に向かう事は可能である。しかしそれをしてしまえば彼女から永遠とその事に関して小言を言われ続ける事は火を見るより明らかだ。
 そんな屈辱は決して看過できないことであり、ジェラードは自らの発言を悔いる。

「ささ、先生はやく朝食を食べて下さいよ! そうしたら早く復興の手伝が出来ますよ~」

 満面の笑みのアナスタシアがそう言って自身が持っている皿の上に乗った肉をフォークを使って口元へと運ぶと一口で平らげていた。

「ああ、分かっている。ったく……口は災いのもとだな本当に」

 愚痴を吐き捨てつつジェラードは残りの朝食を取るべく席へと戻るのだった。


◆◆◆◆◆◆◆◆


 それからジェラードとアナスタシアが朝食を食べ終えると、スーリヤに案内されて村の仮設所へと向かった。そこで子連れで家を失くした者達を優先として家を建て直す事にしたのだ。

「先生! 私は瓦礫の撤去や仮設所の補強に掛かりますので、その他諸々は頼みますね!」

 仮設所へと到着してジェラードが辺りを見渡すと、隣からアナスタシアがそんな事を言ってきた。詰まるところ家を建て直すという厄介事を全て彼に押し付けて、自分は楽そうな所を選んだのだ。こういう抜け目のないところは魔女と言えるだろう。

「お前が復興を手伝いって言い出したんじゃないのか……はぁ。だがまあいいだろう。新人魔女さんは家を二、三個作るのが限度らしいからな」

 ジェラードは両腕を組みながら彼女に向けて煽るような口調を使うと、アナスタシアは一回も彼と目を合わせずに奥の方へと足を進めて行った。
 恐らくここで無駄な喧嘩をするのは得策ではないと彼女は考えたのだろう。

「くそッ……小娘の癖になかなかどうして、しっかりと無視を決め込むじゃないか。実にいい度胸をしている」

 アナスタシアは変な所だけ成長を遂げているようで、ジェラードは益々扱いにくくなった彼女を思いながら早期に村を復興させる為に、村人を数人引き連れて破損の大きい場所へと向かうのだった。
しおりを挟む

処理中です...