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第一章

5話「魔術師はギルドにて笑われる」

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 ジェラードが新たな服装一式を褒美としてアナスタシアに与えてその日を終えると、次の日には二人は早朝のまだ肌寒い風が吹く王都の街を歩きながらギルドと呼ばれる冒険者御用達の場所を目指していた。

「……なんで苦労して魔女になったのに私は地に足を付けて歩いているんですか」

 隣を歩くアナスタシアが不満げにそう言ってくる。

「そりゃあ、人間というのは地に足を付けて生きるものだからな」

 ジェラードはその言葉に対して冷静に返していた。
 だが彼女はその言葉を耳にすると更に不満が募ったのか頬を膨らませて睨んでくると、

「そういう事を聞いてるじゃないんですよ! ど・う・し・て! 私は魔女になったのに箒に乗って空が飛べないんですか! それとやっと旅に出る雰囲気だったのになんで私達はギルドを目指しているんですか!?」

 アナスタシアはここぞとばかりに勢いに身を任せた様子で口を開くと、それは恐らく彼女が今思っている疑問の数々なのだろう。
 それに対してジェラードは溜息を吐きながら彼女の方へと視線を向けると面倒だが一つ一つ答えると事にした。でなければずっと横で愚痴を言われると思ったからだ。

「……ちゃんと答えるから、朝からそんな甲高い声を出さないでくれ」
「でしたら早く言ってくださいよ! 私はこれでも優秀な魔女なんですからね!」

 魔術師試験を一位で合格して得たバッジを誇らしげに見せてくるアナスタシア。

「はいはい。……えっとまずはだな。ギルドについては単純に俺の持ち金が無いからだ。そこで取り敢えずの手段として、適当にクエストをこなして金を得ようと思っているのだ。ちなみに金が無くなった理由としては昨日、お前が食べたカエルクッキーが原因だがな」

 二人がギルドへと向かっている事の発端としては昨日アナスタシアが大量に食べていたお菓子が要因なのだ。ジェラードは久々に買い物という行為をしたせいで金銭感覚が狂っていて、店主に買えるだけくれと金の入った袋を全て渡してしまったのだ。

「あの大量のお菓子を買ったせいで一文無しになったんですか……。あれ? でも先生って大賢者なんですから頼めば王都からお金ぐらい貰えるのでは?」
「まあそれも確かに可能ではあるが、俺としては王都に借りを作りたくないから嫌だ」

 彼女の言う通りジェラードが王都に頼めば金銭援助は軽く許可されるだろう。
 しかしそれを行ってしまうと王都は必ず相応の見返りを求めてくると彼は知っているのだ。

 多分だがジェラードが独自に作り上げた都市をまるまる一個崩壊させる事が出来る魔法の詳細か……。はたまた仲が悪い帝都の主要部分を攻撃してこいだのと言ってくるではないかと。

「意外と先生ってめんどくさい性格してますね。……あっ、ってことは私が箒に乗れない理由って――」

 アナスタシアは何やら感づいた様子で頬を引きつらせながら尋ねてくると、

「おお、流石は魔術師試験一位だけのことはあるな。そうだ、単純に箒を買う金がないからだ。まあ、俺としては箒なんぞなくても飛べるのだが……お前には無理だろう?」

 ジェラードはめんどくさい性格と言われた事に少しだけ苛立ち言い返すようにして最後に煽った。すると彼女は握り拳を作って手を震えさせ始めると、

「ぐぬぬ、事実ですが最後の言葉がやけにムカつくのは何故でしょうか! ……だけどギルドを目指している理由と、私が今地に足を付けて歩いている理由は分かりましたよ。遺憾ですけどね」

 そう言って何処か無理やり自身を納得させた様子で握った拳を下ろしていた。

「うむ、ならば結構だ」

 ジェラードは物分りの早い彼女に頷きながら返すと再び視線を前の方へと向けた。
 

◆◆◆◆◆◆◆◆


 それから二人は王都の街を二十分ぐらい歩くと、やっと目の前に冒険者ギルトと書かれた建物が姿を現した。全体像としては木と煉瓦で作られている建物で、周りの建物と特段変わったことはない。強いて言うなら建物が大きい事ぐらいと中から野太い男の声が聞こえてくるぐらいだ。

「よし、ぱぱっとクエストこなして資金を得たら王都を出るぞ」

 ジェラードはそのままギルドの扉に手を掛けて開け放つ、

「そ、そそ、そうですね。私はこういう所は初めてなので緊張します……」

 すると中から響く野太い声を聞いたのかアナスタシアは若干戸惑っているようだった。
 だがそんな事は些細な事で扉を開けて彼が中へと入っていくと、

「ここが王都のギルドか……。やはり中は相当に広いようだな」

 周りを見渡しながらジェラードは呟く。

「本当ですね。……酒場が併設されているからでしょうか?」

 そしてアナスタシアは何故か彼の背後に隠れるようにして何かを言っている。
 しかし彼女が言っている通りにジェラードの目の前には受付カウンターらしき場所と、荒くれ者っぽい見た目をしている男女達が酒を酌み交わしている場所が視界に映っているのだ。

 それは即ちこのギルドは仕事と飯が揃っている環境で、ジェラードが予想するにクエストの報酬を得たらそのまま横の酒場で散財して貰えるよになっているのだろう。

「ふむ、それならこのギルドの利益も上がるな。中々に賢いと見える」

 彼はこのギルドのやり方に少なからず感心を覚えると、視線を酒場から外してカウンターの方へと向けた。先程から背中の服をアナスタシアが小刻みに引っ張ってくるのだ。
 多分だが早くクエストを探して金を貰って旅に出たいと訴え掛けてきているのだろう。

「わかったわかった。クエスト受けに行くから、そんなに服を引っ張らないでくれ」

 溜息混じりの声でアナスタシアに向けて言うと彼女はさっきから余り喋らない様子だ。
 きっとこの独特な場の空気に慣れないのだろう。
 そう思いつつジェラードはカウンターへと向けて歩き出すと、

「おいおい兄ちゃん。こんな所に年端もいかない嬢ちゃんをこんな野蛮なとこに連れてきちゃ駄目だぜ! はっはっは!」

 だがそこで彼らは唐突にも横から話し掛けられた。その声の方にジェラードが顔を向けると、そこには上半身裸で筋肉が異様に発達している大男がジョッキを片手に立っていた。
 そしてその大男から漂ってくるのは酒の匂いで、明らかにこの男は酔っていると分かる。

「ああ、こいつの事か? なら安心しろ。アナスタシアは昨日魔術師試験で全ての科目を一位で合格したヤツだからな。確実にこの場に居る魔術師達よりかは戦力になるぞ」

 ジェラードは外見だけで人を判断する行為をこの世で何番目かに愚かな事だと考えている。
 ゆえにアナスタシアが大男に外見だけで判断され実力を決められるのは遺憾だった。

「はっはは! この兄ちゃんは冗談がうめえじゃねぇか! こんなちっこい少女が魔女なわけがねえ!」
 
 だが大男はジェラードの言葉を冗談か何かだと思っているのか、ジョッキに入った酒を飲みながら盛大に笑っていた。
 しかもその大男につられるようにして周囲からも冒険者達が笑いながら野次を飛ばしてくる。

「ないない! 俺は戦士職だけど、こんな幼い子が合格出来る筈がないことぐらい分かるぜ!」
「そうそう! ごっこ遊びは良いけどほどほどにな二人とも! がははっ!」

 この手の輩は酒に溺れていて何を言っても無駄で、話に付き合っていると時間がいたずらに消費されていくだけだと彼は判断すると再びカウンターへと足を進めようとしたのだが……。
 
「ちょっと待ちなさい。そこのお二人さん」

 またもや二人は声を掛けられて足を止められてしまった。
 ジェラードは面倒に思いながらも顔を声のする方に向けると、そこには魔術師の証を付けた女性がこちらを見ながらパイプ式の煙草をふかしていた。

「ったく……次はなんのようだ? すまないが俺達は急いでいるんだが」

 明確に嫌な雰囲気を漂わせながらジェラードが返事をする。

「そんなに焦らなくともクエストは逃げはしないわ。……それよりも試験を一位で合格したって本当かしら? 言っとくけどそれが冗談だとしても笑えないわよ」

 その魔女もどうやらアナスタシアが試験を一位で合格したことを疑っているらしい。
 おまけに冗談だとしても受け入れがたいものらしく表情は険悪だ。

 だが確かに魔術師達にとってあの試験は大きな意味を持ち、冗談の引き合いで出されると苛立つ事もジェラードには理解出来る。
 ……がしかし、これは紛れもない事実であり何も間違ってはいないのだ。

「別に冗談ではな「もぉぉ! さっきから話を聞いていれば何ですか! 私の事を舐めたような口調でお嬢ちゃん呼びや、あまつさえ魔女である事を疑ってくるとは! そんなに疑うなら私と”勝負”しましょう!」……おいおい」

 そこでジェラードは改めて真実だと言うとすると、背後に隠れていたアナスタシアが急に身を出して周りに居る冒険者達に声を荒らげて文句を撒き散らしていた。
 しかも合格の事を疑われた事が一番癪に障ったのか勝負を持ちかけている始末だ。

「あらいいわね。幼気な少女に言っていい嘘と言ってはいけない嘘を身を持って教育させてあげるわ」 
 
 なぜかアナスタシアの提案に乗り気の様子の魔女だが……その提案に乗ってしまうのもどうかとジェラードは会話を聞いていて思う。けれどこれはある意味では良い機会なのかも知れない。
 
 何故なら彼はずっと森の中で数千年と過ごしていたわけで、近年の魔術師がどのくらい魔法が扱えるのか手っ取り早く知られるからだ。そう考えるとジェラードは特に口を出すことはせずに急遽始まった二人の魔女の対決を見守る事にした。
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