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第5章 ルネッサンス攻防編

第627話 試合でなく、試射なら良いのではないか?

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「ウニベルシタス反対派ですと? さて、そんなものがあるともないとも。そもそも魔術は流派に分かれ、相争うのが伝統のようなものですし」

 10分ほど当たり障りのないやり取りを続けた後で、マランツは『反ウニベルシタス派』の存在有無について聞いてみた。サレルモ師の答えは肯定とも否定とも取れるものだった。
 言っていることはもっともだった。流儀が違えば意見が異なる。魔術各流派同士は決して一枚岩にまとまったものではなかった。

 流派の勢力を伸ばそうとすれば互いに衝突する。弟子の勧誘でもめ事が起きるのはよくある話だった。
 そうでなくともどちらが優れているかという競争は当たり前に存在する。

 王国魔術競技会はそういう争いを公正に、あと腐れなく決着する場でもあるのだ。

「マランツ先生は公の場から退かれて随分たつようですが、最近は『メシヤ流』を押し立てているようですね」

 サレルモ師は当然ながらウニベルシタスの近況について情報を集めていた。魔術師協会から送り込まれた生徒も1人や2人ではない。
 ネルソンたちはそれを知りながら平然と受け入れてきた。

 かりそめにもメシヤ流に染まれば、思うと思わざるにかかわらず、メシヤ流の伝道者となる。それはメシヤ流魔法に技術、手法として伝統流派を超越した利点があるからだ。

「単なる手伝いに過ぎぬよ。既に魔力を失った身じゃ」

 マランツは淡々と答えた。彼の本心である。
 自分の弟子はジローで終わった。いまの自分は「教師」であって「指導者」ではない。

 マランツにとって「師」とは、命を懸けて流派の神髄を弟子に伝承する者だ。今の自分に、最早その情熱と信念はない。そう思っていた。

「ご謙遜を。人を選ばず、属性を選ばぬ教授法、前例を見ない実績ですな」

 ウニベルシタスでは素質を問わない。誰でも魔力を活性化できると言う。
 ウニベルシタスは属性を語らない。地上の現象はすべて魔法の対象であると言う。

「5年前ならそんな馬鹿なと言うところでした。しかし、その成果がこうしてわたしの目の前にいる」

 サレルモ師は長いまつ毛を動かしてステファノに目をやった。当人は急に話題に載せられて、居心地悪そうに身を固くしている。

「あれから稽古は重ねているかね? そうだろうな。またいつか手合わせしてみたいものだ」

 優しげな顔でそう言うが、サレルモ師の目の奥は笑っていなかった。

「俺の専門は生活魔法と魔道具ですから」

 ステファノはやんわりとサレルモ師の誘いを断った。「どちらが強いか」という尺度はステファノの価値基準ではない。自分たちを脅かす者から身を守れれば、それで十分なのだった。

「試合でなく、試射なら良いのではないか?」

 さりげない顔でドリーがけしかけた。

「協会長自らが競い合うのは何かと差しさわりがある。ここは双方の代表選手同士の模範演技ということでいかがですか?」
「なるほど。試射か。標的を撃ち合って威力と精度を競うわけだな」
「ウニベルシタス側からはステファノを出しましょう」

 ドリーがそう言うと、明らかにサレルモ師の表情が動いた。

「相手にとって不足はないな。さて、こちらは誰を選んだものか……」

 思案顔で腕を組むサレルモ師に、ドリーはしたり顔で畳みかけた。

「1人に絞り込まなくても結構です。がありますから。5人対1人くらいでちょうど良いのでは?」

 涼しい顔でサレルモ師をあおる。

「ほう。強気だな。ならばそうさせてもらおうか。競技方法もこちらで決めさせてもらって良いな?」
「お任せしましょう。試射会です。互いに研鑽ができれば十分ですからな」

 鷹揚に言い放ち、ドリーはにっこりとほほ笑んだ。

 ◆◆◆

「あそこまであおる必要ありましたかねぇ」

 翌日、協会に向かいながらステファノがぼやいた。協会員の敵意を浴びることになるのは自分なのだ。勝手に火を大きくされては迷惑である。

「本気になってもらわなくては意味がないからな。あのくらい言ってやれば、『反ウニベルシタス派』が黙っていないだろう」
「もしいるとすればでしょう?」

 ドリーにしてみれば作戦通りというわけだが、当事者のステファノとしてはいい迷惑だと思う。

「こういうことをするなら、ドリーさんが試射をやってもいいんじゃ?」
「わかっておらんな。『王国魔術競技会準優勝者』という肩書が大事なのだ。ステファノは涼しい顔をして、いつも通り人を食った術を使ってくれればいい」

 文句を言うステファノをドリーは適当にあしらった。
 3人は魔術師協会に到着し、5分ほどで中庭にある試射場に通された。

「約束通り5人のメンバーを選出させてもらった。早速始めるかね?」
「結構です。ステファノ、準備は良いな?」

 サレルモ師とドリーの掛け合いにステファノは小さく頷いた。事魔法に関して、ステファノはいつでも準備ができていた。いつ戦いに巻き込まれても即応できる。
 ドリーもそれは熟知していた。ステファノへの問いは単なる形式だった。

「それではこちらの5名と1人ずつ試技を競い合ってもらおう」
「1対1で良いので?」
「まずは小手調べだ。5名との試技が終わったら、5対1で競い合ってもらう」

 5回の試技は、火属性、水属性、風属性、土属性、光属性で争う。最後の1戦は属性縛りなしの自由演技となる。

「なるほど。それなら全属性持ちのステファノと対等の条件で試技ができるな」

 火属性しか使えない術者でも、火属性縛りを入れた競技でなら全属性を持つステファノと対等に競い合える。よく考えられた競技条件だった。

「各属性が最も得意な人間を選べばいいわけだ。さすがですな」

 サレルモ師の競技設定に賛辞を贈りながら、「無駄なことだがな」という冷めた感想をドリーは相槌に籠めていた。

「まずは火属性! 選手はそれぞれの位置につけ!」

 ドリーの皮肉に気づかぬ風にして、サレルモ師は試合開始の準備を進めた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第628話 ステファノの標的は倍の距離にしてもらう。」

「第1試合は火属性だ。20メートル先の標的に火魔術を当ててその威力を競う。そちらでは火魔法と呼ぶのだったな? 的を外したら、もちろん負けだ」

 標的としてつるされていたのは全身鎧の胴体部分だった。頭部と手足はついていない。大きな亀か、コガネムシに似ていなくもない。
 鉄素材の鎧はもちろん不燃性だ。火魔術の的としてはダメージの入りにくい相手であった。

「面白い。競技者の工夫が見どころじゃな」

 ……

◆お楽しみに。
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