上 下
600 / 638
第5章 ルネッサンス攻防編

第600話 これは俺の本性なんだろうか?

しおりを挟む
 それよりさかのぼること600年以上昔、一人の英雄が悩んでいた。

「本当にこれでいいのか?」

 戦乱に終わりを告げる勝利を得ながら、聖スノーデンは迷っていた。

 自分1人が「魔術」という異能を得た。そんな無双状態で敵軍を総なめにする。
 剣であろうと矢であろうと攻撃を一切受けつけないのだから、必然的に一方的な殺戮となる。

 気づいたら、この世界にいた。それどころか数千人の敵軍を相手に戦いの最中だった。

 考える余裕もなく、襲い来る敵軍を薙ぎ払い、燃やし尽くす。

 自分が何者か、どうして戦場にいるのか、まったく思い出せない。
 わかっているのはスノーデンという名前であることと、魔術の使い方だけであった。

 いや、もう1つわかっていることがあった。

 自分の目的だ。自分の目的は「神のために戦うこと」。そして、この世界に魔術を広めることだ。

 始めは順調だった。戦いに連勝し、ついに国内を平定して他国からの侵略を跳ねのけた。
 君主不在となっていたこの国は4年ぶりに平穏を取り戻した。

 暫定政府の統治委員会は満場一致でスノーデンを国王とした新王国樹立を決定した。
 ここに「スノーデン王国」が誕生した。

「いいのか、これで。『正しいこと』をしているつもりではあるが」

 スノーデンは心の奥深くに刻まれた「ミッション」を果たしているだけだ。そのミッションは誰に与えられたものだと問われれば、スノーデンは迷いなく「神からだ」と答えたろう。
 その実、スノーデンは神に会ったことも神の声を聞いたこともない。

 気がつけば戦場にあり、「神の意志」をその身に背負っていたのだ。

 周りには「味方」がいた。味方とは守るべきものだ。
 そう、家族と同じだ。

「俺に家族っているのか? 国民全体が家族? ああ、そうか」

 スノーデンの活躍で周辺諸国との争いは休戦となった。しかし、それは束の間の平和でしかない。
 どの国も平和の裡に爪を研ぎ、次の戦いのために力を蓄えるのだ。

 新生スノーデン王国といえど、その例外ではない。顔ぶれの変わった貴族諸侯は所領に帰り、富国強兵に精を出す。
 足並みをそろえたその動きの中でスノーデンは「聖教会」を設立した。これもまた神の意志であると彼は王都の民に語った。

 戦争が終わったといっても社会は乱れていた。働き手を失い、経済に力がない。
 人々は支えとなる「力」と「癒し」を心から欲した。

 スノーデンは力を象徴する存在となり、聖教会は癒しを与える存在として人々に受け入れられた。

 力と癒しの両方をもたらした存在として、いつしか彼は「聖スノーデン」と呼ばれるようになった。これにスノーデン本人は閉口した。

「まいったな。聖人になったつもりはないんだが……」

 千人単位の敵を手にかけて来た自分は、むしろ悪魔と呼ばれる存在だろう。スノーデンは聖人と呼ばれることを嫌悪した。
 敵にとっての自分は間違いなく悪魔だ。

 だが、それだけ人の命を奪ったというのに、スノーデンの中に罪悪感はなかった。

 調理のために魚や鳥をしめてさばく。その程度の思いでしかない。
 道徳の概念は理解しているが、人の命を奪う戦いが「作業」のレベルにまで馴染んでしまっていた。

「これは俺の本性なんだろうか? それとも精神が壊れてしまったのか?」

 ふと疑問を感じるのは、まだ正常な判断力を残しているからなのか。
 しかし、それまでだ。

 疑問の対象が自分自身の精神である以上、いくら考えても答えは出ない。

「もういい。考えたところで同じことだ。俺が殺した敵たちは生き返ったりしないのだから」

 スノーデンにとって重要なのは与えられた「ミッション」を果たすことだった。
 考え事にふけっている時間はない。「ミッション」を達成するためにはやるべきことがある。

「まずはこれを仕上げなくては」

 スノーデンの手元では銀色の円筒が部屋の明かりを反射していた。「神器」という名前が籠めるべき術式と共に脳裏にある。
 神器の効果は人の内にある未開発の属性を解放することだ。しかもそれを「血統」として固定する。

「すべての人に魔力を」

 それが神に与えられたミッションだった。
 そのためにスノーデン王家を立ち上げ、養子を取った。新貴族に綬爵し、王国統治の体勢を整えるのが王家の役割である。それは既に果たした。

 後は人々の間に魔力を広げれば良い。スノーデンは王位を養子に譲り、自分は聖教会の長に専念するつもりだった。
 王国は広い。都市を巡って魔力を授けるには十分な時間を割かねばならなかった。

 いや、専任してさえ時間はままならない。地方聖教会の設立という課題は一人で推し進めるには複雑すぎた。

「お疲れでしょう。少しお休みください」

 そっと声をかけ、スノーデンの前に冷たい飲み物を置く人影があった。

「ありがとう、ジェーン。そうだな。一息つくか」

 スノーデンはコップを手にして、首を揉んだ。稀代の英雄と呼ばれる人間でも、根を詰めれば肩が凝る。
 渡された飲み物は風魔術で程よく冷やされていた。集中して熱くなっていた脳をクールダウンしてくれるようだった。

「だいぶ形になりましたね」

 ジェーンと呼ばれた女性はスノーデンが机の上に置いた作りかけの神器を見て言った。さらさらとした長い金髪、薄青の瞳、色白の肌が人目を引く、誰の眼から見ても美人という整った容姿をしていた。

「ああ。問題はこいつに籠める術式なんだが」

 ごくりと冷えたレモン水を飲みこみ、スノーデンは神器に目を落とした。魔術具である神器にとって素体は単なる容れ物に過ぎない。
 そうはいっても「神器」と称するからには、みすぼらしい外見では困るし、すぐに壊れるようでは使い物にならない。スノーデンは素体にも手を抜かず、慎重に加工を進めていた。

 神器は人間の本質に働きかける魔術具だ。すべての人がイドに覆われている以上、人体内部に魔術を直接発動することはできない。そこに起こすのは純粋な物理現象でなければならなかった。

 神の光ID波。神器が発すべき力とはそれであった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第601話 スノーデンには記憶がない。」

「神の光」――スノーデンが受けた啓示はそう受け取れるものだった。服も鎧も貫き、体の内部にまで届く天上の光。それをこの地上に再現するのだ。

 そのためには意志の欠片イドンを限りなく加速してやらなければならない。神の意志は目には見えぬ細かき粒子として、この世界に満ちている。神器はそれを加速することにより人体内部に送り届けるのだ。

 完成すれば神器はドーナツ状の回廊「神の輪」を土属性魔術で創り出す。意志の欠片イドンはこの回廊の中をぐるぐると周回し、限界まで加速されるのだ。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

サフォネリアの咲く頃

水星直己
ファンタジー
物語の舞台は、大陸ができたばかりの古の時代。 人と人ではないものたちが存在する世界。 若い旅の剣士が出逢ったのは、赤い髪と瞳を持つ『天使』。 それは天使にあるまじき災いの色だった…。 ※ 一般的なファンタジーの世界に独自要素を追加した世界観です。PG-12推奨。若干R-15も? ※pixivにも同時掲載中。作品に関するイラストもそちらで投稿しています。  https://www.pixiv.net/users/50469933

精霊のジレンマ

さんが
ファンタジー
普通の社会人だったはずだが、気が付けば異世界にいた。アシスという精霊と魔法が存在する世界。しかし異世界転移した、瞬間に消滅しそうになる。存在を否定されるかのように。 そこに精霊が自らを犠牲にして、主人公の命を助ける。居ても居なくても変わらない、誰も覚えてもいない存在。でも、何故か精霊達が助けてくれる。 自分の存在とは何なんだ? 主人公と精霊達や仲間達との旅で、この世界の隠された秘密が解き明かされていく。 小説家になろうでも投稿しています。また閑話も投稿していますので興味ある方は、そちらも宜しくお願いします。

闇ガチャ、異世界を席巻する

白井木蓮
ファンタジー
異世界に転移してしまった……どうせなら今までとは違う人生を送ってみようと思う。 寿司が好きだから寿司職人にでもなってみようか。 いや、せっかく剣と魔法の世界に来たんだ。 リアルガチャ屋でもやってみるか。 ガチャの商品は武器、防具、そして…………。  ※小説家になろうでも投稿しております。

男装の皇族姫

shishamo346
ファンタジー
辺境の食糧庫と呼ばれる領地の領主の息子として誕生したアーサーは、実の父、平民の義母、腹違いの義兄と義妹に嫌われていた。 領地では、妖精憑きを嫌う文化があるため、妖精憑きに愛されるアーサーは、領地民からも嫌われていた。 しかし、領地の借金返済のために、アーサーの母は持参金をもって嫁ぎ、アーサーを次期領主とすることを母の生家である男爵家と契約で約束させられていた。 だが、誕生したアーサーは女の子であった。帝国では、跡継ぎは男のみ。そのため、アーサーは男として育てられた。 そして、十年に一度、王都で行われる舞踏会で、アーサーの復讐劇が始まることとなる。 なろうで妖精憑きシリーズの一つとして書いていたものをこちらで投稿しました。

弓使いの成り上がり~「弓なんて役に立たない」と追放された弓使いは実は最強の狙撃手でした~

平山和人
ファンタジー
弓使いのカイトはSランクパーティー【黄金の獅子王】から、弓使いなんて役立たずと追放される。 しかし、彼らは気づいてなかった。カイトの狙撃がパーティーの危機をいくつも救った来たことに、カイトの狙撃が世界最強レベルだということに。 パーティーを追放されたカイトは自らも自覚していない狙撃で魔物を倒し、美少女から惚れられ、やがて最強の狙撃手として世界中に名を轟かせていくことになる。 一方、カイトを失った【黄金の獅子王】は没落の道を歩むことになるのであった。

【完】俺魔王倒した勇者様。なのに母さん最強説。

桜 鴬
ファンタジー
「勇者様?私が結婚の相手では、ご不満なのでしょうか?」 俺魔王倒した勇者様。仲間はこの世界の人達。はい。もうご理解戴けたでしょうか?そうです。俺は異世界からの召喚勇者です。紛れもない日本人。だから王家何て面倒くさいのはムリムリ。しかも召喚直前は引きこもりしてましたから…。 なので正直姫様はご遠慮したい。だって結婚したら王様しなくちゃいけないんだって。俺はまったりスローライフをご希望してるのです。王位は兄が居るから大丈夫だと言ってた筈。兄は何処へ行ったの? まあ良いや。元の日本へ戻れない事を隠していた腹黒宰相。その宰相様の提案で、1人残して来た母さんの未来を覗ける事になった。 そこから暴かれた真実。 出るわ。出るわ。ボロボロ出るわ。腹黒炸裂宰相様?覚悟は良いかな?流石の俺も怒っちゃうよ。 ・・・・・。 でも俺は我慢しとく。どうやら俺より怖い人が来ちゃったからね。宰相様の自業自得だから仕方無い。 ご愁傷さまです。ちーん。 俺と母さんの、異世界まったりスローライフ。にはならないかも…。 肉体はピチピチ?頭脳は還暦。息子との年の差は両掌で足りちゃう。母子でめざせスローライフ。因みに主役は一応母さんだぞ。 「一応は余計よ。W主演よ。」 そう?なら俺も頑張るわ。でも父さんは論外なんだな。こちらもちーん。

英雄転生~今世こそのんびり旅?~

ぽぽねこ
ファンタジー
魔王の手によって蝕まれていた世界を救いだした“英雄”は“魔王”との戦いで相討ちに終わってしまう。 だが更なる高みの『異界』に行く為に力を振り絞って己の身に〈転生〉の魔法を掛けて息絶えた。 数百年が経ったある日“英雄”は田舎で暮らす家庭に生まれる。 世界の変化に驚きつつ、前世では出来なかった自由な旅をしたいと夢を見る。 だが元英雄だけあり力がそのままどころか更に規格外の力が宿っていた。 魔法学園でもその力に注目を置かれ、現代の“英雄”の父親にも幼いにも関わらず勝利してしまう程に。 彼は元“英雄”だと果たしてバレずに旅を満喫できるのだろうか……。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 不定期更新になるかもしれませんが、お気に入りにして頂けると嬉しいです。 コメントもお待ちしています。 作者の都合により更新できる時間がなかったので打ちきりになります。ごめんなさい。

あなたの冒険者資格は失効しました〜最強パーティが最下級から成り上がるお話

此寺 美津己
ファンタジー
祖国が田舎だってわかってた。 電車もねえ、駅もねえ、騎士さま馬でぐーるぐる。 信号ねえ、あるわけねえ、おらの国には電気がねえ。 そうだ。西へ行こう。 西域の大国、別名冒険者の国ランゴバルドへ、ぼくらはやってきた。迷宮内で知り合った仲間は強者ぞろい。 ここで、ぼくらは名をあげる! ランゴバルドを皮切りに世界中を冒険してまわるんだ。 と、思ってた時期がぼくにもありました…

処理中です...