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第5章 ルネッサンス攻防編

第593話 その前に――。こいつを倒す。

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(襲え! 漆黒!)

 主の命令を受けて「漆黒」は走った。自らの使命は敵を殺さずに倒すこと。小さき人とゴミのような生き物。
 彼らを軽く傷つければ良いのだ。

 本気でかんではいけない。あんなに小さき敵たちでは、我が牙の間で容易く砕けてしまう。

 どんっ!

 小さき人が地面を蹴って跳び上がった。ぐんぐんと空を目掛けて上がっていく。
 あの高さでは自分の牙は届かないが――大地を覆う石を砕いて飛ばせば届きそうだ。

(その前に――。こいつを倒す)

 漆黒の爪よりも小さな白ネズミが、ひと跳びの距離で全身の針を立て稲妻を発していた。

(威嚇のつもりか? それしきの雷、我に効くものか)

 漆黒は雷丸との距離を一瞬で詰めた。

(手加減も面倒だ。潰れてしまえ!)

 前脚に土の魔力を籠め、目にも留まらぬ速さで振り下ろした。

 ドガーンッ!

 想像以上の手応えが漆黒の体を震わせた。

(ふんっ! 小さすぎて消し飛んだか?)

 敷石を踏み砕いた前脚を引き戻してみたが、ネズミの死骸は残っていなかった。

(おや?)

 漆黒の視界が歪み、傾いた。

(我は――倒れたのか?)

 体の感覚がない。体の右側を下にして倒れているようだ。
 温かいものが広がっていくのは自分の血だろうか?

「空を撃て、漆黒!」

 地面を震わせて、主の命令が響いてきた。

(立たなければ)

 意志に反して漆黒の体はピクリとも動かなかった。

「ピィイ―ッ!」
「よくやった、雷丸!」

 雷丸は自らの体を電磁加速し、黒鉄ヒョウの体を体当たりで撃ち抜いた。漆黒の体毛は鋼鉄に匹敵する強度だったが、雷丸がまとう濃密なイドの装甲をはねのけることはできなかった。
 雷丸は漆黒の体毛をかき分け、その肉を刺し貫いたのだ。

 心臓や肺は避けてある。動脈を傷つけることもなく、筋肉のみを切裂いて雷丸は漆黒の背中から飛び出した。

 ◆◆◆

 魔核を押し流され、大量の陰気を全身に浴びたウラルは身動きできない状態に陥っていた。
 その弱々しい気配を確かめながら、ステファノは氷のトンネルを溶かした。

 火魔法ではなく、氷だけを対象に「熱」の因果を発生させる。水分子が振動し、たちまち氷が解けて流れる。

 氷の下から地面に倒れた姿のウラルが現れた。
 もう立ち上がれないだろうが、油断なくイドを飛ばし「水餅」で拘束しておく。

(うん? 魔核を失って体温が下がっている?)

 ウラルは目を固く閉じて歯の根を震わせていた。ウラルを縛る「水餅」からも「低体温」の感触が伝わってくる。

(温めた方がいいな。温風!)

 ステファノは「熱」の因果で空気を温めながら、微風の術をウラルに向けた。同時に「水餅」からもぬるま湯程度の「熱」をウラルの体に施す。

(黒鉄ヒョウの方は血止めをしておけばいいか)

 雷丸がきれいに撃ち抜いた傷口は小さい。生命力の強い魔獣があの程度の傷で死ぬことはないはずだ。
 漆黒が動けないのは雷丸が体当りと同時に陰気を放射し、漆黒の体内から一時的に魔力を消し去ったためである。

 ステファノは漆黒の傷口に土魔法で圧迫止血を施した。10分もすれば自然治癒能力で血は止まるだろう。

 安全を確かめた上で、ステファノはウラルの側に着地した。倒れたウラルにヘルメスの杖を突きつけ、審判の判定を促す。

「それまで! 勝者、ステファノ!」

 会場を大きな拍手が包んだ。

 ◆◆◆

 予想通り漆黒の傷は大したことがなかった。倒れたのは傷の重さではなく、雷丸が放った至近距離からの陰気爆発のせいであった。
 至近距離というよりも「体内」から陰気をぶつけられている。一時的に生気を失うのは当然だった。

「体の小ささが長所になることもあるんだねぇ」

 ステファノは雷丸を指先で撫でながら言った。

 もちろん相手の油断が勝利の背景にある。その一方で、漆黒が雷丸を見失ったのは小さな体故のことだった。振り下ろした自分の前脚が邪魔になり、雷丸を隠してしまったのだ。

 鎧のように硬い漆黒の体毛であったが、雷丸の大きさからみると毛並みが「粗い」。体毛の間を縫って肉を貫くことは難しくなかった。

 何よりも電磁加速による爆発的なスピードを実現できるのは、雷丸が親指並みの小ささだからだ。

「決勝戦では、きっと相手がお前を警戒してくるだろうね」

 相手は一瞬たりとも雷丸への警戒を絶やすことができないだろう。注意を怠れば、試合場のどこからでも雷丸の体当たりが飛んでくる。

「ピー!」

 当然だというように、雷丸は後脚で立ち上がり鼻をうごめかした。

 実は、鉄丸を使えばステファノも雷丸と同等の電磁加速攻撃を行うことができる。アカデミーでの魔術試技会では長杖に溝を刻んでガイド代わりにしていた。
 魔法発動距離の制限を克服した今では、鉄丸を撃ち出すためにガイドは必要ない。自分の眼で標的を視認するだけで十分だった。

 遠距離攻撃の速さ、精度、そして威力のすべてにおいて、ステファノと雷丸の「ペア」は王国最強といっても過言ではなかった。

 ところで、準決勝の試合後、ステファノはガル老師から忠告を受けた。

「上空を飛ぶことは構わんが、長時間続けた場合は『退場』と見なして失格扱いとする。よいな?」

 一方的に飛行を続ければ、相手の攻撃は届かずこちらは攻撃し放題となる。作戦の一部と言えないこともないが、まともな戦いとは言い難かった。

「わかりました。従魔を飛ばしておくことは構いませんか?」
「使役者が地上にいる限り、それは構わん」

 あくまで試合の当事者は選手本人であった。

(逃げる方法は空だけじゃない)

 ステファノにはまだ余裕があった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第594話 勝てるわけないだろう!」

 決勝の相手は「白熱」のサレルモ、その人だった。

 王国に3人存在する上級魔術師の一角。唯一の女性でもあった。

(びっくりだ! サレルモさんてトーナメントに参加していたの?)

 驚くステファノだったが、観客席も同様にざわついていた。

「――出場選手の交代を告げる。決勝戦はステファノとロビーの間で行われる予定だったが、ロビーが棄権した」

 ……

◆お楽しみに。
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