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第5章 ルネッサンス攻防編
第546話 どこに行っても知らない土地だ。
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心が鎮まれば、縄抜けの技はステファノのギフトと相性が良いことがわかった。
イドの高周波化でステファノの肉体は反応速度が上がっている。それに精緻な制御を加えれば、体の一部を緊張させたり、逆に弛緩させることができる。
筋肉を一部分だけ膨らませ、その場所を移動させることもできた。
そして自在な弛緩が役に立った。
力を入れることは難しくないが、脱力は意外に難しい。しかも特定の部分だけ弛緩させるとなると、頭と体が混乱してしまいがちだ。
剣士ジョバンニを見習った肉体制御の訓練が、ここで大いに役立った。後ろ手の縄目が見えていなくても、腕の感覚が縄の状態を脳に伝える。肉体制御のレベルを上げたステファノには、思い通りに縄目を動かすことができた。
ジェラートの速さには追いつけないが、基本的な技はステファノにも再現できるようになった。
「うん、いいんじゃないか。縄抜けの基本は身についたようだ」
「コツが掴めてきました。後は反復練習ですね」
「そうだね。自分で自分の手を縛るのは難しいから、そこは工夫しないと」
他人に縛ってもらうか、あらかじめ作った結び目に手を入れて縄を引いて締めるか。
独り稽古には工夫が必要だった。
「コツを磨くだけなら、完全に縛らなくてもできる。適当な輪にした縄に、両手首を出し入れする練習を繰り返せばいい」
どうやって隙間を作り出し、関節を潜らせるか。その手順を磨くのだ。
「わかりました。毎日やってみます」
「人には見せないことだね。縄抜けができると知られると、抜けられない縛り方をされるので」
「『縛られても、縛らせるな』ですね?」
いくら鍛えようと完璧な縄抜けなどない。縄抜けとは相手の油断につけこむ技なのだ。
もちろん魔法やイドを使えるとなれば、縄を抜ける方法はいくらでもあるのだが。
(魔視脳が使えない時のための縄抜け術だ。武術とは身を守る術のこと。そうですね、ネオン先生?)
半月の修業でジェラートはステファノに合格を与えた。ここから先は自ら工夫しなさいと。
ステファノは墨縄「蛟」をひと回り細いものに変えた。捕縄として人を縛りやすい細さに合わせたのだ。
それだけでなく、途中に革帯を通した上で長さを調整すれば投擲用の紐としても使えるようにした。長杖に取りつければ「天秤」として使うこともできる。
ジェラートに礼を述べ、ウニベルシタスでの再会を約して、ステファノは王都を後にした。
◆◆◆
(さて、どこへ行こうかな?)
王都を去るにあたり、ステファノはこれからの旅先について考えた。直接サポリに向かうのは味気ない。
呪タウンに戻るのはつまらない。
(南に行ってみるか)
概ね東に位置するサポリから大きく遠ざからぬ範囲で、見知らぬ土地を訪ねてみようと思った。
(どこに行っても知らない土地だ。だったら、どっちに向かったっていいわけだよね?)
まだ6月の初めだ。サポリには8月中に着けばよい。7月になるまでは気ままに旅しても、十分時間は余るはずだ。
ステファノはのんびり徒歩で旅することにした。
(道に飽きたら高跳びの術を使うし)
いざとなれば馬車より速く移動できるステファノだった。
旅には世間を知る以外にも目的があった。中継器を街道沿いに設置する仕事だ。
ステファノが歩いた跡が広域通信網のエリアとなっていく。これは長い目で見て、意義の大きい仕事であった。
ステファノは2、3キロごとに1本、術式を籠めた鉄釘を立木に埋め込んだ。できるだけ高い木の枝に埋め込み、広いエリアをカバーできるように努めた。
土魔法で重力を操れば、容易いことだった。
(本当は立木そのものに魔法付与できると良かったんだが……)
それなら年月が経っても朽ちることがなく、材料も必要ない。しかし、「成長するもの」に魔法を籠めることはできなかった。
(生きているものは「変化」の速度が速い。実体が変わればイドも移り変わる。魔法の付与も安定しなくなる道理だよな)
生体を対象に魔術をかけられないことにも、事情は共通していた。火魔術で敵の衣服を燃やすことはできるが、直接肉を燃やすことはできないのだ。
ステファノが編み出した魔核混入は、対象のイドに自分のイドを混ぜ込み、魔法の対象とする業だ。この場合は術者であるステファノと対象である自分のイドとは一体である。
同じ変化を共有するので、時間がたっても魔法をかけられる。
(立ち木に魔核混入してやれば、生き物であっても魔法付与できるだろうか?)
ステファノはそう考えて、実験してみたことがある。が、結果は芳しくなかった。
魔核混入した生物に後から魔法をかけることはできる。しかし、付与した魔法を長時間維持させることはできなかった。
前者は1カ月後でも可能だったが、後者は数秒しか持たない。魔法術式が時の経過、すなわち変化にさらされるためだった。
(無生物への魔法付与はメリットもある。まとめて付与できるからね)
手元の鉄釘数十本には中継器の術式を一度に籠めた。立木に釘を埋める手間はかかるが、改めて術式付与する必要がないのだ。
(うん? あれは馬車か。こっちに向かっているようだ)
作業を終えて梢から今来た街道を見下ろしたステファノは、土埃を巻き上げながら走って来る1台の馬車を見つけた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第547話 少し食い物を分けてもらえんだろうか?」
馬車は遠くを走っており、こちらの姿が見えるとは思わない。それでもステファノは木から飛び降りるのを止めて、幹を伝って地面に降りた。
誰かが遠眼鏡で覗いているかもしれない。意味もなく目立つことは避けるべきだろう。
街道に戻れば馬車に追い越されることになる。あの土埃を浴びせられるのはかなわないので、ステファノは道から離れたまま馬車をやり過ごすことにした。
隠れる理由はないので、気配も消さぬままステファノは立木の前に座っていた。
……
◆お楽しみに。
イドの高周波化でステファノの肉体は反応速度が上がっている。それに精緻な制御を加えれば、体の一部を緊張させたり、逆に弛緩させることができる。
筋肉を一部分だけ膨らませ、その場所を移動させることもできた。
そして自在な弛緩が役に立った。
力を入れることは難しくないが、脱力は意外に難しい。しかも特定の部分だけ弛緩させるとなると、頭と体が混乱してしまいがちだ。
剣士ジョバンニを見習った肉体制御の訓練が、ここで大いに役立った。後ろ手の縄目が見えていなくても、腕の感覚が縄の状態を脳に伝える。肉体制御のレベルを上げたステファノには、思い通りに縄目を動かすことができた。
ジェラートの速さには追いつけないが、基本的な技はステファノにも再現できるようになった。
「うん、いいんじゃないか。縄抜けの基本は身についたようだ」
「コツが掴めてきました。後は反復練習ですね」
「そうだね。自分で自分の手を縛るのは難しいから、そこは工夫しないと」
他人に縛ってもらうか、あらかじめ作った結び目に手を入れて縄を引いて締めるか。
独り稽古には工夫が必要だった。
「コツを磨くだけなら、完全に縛らなくてもできる。適当な輪にした縄に、両手首を出し入れする練習を繰り返せばいい」
どうやって隙間を作り出し、関節を潜らせるか。その手順を磨くのだ。
「わかりました。毎日やってみます」
「人には見せないことだね。縄抜けができると知られると、抜けられない縛り方をされるので」
「『縛られても、縛らせるな』ですね?」
いくら鍛えようと完璧な縄抜けなどない。縄抜けとは相手の油断につけこむ技なのだ。
もちろん魔法やイドを使えるとなれば、縄を抜ける方法はいくらでもあるのだが。
(魔視脳が使えない時のための縄抜け術だ。武術とは身を守る術のこと。そうですね、ネオン先生?)
半月の修業でジェラートはステファノに合格を与えた。ここから先は自ら工夫しなさいと。
ステファノは墨縄「蛟」をひと回り細いものに変えた。捕縄として人を縛りやすい細さに合わせたのだ。
それだけでなく、途中に革帯を通した上で長さを調整すれば投擲用の紐としても使えるようにした。長杖に取りつければ「天秤」として使うこともできる。
ジェラートに礼を述べ、ウニベルシタスでの再会を約して、ステファノは王都を後にした。
◆◆◆
(さて、どこへ行こうかな?)
王都を去るにあたり、ステファノはこれからの旅先について考えた。直接サポリに向かうのは味気ない。
呪タウンに戻るのはつまらない。
(南に行ってみるか)
概ね東に位置するサポリから大きく遠ざからぬ範囲で、見知らぬ土地を訪ねてみようと思った。
(どこに行っても知らない土地だ。だったら、どっちに向かったっていいわけだよね?)
まだ6月の初めだ。サポリには8月中に着けばよい。7月になるまでは気ままに旅しても、十分時間は余るはずだ。
ステファノはのんびり徒歩で旅することにした。
(道に飽きたら高跳びの術を使うし)
いざとなれば馬車より速く移動できるステファノだった。
旅には世間を知る以外にも目的があった。中継器を街道沿いに設置する仕事だ。
ステファノが歩いた跡が広域通信網のエリアとなっていく。これは長い目で見て、意義の大きい仕事であった。
ステファノは2、3キロごとに1本、術式を籠めた鉄釘を立木に埋め込んだ。できるだけ高い木の枝に埋め込み、広いエリアをカバーできるように努めた。
土魔法で重力を操れば、容易いことだった。
(本当は立木そのものに魔法付与できると良かったんだが……)
それなら年月が経っても朽ちることがなく、材料も必要ない。しかし、「成長するもの」に魔法を籠めることはできなかった。
(生きているものは「変化」の速度が速い。実体が変わればイドも移り変わる。魔法の付与も安定しなくなる道理だよな)
生体を対象に魔術をかけられないことにも、事情は共通していた。火魔術で敵の衣服を燃やすことはできるが、直接肉を燃やすことはできないのだ。
ステファノが編み出した魔核混入は、対象のイドに自分のイドを混ぜ込み、魔法の対象とする業だ。この場合は術者であるステファノと対象である自分のイドとは一体である。
同じ変化を共有するので、時間がたっても魔法をかけられる。
(立ち木に魔核混入してやれば、生き物であっても魔法付与できるだろうか?)
ステファノはそう考えて、実験してみたことがある。が、結果は芳しくなかった。
魔核混入した生物に後から魔法をかけることはできる。しかし、付与した魔法を長時間維持させることはできなかった。
前者は1カ月後でも可能だったが、後者は数秒しか持たない。魔法術式が時の経過、すなわち変化にさらされるためだった。
(無生物への魔法付与はメリットもある。まとめて付与できるからね)
手元の鉄釘数十本には中継器の術式を一度に籠めた。立木に釘を埋める手間はかかるが、改めて術式付与する必要がないのだ。
(うん? あれは馬車か。こっちに向かっているようだ)
作業を終えて梢から今来た街道を見下ろしたステファノは、土埃を巻き上げながら走って来る1台の馬車を見つけた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第547話 少し食い物を分けてもらえんだろうか?」
馬車は遠くを走っており、こちらの姿が見えるとは思わない。それでもステファノは木から飛び降りるのを止めて、幹を伝って地面に降りた。
誰かが遠眼鏡で覗いているかもしれない。意味もなく目立つことは避けるべきだろう。
街道に戻れば馬車に追い越されることになる。あの土埃を浴びせられるのはかなわないので、ステファノは道から離れたまま馬車をやり過ごすことにした。
隠れる理由はないので、気配も消さぬままステファノは立木の前に座っていた。
……
◆お楽しみに。
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