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第5章 ルネッサンス攻防編

第540話 人を縛る機会なんか、そうはないからね。

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「首つり役人ですか?」

 尋ね返したステファノの声がかすれていた。

「斬首刑なら首斬り役人だろう? うちは絞首刑だから首つり役人てわけさ。そのまんまだと聞こえが悪いだろ? だから、縛り屋って呼ばれるのさ」

 罪人の頭から麻袋をかぶせ、首に縄をかける。それがジェラートの役目だった。

 罪人は踏み台の上に立たされている。刑の執行役が台を蹴り飛ばし、罪人は首を縄でつるされる。
 踏み台はそれほど高い物ではない。なので、罪人は落下の衝撃では死なず、窒息して死ぬ。

 縛り方が悪いと、苦しみが長く続くことになる。

「捕縄術の専門家なら縄の扱いに慣れているだろう。そう言われて祖父の代からお役についたそうだ。確かにその通りだけど、ありがたい役目とは言えないね」

 死に切れなかったり、縄が切れたりすれば、処刑はやり直しとなる。罪人が許されることはない。

「王様に頂いた役目だからね。文句は言えないよ。誰かがしなきゃいけない仕事だしね? だったら、せめて長く苦しめずに死なせてあげるのが僕の役割だと思うようにしているよ」

 直接手を下すのとは違うだろうが、ジェラートは何人もの死に関わってきた。
 朝夕に、命を奪った罪人の冥福を祈ることを習慣にしていた。

「ああ、すまない。これは君には関係ない話だ。縛り方にもいろいろあるということを言いたかったんだよ」

 翌日からジェラートは様々な縛り方をステファノに教え込んだ。
 ほどけにくい結び目。暴れると余計にいましめがきつくなる縛り方。捕虜を歩かせる時のいましめ。逃げ出せないように転がしておく時の縛り方。

 縄の種類、特徴、目的に応じた選び方も教えた。

「こんなことは特に秘密でもないけど、知っている人は少ないだろ? 人を縛る機会なんか、そうはないからね」

 ステファノの映像記憶フォトグラフィック・メモリーは、ジェラートに驚かれた。

「随分覚えが早いと思ったら、そんな記憶法があるのかい? 目で見たものをそのまま記憶しておけるとはねえ。羨ましいよ」

 自分が子供の頃にそんな能力があれば、親父から小言を言われることもなかったろう。そう言って、ジェラートは自分の頭をさすった。

「じいさまは牧場で働いていたらしい。牛だの馬だのを捕まえる時に縄を使っていたそうだ。それで縛り方をいろいろ工夫したんだって」

 まさかそれが人を縛る技術に応用できるとは思ってもいなかったらしい。より素早く、より確実に縛る。それを地道に追求していたら、いつか縄の名人みたいなことになってしまったのだと。

「働いていた牧場から牛を出荷したんだそうだ。じいさまも牧童の1人としてね。そしたら途中で牛泥棒に襲われたんだって」

 ジェラートの祖父ジャンは武器も使えない人間だったので、一目散に逃げだした。だが、血の気の多い牧童の大半は鉈を振りかざして牛泥棒に立ち向かった。

「両方に死人が出て血なまぐさいことになったんだが、不意を襲った分泥棒の方に勢いがあったらしい」

 牧童のほとんどが死に、生き残った者も重傷だった。牛泥棒もただではすまず、まともに動けるのは3人しか残らなかった。

「3人の泥棒は牛を奪って逃げた。牧童側は追い掛けられるような状態じゃなかったんで、我が物顔で牛を連れて行ったそうだ」

 だが、ジャンは無傷だった。腕に覚えはないものの、そのまま牛泥棒を見逃すわけには行かなかった。
 牧童にとって家畜は大事な家族同然なのだ。家族を攫われて、見逃せるはずがない。

「じいさまは三日三晩盗賊を追い続けたそうだ。すっかり安心して寝込んでいるところを、1人ずつ石でぶん殴って縛り上げたんだと」

 さすが縄の名人で、月明かりの下でも迷いなく賊を縛り上げた。
 その後、縛り上げた盗賊をその場に転がしたまま、ジャンは牧場まで助けを求めに戻ったのだそうだ。

 怪我を負った牧童の生き残りを救助した後、盗賊を残した場所に連れて行かれた一同は、驚いて自分の目を疑った。

「置き去りにして3日も経つってのに、牛泥棒は1人も欠けずに残したその場に転がっていたそうだ」

 屈強な男たちが身動きひとつ取れなかった。それ程にジャンが施したいましめは完璧だった。
 盗賊を生け捕りにし、盗まれた牛をすべて取り戻すことができた。見事な手柄だと、若き日のジャンは役人に大層ほめられたと言う。

 おかげでジャンは王都に招かれ、衛兵隊長様からご褒美を頂いた。

「その時に、隊員に捕縛の仕方を指導してくれと頼まれたんだとさ」

 屈強な盗賊が3日も身動き取れない縛り方とはどんなものか。ぜひ教えてくれと言われ、褒美をもらっている手前、ジャンは断ることができなかった。

「それで結局、衛兵隊に居残ることになっちゃったんだよ」

 ただの牧童だったジャンに、敵や盗賊と戦う力があるわけなく、捕縛術指導の傍ら武器防具の手入れをするという裏方仕事を任されることになる。

「それだけなら簡単な話だったんだが、ある日事件が起きてねえ――」

 ジェラートの語尾は力なく響き、再び手元の鎧に目を落とした。

「死刑で死人が出たんだ」

 苦い物を吐き出すように、ジェラートは言った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第541話 そんなことがあってはならないんだけど……。」

「死刑で死人が出るのは普通じゃありません?」

 怪訝に思ったステファノが問い返した。

「普通は罪人が処刑されて死ぬんだけどね。死んだのは役人なんだ」

 ◆◆◆

『最後に言い残すことはあるか?』

 ……

◆お楽しみに。
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