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第4章 魔術学園奮闘編
第473話 人を10人も殺せば、名は残る。
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「先生、これは……?」
ジローは差し出された指輪を前に、戸惑いを隠せなかった。
「これは我が師より受け継いだアーティファクトだ。次の世代であるお前に託す」
「先生、わたしはそのようなものを引き継ぐ資格など……」
アーティファクトすなわち国宝級の遺物である。ジローは戸惑い、受け取ることを躊躇った。
「資格? 資格とは何だ? 生きるためには資格が要るのか? 誰が資格を認めてくれるのだ?」
「先生、わたしはまだ何者でもありません」
ジローの言葉を聞いて、マランツは口をつぐみ、目を細めた。
「不遜なことだな。お前は『何者かになれる』つもりでいるのか」
「そんな……」
「何者とは誰だ? どこにいる?」
マランツはごまかしを許さなかった。鋭い語気でジローを追いつめる。
「わたしはただ、世に名を残すような魔術師になりたいと……」
「人を10人も殺せば、名は残る」
マランツの唸るような言葉を聞き、ジローは息をのんだ。
「ふん。そうではないのだろうな。『偉大なるジロー・コリント』として人々の記憶に残りたい。大方そんな夢を描いているのだろう。違うか」
「……はい」
「覚えておきなさい。人間の価値は『誰であるか』では決まらぬ。価値を決めるのは、『何を為すか』だ」
マランツは一転して優しく語った。
「お前が誰であるかなど、どうでもいい。この指輪にふさわしいかどうかは、お前がこれから何を為すかによって決まるのだ」
マランツはジローの手を取り、指輪を握らせた。
「名前を残すかどうかなど、どうでも良いのだ。お前の価値はお前自身が決めることだ。この指輪にふさわしい人間として行動すれば、それで良い」
そこまで行って、マランツは目を落とした。
「……わしは到底ふさわしいなどと言えなかったがな」
「先生、そんなことは!」
「気を使わんでいい。わしが残したのは人殺しの二つ名と、空の酒瓶だ。……いや、そうでもないか? 良き弟子を残したと言ってもらえるかもしれん」
マランツは傍らのヨハンセンを見やって、微笑んだ。
「アーティファクトを生かすも殺すも、持ち主次第だ。お前が思う通りに、価値あることに使えば良い」
「先生、わかりました」
ジローは指輪を握り締めて頷いた。
「指輪の名を『虎の眼』という。魔力を籠めれば、相手の精神に押しつぶすような威圧を与えることができる」
「先程の攻撃は、この指輪によるものでしたか」
「いかにも。威圧の大きさは籠める魔力の大きさによる。敵が近ければさほどでもないが、距離が遠くなるほど籠める魔力は大きくなければならん」
「敵に近い程、効果が大きいということですね?」
ジローは指輪に顔を近づけた。金で作られたと思しき指輪には、「眼」のような意匠が彫られていた。
「威圧の効果を得るためには、その『眼』に相手の姿を映す必要がある」
マランツはジローに威圧をかける際、さりげなく指輪を動かしてジローに「眼」が向くようにした。
「他にも制約がある。指輪を使っている間は、魔術を使うことができん。魔力の全てを指輪に集中させる必要がある。そして、もう1つ――」
マランツは悲し気な表情を浮かべた。
「指輪は使う度に、使用者の精神をも蝕む」
「先生、それは!」
ヨハンセンが驚きに声を上げた。
「使い過ぎれば心が病む。いわば諸刃の剣だ」
「では、先生はその指輪のために……」
ヨハンセンはマランツが酒におぼれた理由を初めて知った。
それまでは戦いに心を折られたのだと思っていた。すべては心の弱さによるものだと。
そうではなかった。
「わしの弱さが原因であることに違いはない。わし程度の術者が生き残るには、指輪に頼るしかなかったのだ」
「そんな……」
何か言わんとするヨハンセンを手振りで押しとどめ、マランツはジローに語りかける。
「結局、わしは指輪の力に負けた。だから、ジローよ。お前はそうなるな」
「先生……」
「お前の心はわしよりも強い。お前はその肩に伯爵家次男という重荷を背負って生きてきた。ジロー、虎をねじ伏せて見せよ」
マランツは重荷を下ろした者の表情で、ジローを見た。
「先生は負けてなどいません」
何かをこらえるようにジローは言った。
「ジロー……」
「このひと月、身を削ってわたしを導いてくれたではありませんか? 酒を遠ざけ、わたしのために立ち上がってくれたではありませんか!」
膝に置かれたジローの両手は、きつく拳を結んでいた。
「わたしは『疾風のマランツ』の弟子として、魔術試技会に全力を尽くします!」
コリント伯爵家次男としてでなく、魔術師マランツの弟子として人の記憶に残って見せると、ジローは宣言した。
「ありがとう、ジロー。ならば、試技会までに『虎の眼』を使いこなせ。ヨハンセン、すまぬがお主がつき合ってやってくれ」
「わたしがですか? 構いませんが、先生が見てやった方が早いのでは……」
「そうしてやりたいのは山々なんだが――」
マランツは目をつぶった。
「わしにはもう魔力が練れん」
そう言うと、マランツはゆっくり崩れ落ちた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第474話 「虎の眼」は、指を締めつけるだけの重りになった。」
マランツの魔視脳は焼き切れていた。
度重なる戦の中で「虎の眼」を使い過ぎたために、脳全体がダメージを受けていた。壊れかけた脳が見せる悪夢と幻覚を逃れるため、マランツは酒浸りとなった。
すると、今度は酒が体を蝕み、脳を侵した。
迷える弟子ジローの助けになろうとマランツは非常手段を取った。「虎の眼」で自らにプレッシャーをかけ、強制的に脳を覚醒状態に追い込んだのだ。
……
◆お楽しみに。
ジローは差し出された指輪を前に、戸惑いを隠せなかった。
「これは我が師より受け継いだアーティファクトだ。次の世代であるお前に託す」
「先生、わたしはそのようなものを引き継ぐ資格など……」
アーティファクトすなわち国宝級の遺物である。ジローは戸惑い、受け取ることを躊躇った。
「資格? 資格とは何だ? 生きるためには資格が要るのか? 誰が資格を認めてくれるのだ?」
「先生、わたしはまだ何者でもありません」
ジローの言葉を聞いて、マランツは口をつぐみ、目を細めた。
「不遜なことだな。お前は『何者かになれる』つもりでいるのか」
「そんな……」
「何者とは誰だ? どこにいる?」
マランツはごまかしを許さなかった。鋭い語気でジローを追いつめる。
「わたしはただ、世に名を残すような魔術師になりたいと……」
「人を10人も殺せば、名は残る」
マランツの唸るような言葉を聞き、ジローは息をのんだ。
「ふん。そうではないのだろうな。『偉大なるジロー・コリント』として人々の記憶に残りたい。大方そんな夢を描いているのだろう。違うか」
「……はい」
「覚えておきなさい。人間の価値は『誰であるか』では決まらぬ。価値を決めるのは、『何を為すか』だ」
マランツは一転して優しく語った。
「お前が誰であるかなど、どうでもいい。この指輪にふさわしいかどうかは、お前がこれから何を為すかによって決まるのだ」
マランツはジローの手を取り、指輪を握らせた。
「名前を残すかどうかなど、どうでも良いのだ。お前の価値はお前自身が決めることだ。この指輪にふさわしい人間として行動すれば、それで良い」
そこまで行って、マランツは目を落とした。
「……わしは到底ふさわしいなどと言えなかったがな」
「先生、そんなことは!」
「気を使わんでいい。わしが残したのは人殺しの二つ名と、空の酒瓶だ。……いや、そうでもないか? 良き弟子を残したと言ってもらえるかもしれん」
マランツは傍らのヨハンセンを見やって、微笑んだ。
「アーティファクトを生かすも殺すも、持ち主次第だ。お前が思う通りに、価値あることに使えば良い」
「先生、わかりました」
ジローは指輪を握り締めて頷いた。
「指輪の名を『虎の眼』という。魔力を籠めれば、相手の精神に押しつぶすような威圧を与えることができる」
「先程の攻撃は、この指輪によるものでしたか」
「いかにも。威圧の大きさは籠める魔力の大きさによる。敵が近ければさほどでもないが、距離が遠くなるほど籠める魔力は大きくなければならん」
「敵に近い程、効果が大きいということですね?」
ジローは指輪に顔を近づけた。金で作られたと思しき指輪には、「眼」のような意匠が彫られていた。
「威圧の効果を得るためには、その『眼』に相手の姿を映す必要がある」
マランツはジローに威圧をかける際、さりげなく指輪を動かしてジローに「眼」が向くようにした。
「他にも制約がある。指輪を使っている間は、魔術を使うことができん。魔力の全てを指輪に集中させる必要がある。そして、もう1つ――」
マランツは悲し気な表情を浮かべた。
「指輪は使う度に、使用者の精神をも蝕む」
「先生、それは!」
ヨハンセンが驚きに声を上げた。
「使い過ぎれば心が病む。いわば諸刃の剣だ」
「では、先生はその指輪のために……」
ヨハンセンはマランツが酒におぼれた理由を初めて知った。
それまでは戦いに心を折られたのだと思っていた。すべては心の弱さによるものだと。
そうではなかった。
「わしの弱さが原因であることに違いはない。わし程度の術者が生き残るには、指輪に頼るしかなかったのだ」
「そんな……」
何か言わんとするヨハンセンを手振りで押しとどめ、マランツはジローに語りかける。
「結局、わしは指輪の力に負けた。だから、ジローよ。お前はそうなるな」
「先生……」
「お前の心はわしよりも強い。お前はその肩に伯爵家次男という重荷を背負って生きてきた。ジロー、虎をねじ伏せて見せよ」
マランツは重荷を下ろした者の表情で、ジローを見た。
「先生は負けてなどいません」
何かをこらえるようにジローは言った。
「ジロー……」
「このひと月、身を削ってわたしを導いてくれたではありませんか? 酒を遠ざけ、わたしのために立ち上がってくれたではありませんか!」
膝に置かれたジローの両手は、きつく拳を結んでいた。
「わたしは『疾風のマランツ』の弟子として、魔術試技会に全力を尽くします!」
コリント伯爵家次男としてでなく、魔術師マランツの弟子として人の記憶に残って見せると、ジローは宣言した。
「ありがとう、ジロー。ならば、試技会までに『虎の眼』を使いこなせ。ヨハンセン、すまぬがお主がつき合ってやってくれ」
「わたしがですか? 構いませんが、先生が見てやった方が早いのでは……」
「そうしてやりたいのは山々なんだが――」
マランツは目をつぶった。
「わしにはもう魔力が練れん」
そう言うと、マランツはゆっくり崩れ落ちた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第474話 「虎の眼」は、指を締めつけるだけの重りになった。」
マランツの魔視脳は焼き切れていた。
度重なる戦の中で「虎の眼」を使い過ぎたために、脳全体がダメージを受けていた。壊れかけた脳が見せる悪夢と幻覚を逃れるため、マランツは酒浸りとなった。
すると、今度は酒が体を蝕み、脳を侵した。
迷える弟子ジローの助けになろうとマランツは非常手段を取った。「虎の眼」で自らにプレッシャーをかけ、強制的に脳を覚醒状態に追い込んだのだ。
……
◆お楽しみに。
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